
仮装祭の果実
バスルームから出た御堂はリビングに入るなり、目に飛び込んだ克哉の姿に驚きと感嘆の息をついた。
「君がハロウィンのような祭りを好むとは意外だった」
「そう、見えるか?」
部屋のソファの上に寝そべる克哉は、御堂の言葉に不機嫌な返事をすると、背を向けてごろりと転がった。
それにしても、と御堂は克哉の全身にまじまじと視線を滑らせた。
なんと精巧な仮装だろう。
淡い色の髪からぴんと立った黒い毛で覆われる二つの耳は、先端に長い毛が生えている。そして、部屋着のズボンのウエスト部分から垂れる長く黒い尻尾。時折くねって床を物憂げに叩いている。
御堂がシャワーを浴びている間に随分と手の込んだことをしたものだ。
黒猫の仮装だということは一目で分かったが、御堂へのサプライズにしては本人の態度が全く乗り気ではない。
「佐伯」
呼びかけると、克哉の耳だけピクリと動いて御堂の方に向いた。その仕草が余りにも猫らしくて、御堂はクスリと笑った。
「せっかく立派な仮装をしたんだ。街にでも繰り出すか?」
折しも、今夜はちょうどハロウィンで、街では若者たちが仮装して練り歩いている。ここ数年、日本でもハロウィンの行事が根付いてきたようで、この時期は魔女や怪物、色々なキャラクターを模した仮装を子供から大人まで楽しんでいる。
だが、克哉は今までそんなお祭り騒ぎをどこか醒めた目で見ていた気がするのだが、どういった風の吹き回しだろう。そしてこの、ふてくされた態度はどうした訳だろう。
「君はさしずめ使い魔の黒猫といったところか。それなら私は魔法使いにでも仮装するか」
冗談めかして言ってみるが、とうの克哉は御堂に背を向けたまま返事をしない。
無視されているのかと思いきや、垂れ下がった尻尾の先をパタパタと小さく振っているので、それで返事をしているつもりのようだ。
尻尾も耳も質感から動きまで、あまりにも真に迫っていて、本物の黒猫に見える。
好奇心に衝き動かされて、御堂は克哉へと歩みを寄せ、ピクピクと動く尻尾に手を伸ばした。ビロードのような肌触りに思わず尻尾を掴もうとした寸前、克哉が文字通り飛び上がった。
「尻尾に触るなっ!」
鋭い声と共に、克哉はソファの上に両手両足で華麗な着地を決めて見せた。
「す……すまない」
驚きに声が掠れた。
ソファの生地に食い込む克哉の手の爪はどれも鋭く尖っている。そう、まるで猫の爪のようだ。
克哉がうん、と背筋を伸ばした。伏せられた耳、撓らせた背、そして伸びた尻尾まで優美な曲線を描く。明らかに人間離れをした動きと姿。本来ならばこの時点でおかしいと気付くべきだったが、御堂はうかつなことにソファに食い込む爪先が高い革の生地を傷つけやしないかということばかりが気にかかっていた。
「君の、その猫の仮装は、何というか……やけにリアルだな。だが、その爪はやりすぎではないか」
「本当に仮装だと思うのか?」
ニヤリと克哉が笑って、真っ赤な口と尖った犬歯がちらりと見えた。
「仮装でなければなんだというんだ。君は実は化け猫だったとでもいうのか?」
「試してみるか?」
克哉が浮かべた獰猛な笑みにゾッとする。レンズ越しの蒼い双眸がいつにも増してギラリと光った。これは、獲物を前にした肉食獣の笑みだ。太古より本能が抱く、闇に潜む猛獣への畏怖が背筋を走った。
「いや、遠慮しておく」
「遠慮するな」
克哉を見据えながら、一歩後ろに足を退いた。
克哉は上半身と頭を低くして両手(いやこの場合は前足というべきか)に力を漲らせる。克哉の尻尾が左右に小刻みに振れた。明らかに獲物を狙う猫の仕草だ。そして、克哉の目の前にいる獲物とは自分以外に考えられない。
手近にあるもので、猫じゃらしの代わりになる物はなかっただろうか。どうやって、克哉の気を逸らしてこの場から脱出するか、周囲を伺おうと克哉から目を逸らした瞬間、両肩に重みがかかった。
「くあっ」
ラグに尻もちをついて仰向けに倒れる。克哉に襲い掛かられたのだ。伸し掛かる克哉に両腕を頭上でまとめてラグに縫いとめられた。顔を上げれば、自分を見下ろす克哉と視線がぶつかった。
紡錘形の瞳孔が御堂を前にして大きく真円に広がった。その変化はまさしく猫の眸だ。
「佐伯、お前、まさか本当に…!?」
「ああ、猫になったんだ。柘榴を口にしてしまってな」
克哉が何を言っているのかさっぱり理解不能で、理解したくもなかったが、克哉は御堂に聞かせるように、にゃあ、と鳴いてみせた。
それは、全くもって可愛げのない鳴き方で、開いた大きな口の中には尖りきった牙が濡れて光る。
恐怖しか感じない。
ネコ科の動物は小さいからこそ愛玩できるのだ。こんな成人男性サイズの猫なんて、猛獣以外の何物でもない。御堂に馬乗りになる克哉は猫というより豹か虎のようだ。
克哉が御堂の首元に顔を埋めた。喉笛を食いちぎられやしないかと思わず悲鳴を上げた。
「ひあっ!」
首に感じたのは熱く濡れた舌で、それでざらりと舐め上げられる。どうやら、克哉は本当に猫になってしまったようで、舌にびっしりと生えた細かい棘に薄い皮膚を削られる。
克哉もそれを分かっていて、軽く舌をあてて首筋に這わせた。熱のこもった吐息が肌を熱く湿らせていった。
そのくすぐったさを堪えようと首を振る。克哉の爪が羽織っていたバスローブの合わせから中に忍び込み、胸の尖りを突いた。尖った爪の先端でくいくいと弄られて、痛痒い刺激と共に乳首が赤く熟れていく。あっという間に硬く凝った乳首を克哉の舌が舐め上げた。
「あ、くっ、ああっ!」
ぴちゃぴちゃと淫猥な音が立つと同時に、びりびりとした刺激が、胸から全身を貫く。棘だらけの舌がもたらす想像以上の苛烈な感覚に手足を引き攣らせて胸を反った。とはいえ、下半身に克哉が馬乗りになり、両腕を押さえ込まれているせいで、克哉に向かって胸をせり出す格好になり、克哉が喉を低く鳴らして自分に捧げられた乳首を舌と爪で転がして弄る。
「ふ、ん……やっ、あっ」
弾む息に声が混ざり始める。克哉はたっぷりと胸を愛撫して、顔を下に降ろしていった。
ざらついた舌が体の輪郭を辿りながら、鳩尾、そして臍へと下りる。
バスローブはすっかりはだけて、帯がかろうじて布を身体にとどめているが、厚いタオル地の布を持ち上げるようにその下で自分の性器が張り詰めている。
棘だらけの熱い舌が自分の性器を舐め上げたらどれほどの刺激があるのだろう。
克哉の爪がバスローブの生地を引っ掛けて脇に除けた。淫らな期待に勃ちあがる性器が露わになって、その羞恥に顔を背けた。
「期待してたのか」
克哉がニヤリと笑って、真っ赤な尖った舌を出した。その舌が、ペニスの竿から裏筋をじりじりと舐め上げていく。
「あ、あ、あああっ!」
電撃のようなびりびりとした刺激が背筋を貫く。克哉の尖った舌が鈴口に差し込まれた瞬間、耐えきれずに精を放っていた。飛び散った白濁が克哉の顔から眼鏡を汚していく。
「全く、あんたは我慢がきかないな」
「すまない……」
あっという間に放ってしまったことに気恥ずかしさを覚え、消え入りそうな声で謝るが、克哉は笑みを零した。
「いいや、今夜はたっぷりと御堂さんを味合わせてもらいますから」
克哉が顔を放して、口元に付いた白濁をぺろりと舐め上げた。瞳孔が線のように細められる。
克哉に体を返されて、うつ伏せにさせられる。腰を抱え込まれて高く上げる体勢を取らされた。双丘の窄まりにぬめる舌が入り込んでくる。
「い、あ、あ……っ」
淫蕩な感覚にすぐに喘ぐことしか出来なくなった。無意識に足を大きく広げて腰を高々と上げてしまう。
克哉の蠢く舌に合わせて淫らに腰を揺らして更なる刺激をねだる。
「すっかり発情しきっているな」
「克哉……あっ」
笑い交じりの声と共に、克哉が伸し掛かってきた。その重みを感じながら肩越しに振り返り、克哉のそそり立った股間を目にして意識が現実に引き戻された。そこにあるのは見慣れたものとは全く違うものだ。亀頭はなく、円錐形で根元に行くほど太くなっている。息を呑んだ。
「佐伯、それ……っ」
「ああ、ここも猫になったんだ」
涼しい顔をしながら事もなげに克哉は答えた。
唖然として続く言葉を失っていると、克哉のそれが双丘の狭間に触れた。
熱く滾るそれが根元まで埋め込まれたらどうなるのだろう。恐ろしさに腰を引こうとしたところで、首筋を噛まれ、がっちりと腰骨を押さえ込まれた。獣の交尾の体勢だ。
「あ、くっ」
肉を押し広げながら、克哉のものが入り込んでくる。いつもなら亀頭の張り出しを咥えこまされる苦しさがすぐに襲い掛かるのに、先端が細いせいでその苦痛はない。だが、安堵したのも束の間、身体を穿つ性器はどんどん太くなってくる。
「や、あ、ああっ、苦し」
深く身体を貫かれる。太い根本まで挿れられてアヌスが大きく開ききる。肩で息をしながら、その圧迫感を逃がそうとしていると、克哉がゆっくりと腰を動かし始めた。その瞬間、結合部から激烈な痛みとも快楽ともつかぬ感覚が脳まで達した。
「ん、あ、ああ、あああっ!」
それが、克哉の性器の根元に生える無数の棘がもたらした刺激だと理解するのに、数秒かかった。猫のペニスの根元には棘が生えている。そういえば、そんな話を聞いたことがあった。抜けるのを防ぐためか、その刺激で排卵を誘発するための仕組みだっただろうか。
克哉が腰を揺すって抜こうとすると、その棘が逆立って快楽の凝りに突き刺さる。あられもない悲鳴を上げた。
「あ、だめっ、抜くなっ!」
「もっと深くまで挿れて欲しいのか」
首筋に噛みつく克哉が熱い吐息とともに喉で笑った。
「違っ、や、ああっ」
克哉が腰を深く挿しこんできた。腰を揺さぶられる度に、結合部が痺れて焼け爛れる。
強烈すぎる感覚に身体が跳ねる。それを克哉にしっかりと押さえ込まれて、繋がりを深められる。
克哉に腰を揺すられる度に自制心を乱されて啼いていたが、苦痛は次第に快楽へと純度を高めていった。
律動が激しく強くなり、克哉の呼吸も荒くなっていく。
克哉の手が御堂のペニスを握りこんだ。尖った爪が尿道に刺しこまれて白濁に粘つく中をくすぐる。
「いっ、……あ、ふ」
全身の隅々まで犯されるような淫靡な獣の交わりに夢中になって快楽を貪る。
「あ、イく……っ、克哉っ、うっ」
克哉が御堂の首筋に立てた牙をぐっと深めた。その鮮烈な痛みに首をくうと反る。同時に今までになく深いところに精をドクドクと注ぎ込まれる。
それを恍惚と受け止めながら、自らもまた精を放った。
ペロペロと首筋を舐め上げられる。横たわった御堂に寄り添う形で、克哉が自らが噛みついた部分を丹念に舐めていた。
「すまない。噛みついてしまって」
克哉が申し訳なさそうに謝るが、問題はそこではない。
「本当に猫になってしまったんだな……」
御堂はふうと大きなため息をついて、これからのことについて目まぐるしく思考を走らせた。
「食事はどうすればいい? ひとまず魚がいいのか?」
御堂の言葉に、くくっと克哉が低く笑って、頬を擦り付けてきた。その感触がくすぐったくて、両手で克哉の頭を包み込む。克哉の髪は普段よりも弾力があってふさふさとしており、ぴょんと生えている大きな三角形の耳の根元を指先で撫でると克哉の喉がゴロゴロと鳴った。克哉のしなやかな尻尾が御堂のわき腹をくすぐりながら叩いていく。
「明日には戻っているさ」
「そうなのか?」
「ああ、そうさ。戻らなかったらあいつを締め上げるから安心しろ」
「あいつ?」
その問いに克哉は答えず、唇を合わせてきた。猫の大きくて肉厚の舌がざらりと口の中を舐めまわしていく。そのキスに応えながら舌を絡ませていると、不意に甘酸っぱい果物の味が口内に広がった。