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​さりとて、特別な夜に

 社会人になったあたりから、誕生日は特別な日ではなくなった。ともすれば、まったく意識に上らないまま、その日を迎えたことさえある。そんな自身の誕生日を、三十を過ぎた今頃になって強く意識するようになったのは恋人の存在が大きい。

 御堂が令和になって初めて迎える誕生日は日曜日で、克哉の提案で土曜日から一泊二日で、東京からさほど遠くないリゾートで羽を伸ばすこととした。

 克哉のことだ。誕生日にかこつけてあれやこれやとサプライズを仕掛けてくるに違いない。それよりは先手を打っておこうと、旅行サイトであれこれ検索している克哉に宣言した。

 

「では、夜は私の好きにさせてもらおうか」

「好きに?」

 

 克哉はキーボードをたたく手を止めて御堂を見た。

 

「いつだって好きなだけイかせてるじゃないですか」

 

 露骨すぎる表現に眉を顰める。

 

「そうではない。私が君を好きにしたいんだ」

「俺を好きに? ……いいですよ。御堂さんの好きにしてください」

 

 あっさりと承諾する克哉に拍子抜けしつつも、念を押した。

 

「その言葉後悔するなよ」

「しませんよ」

 

 涼やかな目元を緩めながら、克哉は平然と答えたのだった。

 

 

 

 

 克哉が選んだホテルは、全室ヴィラタイプの海に臨むリゾートホテルで、一つ一つの部屋が贅をつくした一戸建てだ。専用のロビーでチェックインし部屋に入れば他の客と出会うこともない。隠れ家リゾートとして著名人の利用も多いと聞く。東南アジアのリゾートを模した部屋は温かみのある木材に色鮮やかなエキゾチックモチーフが配色され、広々とした専用の庭に、プライベートプールやかけ流し露天風呂にジャグジーが付属している。

 初秋の空はよく晴れて、澄んだ青の中に、うっすらと吹き流したような雲が筋を描いている。プールやジャグジーで、移動の疲れを癒し、テラスに用意されたテーブルで夕焼けを眺めながら食事をする。そうして、陽が沈んだ頃……。

 

「それで、どうするんですか?」

 

 シャワーを浴びてきた克哉がタオルで頭を拭いながら寝室に入ってきた。寝室も例にもれず贅沢で、男二人が寝ても十分な余裕があるベッドが二つ並べられている。御堂は克哉の姿を見て、眉を顰めた。

 

「なんだその格好は」

「何か問題でも?」

 

 克哉は腰にバスタオルを巻き付けてかろうじて全裸を隠している姿だ。拭いきれなかった髪の水滴か克哉の鎖骨に滴り落ちて、しなやかな筋肉の乗った上半身に一筋の光る線を引いた。

 御堂に匹敵する百八十センチの長身の骨格。無駄のない筋肉をまとい、張りのある滑らかな肌に覆われて、男らしい色気を放っている。きわどい位置に巻かれたタオルが腰骨にかろうじて引っかかっていた。思わずそこに視線を引っ張られそうになって、慌てて目を逸らした。

 

「ちゃんと着替えてこい」

「俺の裸なんて、もう見慣れているでしょう」

 

 だが、克哉は気にも留めずにベッドに腰を掛けた。頭を拭いていたタオルを首にかけ、両手を後ろ手にベッドについて、御堂を見上げる。レンズ越しの眼差しがつながった。御堂もシャワーは浴びていたが、私服のシャツとスラックスに着替えている。本当は、テラスのチェアで夜景を眺めながらアルコールを飲んで気分を高め、そして、服を脱がし合うところから手順を考えていたのだ。だが、シャワーを浴びて火照った克哉の身体を目にすると、ぞくりとした興奮が背筋を駆け上がり、そんなことどうでもよくなってきてしまう。克哉が、にっ、と笑いかけてきた。

 

「で、この後は?」

「これを付けさせてもらう」

「手錠か……」

 

 用意しておいた手錠をカバンから出して、見せた。

 あらかじめ持ち込んでおいた手錠だ。といっても、本物ではなく、そういうプレイ用の手錠だ。メタリックな輝きを放っているが、手首に傷や痕をつけないよう加工されている。克哉を見下ろしながら、高慢に告げた。

 

「これで君の両手を拘束する」

「どうぞ、ご自由に」

 

 嫌がるかと思いきや、克哉はそんな素振りを一切見せず、素直に両手を前に出した。肩すかしを食らう。

 

「抵抗しないのか?」

「抵抗された方が燃えるなら、抵抗するが?」

「君と一緒にするな」

 

 調子を崩されながらも、克哉の身体の前で両方の手首に手錠をかけた。金属の硬質な音が響き、克哉の自由が奪われる。

 それなのに、克哉は動揺することもなく悠然とした素振りでいるのが憎たらしい。

 

「手錠をかけられるというのも新鮮だな」

 

 克哉は手錠のかかった両手を顔の高さまで持ち上げて、しげしげと眺めている。所詮はおもちゃの手錠だ。克哉がその気になれば簡単に壊すことが出来る。それでもそうしないのは、御堂がこれから何をするのか克哉も期待しているからだろう。

 余裕しゃくしゃくの克哉の両肩に手をかけて、ベッドに押し倒した。克哉は、何も言わずとも、手錠がかかった両手を頭上へと上げた。無防備な身体が晒される。御堂がやりたいようにさせてくれるつもりらしい。

 それなら、と克哉の顔の両サイドに手を置いて、顔に顔を寄せた。形の良い薄い唇を押しつぶすようにキスをする。克哉の唇が薄く開いて、御堂に深いキスを促してくる。

 くちゅり、と湿った音が二人の唇の間で立つ。肉厚な舌が絡み、唾液が掻きまわされる。克哉が御堂の舌をきつく吸い、喉をこくりと鳴らしながら唾液を飲み下す。

 キスの角度と深度を複雑に変えながら、キスを交わしていると、甘い痺れが波紋のように全身に広がっていった。湯上りの克哉の肌がしっとりと熱を帯び、自分もまた、それに負けないほど熱くなってくる。溺れるようにキスを貪っていると、下腹の奥がじわりと疼いてくる。キスに夢中になっていたことに気が付いて慌てて顔を離した。

 克哉が甘く喉を鳴らした。

 

「もっとキスしたかったのに」

「君のペースにハマってたまるか」

 

 挑発的な眼差しを受け流しながら、克哉の口の端から伝い落ちる唾液を舐めとった。そのまま、克哉の顎に軽く歯を立てて、首筋から浮き出た鎖骨まで舌を這わせていく。克哉を寝かせたまま、そのしなやかな肉体を好きに愛撫する。

 鎖骨のくぼみに水滴が残っていた。それを啜り、筋肉の流れに沿って舌を伝わせると、皮膚の下の細やかな緊張が伝わってくる。御堂にリードを握られるという慣れない事態に、克哉もまた平常心ではいられないだろう。そう思うと興奮が高まってくる。普段はいつも、これ以上にないくらい、追い詰められて喘がされてされているのだ。この野獣みたいな男が快楽に翻弄されて、屈するところを見てみたい。取り澄ました表情が淫らにほどけて、鋭利な刃のような双眸が悦楽に潤む姿は、きっと御堂をこの上なく興奮させる。毎回そう思いながら克哉と熱を交わすのに、今のところは残念ながら、御堂の完敗だ。だが、このまま大人しく克哉に屈する気はない。

 克哉の胸筋の輪郭を唇でたどりながら、つつましやかに色付く胸の粒を舐める。克哉がくすぐったそうに身体を震わせた。そこが自分ほど感じる部位ではいないことに少し残念さを覚えながら、頭を下げて、腹筋の窪みをなぞるように愛撫していった。そんな御堂の胸元を押し上げる質量を感じた。克哉に覆いかぶさる形で愛撫しているので、バスタオル越しの克哉の形がはっきりと分かる。それを押しつぶすように身体を伸し掛からせると、克哉が苦しげに身じろいだ。

 

「いつまで俺を焦らす気だ」

「焦らされるのは嫌いか?」

「焦らされるより焦らす方が好みだな」

「それならたまには、焦らされる身にもなってみろ」

 

 笑い含みに返しながら、克哉のバスタオルをめくった。硬く反りかえったペニスが弾み出てくる。克哉の視線を感じながら、薄く開いた唇の中にそれを迎え入れた。

 口の中いっぱいにいやらしい感触が満ちる。もっと克哉の味が欲しくなって、さらに深く顔を伏せた。先端を頬の粘膜に擦りつけて、舌を茎に絡ませる。啜り上げるたびに、潮気のある蜜が口内に広がる。苦しさを我慢して、喉の奥まで受け容れた。克哉が頭上に上げていた両手を下ろして、御堂の髪を掴んだ。そうして、軽く頭を押し付けてくる。

 

「御堂……イきそうだ」

 

 欲情に掠れた声で名前を呼ばれて、鳥肌が立つほどぞくぞくする。

 イくのを我慢しているのか克哉の内腿や腹部に力が入る。限界まで張りつめたペニスからいったん口を離した。上目遣いに克哉を見上げ、見せつけるように鈴口に溢れる蜜を舌先で掬い取って、言った。

 

「イっていいぞ」

「――ッ」

 

 最後の言葉を言い終わるか言い終わらないかの内に、「ぞ」の形に開いた口に熱い粘液が勢いよくぶつかってきた。口の中をしとどに濡らし、顔にまで跳ねる。立ち込める精臭、そして、火傷しそうなほどの重たい粘液を浴びながらも、克哉を絶頂に導いたという満足感にうっとりと目を細めた。

 

「あんた、相当にやらしいな」

 

 大きく息を吐いた克哉が呆れたように言って、御堂の頬を汚す自分の精液を指で拭った。そのまま、つう、と頬を滑らせて、御堂の唇の中に人差し指と中指が入れてくる。舌の上に溜まった克哉の精液と自分の唾液をくちゅくちゅとかき回された。大きく口を開いて、白濁に塗れた口内を克哉に見せる。手錠で繋がれた片手で顎を掴まれて、他方の手で口内をまさぐられて、口腔を犯されているような感覚に頭が白んできた。無心に克哉の指を、音を立てて舐めながら、重たい精液を何回かに分けて飲み下す。

 身体が熱い。熱情に唆されて、克哉の両脚に跨ったまま、シャツのボタンを上から順に外していった。そして、スラックスとアンダーを脱いで、克哉と同じ裸になる。

 達したはずなのに克哉が御堂に注ぐ視線は、狂おしいほどの欲情がこもっている。その強い眼差しを感じながら、ベッドサイドに用意していたローションを手に取った。

 

「手伝おうか?」

「自分で出来る」

「あんたの誕生日だというのに、俺ばかりが接待されて申し訳ないな」

「心にもないことを」

「その言葉こそ心外だな」

 

 せっかく、克哉の自由を奪っているのだ。克哉の上で、ローションに塗れた指を自分の双丘の狭間に伸ばした。くちゅり、と濡れた音が立つ。興奮した屹立と陰嚢に隠れたその奥で、御堂が何をしているのか、克哉にも分かるだろう。

 狭い内腔を自分の指で馴らしていく。そして、克哉のペニスを握り、窄まりへとあてがった。克哉のそれはすっかり硬度を取り戻している。ぐっとアヌスに圧がかかった。ぬるついたローションの助けを借りながら、その先端に自身を沈めていく。

 

「――っ、んあっ」

 

 張り出したエラが窮屈な部分に引っかかる。息を押し殺して先を急ごうとすると、力が入ってしまいそれ以上先に進まない。

 どうにかつながりを深めようともがいていると、とん、と唇に克哉の指が触れた。

 

「口を開けて」

 

 克哉にそう言われて、噛みしめていた唇を薄く開くと、そこに指が入ってくる。

 

「舐めて」

 

 舌先に置かれた指を先ほどみたいにしゃぶりだすと、身体の力がくたりと抜けた。そのタイミングを見計らって、克哉が腰をずらした。すると、ずるっと腰が落ちた。一気に克哉の屹立を半ばまで呑み込んでしまう。

 

「ひぁっ!」

 

 臓器が押し上げられる感覚に悲鳴を上げたが、すぐに疼く感覚に塗り替えられていった。

 身体が馴染むまで待って、克哉がゆっくりと上体を起こした。御堂の胸に顔を寄せて、乳首を甘噛みしてくる。その度に、内壁がきゅうっと淫らにうねり、もっと深いところへと克哉を誘い込もうとする。

 

「すごいな。持っていかれそうだ」

 

 少し余裕が出てきて、ゆるゆると腰を動かしだすと、克哉が感じ入った声で言った。克哉の目元にほんのりと朱が差して、快楽を感じていることが分かる。自由にならない両手でもどかしげに身体を震わせている。自分の身体に欲情しまくってる男を目にして、別種の興奮が沸き立ってきた。

 克哉の肩に両手をかけた。上から見下ろしながら、愉悦に満ちた声で言う。

 

「勃たなくなるくらいに搾り取ってやる」

「俺が勃たなくなったら困るのは御堂さんでは?」

「まずはその減らず口を封じないとな」

 

 克哉の頬を両手で挟み、上を向かせると唇を押し付けた。熱心に舌を絡めて唇を貪る。もっとしっかりと唇をかみ合わせたいのに、今になって克哉の手錠が邪魔になった。身体の前で拘束したせいで密着できない。

 御堂のそんな不満を敏感に察知した克哉が、上体を軽く反らして、手錠がはまった両手を上げた。そして、御堂の頭上に掲げてすっぽりと腕の輪の中に御堂を納め、きつく抱き締めてきた。肌と肌がこれ以上なく密着する。すると、腰の位置が上手くはまったのか、根元までぐぷりと咥えこんでしまった。

 

「あ、あああっ」

 

 身体の奥を拓かれる圧迫感に背をめい一杯しならせた。思わず克哉の首にしがみついてしまう。浅く息を吐きながら体の力を意識して抜くと、つながった部分から甘ったるい快感が身体の隅々まで広がっていった。

 

「御堂、動けるか?」

「……ん、あ、ああ」

 

 背中に回された克哉の指が御堂のまっすぐな背骨をなぞり上げる。その指に唆されるようにシーツについた膝に力を込めて、腰を浮き上がらせた。克哉のペニスに引きずられるように、粘膜が捲れて、擦り上げられる。半ばまで抜いたところで克哉が腰を突き上げた。抜けた分よりも、もっと深く貫かれる。

 

「はぁ……っ、ふか、い…っ」

 

 強すぎる刺激に膝ががくがくする。それでも、また、腰をそろそろと引いた。内腔がきゅっと締まり、克哉が熱い吐息を漏らす。

 共に生み出す快楽に夢中になった。

 じゅぷじゅぷと空気が潰れる音を立てながら、腰を振り立てる。そしてまた、克哉がその動きに合わせて突き上げてくる。

 克哉のペニスが一回り大きさを増した。身体の深いところで破裂しそうなほどの熱を抱える。頭の芯がねじ切れそうなほどの悦楽に包まれる。イきたいけど、イきたくない。ずっとこうしていたい。極みはすぐそこまで来ているのに、気持ちよさと苦しさで狂いそうなほどなのに、終わりを迎えたくない。それでも、自分と克哉を追い詰める動きを止められない。

 

「御堂」

 

 名前を呼ぶ声とともに、唇がぶつかるような勢いで押し付けられた。それが最後の一押しになった。身体の最奥まで抉り込んできた克哉のペニスが大きく震えた。

 

「――っ、ぁあああ」

 

 わななく粘膜が激しすぎる絶頂を迎える。脳天まで快楽が突き抜け、跳ねる身体を克哉に強く抱き留められる。自身の迸りが密着した二人の下腹を濡らす。その一方で、御堂の身体の深いところも克哉に濡らされていく。こぷり、と呑み込み切れなかった精液が結合部から溢れた。互いの熱が混じり合って滴り落ちていくのを、唇を重ね合わせながら、感じ取った。

 抱き合ったままの体勢で、しばらくずっとキスをしていたが、浮ついた感覚が抜けきらない。凝った熱はまだ、身体の奥底で熾火のように御堂を炙り続けている。とろとろに熟れきった襞がまた刺激を求めてうねりだした。くすり、と克哉が笑って体幹を大きくしならせると、抱きかかえたままの御堂を押し倒した。そのまま覆いかぶさる形になって、慌てた。ごりっと克哉の埋められたままの雄が御堂の中で動いた。

 

「な……っ、ああっ」

「次は俺の番だ」

 

 搾り取るつもりだったのに、搾り取られそうだ。克哉が笑いながら御堂に聞いてくる。

 

「歳の数だけするか?」

「……誕生日に腹上死はしたくないな」

 

 御堂の言葉に克哉がくくっと喉を鳴らして笑った。

 

「じゃあ、お互い満足するまで」

「君はまたそんなことを……、ぁ、ああっ」

 

 そうして、克哉は猛々しく腰を遣い始め、敏感になった御堂の身体を貪り始める。絶頂の後に迎えるどこまでも深い快楽に、御堂は否応なく呑み込まれていった。

 

 

 

 

「御堂、誕生日おめでとう」

 

 そう、甘く耳元でささやかれて、目を覚ました。

 時計を見ると十二時を回っている。手足がしびれたように感覚がない。「ん……」と呻いて克哉の方に顔を向ければ、近すぎるところに克哉の顔があって、自分をまっすぐ見つめていた。ぼやけた視界の中で克哉の口が動く。

 

「また一つ歳を重ねた感想は?」

「歳に言及するな」

 

 わざわざ自分を起こして言う言葉がこれか。

 御堂が嫌がることを分かって聞いてくる克哉は意地が悪い。重たげな瞼のまま睨み付けると、克哉は驚くほど柔らかく微笑んだ。

 

「俺は、今年もこうして御堂さんの誕生日を祝えてうれしいですよ」

「……私もだ」

 

 克哉の飾らない言葉に胸がじんわりと温かくなる。誕生日は自分にとって特別な日ではなかった。さりとて、特別扱いされることは嫌いではない。むしろ、こんな風にうれしく感じるのは克哉の存在が大きい。

 克哉と出会う前までは、あと腐れのない快楽ばかりを追い求めていた。何人と寝たかも数えていないし、顔さえ思い出せない相手もいる。自分さえ満足できればよかった。相手のことなんて考えたことはなかった。そんな御堂に対して、克哉は恐ろしいまでの執念さで自分自身を御堂に刻み付けてきたのだ。その痛みを忘れることはないだろう。失ったものは大きかった。だが、それ以上のものを得た。今、自分の傍らにある熱がそれだ。

 感傷に浸る御堂を知ってか知らずか、克哉は真面目な顔をして聞いてくる

 

「この一年の抱負は?」

「後にしてくれないか」

 

 余計なことに頭は使いたくない。今はこの気怠い眠さと温かな心地よさに包まれていたい。わざとぞんざいに返したが、克哉は気にも留めないようだ。機嫌よく言葉を継ぐ。

 

「それなら、俺の抱負を」

「君の?」

「次の誕生日までに……」

 

 克哉が指を伸ばして、御堂の額に張り付いた前髪を払った。

 

「あなたに、俺にもっと惚れてもらうよう努力しますよ」

「……それは無理だな」

「無理?」

 

 甘い告白を無下に返した御堂に克哉が訝しげに聞き返してくる。ふん、と鼻で笑った。

 

「これ以上、君を好きになる余地などない」

 

 一瞬、目を瞠った克哉が笑い出した。

 

「それって、これ以上ないくらい俺に惚れているってことか?」

 

 婉曲表現をストレートに言い換えられて、返す言葉を失ってしまう。恥ずかしさに、すい、と顔ごと身体を返して背中を向けて、不貞腐れてみせると、克哉が御堂に身体を添わせた。背後から抱きしめてくる。御堂の肩口に顔を埋めて、堂々とした口調で言った。 

 

「そこを超えていくのが俺ですよ」

 

 不敵な言葉が御堂に応える。

 どこからそんな自信が出てくるのか、あっけに取られて振り返り、まじまじと克哉を見返してしまったが、それもほんの数秒で、同じタイミングで噴き出した。

 笑ったままの形の唇を寄せてキスを交わす。

 克哉がほんの少しだけ、唇を離して囁いた。

 

「愛してますよ、孝典さん」

「私も……愛してる」

 

 それだけ言って、唇を押し付けた。すると、すぐに、もっと濃い熱が返ってくる。彼は期待には必ず応える。そういう男だということはよく分かっている。

 克哉のこんなところが好きなのだ。

 本当に、この男を好きで良かった。

 きっと来年は今以上にこの男を好きになっているだろう。

 こうして満たされながら、また今年の誕生日を過ごすのだ。

 

 

END

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