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白夜

 夜の始まりとともにその部屋は煌々と光が灯る。その照明の白々しいまでの明るさが、その部屋にいる人間の影をより濃く落とし、そこで行われている行為を現実感が欠けた舞台のように演出した。
 部屋に居るのは二人の男。一人はその長躯に乱れのないスーツを纏い、すらりとしたシルエットを映し出していた。その男の見下ろす視線の先に、もう一人の半裸の男が床に転がされていた。後ろ手に拘束され、足を金属のバーで広げたまま固定された状態のその男はかろうじて全裸にシャツを纏っているが、はだけたシャツから覗く素肌には赤い線条痕がいくつも刻み付けられている。不自然な態勢のまま、ピクリとも動かないその男、御堂は意識を失っているようだった。
「起きろ」
 スーツの男、克哉は屈んで、反応を失った御堂の頬をはたいた。乾いた音とともに与えられた刺激に微かに睫毛が震え、緩やかに瞼が薄く開く。
 焦点を失い、ぶれた瞳孔が頼りなく彷徨う。左右に眸が振られ、その視界に克哉の顔を収めた瞬間、瞳孔が大きく開き、身体が強張った。
 四肢を動かそうにも、拘束されたその身体は動かせず、克哉の視線から秘所を隠すことさえ出来ない。
 未だ醒めない悪夢の中に現実が一続きになっていることが思い出されたのだろう、顔色が絶望に染め上げられていく瞬間を、薄い笑みを浮かべながら克哉は見つめた。
「お前は、逃げられない」
 一言一言、しっかり区切ってはっきりと告げる。頭上から降りかかる冷やかな声音に、御堂の無防備な体が震えた。
――夢の中でさえ、逃がすものか。
 克哉の前に晒された、薄い尻肉を撫で上げると、その白い素肌につけられた鞭の線条痕を爪で強くなぞる。先ほど付けられたばかりのその痕は、赤く腫れており触れれば熱を発している。
「やっ……やめ…ろ」
 その痛みに御堂が力なく首を振った。その反応に克哉は笑みを深めた。
 監禁してからどれ位経っただろう。
 日々嬲っても御堂は克哉に屈したりはしない。それどころか、最近は快楽を与えても、苦痛を与えても、すぐに御堂は意識を手放してこの場から逃げようとする。
 当初は御堂が意識を飛ばす度にその責めを緩めていたが、こうも簡単に意識を飛ばされると流石に我慢ならない。克哉の手の及ばぬ世界に逃げ込もうとしている意図が透けて見えるのだ。
 だからこそ、もう手を抜くことはない。失神する度に無理矢理覚醒させ、その度に、現実世界に引き戻されて絶望に歪む御堂の顔を、昏い愉悦とともに眺める。
 どこにも逃げ場はないということを、しっかりとその身体と心に刻み付けなくてはいけない。
「あんたは優秀な男だ。だから、もう、分かっているんだろう?誰もお前を助けに来ない」
 御堂は耳を塞ぐかわりに、瞼をきつく閉じ首を振った。克哉は気にせず、その耳元に息を吹きかけつつ厳かなほど深い声音で囁く。
「俺があんたに飽きたら、あんたはどうなる?精液と涎にぐちゃぐちゃに塗れたまま、あんたは独りっきりでこの部屋に繋がれたまま、朽ちるんだ」
「やめてくれっ…」
 その残酷な言葉に嬲られて、御堂の双眸から雫が溢れ、滴り落ちだした。下半身を濡らす精液を指に掬うと、御堂の性器に絡めつつ擦りあげる。克哉の手の内でペニスがひくりと反応しだした。いとも容易く嵩を増すそれを嘲笑うように喉を鳴らすと、御堂が唇を噛みしめた。
「あんたにできることは俺に縋ることだけだ。俺を悦ばせてみせろ」
「いやだっ……!触るなっ」
 その態度は駄々をこねる子供と変わらない。首を必死に振って叫び、身体を捩じって強張らせて全身を使って拒否する。当初は克哉の一言一言に反論し、罵詈雑言を繰り出していたのに、今や拒絶の態度も日々退行してきている。
「御堂」
「離せっ……、やめろっ」
 克哉が口を開きかけた途端に、拒絶の言葉が御堂の口を突いて出る。克哉は苛立ちに舌打ちした。手に持っていた乗馬鞭を握り直して、その背に素早く振り下ろす。
「黙れ!」
「ひっ…!うあっ…!」
 克哉の鞭から逃げようと、不自由な身体を捩り、手足の拘束具を引き千切らんばかりに引っ張る。それでも逃げられない事実に、身体が大きく引き攣れて竦み、ひゅっと掠れた息が喉を鳴らした。後ろ手に括られた手がきつく握りしめられ、爪が手掌に食い込んだ。
 無様に這う姿の御堂に、克哉が音を鳴らして数度鞭を打ち付けると、御堂はもう動こうとしなくなった。大人しくなったことに満足し、克哉は鞭を振るう手を止めて、鞭を床に置いた。しゃくりあげる嗚咽と、痛みを逃そうとする浅く速い息が室内に響く。
 克哉に向かって掲げられて固定されたままの腰を引き寄せる。その身体が一層強く震え、戦慄いた。先ほどとは打って変わった優しい声音で語りかける。
「御堂、俺の下に堕ちてこい。お前の味方はもはや誰もいない。お前の身体でさえ、お前を裏切る」
 肩で喘ぎながら、涙を流しつつ御堂は首を振った。
 きつく閉じようとする後孔に指を含ませる。克哉によって性交のための器官として躾けられたその孔は、抗おうにも容易に克哉の指を咥え、ひくつく。
「くぅっ……うっ」
「どうして欲しい?バイブがいいか?俺のがいいか?それとも両方か?」
「……っ、」
 御堂は克哉から顔を逸らしたまま、問いかけに応えようとしない。どこまでも克哉をないがしろにしようとする態度に、再び大きく舌打ちをした。
 肩を床に押し付け頭を伏せさせ、腰を高く掲げさせる。
 腹立ちを御堂に対する欲情に置き換え、自らのペニスをそそり勃たせると、御堂のアヌスにあてがった。
「ぐうっ、あ、あああっ」
 無理矢理こじ開けるように乱暴にねじ込んでいくが、連日の絶え間ない行為によってそこは緩み、克哉の剛直を柔らかい肉襞が包み込むように呑み込んでいく。
「ふっ、あっ」
 根元まで埋め込むと、軽く腰をゆすった。その圧迫感に御堂が呻くが、御堂のペニスの先端からは蜜が次々と溢れ出し下半身を汚していく。
「気持ちいいか?」
「抜けっ…!やめ、ろ…」
 嫌々するように御堂が首を振ったが、その実は深い官能を得ていることを克哉は知っている。現に、克哉がペニスを引き抜こうとすると、御堂の中はそれを引き留めるように絡みついてくる。
――それなのに、何故、抵抗する?それほど俺が憎いのか?
 どうして御堂は現実を見ようとしないのか。
 御堂の身体は、とうに克哉の元に堕ちていた。御堂の身体は克哉に触れられれば悦んだ。克哉が手ずから与える快楽も苦痛も貪欲に食らい、歓喜に打ち震えている。それでも尚、御堂はその事実から目を背け、克哉自体を御堂の世界から締め出して無視しようとする。
 その強情さは呆れるほどだ。ならば、御堂が克哉を無視できないように、受け入れざるを得ないように強引な手段を取らざるを得ない。御堂を閉じ込めて、自由を奪い、本人が食らいつくせないほどの快楽と苦痛を与えよう。そうすれば、御堂は克哉を認めざるを得ないはずだ。
 では、何故、こんなにも渇きが増していくのだろう。
 いまや、克哉は御堂に悦楽を一方的に与えているだけで、その分克哉の中からは何かが失われている。それが酷い焦燥と苛立ちになって克哉に跳ね返ってくる。御堂を貶めることで得られる愉悦はほんの一時だけのもので、それが過ぎ去ればより激しい渇望が克哉を待ち構えている。克哉は御堂から多くのものを奪ったが、肝心なものは奪えていない。
 克哉がこうまで渇き飢えるのは、御堂がいつまでたっても克哉を認めようとしないからだ。
『どうして、私なんだ。私のことが憎いのか』
 御堂は時折思い出したように、その眼差しに強い光を覗かせながら克哉に話しかけ、なぜ自分がこのような目に会うのか理由を探していた。御堂は克哉が憎しみでもってこんなことをしているのではないかと疑っていた。だが、克哉は御堂に苛立ってはいたが憎んではいなかった。むしろ、克哉を憎んでいるのは御堂だろう。
 克哉も御堂に問いかけ続けた。何故、御堂は克哉に膝を屈しようとしないのか。その方が抵抗を続けるよりも楽なはずだ。人はより楽な方に転がり落ちるように出来ている。だが、御堂は克哉の問いに、拒絶か更なる問いかけで返すだけだ。
 お互い疑問を投げつけながら、満足いく答えが得られずに、二人のフラストレーションはたまるばかりだ。
 自分はなぜこれ程、御堂を求めているだろう。その御堂の問いに克哉は答えられなかった。御堂が克哉の存在を否定しているからだろうか。御堂が克哉を受け入れた時、克哉は何を得ることが出来るのだろう。御堂は克哉が欲しがってやまない何かを持っているのだ。それは何だったのだろうか。
――まあ、いい。
 克哉は不意に沸き上がった疑問を笑い飛ばした。
 そんなことは考えるまでもない。御堂を手に入れられれば、克哉が求めていたものも自ずと手に入るのだ。今、大切なことは御堂を完全に堕としきることだ。
 だが、それも克哉が想定していたほど順調ではなかった。
 監禁し、拘束しているにもかかわらず、御堂はまたもや逃げ場を探し出したのだ。自らの意識を闇に溶け込ませることで克哉から隠れようとしている。
 御堂の腰を爪が食い込むほど強く掴んだ。
「あんたをどこにも逃がしやしない」
「う…、あ、あっ」
 その身体は既に緊張を失い、朦朧とした意識のまま、克哉の律動に合わせてがくがくと揺れながら、意味を成さない喘ぎを漏らしていた。
 腹側の部分を強く抉るたびに、御堂は身体を引きつらせ、喉を反って達していた。ペニスから滴り落ちる液体は白濁というよりはもう薄い粘液になっている。
 御堂はこの快楽と苦痛の果てにどんな世界を見ているのだろう。御堂が辿りつくその先の世界には克哉がいなくてはいけない。決して、克哉のいない世界に逃げ込ませはしない。
 どんな闇の中に逃げようとも、必ずや御堂を見つけ出し、克哉の元に連れ戻して見せる。
 克哉は反応が乏しくなった御堂の身体を激しく穿った。身体が跳ねて、肺から漏れた空気が、唾液と共にしどけなく開いた口から吐き出される。わずかに意志を取り戻した双眸が、肩越しに弱々しいながらも克哉を睨みつけた。その眼差しを薄い笑みを張り付けながら、克哉は受け止めた。
――男は頑丈だからいい。
 いくら手ひどく扱っても、男はそう簡単に壊れたりしない。
――まだだ。まだ、足りない。
 御堂が克哉の元に堕ちてくるには、まだ追い詰め方が足りないのだ。
 克哉は抗う御堂をせせら笑うと、その最奥に自らの欲望を注ぎ込んだ。
 安寧と休息をもたらす闇を遠ざけて、夜は更けていく。

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