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熱帯夜

 熱帯夜と報じられる、東京の真夏の夜だった。

 部屋は冷房が効いてはいたが、シャワーを浴びた身体は火照って熱く、日中の疲れも相まって、シーツが乱れるのも構わず、御堂はバスローブを羽織ったまま寝室のベッドに大の字になった。

 素肌に触れるシーツの冷たさが心地よい。ベッドのスプリングが御堂の重みを柔らかく受け止める。適度な疲労感にうつらうつらとしかけたところで、寝室の扉を開けて、スーツ姿の克哉が入ってきた。片手には氷が浮かんだ水を湛えたグラスを持っている。

 

「御堂さん、喉乾いたでしょう」

 

 まだスーツも脱いでない克哉は御堂がシャワールームから出るのを待ち構えていたかのようだ。

 克哉は御堂が求めるものを、御堂が欲しがるタイミングを見計らって、さりげなさを装って与えようとする。気が利くと言えばその通りだが、どうも一挙手一投足を見張られているようで落ち着かない。だから、克哉の気遣いをあえてすぐには受け取らない。

 

「ありがとう。そこに置いてくれ」

 

 身体を動かさずに目線だけでベッドサイドテーブルを指すと、克哉がグラスを持ったままベッドに歩みを寄せた。

 カラン、と氷がグラスにぶつかって澄んだ音を立てる。

 唐突に喉の渇きを覚えた。グラスを握る克哉の指先を無意識に物欲しげな視線で追うと、克哉が自らの口許にグラスを運んだ。傾けられたグラスから形の良い唇の中に、水が波紋を立てながら流れ込んでいく。

 克哉がグラスの水を飲む。

 ただそれだけの仕草なのに、それが妙な色気を醸し出した。

 御堂がささやかな意地を張っているのを見越しているのか、克哉はベッドに横たわる御堂に覆いかぶさるように顔を寄せて唇を重ねた。

 唇に重みがかかる。小さく「ぁ」と呟くと、薄く開いた隙間からひんやりとした液体が注がれた。

 触れる唇は熱いのに、流れ込んでくる水は冷たく、そして甘い。

 ごくりと喉を鳴らして飲み下し、それだけでは足りなくて克哉の唇を濡らす水まで舌を出して舐めとった。

 にやりと笑った克哉が上体を起こし、グラスの中の氷の欠片を口に含んで再びくちづけてくる。

 熱い舌でそれを受け取ると、氷はあっという間に溶けて消えていく。火照った身体に染み込む冷たさが気持ちよい。

 ひんやりとした克哉の口内、その中を舌先でまさぐる。克哉が喉で笑いながら、御堂の舌を吸いあげて舐めしゃぶってくる。

 今度はもっと大きい氷を口移しされた。克哉とお互いに舐めて互いの口内で転がしながらキスを貪る。

 熱を沈めるはずの水が、逆に呼び水となってもどかしい熱を引き寄せる。唇の角度を変えて何度もキスを交わす行為に夢中になった。指先で克哉のネクタイのノットを解くと、克哉が喉を軽く反って、服を脱がす行為を御堂に促してくる。

 乱れたバスローブからは火照った肌が露出する。下半身の淡い翳りは辛うじて隠されていたが、頭をもたげだした欲望がバスローブを押しのけるのも時間の問題だろう。

 克哉がグラスを傾けて新しい氷を口に含んだ。キスを期待すると克哉の頭が眼下に消えた。

 

「ひあっ、ぁ……っ」

 

 克哉が、御堂の乳首を咥えた氷でなぞった。

 氷点下の刺激が鋭い針のように敏感な性感帯に刺さり、乳首がそそり立っていく。右の乳首をたっぷりと刺激して、今度は左の乳首に氷が押し当てられる。そして凍えた右の乳首を克哉の指先に挟まれて、摘ままれ捏ねられる。淫靡な熱が凍えた乳首を温めて、新たな疼きを小さな尖りに宿していく。

 今までにない熱くて冷たい快楽に耽っていると、口の中の小さくなった氷の欠片、それを克哉が指で摘まんで、今度は御堂の剥き出しになった両脚の奥に手を伸ばした。氷点下の熱を感じたアヌスがひくつく。驚いて息を呑むと、そのままぬぷりと体内に押し込まれた。

 

「あっ! んっ、……ぅっ」

 

 熱が滾った身体の奥にいきなり氷の塊を挿れられて、その冷たさにビクンと身体を突っ張らせた。克哉の手が突然の凍えた刺激に萎えた性器を緩く扱いて、再び熱を持たせていく。

 御堂の抵抗は、唇とアヌスに挿れられた指で封じられた。指先が熱い体内でくねると、粘膜に挟まれた氷はすぐに溶けて、ぬちゅぬちゅと卑猥な濡れ音を立て始めた。

 

「あっという間に溶けたな」

 

 克哉が指を前後するたびに、狭い内腔の液体が掻きまわされる。下腹の奥にじんわりと熱が灯されたところで、引き抜かれた指先が、グラスから新しい氷の塊をそっと挿入した。

 

「ひっ、あ、ああ……」

 

 敏感な粘膜が氷に嬲られて痺れ、長く熱い指に再び解かれていく。今までとは異質の官能がたちまち沸き起こった。克哉の指先が感じるところを執拗に擦り始めると、その先の快楽を求めて粘膜が蠢きだした。

 

「もっと欲しいんでしょう?」

「もうっ、氷はいい……っ」

 

 すっかり屹立した先端からは、体温と同じ熱さの液体がてらてらと光りながら滴り落ちている。

 克哉に口移された水によって喉を潤されたはずなのに、熱と氷が複雑に絡み合った快楽で渇きが一層深まった。

 克哉の唾液をこくりと呑み込んで、濡れた眸を克哉に向ければ、ぎらりとした獣めいた獰猛な眼差しが返された。

 淫靡な期待に胸が高鳴る。克哉の大きな手が御堂のバスローブを剥いで、剥き出しになった腰骨を掴んだ。うつぶせになった状態でぐっと腰を引き寄せられる。尻の狭間に火傷しそうなほど熱くて硬い肉塊が触れて、ひくりと喉を上下させた。その先端が目的をもって、期待に震える御堂の窄まりをつついた。

 

「ん、……ぁっ、あああっ」

 

 生々しい熱が体内にめり込んでくる。凍えた粘膜を貪る勢いで抉りこんでくる克哉に怯えて、思わずシーツを掴んで前へと逃げようとしたが、飢えた獣のような獰猛さで押さえ込まれた。

 

「あんたの中、冷たくて気持ちいい……」

「佐伯……、ふ、かい……んあっ」

 

 熱っぽい吐息が首筋を撫でる。

 じゅぷっと音がして、根元まで深々と埋め込まれた。克哉の先端に押されて、体内の奥深くまで氷が入り込んだ。身体の芯まで冷気が凍みわたるようで、ぶるりと震えたものの、すぐに御堂を貫く熱い楔に、内壁が燃え立つように疼きだした。

 大きな動きで克哉が腰を遣いだす。えらの張った亀頭で中を抉られて擦られる刺激に、出口のない快楽が渦巻いて、煮詰められていく。

 長い陰茎が御堂から出入りするたびに、溶けた氷が空気と混ざって卑猥な音を立てながら、内股を伝って流れ落ちていく。恥ずかしいところから溢れ出す液体を堪えようと、下腹に力を込めれば、粘膜が締め付けて体内の克哉の存在を生々しく感じ取ってしまう。

 

「水が……零れてっ」

 

 内腔から水が零れるたびに、粗相をしているようで落ち着かない。その居心地の悪さをどうにか隠そうと内腿を閉じたところで、克哉に足首を高々と持ち上げられた。

 太い克哉をしっかりと咥えこんで大きな円を描く結合部も、脈が浮き立つほど漲って、頂から根元までぬらつくペニスも、全てが克哉の前に曝される。

 克哉はレンズ越しの鋭い眼光で、御堂の全身を余すところなく舐めるように視線を這わせた。激しい羞恥に呻いたのに、濡れた内壁は蕩けて克哉を一層食い締めだした。

 

「見るな……っ」

 

 消え入りかけた声で掠れながら呼んだ名前に呼応したかのように、克哉が猛然と腰を打ち付けだした。重い陰嚢がぶつかり押し合う。これ以上なく深いつながりに気を失いそうだ。

 何度も突き上げられて、揺さぶられる。身体が壊れそうなほどの激しさは男同士ならではだろう。狂おしいほどの愉悦。臨界点を超えたところにある絶頂を焦がれて、体内の克哉をぎゅうっと引き絞った瞬間、大きく突き上げられて達していた。

 

「あ、あああっ」

「……孝典」

 

 荒く吐く息の狭間にそう聞こえたかと思うと、体内にどっと凶暴な熱が放たれた。克哉が深く倒れこんでくる。肉襞で包み込んだ克哉の雄がびくびくと震えて、御堂の中に精液を注ぎ込んでいく。それを克哉と唇を合わせながら受け止めた。

 克哉は唇をほんの少しだけ離して、それでも唇が触れる距離で囁いた。

 

「御堂さん、またシャワーを浴びないと」

「お前のせいだ」

 

 我を忘れた行為の果てに、二人の肌は汗で薄っすら光っている。しかし濡れた肌を触れ合わせることを不快に感じるどころか、こうも酔いしれてしまうのは熱い夜が理性を奪い去った身体。

 

「一緒にシャワーを浴びますか?」

「ああ……」

 

 素直にうなずくと、克哉の男らしい面差しに悪だくみの笑みが浮かんだ。しまった、と思う寸前に、体内に収めたままの克哉がぐんと質量を持つ。

 

「どうせシャワーを浴びるならもう一度」

「馬鹿、もう……よせっ」

 

 咎める声は克哉の唇に吸い込まれた。克哉が快楽を呼び戻すために動き出す。熱っぽい吐息を漏らしながら、御堂も克哉の動きに合わせて腰を揺らめかした。

 大都会のねっとりした熱い闇に包まれて、溺れるほど甘く熱い夜は始まったばかりだ。

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