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Every Breath You Take

 真新しいオフィス。社員が二人しかいないと、時に物寂しさが際立つ。日が落ちた後は特にだ。
 キーボードを叩く無機質な音だけが響く。
 パソコンのスクリーンの隅に表示される時計を見て、克哉は社に残るもう一人の社員、御堂に声をかけた。
 静かなオフィスでは声量を抑えても十分に響く。
「御堂さん、そろそろ飯でもどうです?」
「ああ。もうそんな時間か」
 キーボードを打つ手を止めて、御堂が自分の腕時計を一瞥した。
「今日は遠慮しておく」
「何故?」
「約束があるんだ」
「何の?」
 克哉の口調が意識せずとも詰問調になっていく。共に会社を起こしてから御堂は今まで克哉の誘いを断ったことはなかった。そのため夕食を共にとるのは、ほぼ習慣化していた。
「友人と今晩会う約束をしている」
「聞いてない」
「ああ、別に言っていなかったが…どうした?」
 ここで御堂は克哉の顔が少し険しくなったことに気付いた。
「今晩、君と何か約束していたか?」
 その一言に克哉の不機嫌が更に募る。御堂はそれに気付かないようだ。
「誰と会うんですか?」
「大学時代の友人だが」
「誰?」
「四栁という外科医の…、以前、ワインバーで会ったことがあるだろう。久しぶりに連絡がきてね」
 御堂と出会った当初、連れていかれたワインバーで克哉は御堂の友人たちと会ったことがある。外科医、と言われて思い出した。あのメンバーの中では派手さはなかったが、優男風で澄ました顔をしていた男だ。
「二人で会うんですか」
「ああ」
 そこまで問い詰められて、御堂はやっと克哉の不機嫌の原因に思い当った。
「…もしかして、妬いているのか?」
 ムスッとした顔で否定せずに黙り込む克哉の態度に、御堂は可笑しさがこみ上げた。なんて分かりやすい嫉妬の見せ方なのだろう。笑いを抑えようにも肩が震えてしまう。
「馬鹿だな。四栁とは単なる大学の友人だ」
「相手はそう思っていないかも知れないでしょう」
 しつこく食い下がる克哉に御堂は肩を竦めてみせた。
「四栁はそんな男ではない。彼は、同い年だが非常に優秀でね。研修医時代にアメリカの医師資格を取って彼の地でレジデントをしていたこともあるんだ。今は都内の病院の外科医長をしている」
 御堂が手放しに他人を褒めそやすことは滅多にない。そのフォローの仕方は克哉の嫉妬を余計に煽ることになった。
 傍目にもわかるほどの不機嫌さを惜しみなくまき散らす克哉に、御堂は呆れつつも柔らかい笑みを浮かべた。
「分かった。佐伯も来い。改めて紹介するから」
 この男は可愛いところもあるんだな、と少しほだされての言葉だった。
 程なく御堂は自分のこの判断を激しく後悔することになるのだが、まだそのことには気付いていない。
「ただし、四栁に余計なことは言うなよ」
「余計なこと?」
「…私と君のプライベートな関係のことだ」
「何故です?」
 それはそうだろう、と言いかけて呑み込んだ。これ以上、克哉に痛くもない腹を探られるのは避けたい。
「個人的なことを詮索されるのが嫌なだけだ。他意はない」
 御堂は克哉の疑る様な視線を外さず、まっすぐ受け止めた。克哉はしばし御堂の顔を伺っていたが、分かりましたよ、と渋々同意したのだった。

 待ち合わせをしていた繁華街のワインバーについたのは、四栁とほぼ同時だった。
 会社から直行した御堂達はスーツ姿だったが、医者と言う職業にスーツは必要ないのだろう、四栁は私服でカジュアルなシャツにジャケットを羽織っている。
「四栁さん。おひさしぶりです」
 先ほどまでの不機嫌さを一瞬のうちに跡形もなく消し去って、克哉は他人を魅了せずにはいられない端正な営業スマイルを浮かべて挨拶する。
 繁華街のワインバー、4人席に克哉達は腰を掛けていた。四栁の向かいに御堂、そして御堂の隣に克哉が陣取る。
 四栁は突然混ざり込んできた克哉を嫌がる風もなく、むしろ喜んで受け入れてくれた。
「ああ、確か、君は、御堂のところの…」
 曖昧な記憶を必死に手繰り寄せる四栁に、克哉はにっこりと完璧な笑みを浮かべる。慣れた動作で名刺を取り出し、四栁に手渡した。
「佐伯克哉です。御堂さんと共にAcquire Association社を経営しています」
 克哉の動作につられて、慣れない仕草で名刺入れを取り出した四栁は、克哉の名刺を見て、驚きの表情を御堂に向けた。
「御堂、一緒に経営って、MGNを辞めたのか?」
「…ああ。独立したんだ」
 顔色を変えず御堂が返す。
――本当に久しぶりの再会だったんだな。
 克哉は少し安堵した。どうやら連絡も取り合ってもいなかったようだ。
「驚いたな。最近連絡がないと思ったら。飲み会にも顔を出さなかっただろう」
「色々忙しくてね」
 お互いの近況を交わし出す。あまり表情をみせない御堂に対し、四栁は常ににこやかだ。医者と言う職業柄なのか、人の好さと優しさが滲みでている。
 その四栁の左手の薬指に指輪がはめられていないことを克哉は見て取った。
 克哉も上手く会話を盛り上げ、程よくアルコールが入ったところで、さりげなく切り出した。
「ところで、四栁さん。ご結婚されていないんですか?」
「佐伯」
 御堂がプライベートを詮索しようとする克哉をさり気なく制する。
「いい相手がいなくてね」
 克哉のぶしつけな質問にも四栁は、ははっ、と軽く笑って返す。
「病院で勤務されていたら、周りに女性は多いでしょう」
「僕は職場の人間には手を出さない主義なんだ」
「なぜです?」
 興味津々な素振りを見せて、話に喜んで食いつく克哉に、隣の御堂が少しきつい視線を投げかけたが、克哉はそれを無視する。
「なぜって、上手くいっている間はいいけど、気まずくなると困るだろう。医療はチームで行うしね。職場内の恋愛のごたごたで辞められても困るし」
「俺は、社内恋愛、いいと思いますけど。夜も昼も常に傍にいられるなんていいじゃないですか。オフィスで人目を盗んで色々する背徳感やスリルもいい」
 自然と克哉の顔がにやける。四栁が、ほう、と興味津々で身を乗り出してくる。
「佐伯君。それは実体験に基づくものかい?」
「ええ。それはもう………痛っ」
 思わず漏れ出た呻きを押し殺す。克哉はわずかに顔をしかめた。御堂に革靴の踵で思い切り足先を踏みつけられたのだ。隣の御堂をさり気なく伺うが、御堂は克哉に目もくれることもなく、眉ひとつ動かさずポーカーフェイスだ。
「ん?どうした?」
「…いや、なんでもありません」
 克哉はすぐに端正な笑みを取り繕った。
「四栁さん、その容姿で外科医だと、もてるんじゃないですか」
「御堂程じゃないさ。君も他人のこと言えないだろうけど」
「へえ……。御堂さん、やっぱりもてますか」
「見れば分かるだろう。学生時代から女子に人気があったよ。よく、きれいな女性と二人で歩いていたし。しかも見かけるたびに相手が変わるんだ」
「四栁!」
「そんなに女性関係が派手だったんですか。御堂さんは」
 克哉の眼鏡の奥の眼光に獰猛な光が宿ったことに四栁は気付かない。
 不穏な会話の流れに、御堂は少し焦りを感じた。
 四栁を止めようとしたところで、御堂は声を呑み込んだ。テーブルの下で、手を伸ばしてきた克哉に太ももをきつく掴まれたのだ。スーツの上から爪を立てられる。四栁に気付かれないように手をテーブルの下にさげて、自分の太ももの上に居座る克哉の手首を掴んだ。その手をどかそうとするが、存外その力は強く、外すことが出来ない。
「それが、御堂は付き合っている女性のことは一切周りに言わないんだよ。だから、実態はよく分からなくてね。まあ、それがまた女性にもてる所以なんだろうけど」
「ふうん」
 そういいながら、克哉は御堂の太ももをゆるりと撫でまわす。
――こんなところを四栁に見られたらどうする気だ?
 非難を込めて、横目で克哉を睨むが、克哉はニコニコと笑顔で素知らぬ顔だ。
 腹立たしさがこみ上げ、自身も会話に耳を傾けるさり気ない動作をしながら、克哉の手背を力任せにつねった。流石に痛かったようで、克哉の手が大人しく退散する。
「でも、御堂と付き合う女性はかわいそうだと思うけどね」
 四栁が御堂を見て、くすくす笑う。御堂はそんな四栁に咎めるような視線を送ったが、こちらも同じく気に留める気はないようだ。
「何故です?」
「御堂は、仕事と恋愛の順位がはっきりしているだろう。それに見ての通りの朴念仁だ。優しくなんて、してもらえないよ。その点、僕は女性には優しいけど」
「そうですか?俺は、そんな人が自分に対してだけ優しかったり甘えてきたりするとぐっときますけど」
「御堂が?ハハッ。ないない!御堂のプライドの高さはエベレスト級だ」
「どうですかね」
 克哉が意味ありげにニヤリと笑う。四栁はその克哉の意味深な笑みには気付かない。
 御堂は再び克哉の足を踏みつけようとした。克哉の磨かれた高級な革靴を何度も踏みつけるのは若干心が痛むが、このまま克哉と四栁の危険な会話を続けさせるわけにはいかない。
 だが、踏みつけた先に克哉の足はなかった。上手くかわされたのだ。逆に開いてしまった御堂の足の間に、テーブルの下に控えていた克哉の手が入り込む。太ももの内側、足の付け根に近い部分を強弱をつけて撫でられる。その触り方は明らかな性的な意味合いを孕んでいた。
「…っ!」
 慌てて足を閉じようとしたところで、足首に克哉の足が絡まる。開いてしまった脚のひざ裏から回したつま先で御堂の踵を引っかけ、閉じようとした動きを阻止される。…あまりにも大胆でふしだらな行為だ。
 克哉は平然と四栁と与太話で盛り上がっている。そうこうしているうちに、克哉の太ももを撫でる手が段々と足の付け根の方に近づいてきた。優しく強く、足の付け根ギリギリをゆっくり撫で上げられる。その感触は下半身の熱を煽ってくる。
――このままでは、まずい。
 御堂は思わずテーブルに手を突き、乱暴に椅子を引いて立ち上がった。克哉の手と足から解放される。
 その突然の大きな音と動きに四栁と克哉が驚いて御堂を見た。二人の視線を浴びて、顔が引き攣り赤面する。
「いや…、すまない」
「トイレか?あっちにあるぞ」
 四栁が柔らかい表情で御堂に笑いかける。隣でクスリと克哉が笑った。
「御堂さん。随分顔が赤いですよ。飲み過ぎですか?」
 四栁に見られないよう、克哉にありったけの怒りを込めた視線をぶつけ、席を立った。
 トイレで荒れた呼吸を整える。あのまま克哉に煽られ続けたら危なかった。
――佐伯を連れてきたのは間違いだった。
 自身の迂闊な判断を激しく後悔した。佐伯の独占欲の強さと嫉妬深さは身をもってよく知っているはずだったのに、いつも想定の斜め上をいく。今回も実際に会せれば丸く収まるかと思いきや、完全に裏目に出てしまった。
 鏡の前でネクタイを締め直し、身だしなみを確認した。気は進まなかったが、再びテーブルに戻る。
 案の定、二人は御堂の話題で盛り上がっていた。大学で四栁とどの様に知り合ったか、克哉が話を誘導して聞き出している。
 御堂に気付いた克哉がにこやかな仕草で、先ほどの御堂の席、自分の隣に座らせようとする。それを無視して、四栁の隣に座った。四栁が少し不思議そうな視線を、克哉が笑みを浮かべながらも咎めるような視線を御堂に向けたが、素知らぬ顔をして無視をする。
 自分のグラスを手元に引き寄せる。克哉の足が届かないように、椅子を後ろに引いた。
「四栁、そろそろ…」
「ああ、そうだな」
 丁度、ワインのボトルが空いたところだった。こんなにも落ち着かない飲み会は初めてだ。先ほど飲んだワインの味も全く思い出せない。早く店から出たかった。
 会計を済ませて店を出る。克哉は四栁を気に入ったのか、機嫌よく四栁と会話を続けている。
「四栁さん、場所を変えて飲み直しませんか?」
「いいね。いいところ知っているか?」
「ええ。良いバーを知っているので、ご案内しますよ。もちろん、御堂さんも来られますよね?」
 二人の会話の流れにぞっとする。この三人で飲み続けるのは正直嫌だが、かといって二人で飲みに行かせるのはそれ以上に不穏な予感しかしない。
「ねえ、御堂さん?」
 克哉が愉悦を浮かべた眼で聞いてくる。御堂が嫌がり焦っている表情と態度が克哉を悦ばしているのは明らかだ。この状態ではどんな抵抗をしても克哉を悦ばせるだけだろう。愁眉をひそめながらも、言いたい言葉をぐっと抑えつけ、克哉を睨み付ける。だが、その視線も極上の笑みで返された。
 その時、四栁の携帯の着信音がなった。携帯に出た四栁が短い会話を交わして電話を切った。
「御堂、佐伯君、すまない。病院から呼び出しが来た。今日はオンコールじゃなかったんだが、部下が対応しきれない急患がきてね」
「構わない。気にするな」
 知らず知らずの内に安堵の表情が御堂の顔に浮かんだ。これ以上神経を張りつめなくて済む。横で克哉が、仕方ない、と残念そうな表情を作ってみせた。
「四栁さん。今日はとても楽しかったです。是非、また今度」
「こちらこそ、楽しかったよ。また」
 御堂の隣で好青年としか言いようのない爽やかな笑顔を浮かべて克哉が挨拶をする。四栁もにこやかに別れを告げ、タクシーを捕まえて乗り込んでいった。
 四栁が乗るタクシーが車の海に溶け込むのを眺めながら、克哉が機嫌よく声をかけてきた。
「さて、と。二人で飲み直しますか?」
「断わる」
 御堂はそんな克哉に、冷たい一言を投げつけ、背を向けてさっさと歩き出した。
「帰るならタクシー捕まえますか?」
「君はタクシーを使えばいい。私はメトロで帰る」
「それなら俺も」
 速足で人混みを颯爽とかわしながら歩く御堂に、克哉も遅れまいと追いすがる。
 御堂の怒りとその原因に気付いているだろうに、妙に白々しく尚且つ馴れ馴れしく話しかけてくる克哉が更に憎たらしい。
 御堂は克哉を無視したまま、地下鉄に乗り込み、自宅の最寄りの駅でおりた。克哉も半歩離れてついてくる。職場でもあり克哉の部屋もあるマンションもこの近くにある。
 改札を出たところで克哉が再び話しかけてきた。御堂が怒っているときは、妙に丁寧な口調になる克哉だが、今回も例にもれず丁寧な口調だ。
「この後、俺の部屋に来ませんか?二人でワインを飲みましょう。ラフィートも、マルゴーもロートシルトもありますよ」
 克哉が最近覚えたボルドー5大シャトーのワインの名を口にする。御堂の機嫌をとろうとしていることは明らかだ。御堂は歩みを止めずに克哉を一瞥した。
「断わる、と言っただろう。自宅に帰る」
「俺も御堂さんの部屋に行ってもいいですか?」
「しつこいぞ」
 きつめに端的に言葉を投げつける。克哉が大人しくなった。
 少しは頭を冷やせばいい、と御堂は振り向かずに自宅方面の地上出口に向かって地下道を進んだ。
 その時だった。気配を消して近付いた克哉がふいに御堂の腰に手を回して、身体をぐいと引き寄せた。
「何を…っ」
 御堂が腕で克哉の身体を押し返しつつ顔を向けた瞬間、吐息がかかる距離に近づいた克哉の顔に鼓動が跳ねる。次の瞬間、頬から耳朶の下をペロリと舐められた。くくっ、と小さく嗤う声が克哉の喉から響いて、すぐに身体が離される。
 御堂は反射的に舐められた顔の側面を手で覆ってかばい、さっと周囲に視線を走らせた。幸い、周りに人はいなかった。すぐに 何事もなかったかのように体勢を立て直し、ごく自然な動作で取り出したハンカチで汗を拭くかのように、克哉に舐められた顔を拭う。
 その御堂の一連の動作があまりにも優美で素早くこなれてきていて、克哉は肩を震わせて笑いを噛み殺した。最初にこの手の悪戯をしたときは、傍目に目立つほど動揺し慌てふためいていたのが嘘のようだ。
「何をする!」
 怒りと羞恥で頬を紅潮させた御堂が声を抑えつつも克哉に抗議する。克哉はそんな御堂の怒りを余裕の笑みで受け止めた。
「続きは俺の部屋でするか?それともここで?」
 その無茶苦茶な言いがかりに御堂は片眉をつりあげた。だが、ここで抗っても克哉の思うが儘だ。
「こんなところで盛るな。君は強引過ぎる」
「俺がその気になったら、必ずそうする事くらい分かっているだろう」
 レンズの奥から、からかうような視線を向けられる。言葉では脅しながらも、その声と視線は甘く優しい色を含んでいる。
「…君という男は」
 その視線を受け止めて、無意識に眦が緩む。先ほどまでの怒りがいつの間にか霧散していた。こうやって毎回克哉のペースに乗せられてしまう自分が一番腹立たしい、と御堂は思う。
「仕方ないな」
 その言葉に克哉がふっと笑って御堂の横に並んだ。二人で並んで地上に出た。克哉の部屋に向かって歩き出す。
「四栁は良い奴だったろう?」
「ええ。でも…俺の知らないあなたを知っている」
 その克哉の言葉には羨望と嫉妬の色がにじみ出ている。
「君は、果てしなく狭い心の持ち主だな」
「何とでも。俺はあなたの全てを手に入れたい。あなたは俺だけを必要としてくれればいい」
 御堂の一挙手一投足だけでなく、その鼓動や呼吸でさえ全て把握しなくては気が済まない勢いだ。
 この独占欲丸出しの男が自分の恋人だとは。
 ふう、と御堂はため息をついた。
 だが、一方で、自分自身に対してそこまでの執着を見せる彼を愛おしく思う自分もいる。
 克哉と恋人として付き合う限りは、自分から譲らないといけないことも多いだろう。
 自身の交友関係もいちいち詮索されて嫉妬されてはかなわない。しばらくは友人と会うこと自体、控えた方が良いだろう。
 だが、いずれは克哉も分かってくれるはずだ。
 御堂は歩みを止めて克哉の方に向き直った。
「君の言いたいことは分かった。君の意に添うように努力する」
 そして、克哉の顔にその吐息を感じる程、自分の顔を近づけて覗き込んだ。
「…だが、私も相当嫉妬深い男だぞ?」
 その言葉に克哉は目をしばたかせたが、ニッと満面の笑みを浮かべた。
「あんたはもっと俺に嫉妬してくれていい。…だが、俺に友人なんかいない」
 そうだろうな、と御堂は克哉に聞こえないように呟いて夜空を仰いだ。
 これからもこの面倒な男と数えきれないほどの夜を共に過ごすのだろう。
 煌々と輝く月が二人の帰り道を仄かに照らしていた。

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