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Frozen Fever -Burning Blizzard ver.-

 最初に異変を感じたのは2日前だった。
 朝起きた時の喉の違和感。空気が乾燥しているのだろうか、程度にしか考えてなかったが、昨日には鼻炎になり鼻声になった。昨夜には寒気を感じるようになり、早めに就寝したのだ。
 そして今朝。起きた瞬間、更に全身状態が悪化している事に気が付いた。頭の芯が重く、身体の節々が痛い。しかも、明らかな熱がある。
 熱く重い身体を起こして御堂に連絡を取り、病院に行くことを告げた。
 うっすら危惧していたとおり、病院では検査でインフルエンザと告げられ、抗インフルエンザ薬を処方されるとともに自宅から出ないようにと医者に言われた。
――よりによってインフルエンザとは。
 意気消沈して再び御堂に連絡を取り、インフルエンザと診断されたことを告げる。
『インフルエンザか?しばらくは出勤できないな。会社のことは私が引き継ぐから自宅で安静にしていろ。何か入用なものがあれば、差し入れするが』
「いや、大丈夫だ。それより、俺の部屋には来るな。二人とも倒れたら会社が立ち行かなくなる」
『君と違って、私はインフルエンザワクチンを接種している』
 君が違って、という部分が強調されていた。
 御堂がワクチンを接種するときに一緒に誘われたのだが、確実にインフルエンザを防げるものではない、と聞いて断わったのだ。それ以上に、注射は嫌だという気持ちが先行していたが、それを理由にするのは流石に憚られた。
「ワクチンをうっていても罹るときは罹る」
『まあ、それもそうだな。分かった。必要があればいつでも連絡してくれ』
「頼りになる副社長がいて助かる」
 御堂に短く礼を告げて電話を切った。
 こんな時、御堂と二人で会社を興したことを心底良かったと思う。当初は一人で会社を興すつもりではあったが、こんな時に安心して頼れる相手がいる事がこうも心強いとは。また、それだけではなかった。会社の運営についても、御堂はその経験と知識から様々な面で気を配りサポートし、若さゆえに侮られがちな俺をその凛然とした佇まいで補佐し支えてくれている。
 それにしても、何たる様だろう。
 自分の健康管理を几帳面に怠らない御堂と違って、自身の体力を少し過信しすぎていたようだ。
 今までインフルエンザに罹ったことはなかった。だが、この過去の経験は現在と未来を何ら保証してくれるものではない。
 多少の風邪なら気にせず出勤するところだが、流石にインフルエンザとなると出勤すると周りに迷惑がかかる。ここは大人しく家に籠るしかない。
 薬局で処方箋と引き換えた抗インフルエンザ薬のカプセルを一つ、口に放り込みミネラルウオーターで流し込む。
 この熱に浮かされた頭では、家に持ち帰った仕事をこなせる気もしなかった。
 まだ真っ昼間ではあるが、素直にベッドに入って安静にすることにした。昼間から眠れるかどうか、と心配したものの熱で混濁した意識はすぐにその輪郭を失った。


「佐伯」
 突如、頭上から降ってきた声に意識を引き戻された。
 怠い身体を奮い立たせ、瞼を開く。ベッドサイドに誰か立っている。
 頭を向けると、スーツ姿の御堂が背筋を伸ばした悠揚とした姿で俺を見下ろしていた。
「御堂…?」
 まだ、昼間のはずだ。昼休みに会社を抜け出してきたのだろうか。
 来るなと言ったのに。
 まだ熱を持っている身体を起こそうとして気が付いた。両手がベッドのヘッドボードに括られて拘束されている。
「何だ?」
 誰が、こんなことを。
 状況的に一人しか思いあたらず、戸惑いながら御堂を見上げた。
 御堂は薄い笑みを浮かべながらも、怜悧な視線でこちらを睨めつける。
 窓のカーテンの隙間から挿し込む日差しを背にし、その表情や立ち振る舞いは威厳をまとっている。その立ち姿は見覚えがあった。
 そうだ。MGNの執務室で初めて御堂に会った時に抱いた印象そのままの姿だ。美しく高慢。身構えずに目にした人の視線を縫いとめずにはいられない、冷たい鮮やかさがある。
 御堂はわずかに上体を屈め、枕元に置いてあった俺の眼鏡を取った。つるを開いて、俺の顔にかける。レンズを通して御堂と視線が合った。御堂は満足げに目を眇める。
「君は眼鏡をかけていた方が、ふてぶてしい面構えでいい」
「何のつもりだ?」
 訝しむ俺の言葉にも御堂は表情を変えない。
「私は君の会社を辞める。いい加減、私たちの関係を清算しよう」
「…どういうことだ?」
「なあ、佐伯、私たちの関係は歪んでいると思わないか?凌辱と暴力で始まった関係の私たちに未来はない。あるのは忌々しい過去だけだ」
「いきなり何を」
 熱で混濁した頭に、御堂の凍えた視線と言葉が突き刺さる。目の前に立っているのは、本当に俺の知る御堂なのだろうか。なぜ突然そんなことを言いだすのだろう。
 混乱して御堂を見上げる。俺の視線を受け止めるその双眸が揺らぐことはない。
「…お前の中では終わった話なのだろうな。だが、私はお前に与えられたあの時の屈辱を一時たりとも忘れたことはない」
――それは違う。
 心の中で反論した。
 俺だって、あの時のことを思い出さない日はない。忘れたい苦い記憶であることは否定しない。だが、あの経験を自分への戒めにしているからこそ今がある。
 その時のことは肯定したりはしない。だが目を背けているわけではない。
「…あんたは、誰だ?あんたは俺の知る御堂ではない」
「私を忘れたか?佐伯克哉。お前は望んでいたのではないのか、この私を」
 御堂はその目元に冷ややかな翳りを刻んだ。
 その表情と態度は、古い記憶を鮮明に思い起こさせた。
 そう。あんたは御堂孝典だ。俺と出会った当初の。
 そして、俺は確かにあんたを求めていた。俺に見向きもしない不遜な態度だったあの頃のあんたを。
 あんたを変えてしまったのは俺だ。だからこそ元に戻したいと思ったのは事実だ。
 だとすると、自分の目の前に立っているのは、俺の知っている元の御堂であり、俺が求めていた御堂なのか。
 混乱と困惑で、熱で澱んでいた思考がさらにかき回される。
「何故、こんな時に…」
「こんな時?…それは、お前の体調を慮れとでもいうのか?あの時、お前は私の事情を斟酌してくれたことはあったか?」
 息を呑む。何も反論は出来ない。
「なあ、佐伯。不公平だとは思わないか。私はお前によって、地位も私生活もプライドも、何もかも奪われたというのに、お前は何一つ失っていない」
「俺を恨んでいるのか」
 答えの代わりに侮蔑の視線が叩きつけられた。
「それなら、何故、俺と会社を興した。何故、俺との関係を築いたんだ」
 御堂は鼻で嗤った。口元に歪んだ微笑が浮かぶ一方で、その眸はいっそう冷たくなる。
「最初から手に入らないものを諦めるより、一度手に入れたものを失う方が辛いだろう?」
「それだけのために、ここまでしたのか」
「ああ」
「あんたとの仲は俺の幻想だったのか」
「ああ」
 取り付く島もない素っ気ない御堂の言葉に声が詰まる。そんな俺を見て、御堂が更に口角を歪めた。
 御堂は誇り高く高潔な男だ。当初は諦めの悪い男だと思った。なけなしのプライドに縋るその無様な姿を嘲弄した。だが、彼は信念の男だという事に程なく気が付いた。俺に屈することよりも、自らを壊すことで自分の信ずるものを守ったのだ。
 あの雪がちらついた夜。L&B社での再会後、そんな彼がその気高い誇りを曲げてまで俺を追いかけてきたのだ。俺に、好きだ、と告げるために。
 それも、復讐という強い信念に沿って振る舞っただけだったのだろうか。
「佐伯、お前はおめでたい奴だな。あんなことをしておいて、私がお前のことを好きになるとでも本気で思ったのか?」
 俺の心を読み取ったかのように、嘲り投げつけられた言葉に奥歯を噛みしめる。今、自分がどんな顔をしているのか分からなかった。さぞ、情けない顔を見せている事だろう。
 御堂が身を乗り出して俺の顔を覗き込んだ。その視線を避けようと顔を背ける。御堂の喉が震え、嗤いに似た音が零れる。
「私が味わった屈辱をお前にも味わってもらおうか」
 冷たく長い指が俺の頬をなぞる。その冷たさは熱い身体には気持ちがいいほどだったが、その指先は産毛を逆立て、その動きは心をざわつかせる。
 指は首から鎖骨、Tシャツの上から肌をなぞる。胸の突起にたどり着いた指は、布地の上からその胸の突起を強くつまんで爪ではじく。
 思わず呻き声を上げ、身を捩ってその手から逃れようとしたが、高熱に炙られている身体はわずかに体躯を震わせただけだった。
「熱い身体だな。中はもっと熱いんだろう?」
「やめろっ」
 御堂はその双眸に侮蔑と嗜虐的な光を湛え、その唇は淫靡に吊り上がる。
「私は君と違って暴力は好まない。大人しくしていれば、優しくしてやる」
 その手は下腹部から下に降りて、スウェットの中に手を差し入れる。アンダーの上から性器の輪郭をなぞる。その感触にぞわりと身体の奥が慄いた。
 かろうじて自由になる脚を捩って御堂から逃れようとするが大した抵抗にはならず、御堂の執拗な手の動きがひるむことはない。性器の形を辿られ、掬われる。下着を通して触れられることがもどかしく感じる程、そこは更なる熱と質量を持ち始めた。高熱で荒くなっていた息に声が混じりそうになり、必死にその声を喉に封じる。
「無様だな。佐伯克哉」
 頭上から俺の顔を覗き込むその眸の奥底に、欲情の炎が揺らめいた。
――そんな眼で俺を見るのか。
 蔑みと嗜虐、そして劣情。
 あの時、俺はこんな眼であんたを見ていた。
 身体を思い切り捩じって、渾身の力を込めれば、高熱で重く軋むこの身体でも御堂のみぞおちあたりに蹴りを入れることは出来るだろう。
 だが、これがあの時の俺のしたことに対する報復であるならば、俺に拒絶する権利はない。
 たとえ、そうでなくても、御堂に暴力を振るう選択肢は取れるはずがない。
 ならばもう結論は出ている。
「…好きにしろ。あんたの気のすむように」
 腹を括り、抵抗にならない抵抗を止めて、身体の力を抜く。
「ほう……。意外と諦めが早いんだな。実はこうされたかったのか」
 喉の奥で嗤う声が響く。すっかり勃ち上がったペニスを下着の上から強く掴まれた。
「――っ」
 鈍い痛みと共に、身体を揺さぶるような痺れが背筋を走り抜ける。この耐え難い感触を逃そうと、足でシーツを蹴った。
「これは、汗…ではなさそうだな」
 亀頭が当たる部分の布地を戯れに指でぐるっとなぞられる。そこは、既に先走りが黒い染みを拡げ、濡れた布が亀頭に張り付き、その像を顕わにしていた。御堂の指はその染みを拡げるように、先端の小孔から張り出したえらを揉みこみ、裏筋を扱く。べったりと張り付いていた布がペニスに擦れ、一層強い刺激を生み出した。
「んっ……っく」
 歯を食いしばり、下半身から伝わる快楽を喉の奥に封じる。頭上で拘束されたままの両手を、汗で濡れた掌に爪が食い込むほど握りしめた。
「口を開けろ。舐めさせてやる」
 御堂はベッドに乗り上がり、俺の胸に跨った。ベッドのスプリングが二人分の重みで軋む。そして、御堂はスラックスの前立て(フライ)を開き、芯を持って硬くなったペニスをアンダーから取り出した。その有り様を目にして、御堂を見上げながら含み笑いとともに返す。
「なんだ。あんたも感じているのか」
「相変わらず生意気だな。その口、きけなくしてやろう」
「う……っ」
 髪を掴まれ顔を上げさせられる。開いた口にペニスを押し込まれた。雄の匂いが口内に充満し、舌の付け根を圧迫されてえずきそうになるのを必死に堪えた。
「熱い口だな…。歯を立てるなよ」
 首が痛むほどの窮屈な角度で、ペニスを含まされる。それでも、御堂を満足させるために、舌で先端を舐め、唇で茎を締め付けた。溢れた涎が顎を伝い、首に滴り落ちていく。
「上手いぞ。君は見込みがある」
 くつくつと笑いながら、揶揄する物言いを投げつけてきた。
「ほら、もっと私を悦ばせろ」
 ぎゅっと髪の毛を握り込まれ、頭が動かせなくなる。御堂は自ら腰を使い、俺の口の中を犯し始めた。口をペニスがずるずると出入りし、喉の奥を突いてくる。歯を立てないように、顎を目一杯開いた。
 口蓋から喉まで粘膜を擦り上げられる。段々と御堂の息が短くなり、同時に突き上げる速度が速くなる。口の中のペニスが更なる質量を持ち、御堂自身が高められてきていることが分かった。御堂を見上げれば、欲情を滾らせた眼差しが俺を突き刺す。御堂の感じる性感が喉を通して、下腹部に伝わり、自然と腰が揺らめいた。
「零さず飲むんだ」
「――がっ、は…っ」
 一段と強い突き上げと共に、喉の奥に重い液体が吐き出された。ずるりとペニスを口から引き出され、その独特の青臭さとえぐみのある液体を、噎せながら何回かに分けて呑み込んだ。
「良く出来た」
 満足気な声と共に、頭を解放された。荒い息を吐きながら枕に頭を沈ませる。無理な姿勢を強いられた首が鈍く痛んだ。
「…俺も、イかせろ」
 御堂に奉仕をさせられている間、放置されていた俺のペニスは萎えるどころか、痛いほど張りつめていた。窮屈な下着に閉じ込められたそこが、解放を求めて疼いていた。
「お願いの仕方がなってないな。言い直せ」
 嗜虐に満ちた表情で見下ろされる。どこまでも俺を貶めようとする意図が見えた。そのまま御堂の望む言葉を口にしても良かったが、敢えて口をつぐむ。
「まだプライドが残っているのか」
 唇の端を歪めたまま、御堂が俺の身体から降り、俺の下着とスウェットを一緒に掴むと、膝近くまでずり下ろした。下着に押さえつけられていたペニスが、外気に触れてぶるっと震えた。
 御堂はベッドサイドテーブルの引き出しに手を伸ばすと、迷うことなくジェルを取り出した。その勝手知ったる所作を見て、間違いなく俺の知る御堂なんだな、と半ば諦観に似た気持ちに包まれた。
「ここを使うのは初めてか?」
 ジェルをたっぷりと乗せた指先が、俺の双丘の狭間をくぐり奥の窄まりに辿りつく。そのひんやりとしたジェルの感触に気持ちよさと不快感を同時に味合わされて、息を呑む。
「…ああ。あんたのために取っておいた」
 そんな俺の軽口を御堂は鼻で嗤うと、ずっ、と指を一本沈めた。くっ、と喉から呻き声が漏れたが、御堂は構わずに事務的な手つきで、周囲を探りつつジェルを手際よく塗り込んでいく。指がもう一本挿し込まれ、後孔の縁にかかる。二本の指で狭い孔を無理矢理拡げられていった。
 唇を噛んでその刺激を耐える俺の顔を、御堂が覗き込んだ。低い声で囁かれる。
「優しくされたいか?それとも酷くされたいか?」
「あんたの、やりたいように…すればいい」
「ふん。それなら、遠慮なく好きにさせてもらう」
 スウェットと下着が中途半端に降ろされたままの両脚をまとめて、膝が胸につくほどに身体を二つ折りにされた。御堂の眼の前に、後孔が無防備に晒される。御堂は、自らのペニスを軽く擦って硬さを持たせると、位置を合わせて俺に圧し掛かってきた。
「ぐうっ――うあっ」
 身体を折り畳まれ、体重をかけられる。関節が軋み、身体を無理に割り拓かれる痛みに、思わず声をあげた。その声が御堂を煽ったのか、より深く圧し掛かられる。
 体内へと御堂が入ってきた。既に炙られている身体に、新たな熱が突きつけられる。
「きついな。それに熱い…。それでも、ここまで咥えこむとは強欲な身体だ」
 根元まで力任せに押し込んで、御堂が動くのを止めた。身体に異物をねじ込まれる痛みを伴う違和感は緩むことはなかったが、その間に、乱れた呼吸と鼓動を整える。
「…あんたは抱かれるよりも、抱くときの方がおしゃべりなんだな」
「お前はどちらでも口が減らないな」
 返ってきた言葉に僅かな気安さを感じ無理に笑みを浮かべようとしたが、御堂の眼差しを感じ、その笑みは表に出ることなく凍りついた。
 御堂はその顔に薄い笑みを張りつかせながらも、高みから俺を睥睨するその双眸は、深く、その奥底に憎悪を凝らせていた。
――俺を憎んでいるのか。
 御堂が俺に行うこの行為に、一片たりとも愛は含有されていない。身体は熱で炙られ溶かされながらも、俺の心は急速に冷え切っていく。
 御堂が腰を動かし出した。憎しみという毒を斟酌なく抽挿とともに注ぎ込まれ、激しい悪寒と吐き気に襲われた。その苦しさに、額から玉のような汗が次々と浮き出て流れていく。
「くっ……ふっ……」
 激しく突き入れられるたびに、肺から溢れた空気が声帯を震わせる。気力も体力も削がれ、与えられる刺激をただただ甘受する。それでも、俺のペニスは俺の意思とは裏腹に、蜜を自分の腹に零し続けていた。
「佐伯、さっきまでの勢いはどうした?」
「う……」
 名前を呼ばれ、遠のきかけていた意識が呼び戻される。ぼやける焦点を御堂の顔に合わせれば、その目元に朱が滲んでいるのが見て取れた。憎い相手を犯して屈服させることに興奮を感じているのだろう。その事実が俺に奇妙な安堵感をもたらした。復讐という動機だけで不本意に犯されるよりは、多少なりとも俺の身体で快楽を感じてくれた方がいい。
 犯される屈辱の中でも昂ぶりはより高みへと昇らされていく。同時に、御堂の抽挿も激しくなり、その腰が戦慄いた。
 御堂が荒い息を吐いて、最奥の粘膜に滾る液体を流し込んだ。前後して、押し出されるように俺自身も射精した。白濁液が濃い精臭を立ち上がらせながら、俺の顎から腹まで迸しり、着ていた服を汚す。
 御堂は一つ深い息を吐くと、無言でペニスを俺の中からずるずると引き抜いた。
 そのまま背を向けてベッドから降り、服の乱れを整えだした。
 限界を超えた身体とあやふやな意識のまま御堂の後ろ姿を呆けたように見つめた。
 きつい体勢から解放された足の間からは、ジェルと精液が混じった液体が溢れ、肌を濡らしていく。熱で弱った身体を無理矢理犯され、互いの精液に塗れた惨めな姿のまま放置されていたが、御堂に対する怒りは全く湧かなかった。
「これでイーブンだな」
 御堂は肩越しにちらりと俺を一瞥すると、もう振り向くこともなく部屋を出ていく。
「御堂…」
 これがイーブンなわけがない。憎しみしか感じない相手に凌辱されるのと、愛する者に凌辱されるのが同じであるはずがない。いや、これは凌辱でさえなかった。俺は御堂に抱かれることに同意したのだから。こんなことで俺は赦されるわけがないのだ。
 だが、掠れた俺の声は御堂に届くこともなく、俺の意識と共に部屋の薄闇に吸い込まれていった。


「…き?…佐伯!」
 突然、耳元で声が聴こえた。自分の頬にひんやりした手が当てられる。はっと目を開いた。
 目の前には御堂の顔。スーツ姿の御堂がベッドサイドに立って、心配そうにこちらを覗き込んでいる。窓の外は既に暗くなっていた。
「あっ……」
 情けない声が思わず喉から漏れ出た。次の瞬間、安堵が身を包み大きなため息が出た。
 夢だったのだ。
「…御堂?」
「佐伯、大丈夫か?随分とうなされていたぞ」
 周囲を見渡す。いつもの自分の部屋だ。両手を確認するが、拘束もされていない。枕元には寝付いたときそのままに自分の眼鏡が置かれている。
 眼鏡を手に取り、震える手を抑えつつ顔にかけた。
「いや…何でもない」
「ひどい汗をかいている。まだ熱も下がってないな」
 頬に触れていた手が額へと移動する。その冷たい手が心地よい。
 まだ先ほどの夢が生々しく脳内を占拠していた。目の前の御堂をまじまじと見つめるが、その優しい眼差しも穏やかな表情も、俺の知っている御堂だ。
「シーツまで濡れている。シーツを取り換えるから、その間に着替えてこい。動けるか?」
「…ああ」
 どこからどう見てもいつもの御堂だ。動かずに御堂をじっと見つめる俺の視線を訝しんで御堂が首を傾げた。
「どうした?動けないのか?」
「いや…」
 のろのろとベッドから這い出す。汗で濡れた衣服が肌に張り付いて絡み、不快な感触をもたらす。この汗は、熱だけのせいではない。先ほどの夢によってもたらされた嫌な汗も混ざっているはずだ。
 そのままバスルームに行って、軽くシャワーを浴びて上下を着替える。どこにも俺が犯された形跡はなかった。股関節が痛んだが、これは熱によるものかどうか判別がつきかねたが。
――なぜあんな夢を。
 俺を睥睨する御堂の凍てついた視線がまだ瞼に張り付いている。
 熱で体力が奪われたせいであんな夢を見たのだろうか。体が弱れば、心も引き摺られる。
 寝室では御堂がまだベッドメイキングをしていた。
 高熱で節々が痛む身体を引き摺りながら、冷蔵庫からミネラルウオーターを取り出した。
 リビングのソファに深く腰掛け、背もたれに沈み込んだ。カラカラになった喉を潤す。
 少しして、御堂がリビングに顔を出した。
「シーツかけ直したぞ。…何か食べるか?軽食ならすぐ作れるが」
「いや、そこまであんたに迷惑をかけられない。大丈夫だ」
「会社帰りに少し様子を見に来たのだが、あまり良くなさそうだな。遠慮するな」
 御堂は軽く笑って、スーツのジャケットを脱ぐとネクタイを緩めキッチンに向かった。ダイニングテーブルの上に置かれっぱなしの薬局の袋に気付き、手に取る。
「薬、夕方の分は飲んだか?」
「まだだ」
 ガサゴソと袋を開ける音がする。
「佐伯、朝の分は飲んだのか?」
「ああ」
「薬の数が合わない。…ああ、なるほど。佐伯、間違ったものを飲んでいるぞ」
 その言葉に御堂の方を振り返った。御堂は俺に見せるように、小さな銀色のPTP包装されたカプセルを手に掲げた。紅色のカプセルが並び、一つ分空になっている。
「サプリの試供品みたいだ。ザクロエキス…?女性用か?」
「なんだと?」
 そう言われて思い出した。薬局で処方箋を引き替えた際に、サプリの試供品を渡されたのだ。それを間違えて飲んでしまっていたとは。しかもよりによって柘榴味だ。
 自分の迂闊さを呪った。熱に浮かされていたとはいえ、そんなものを口にしてしまうなんて。あの男の差し金だろうか。脳裏に黒づくめの金髪男が浮かんだ。
 だが、一方で、先ほど見た夢の原因が分かってほっと息をついた。もう、あの夢を見ることはない。まだその記憶が鮮明に脳裏に刻まれているが、少し心が楽になった反面、あの夢は御堂に憎まれているのではという恐れと御堂に赦されたいという自分勝手な願望ではと思い当たり、心に陰が差し込んだ。
 結局、その後、御堂の言葉に甘えて、手早く用意された夕食を口にした。
 ダイニングテーブルで向かい合って食事をする。インフルエンザのことを考えると、早く帰るように促すべきだったが、その一言が喉の奥につかえたまま口にすることが出来なかった。
 食後、食器を手早く片付ける御堂をダイニングの椅子に座ったまま、ぼんやりと眺めた。
 御堂がこちらを振り返る。咄嗟に目を逸らし損ねると、優しく微笑まれた。
 その眸の奥底には、今でも俺に対する憎しみが風化することなく凝縮され奥深くに沈められているのだろうか。澱んだ想像に絡めとられる自分自身に嫌気がさした。
 自己嫌悪を抱えながら、その鬱屈した昏い感情に支配されないよう唇を噛みしめる。
 その時、そっと頬にひんやりした手を添えられた。瞼を緩やかに開くと、いつの間にか傍に立っていた御堂が俺の顔を不安げに伺っている。急いで、今までの思考と感情を表面から拭い去り表情を取り繕う。
「佐伯、今夜泊まっていいか」
「…インフルエンザがうつるぞ」
 御堂の申し出は今の自分にとっては心底嬉しかったが、流石にこれ以上長く共に過ごすのは躊躇われた。ワクチンを接種しているといっても、罹ってしまったら大変だ。
 その迷いを悟ったのか、御堂が安心させるような笑みを浮かべた。
「大丈夫だ」
 そう言うと、御堂はスラックスのポケットから銀色のシートを取り出す。俺が処方されたものと同じ抗インフルエンザ薬のPTPシートだ。
「この薬は、治療だけでなく発症の予防薬にもなるそうだ。今日、四栁に処方してもらってきた。私もこれを内服する」
「だが…」
「万が一のために、スケジュールも調整したし、藤田にもしっかり引き継ぎが出来るように手配している。他に看病してくれる人はいないんだろう?…たまには私にも看病させろ」
「…あんたが泊まったら、余計に汗をかきそうだな」
「まだ減らず口を叩く元気はあるのか」
 クスクス笑い、御堂はそのシートからカプセルを一粒取り出して自らの口に含みミネラルウオーターと共に流し込んだ。
 そして、もう一粒、俺が処方された薬をPTPシートから取り出し、長い指でつまんで俺の唇の間に押し込む。
「飲み間違えないように、私が飲ませてやろう」
 そう言うと、ミネラルウオーターをその口に含み、上体を屈めて唇を押し付けた。その口づけを受け容れた。ひんやりとした柔らかい唇が触れ、そこから冷たい水が流し込まれる。
 カプセルごとその水を喉に送り込みながら、俺は御堂の身体に手を回し強く抱きしめた。濡れた唇がそっと外される。
「御堂、愛している」
――お前は俺を憎んでいるのか?
 本当に訊きたい言葉を封じ、代わりに数えきれないほど囁いたその言葉を、口にする。
 触れるか触れないかの距離にいた御堂の唇が離れた。そのまま、顔を俺の肩口に埋めるように乗せた。御堂の静かな吐息が俺のうなじに滞った熱を刷く。
「私も、君を愛している」
 その鼓膜を震わした甘い響きがもたらす、ひと時の安堵に身を包まれながら、その存在を離さぬように更に力を込めて御堂を抱きしめた。

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