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Frozen Fever -Burning Blizzard ver.-

 それは、毎回、狙いすましたタイミングで出現した。
 俺は、その白い紙袋を手に、どうしたものかと少しの間悩みあぐねた。
 中を覗けば、紅色のカプセルが俺に誘いかける。
 だが、今までこれによって引き起こされた事を鑑みると、気軽に飲むには躊躇われた。
 それでも、先日、どうにかしてあの男と和解できたはずだった。
 そして、今、タイミングよく御堂は不在で、俺は暇を持て余している。
 このカプセルを見つけた時点で、もう結論は出ていたに違いない。
 怖いもの見たさの好奇心と、その陰に隠されたもう一度彼に会いたいという思慕に唆されて俺はそのカプセルを口にした。

 だが、しばらく待ってみても彼は現れなかった。
 前回の件で、もう二度と現れることはないのだろうか。
 そう考えると、急にやるせない思いがこみ上げた。
 もしや、部屋に入れなくて扉の前に立ち竦んでいるのではないだろうか、と思い当って、玄関まで向かい扉を開けて確認したが、彼はいなかった。
 多少落胆してリビングに戻ると、そこに、スーツ姿の彼がいた。
 彼、御堂はソファに我が物顔で腰を掛け、俺の方を振り返った。冷やかな眼差しが投げられる。その眼差しを安堵と共に笑みで受け止め、話しかけた。
「何だ、来ていたのか」
 俺の言葉に、御堂は眉を顰めた。
「お前が私を呼び出したんだろう」
 そう言うと、御堂はジャケットを脱いでネクタイを緩めた。すぐに帰るつもりはないらしい。
 御堂はリビングの中をひとしきり見渡して、さも当然のように俺に言った。
「それで、客人をもてなす用意は?」
 まさかそんな要求をされるとは思っていなかった。
「何か飲むか?…ああ、ワインがある。好きだろう?」
「ワイン?」
 その単語に御堂が反応した。この御堂もやはりワインに目がないようだ。
 キッチンに向かいワインセラーを開けると、リビングから御堂がやってきて俺の後ろから覗き込んだ。
「君が持っているものなぞ期待してなかったが、なかなか…」
 脇に退くと、御堂が身を乗り出して熱心に一本一本ラベルを確認していく。どうやら、今日の御堂の機嫌は悪くないようだ。
 御堂は全部のワインのラベルを確認すると、指を滑らせて、その中から一本のワインを取り出した。そのワインを見て、俺は慌てて声を上げた。
「それは、駄目だ」
「なんだ?」
「御堂と飲む約束をしている」
 先日、御堂が良いワインが手に入った、と持ち込んだワインだった。今度の週末にでも一緒に飲もう、と約束していた。
 だが、目の前の御堂の口元に意地の悪い笑みが浮かんだ。
「“私”と約束しているのなら、丁度いいではないか。これに決めた」
 取り返そうとする俺の手を払いのけると、御堂は脇に置いてあったソムリエナイフを手にし、手際よく抜栓していく。
 その姿を茫然と眺めながら、これは夢だからきっと朝には元に戻っているはず、と自分自身に言い聞かせる。
「何をぼんやり突っ立っている。グラスを用意しろ」
 苛立った声が俺に投げつけられた。言われた通りにワイングラスを二脚用意し、リビングのセンターテーブルに持っていく。背後からワインを移し替えたデキャンタを持って御堂がやってきた。
「何かつまみはあるか?」
「チーズとドライフルーツがあったと思う」
 御堂がグラスにワインを注いでいる間に、キッチンに取りに行った。
 ワインとつまみを用意し、二人で軽く乾杯をして、ワインを口にする。
 御堂はすっかりご機嫌なようで、早いペースでワインを煽りながら、飲んでいるワインの薀蓄を語りだした。それは、先日、本物の御堂から聞いた内容とほぼ同一だった。この御堂は俺の中の存在だから、俺が知っている知識の分しか知らないのだろうな、と複雑な想いに捉われる。
 それでも、この空間の居心地は悪くなかった。もし、俺と御堂の出会い方が異なっていれば、今、変わらぬままの御堂と二人でこんな風にワインを嗜んでいたのかもしれない。そんな郷愁に似た気持ちが胸の奥に渦巻いた。
 ひとしきり御堂のワイン談議に付き合い、飲んでいるワインを一本あけた頃合いで、俺は御堂の顔を間近で覗き込んだ。
 吐息を感じる危うい距離で、低い声で囁く。
「まさか、ワインだけ飲んで帰ったりはしないですよね?」
「ああ。そのつもりで君は私を呼んだのだろう」
 アルコールで程よく頬を朱に染めて、御堂は艶然と俺に微笑んだ。
 そうとなれば話は早い。
 御堂を引き寄せて、唇を重ねる。軽く舌をくすぐり、角度を変えつつ次第に深くキスを交わす。頬に添えていた手を首筋から肩へと回し、身体を強く抱き寄せる。御堂は抵抗せずに俺にしなだれかかってきた。
 今宵こそは俺が主導権を握るべく、御堂を押し倒そうとソファに片膝を乗せて乗り上がった。その瞬間、視界が大きく揺れた。
「あっ…?」
 バランスを崩した身体がソファから転げ落ちそうになる。その俺の身体を御堂が咄嗟に支えた。そのまま身体を入れ替え、ソファに横たえられる。
「…なんだ?」
 視界はグラグラと揺れたままだ。身体を起こそうにも四肢に力が入らない。不安定な視界の中に、御堂の顔が見えた。愉しげな笑みを浮かべている。
「さて、佐伯、続きをしようか」
「まさか、お前…」
 嫌な予感が頭をよぎる。
「貴様は、自分が狩られる立場になる事はよもや想像したこともないのだろうな」
 御堂は込み上げる笑いに肩を震わせていた。
 俺はすっかり失念して油断していたのだ。この御堂は、人を陥れることを何とも思わない高慢さを併せ持つ御堂であることを。
「ワインに何か仕込んだな…」
「お前の得意技だろう」
「色仕掛けまでしやがって。汚い奴め」
「年長者に対する口の利き方がなってないな」
「何が年長者だ。年上なら潔く後進に道を譲れ」
「生憎とそこまで達観していないのでな」
 笑いに喉を震わせながら御堂の長い指が俺の頬をなぞる。そのまま顎から喉へと輪郭をなぞりつつ、シャツの襟元にかかった。シャツを肌蹴させられ、素肌に手を這わされた。その手は胸の尖りに行きつくと、そこを意図をもって撫でまわす。
 一方で肩口に顔を埋められ、首筋を舐めあげられた。跳ね上がりそうになる呼吸を喉で封じる。
 御堂の手は俺の下腹部まで滑り、無駄のない動きで下着ごと俺のズボンを脱がせていく。
 巧みな御堂の愛撫で、俺のペニスは既に張りつめていた。その硬さを確かめるように、御堂が俺のペニスに指を絡めて扱く。
「君も十分その気になっているじゃないか」
「お前がこんなことするからだ」
 薬によるものか、俺のペニスは軽く扱かれただけで先走りを次から次へと溢れさせた。
「――っ」
 御堂は指を更に奥の窄まりまで伸ばした。周囲をなぞり、揉みこむように解していく。
「んっ」
 その慣れない感触に、堪えていた声が零れる。
 御堂の熱を孕んだ息が俺の首筋に吹きかけられた。見上げれば、欲情が滴る御堂の眼差しが俺に向けられていた。
「もう少し解してほしいか?」
「…いいから、挿れるならさっさと挿れろ」
「全くムードがないな。君は」
 呆れたような声と共に、腰を掴まれた。そのまま、狭間に熱い昂ぶりがあてられ、ぐっと腰を進められる。その圧迫感に呻くと、気を逸らすかのように御堂は俺のペニスを擦り上げた。
 ゆっくりと、御堂らしい慎重さで、だが着実にそれは奥まで埋め込まれていく。俺の身体の強張りが解けるまで、馴染ませるように動きを止めていた御堂は、軽く揺するように腰を使い始めた。俺の反応を見極めながら、その快感を煽っていく。
 そのじれったさに、多少動くようになった足で御堂の腰を絡めとり、両手を回してその身体を掻き抱いた。
 俺の行動に御堂が少し驚き、笑みを浮かべて俺の顔を覗き込んだ。
「たまには抱かれるのもいいだろう?」
「…悪くはないが、俺は上の方がいい」
「それなら次は騎乗位にするか?」
「次は後れを取ったりしないから覚悟しろ」
 二人で笑みを交わしながら、再び唇を重ね合う。そして身体を抱き合い、互いの熱を貪る行為に酔いしれた。



「これは、どういうことだ?」
 静かに御堂が怒っている。
 俺は、いたたまれずに視線を床に落とした。視界の端には空になったワインの瓶。
 朝、起きてみたら、やっぱり御堂が居た痕跡はなかったのに、ワインの空瓶がキッチンに転がっていた。御堂と一緒に飲もうと約束したワインだ。ワインを飲んだところまではどうやら現実の出来事だったらしい。
 そして、部屋を訪れた御堂に早々に見つかり、今に至る。
 どうしてこうなった、と頭を抱えながら、かろうじて声を絞り出した。
「…同じものを買い直す」
「そういう問題ではない」
 厳しい態度のまま御堂が返す。
 何故、俺が御堂に怒られなければいけないのだろう。
 正確に事実を述べるならば、これを飲もうと言い出したのは御堂で、俺は止めたのだ。それでも、飲まれてしまった挙句、俺は御堂に襲われる羽目になって。そして、今、本物の御堂に怒られ責められている。
 釈然としない。踏んだり蹴ったりとはまさに今の俺のためにある言葉だ。言わば、俺も被害者なのだ。…まあ、少しは愉しんだが。
 反省に乏しい俺の態度を見抜いたのだろう。御堂が片方の眉を吊り上げた。
「弁明があるなら、聞くが」
「いや……すまない」
 まさか、俺の中の御堂がやった、と言えるわけもなく。精一杯の謝罪の意を示して項垂れて見せた。
 俺の殊勝な態度に御堂は一応は怒りを治めて見せたが、その日一日何かと機嫌が悪かった。
 昨夜の御堂の高慢な笑みを浮かべた顔がありありと思い出された。
 次こそは雪辱を晴らす。
 そう、心に誓った。

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