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From This Day

 身体が熱い。この全身の火照りは先ほどの湯によるものなのか、それとも身の裡から生じたものなのか分からない。
 湯の中で身体を重ねた後、脱力した身体を支えられながら布団のところまで連れてこられて寝かされたが、熱に浮かされた思考は、未だ茫洋としている。
 濡れた肌の上を克哉の手が滑る。身体の輪郭を繊細に辿っていく手つきは、新たな熱を灯していく。先ほどまで、克哉を受け容れていた身体の内奥は未だに疼き、内側からチリチリと灼いている。
「佐伯…」
 両手を伸ばし、自分に覆いかぶさる克哉の背中に手を回す。その肌はしっとりと熱く、自分以上に熱を持っているように思えた。そのしなやかに締まった背筋を撫でる。
「御堂さん」
 濡れた蒼い目が自分を覗きこむ。微かな笑みを刷いた口元から、更なる熱を孕んだ吐息が漏れた。
 間接照明の灯りが肌の陰影にうっすらとした色気を滲ませる。
 克哉の眼鏡は湯に入る前に外されたままだ。普段見ることのない素顔を向けられ、飽きずに視線を這わしていると、突然視界が真っ暗になった。
「あっ」
「そんなにじろじろ見ないでください」
 くすっと漏れ出る笑いとともに克哉の手掌に視界を塞がれる。暖かい掌の重みが瞼にかかった。
 そのまま唇を押し当てられる。くちゅくちゅと口の中から水音が大きく響いた。更に深く口づけをしようと顔を傾げると、すっと唇が離れた。唇を求めて顔が反る。代わりに低く掠れた囁きが唇に触れた。
「このまま、目隠ししていいか」
「目隠し?」
 問い返そうにも、突然中断されたキスの余韻で呂律も思考も上手く回らない。子供の熱を測る様な優しい手がすっと瞼を撫でつける。その動きにつられて頷いた。
「頭を上げて」
 目を覆っていた手が外された。目を薄く開ければ、克哉が上体を離して寝具の傍に置いてあった何かを手に取った。それを見て、目隠しの意味を正しく悟り、身体が竦んだ。
「佐伯…っ!」
「嫌ならすぐに外せばいい」
 克哉にそう言い含められながら、浴衣の帯で手早く目隠しをされる。体温を失った暗闇に包まれる。かつての出来事を思い出し恐怖に震えると、長い腕に強く抱きしめられた。
「こんなのは…あぁっ」
 拒もうと声をあげたところで、耳朶を食まれ、そのまま耳の孔に舌がくねり込んできた。
 克哉の手が身体を這いずり、胸の尖りを摘みあげる。
 暗闇の中、感度だけが研ぎ澄まされて、耳を舐めあげられる音は大音響となって頭に反響し、弄られる乳首は鋭い痺れとなって、全身を駆け巡る。
「ああっ、あっ……はっ」
「ほら、見えない方が感じるだろ。乳首もこんなに固くして、いやらしい身体だ」
 克哉の湿った声が聞こえた。その声にさえ快感を煽られる。と、熱く芯を持ち始めた乳首を舐めあげられ、思わず悲鳴をあげた。
「あああっ!」
 片方の乳首を指で揉まれて、他方を唇で音を立てながらしゃぶられる。触れてもいない性器が反応して張りつめてきた。身体の中に劣情の焔が渦巻き、腰が勝手に揺らめく。克哉の視線と姿が隠されることで次の行動が読めず、その手が触れるたび、その舌に舐められるたび、思わぬ刺激に身体が弾む。
「さえっ……佐伯っ」
「どうしました?」
 下半身に疼く昂ぶりを解放したくて上ずった声を上げる御堂と違って、克哉の声は至って涼しげだ。余裕さえ感じられる。
「もうっ、胸は…いいからっ」
「ああ……下を触ってほしいんですね」
 喉をくつくつと嗤わせる克哉に、思わず頷いた。克哉は、胸を弄る手を止めずに、思案する素振りを見せる。
「そうだな……。御堂さん、自分で弄っていいですよ。手、空いているでしょ」
「ううっ……」
 佐伯の眼の前で、そんなはしたないことは絶対にしたくない。かといって、直接言葉にしてねだることも出来ず、シーツを掴む手に力が入った。
「あれ?しないんですか?」
 ねっとりと粘度を増した声。目は見えなくても、悪辣な笑みを浮かべる克哉の顔が目に浮かぶ。佐伯の気配が近付いた。顔を甘い吐息がなでる。
「その手、使わないなら、縛ってもいいか?」
「い…嫌だ」
 この提案は即座に拒否をする。嫌な予感しかしない。
 ただ、律儀に訊いてくるあたり、克哉は再会した時の言葉通り強引なことする前に承諾を得る気はあるらしい。
「心配するな。酷いことはしない」
 目隠しをして手を縛ることは、酷いことではないのだろうか。
「代わりに俺がこっちを弄ってあげますから」
「ひあっ!」
 佐伯の長い指が股間に伸びた。裏筋をつう、と先端までなぞられ、鈴口から溢れる雫を掬う。全身を鋭い快楽が突き抜け、身体が仰け反る。だが、思いとは裏腹にそれだけの刺激であっさりと指は離れた。切ない喘ぎが漏れそうになり、反射的に唇を噛みしめた。
「――御堂、いいだろう?」
「…少しだけなら」
 甘えるような掠れた声音で名前を呼ばれる。下腹部の疼きをどうにかしてほしくて、たまらず折れた。両手を身体の前でまとめられ、手首に何か巻き付いた。帯のようだったが、それでも反射で身体が竦む。ただ、怯えが伝わったのか、少し緩めに結ばれた。
 その縛られた両手を掴まれて自分の性器へと誘導される。
「これだったら好きに動かせるだろ」
「うあっ…。佐伯――っ」
「俺が手伝ってあげますから」
 克哉は御堂の手でペニスを握り込ませると、その上から自らの手で包んだ。克哉が御堂の手を動かして、御堂の性器を扱く。自らの手に慰められて、ペニスは完全に勃ちあがり、先端から雫がひっきりなしに零れ始めた。
 こんなことは嫌なのに、克哉の手を払いのけることが出来ず、挙句、自ら感じるところに指を絡ませてしまう。緩めに縛られたのは、自慰をしやすくする意図だったことに気が付いた。
 克哉に見られていることは分かっているのに、見えないというだけで大胆な行動に及んでしまう。今や克哉の手は、ただ自分の手に添えられているだけだ。戒められた自らの手で自分のペニスを積極的に扱き上げる。果てが見えないほど愉悦が湧き上がり、真っ暗な世界で、より快楽に溺れる。こんな自慰行為を克哉の前で行って、羞恥にいたたまれないのに止められない。
「御堂さん、こんなに硬くして。そんなに気持ちいいですか。そろそろ後ろも弄ってほしいでしょう」
「や……あぁっ……うっ…ふ…」
 克哉の言葉に腰が淫らに揺らめき、吐く息に声が混じる。克哉の手が双丘の狭間に伸びた。
 ローションで濡れた指が窄まりに挿り込んでくる。
 二本の指が複雑な動きで内腔を擦ると、粘膜がその指を食んでいく。
「この後、どうして欲しい」
「……っ」
「ちゃんと言葉で言って」
 身体の中の指先が大きく中を抉る。その刺激に身体がのたうつ。克哉は、自身が望む言葉を言うまで、こうやって責め苛む気でいるらしい。堪えきれずに声を絞り出した。
「……てくれ」
「聞こえない」
 産毛を逆立てる甘やかで意地悪な声音。
「挿れて…くれ」
 自慰をしながら克哉をねだる自分の浅ましさに、びくんとペニスが大きく震えた。
「御堂さんにせがまれたら応えずにはいられませんね」
 腰が浮くほど両脚を開かされる。濡れて疼く場所に、熱い切っ先が当たった。目隠しと拘束をされたまま犯されることに心と身体が慄く。それでも、克哉の熱を求めて、身体の奥が疼いた。
「んっ、あっ――」
 太く硬い塊が身体を割って打ち込まれた瞬間、大きく仰け反った。
 乱れた呼吸と喘ぎで口から伝った唾液を、動きを止めた克哉にぺろりと舐めあげられる。
 その克哉の顔の動きを追って、首を傾げる。その仕草にキスで応えられ、舌を絡ませ舐めあい互いの唾液を啜る。
 唇が離れ、緩やかな動きで律動が開始された。
「さ、えき。…佐伯っ」
 次第に激しく深くなる律動に縋るように克哉の名を叫んだ。縛られた手では克哉にしがみつくことが出来ずに穿たれるままに身体が揺れる。高まる射精感に息を詰めたところで、ペニスを扱く手を掴まれてそれを阻まれた。
「まだだ」
「うっ……ふっ」
 穿たれたペニスを引き抜かれ、身体をうつ伏せにされた。肘と膝を着いた四つん這いの体勢にさせられる。視界が効かず不自由な身体のまま、克哉の気配が遠くなり不安に包まれる。
「佐伯…っ」
「ここにいますよ」
 その声に安堵するが、同時に背後からずぶずぶと突き入れられた。たらたらと雫を零し続けるペニスを克哉に握られて、射精をコントロールされる。
 中の粘液が掻きまわされる濡れた音と、腰が打ち付けられる音が響く。併せてペニスを扱かれ、押し寄せる悦楽の波が大きくなっていく。そして、一段と大きな波が押し寄せた。
「あ、ああ――っ!」
 身体を激しく震わせ吐精する。性器を握る克哉の掌にどくどくと自分の精液を放った。少し遅れて身体を穿つ楔が最奥に突き立てられ熱く爆ぜた。暗闇の中で激しい淫蕩に身体が蕩けて沈んでいく。
「御堂…」
 荒い息を継ぐ熱い身体が背中に重なり、横に転がった。ややあって呼吸を整えた克哉の強い鼓動を背中に感じた。
 背後から抱きすくめるように腕が回され、手首の戒めを外される。そのままじっと待っていると、目隠しを外された。
 視界が開ける。
 薄暗い室内でさえ、眩しく感じた。霞んで見えるのは眸が涙の膜で覆われているからだろうか。
 重く怠い身体をもぞもぞと動かして、克哉の方に向き直る。すり寄ってきた克哉に両手で顔を挟まれた。ぞくりとするほど色気を滲ませた克哉の顔が、鼻先が触れ合う位置に近付いた。克哉が喉で笑う。
「こういうのも良いだろう?」
「……良いわけないだろう」
 憮然とした顔を作って軽く睨み付けた後、ふっと表情を緩めた。自由になった両手を克哉の背に回す。
「だが、たまにだったら君の希望を考慮してあげてもいい」
 克哉がニヤリと笑うと唇を重ねてきた。息継ぎの狭間で低くかすれた声が響いた。
「なら、次は“なし”でやろう」
「はっ?…あっ、待てっ、無理だっ」
 克哉の手が御堂の股間に伸びて、再び快楽を煽ろうとする。抗議の声は唇に封じられ、触れ合う克哉の体温に意識が溶かされていった。

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