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Cream of the Cream

「なんですか、それは」
 初夏の強い日差しが降り注ぐ午後。克哉は自分の部屋のダイニングテーブルに置かれた、有名なカフェのテイクアウト用紙袋を目にして、あからさまに眉をひそめた。
「ここに来る途中で見つけた。新商品だそうだ」
 梅雨明けの蒸した暑さの中を歩いてきたにもかかわらず、御堂は涼やかな声で返す。軽く羽織っていたジャケットを脱いでシャツ一枚になると、克哉の不機嫌な眼差しに気付かぬふりで中身を取り出す。
 取り出したのは、ドーム状の蓋を付けたプラスチックのドリンクカップだ。透けて見える中には、生クリームとホワイトチョコレートの重たそうなフローズンドリンクが並々と注がれ、上にはまた厚みのあるホイップクリームが何重にも巻かれている。見ているだけで胸焼けしそうな飲み物だ。
「で、なぜ一つ?」
「二人で一個で十分だろう」
「休みの日まで随分と仕事熱心なことで」
「ワーカーホリックなのはお互い様だ」
 克哉の嫌味をさらりと聞き流す。ここで一々反応していては、この男とは付き合えない。
 普段決して口にすることのない、この種の飲み物を買ってきたのは訳がある。
 先日、都内にカフェを展開する会社から新メニュー開発のコンサルトを引き受けたのだ。まずは競合店のメニューを、と実地調査をしてみると、この時期、どこのカフェも季節限定のフローズンドリンクを目玉商品として据えている。しかも、どれも恐ろしく甘い。
 人の味覚は冷たいと甘みを感じにくくなる。だからこそ甘みを強くしているのだろうが、甘党ではない御堂と克哉にとっては酷な飲み物だ。だが幸いなことに、社長と副社長以外、全員甘党で占められるAA社の社員は買ってくる飲み物を喜んで消費してくれる。
 しかし、今、この部屋にいるのは、御堂と克哉の二人だけだ。
「優れた味覚を持つ君のコメントを聞きたいのだが」
「飲んでもいいが、まず上のクリームを捨ててくれ」
「馬鹿言うな。ホイップクリームまでが一つの商品だ」
 克哉をいなしつつ、蓋を取ってカップを手に持った。逆の手に付属されたプラスチックのパフェスプーンを持ってクリームをすくうと、克哉に向けてにっこりと笑ってみせた。御堂が出来うる限りの最上級の蕩ける笑顔だ。
「ほら、口を開けろ」
「ふうん。食べさせてくれるんですか」
「ああ、いいぞ」
「そういうことなら」
 にやりと笑った克哉がダイニングチェアを大きく引いて、御堂の方に椅子を向ける。
 膝を軽く開いた状態で腰を掛けると、克哉は自分の膝をぽんぽんと叩いて意味ありげな視線をこちらに送ってきた。
「ここに座って」
「ここに、って、お前の膝にか?」
「食べさせてくれるんでしょう?俺に」
 挑発的な眼差しを向けられて、口元に刷いていた笑みが強張った。そんなことまでサービスしてやる気は毛頭ない、そう口から出かかった言葉をぐっと飲みこむ。
 御堂も自分の舌には自信があるが、甘いものに関しては、苦手意識からか如何せん感覚が鈍る。出来ることなら、鋭い味覚と分析力を有する克哉の批評も得ておきたい。
 仕方なしに克哉の膝をまたぐようにして、向かい合わせになる形で克哉の上に腰を掛ける。克哉の締まった太ももが、自分の内股に重力で押し付けられて、それだけで、じわりと体温が跳ね上がった。
 腰に克哉の手が回る。そのまま体を引き寄せて密着させようとする動きに、必死に抗う。
「やめろ。あまり密着すると食べさせにくいだろう」
「それは失礼しました」
 可笑しそうに喉で笑う克哉を軽く睨み付けて、クリームをすくったスプーンを克哉の口元に運ぶ。
 上目遣いで御堂を見遣りながら、克哉はそれをゆっくりとした動きで口に含んだ。
 その口元の動きが妙に艶めかしくて、視線が縫い付けられる。じっくりと味わうように、顎が動き、飲み込む動きに合わせて男らしく隆起した喉仏が上下する。真っ赤な舌先をちろりと出して、唇についたクリームを舐めとった。
「甘いが、くどくない。オーバーラン(空気含有量)が多いんだろう」
 克哉が呟いた一言にハッと我に返る。克哉の視線とぶつかった。無意識に克哉に見惚れていた自分を見透かされたようで、顔が耳元まで熱くなる。
「ほら、次」
 克哉が口を開けて催促する。わざと見せつけるように、肉厚で大きい舌を蠢かす。
 もう一匙、クリームをすくって口元に運ぶと、ぱくりと克哉が咥えた。スプーンを引き抜こうとして動かせなくなる。克哉がスプーンに噛みついたのだ。
「佐伯、遊ぶな」
 克哉の双眸が悪戯っぽく微笑む。その時、胸元に熱い体温を感じた。克哉の片手が目の前に伸びて、シャツのボタンを手際よく外し、前を肌蹴させていく。
「こらっ!何をする!」
 とはいえ、片手はカップをもって、他方の手はスプーンごと克哉の口に固定されて動けない。身を捩って克哉の手から逃げようとしたところで、克哉が口を開いた。スプーンを引っ張っていた手が急に解放され、勢いで後ろに倒れそうになる。それを、腰に添えられていた克哉の手が支えた。
「おっと、危ないなあ。御堂さん」
「君のせいだろう」
 クスクスと含み笑いを返される。ムッと怒りが沸くが、ここで言い合いを始めたら克哉の思うつぼだ。せっかく買ってきたドリンクが溶けて、文字通り、努力が水の泡になるだろう。
 それでも仕返しに、克哉を胸焼けさせてやろうとたっぷりとクリームをすくった。そのスプーンを克哉の口に突っ込もうとした瞬間、大きな手で握られた。スプーンが大きく揺れて、クリームが零れ落ちる。
「あ……ひあっ!!」
 冷たいクリームが肌蹴た胸元にべったりと落ちる。その突然の刺激に、肌があわ立ち、思わず大きな声を上げた。
「佐伯……お前っ」
「すみません。手元がぶれました」
「ぅあっ」
 白々しく、そう言って、克哉は顔を御堂の胸に寄せた。そのまま舌を大きく出して、ぺろりと肌についたクリームを舐めとっていく。その姿を唖然と見下ろしていたら、克哉の手が後頭部に伸びた。顔をぐいと引き寄せられて、唇を重ねられる。
 甘ったるいクリームが唾液と混ぜ合わせられて口移される。克哉の尖らせた舌先で口の中を舐めまわされて、ぞくりとした甘い痺れが背筋を走った。
「んんっ……ふ」
 くちゅくちゅと音を立てながら舌を柔らかく吸われる。抵抗しようとしていた理性はいつのまにか溶かされ、お互いの口内を貪ることに意識がいっぱいになる。
 手に握っていたドリンクカップとスプーンを、そっと克哉に奪われてテーブルの端に置かれた。自由になった両手を克哉の背に回して、克哉を抱き寄せてキスを深める。克哉もそれに応えて、舌を絡めとってきつく吸い上げていく。吐息さえ貪られるような激しいキスに夢中になる。口の端から溢れる唾液も気にならないくらい、たっぷりとキスを交わした。
「随分と物欲しそうな顔をしているな」
「馬鹿っ」
 そう言い返すも、目は潤み肌は上気している。克哉の指が濡れた御堂の唇をなぞった。そのまま長い指が胸を掠めて、小さな尖りを爪弾いた。
「くっ、あ……佐伯っ」
 敏感な部位に与えられた鋭い感覚に身体の芯が燃え上がる。
「ドリンクの試飲はどうする?やめるか?」
「続けるに決まっているだろう…」
 意地悪く聞いてくる克哉に言い返す。ここまで体を張っているのだ。今更なかったことにはされたくない。
「それなら、さっさとそれを片付けるか」
 克哉の手が御堂のシャツにかかり、乱暴に脱がされる。次の瞬間、体が持ち上がった。克哉が御堂を抱えたまま立ち上がったのだ。そのまま、背後のダイニングテーブルに押し倒される。
 高まる熱に湿り気を帯びた肌がテーブルの天板に張りついて、その不快感に声を上げた。
「佐伯っ!」
「俺だって、我慢してクリームを食べてるんです。御堂さんも協力してください」
「ひっ、あ、冷たっ!やめないか!」
 御堂の開かれた足の間に身体を入れたままの克哉が、スプーンでクリームをすくっては御堂の胸や腹に散らしていく。散らされた冷たいクリームに皮膚の知覚が悲鳴を上げる。クリームはすぐに肌の熱でじわりと溶けて、ぬめり、垂れていく。冷たいクリームを撒かれて、逆に肌が燃え立つように熱くなる。
 クリームを全部散らすと、克哉がカップを手に取り、残りのドリンクを一気に飲み干した。
 相当甘いだろうに、克哉は顔色を変えずに飲み切ると、そのまま上半身を深く屈めて御堂の口を塞いだ。克哉の口の中に残されたホワイトチョコレートの甘く冷たい液体を流し込まれる。それを喉を鳴らして飲み込むと、克哉の冷え切った口内に舌を差し入れ、自らの体温で克哉の口の中を柔らかく温めていく。
「ん、ふっ……ぁっ」
 克哉の手が御堂の肌をまさぐる。クリームを手で滑らかに伸ばしつつ、乳首や脇の下をくすぐるように繊細なタッチで触れてくる。薄く伸ばされたクリームが差し込む眩い光を反射し、てらてらと肌を光らせた。
体温に温められたクリームのぬめりが肌の感度を異なる次元へと引き上げる。濡れた舌で首筋を舐め上げられ、ぬらつく指先で、乳首を摘ままれて捏ねられれば、堪えきれずに上擦った喘ぎが漏れた。
「こっちはとても美味しそうだ」
「さ、えっ……」
 名前を呼ぶ声は、隠し切れない欲情で掠れている。
 克哉の手が御堂のスラックスにかかった。腰を浮かせるようにして、下着ごとスラックスをずり下す。脱がされた下着から弾んで飛び出した性器は、痛いくらいに張り詰めて透明な雫をたらしている。
 クリームに塗れた克哉の指が絡みつく。ぐちゅぐちゅと濡れた音を立てながら巧みな愛撫で擦りあげられると、込み上げる射精感に息を詰めた。あと、もう一息で達するというときに、待ち望んでいた刺激ではなく、根元をぎゅっと掴まれた。せき止められた苦しさに悲鳴を上げた。
「いっ、あ、あっ」
「まだですよ御堂さん」
 克哉の逆の手が双丘の奥の窄まりへと延びる。指にたっぷりと乗せたクリームを潤滑剤代わりに、窮屈な中へと指が潜り込む。浅いところを丹念にクリームを塗りこめ、拡げられていく。指を二本、三本と増やされると、その淫猥な指の動きに堪らず腰が揺らめいて、切なげな声が零れる。
「ふっ……、あ、もうっ…、か、つや」
「俺が欲しいのか」
「は、んっ……早く…」
 体の中で滾る欲情に、切羽詰まった声を上げながら克哉を強請る。窄まりから指が抜けて、腰を抱えられる。そして、自分のものではない熱く硬い切っ先を当てられている間、次に起こることへの期待にどうしようもなく胸が高まる。
 濡れた目で見上げると、同じように濡れて煌く克哉の虹彩が自分を射抜いてくる。
「孝典さん、愛していますよ」
「くぅっ……、あ、ああっ!」
 言い終わると同時に、克哉は灼熱の肉塊を、中に捩じり込んでくる。その生々しい圧迫感に呻く。克哉は最奥まで挿入するとそこで動きを止め、覆いかぶさるように上体を曲げた。荒い息を吐く御堂の口を塞いで、舌を絡めて吸い上げる。克哉の熱と形が中にしっかり馴染むまでキスを交わす。
「ん……、ふぅっ、……あ、あ」
 克哉が上体を起こし、ゆっくりと腰を動かし始めた。ずるりと引き抜かれる動きに、粘膜がいやらしく縋るように絡みつく。次第にその動きは巧みになり、大きな動作で早くなってくる。激しく突き上げられるたびに嬌声が室内に響き渡る。
「っあ、くぅ……っ、ふ、あ、ああっ、イ、く、…イかせてっ」
 勃ち上がりきったままの性器の根元は戒められたままだ。激しい快楽を解き放てずに、その苦しさから首を振った。克哉の手に顎を掴まれ正面に固定される。
「イく顔を俺に見せて」
 克哉の息遣いも乱れていて、その声から欲情が滲み出ている。
 ひときわ大きく抉られると同時に、性器を掴む手が離されて、擦りあげられる。
「…っ、あ……っ、あああっ!」
 体の中を滾る熱が弾ける。
 克哉の視線に灼かれながら、重く激しい絶頂感に深く呑み込まれ、体を大きく跳ねさせながら達した。克哉も唸るような声とともに、体内に熱い精液を注がれて中をぐっしょりと濡らされる。
 御堂もまた、せき止められて溜め込んでいた精液を、長い射精で何回かに分けて放った。その胸から下腹部にたっぷりと白濁が散る。
 克哉は軽く腰を数回揺すって、自分のものをずるりと引き抜いた。
 乱れた呼吸を整えていると、克哉の指が胸から腹の輪郭をすう、となぞった。その感触に小さく震える。
 克哉は御堂が放った白濁を指にすくうと、そのままぺろりと舐めて口に含んだ。その仕草に、目を瞠る。
「何を…っ」
「やっぱり、あんたのクリームのほうがおいしいな」
 しれっと言い放つ克哉に呆れてため息をついた。
 四肢は先端までしびれたように脱力し、テーブルから起き上がることも出来ない。克哉が手を伸ばして、その体を抱き起した。体中がひどくべたつく。長い腕に抱えられながら、克哉に視線を向けつつ深く嘆息した。
「……それで、ドリンクの味はしっかり分かったのか」
「ええ。特徴はしっかり掴みましたよ。再現できるくらいに。よく計算された味ですが……それよりも、孝典さん」
 克哉が御堂の顔に顔を寄せた。
「あんたは……極上だ(Cream of the cream)」
 艶のある低い声で囁かれ、ついさっき滾る熱を放ったにもかかわらず、再び身体の芯に狂おしい火が灯る。
「当たり前だ」
 ぞんざいに返すと、淫らな熱を煽る克哉の唇を自ら塞いだ。

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