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深淵に眠る月2

深淵に眠る月2』のサンプルです。

御堂孝典×眼鏡克哉(ミドメガ)になります。

前作『深淵に眠る月』の続編になります。前作を知らなくても読めますが、よろしければ合わせてお読みくださいませ。

ーあらすじー

あの日、御堂は壊れた。克哉が壊した。それから、御堂に尽くす日々が始まった。

そんな中、意識を取り戻した御堂は、かつての御堂とは異なっていた。自分に与えられた仕打ちをなぞるように克哉を虐げる御堂。

それでも、克哉は御堂と暮らし続け、その生活に不満を持つことはなかった。かつての同僚で友人である本多が克哉のことを心配して、克哉の前に現れるまでは。

 すっかり日が暮れるのは早くなった。

 定時に仕事を終えても、外はすでに真っ暗だった。風は冷たく、陰鬱な闇が街を覆っている。寒々とした空気から逃れるように、人々はコートの襟を高くして駅へとまっすぐに向かっていた。

 MGN社のビルを出た克哉は、帰宅ラッシュの人の流れに巻き込まれるようにして駅へと足を向けた。そこに、馴染みのある、よく通る声が克哉を呼び止めた。

「克哉! おーい、克哉!」

 誰の声かは明らかで、克哉は一瞬足を止めたものの、振り向くこともせずに歩き出した。だが、すぐに大股の足音が背後まで迫ってきて、肩を掴まれた。

「無視すんなよ!」

 ぐいと力強く肩を引かれてよろめきそうになる。

「馬鹿力で掴むな、本多」

 克哉は露骨に嫌な顔をして、本多の手を乱暴に払いのけた。

 本多は自分の手をまじまじと見つめ、そして、克哉に視線を戻した。

「お前、痩せたな」

「そうか?」

「ああ。どうしたんだ、一体」

「お前みたいに馬鹿食いしてないからな」

 冷淡に返す克哉に、本多は太い眉を大げさにひそめた。

「なあ、克哉。付き合いも悪くなったし、毎日定時に帰っているし、お前一体どうしたんだ?」

「飲み会に参加するのも個人の自由だろ。仕事はしっかりこなしているんだ。定時に帰って何が悪い」

「悪いと言っているんじゃない、何かあったんじゃないかと聞いているんだ」

「そんな大声で怒鳴るな。聞こえている」

 本多のよく通る低い声に、二人の傍らを通る人々がちらちらと視線を向ける。この会話も本多との間で何度も繰り返されたものだ。本多の嘘に騙(だま)されて、無理やり飲みに連れていかれたこともある。何度言い含めても、突き放しても、本多は懲(こ)りずに克哉を気にかけてくる。

 こんな人通りの多い道で言い合いをしていれば人目を引く。さっさと本多を振り切って帰りたかったが、本多は克哉を離す気はないらしい。仕方なしに、「ついてこい」とすぐ近くの公園に場所を移した。

 道路沿いにある公園は申し訳程度の光しかなかったが、それでも満月の月明りが闇を薄めていた。人混みで賑わう歩道とは打って変わって人の気配はなく、都会の真ん中にありながらも静けささえ漂う。もちろん、こんなところに長居する気もなかったので、公園に入るなり、克哉は本多に向かい合うときっぱり言った。

「お節介なんだよ、お前は」

 突き放す言葉に本多は明らかに気分を害したようだったが、それでも、負けずに言い返してきた。

「ああそうだよ、お節介だよ。俺は。お前、自分の顔を見たことあるか? 顔色も悪くて今にも死にそうだぞ。何があったんだよ、俺にも言えないことなのか?」

「……お前は俺の保護者か何かか?」

 低い声を出した。本多がほんの一瞬、怯(ひる)むのを見て、唇をゆがめて薄く笑った。

「いい加減、迷惑なんだ。俺のことは放っておいてくれ」

 それだけ言って、踵(きびす)を返したところで、ぐっと右手を引かれた。

「放せっ!」

「嫌だ、お前を放っておけない」

 振りほどこうにも本多の力は強く、ぎりぎりと手首に本多の指ががっしりと食い込む。痛みに顔をしかめた。だが、痛み以上にひんやりとしたものが背筋を流れる。

「俺は、心配なんだよ。お前がどんどん悪い方向に向かっていくようで……!」

 勢い込む本多が、シャツごと襟元を掴んでくる。シャツの布地が克哉の胸を擦り上げた。両乳首に付けられたピアスが強く揺さぶられる。

「――ッ!」

 淫らな電流が身体を走り、克哉は身体をびくんと強張らせた。身体の芯を炙(あぶ)る感覚を、意志の力でどうにか抑え込みながら声を絞り出す。

「本多、放せ……」

「わ、悪い……」

 急に抵抗が弱まった克哉に、本多が戸惑ったように手を放した。

 ゆっくりと息を吐いて、燃え上がりそうになる身体を鎮(しず)める。この身体の秘密は決して知られてはいけない。誰であろうとも。

「おい、大丈夫か?」

 克哉の様子がおかしいことに気付いたのだろう。本多が恐る恐る克哉に手を伸ばす。その手を避けるようにして、克哉は一歩身体を退いた。

「問題ない……。もう俺に構うな」

「お前、勝手すぎるだろ!」

 よろめくように本多に背を向けて歩き出した克哉に本多が声を上げた。足を止め、肩越しに振り向いた。

「俺が勝手だと? お前こそ俺を気遣う振りして、本当は俺を支配下に置きたいだけなんじゃないか?」

「な……」

 本多はそのまま唇を噛みしめるようにして押し黙った。身体の横に降ろした本多の拳が細かく震える。込み上がる怒りを必死に抑えているのだろう。

 自分に対する本多の気遣いは痛いほど身に染みている。だが、本多の親切を受ける資格など克哉にはないのだ。むしろ、克哉の数少ない友人と言える存在だからこそ、これ以上自分に近づけさせることはできなかった。克哉が抱えている秘密を知れば、向けられる眼差しは侮蔑と嫌悪に反転するだろう。

 にらみ合いが続く。緊迫した沈黙はどれだけ続いただろうか。

「じゃあな、本多」

 克哉はそう一言告げて、本多に背を向けると歩き出した。本多は、今度は、追いかけてこなかった。ただ、悲痛に満ちたため息が一つ、克哉の背後の静寂を乱した。

​To Be Continued......

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