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始まりの終わり

「あんたは誰に触れられても悦ぶんだな」
「違う……っ」
 揶揄する口調に必死に首を振った。
 その声に御堂を労わる響きはない。克哉の激しい憤りが、脚の間で斟酌なく打たれる腰から伝わってくるようだ。
 恋人であった克哉とはまったく違う、手加減しない愛撫に鳴かされ続ける。もう何度イかされたか分からない。それでも、克哉は御堂を許そうとはしない。
 まるで人が変わってしまったかのようだ。いや、克哉は元に戻ってしまったのかもしれない。御堂をひたすらに追い詰め、嬲ったあの頃の克哉に。


 ほんの数時間前、目の前で叩きつけられるようにホテルの部屋の扉が閉まった。苛立ちそのままの靴音が高く踏み鳴らされて去っていった。
 澤村の気配が完全に去り、御堂は詰めていた息を吐いた。
 克哉は怒りを爆発させることをどうにか堪えた。安堵に胸を撫でおろして、「佐伯」と掠れた声で克哉を呼んだ。御堂に背を向けて立ち尽くしたままの克哉がゆっくりと振り返った。その顔を見て言葉を失った。
「……ッ!」
 そこには感情を失った表情があり、そして、レンズの向こうにある昏い炎を宿した眸があった。
 不自由な体で克哉に一歩でも近づこうと這いよった。黙ったままの克哉が屈んで、御堂の拘束を外した。
「御堂……」
 克哉の指先と声が氷のように冷たくて身を震わせていると、ベッドに放られて裸に剥かれた。
 御堂の頭から足先まで検分するような鋭い視線が這いまわる。ぞくりと背筋に寒気が走る。
 地を這う声が響いた。
「それで、澤村に何をされた?」
 口を開こうにも声が出てこない。辛うじて、「私は…大丈夫だ……」と掠れ切った声で返事をしたが、克哉はそんな答えを求めているわけではないことは分かっていた。
 克哉は一音一音、区切って言った。
「なにを、された?」
「……」
「御堂」
 はっきりとした口調で詰問してくる克哉は残酷な行為をしていると分かっているのだろうか。それでも身の内から噴き出す怒りをどうにか抑え込んでいるかのようだ。
「……イかされただけだ」
 克哉から眼を逸らした。務めて何事もなかった口調でぞんざいに言ったが、当然それで許されるはずもなかった。
「最後までしたのか?」
「していない!」
「見せてみろ」
 克哉の気迫に気圧されて動けないでいると、ぐいっと膝を割り拓かれた。
 足を閉ざそうと力を入れたが、疲労困憊した身体は意思に反してあっさりと克哉に屈した。怯えて縮こまったペニスと陰嚢が持ち上げられて、隠された窄まりが暴かれる。
「腫れている」
「直接挿れられてはいない」
「じゃあ、何をされたんだ」
「ペンを、挿れられた……」
 声が掠れ掠れになる。克哉が視線を部屋の床に走らせて、絨毯の上に転がっている万年筆に目を留めた。御堂の万年筆だ。
 克哉の眼差しを追っていた御堂の喉がこくりと小さく鳴った。
 このホテルの部屋で、ろくに抵抗できない状態にされた御堂を澤村は弄んだ。男には興味ない、という澤村だったが、気位の高い男の貶め方は熟知していた。
「あれを挿れられたのか」
 返事をしないでいると克哉の眸が残忍に眇められた。
 克哉が自分のジャケットの胸の内ポケットへと手を伸ばし、万年筆を取り出した。
 深い落ち着いた色合いの万年筆は、肉厚なボディで優美な曲線を描く。縁やキャッチには金があしらわれている一目で分かる高級品だ。
 そして、それはAA社を起ち上げた時に、社長になった克哉に御堂から贈った万年筆だった。そして、そのお礼に、と克哉から贈られた万年筆は澤村によって汚されて、この部屋の床に無造作に打ち捨てられている。
 克哉が御堂の開かれた脚の間に陣取った。片手には万年筆を握り、ぐいと御堂の腰を抱えた。
「よせ……っ」
 今から起きる行為に拒絶の声をあげた。だが、克哉は黙ったまま御堂の双丘を手で押し開いて、あろうことか大切にしていた万年筆をその狭間に滑らせてきた。
 ひんやりとしたすべらかで丸い先端が、アヌスの表面に触れる。ひっと息を呑んできつく拒もうとしたが、腫れぼったくなったアヌスの襞を伸ばすように回転しながら、それは中に侵入してきた。
 小刻みに前後されて、少しずつ少しずつ、奥へと押し入る。
 硬く無機質な万年筆は、本来の大きさよりもずっと太く感じられた。
 粘膜をめくりあげながら、深く嵌りこんでくる。
 その感触は、先ほどの澤村に蹂躙された生々しい体感を蘇らせた。続けさまに御堂と克哉の大切な万年筆を含まされて、嫌悪に背骨がたわみ、ショックに心臓が捩じれる。
「くぅ……っ」
 高級な筆記具が体内で淫猥に蠢いた。
 それは明らかに快楽を呼び起こそうとする動きで、澤村に蹂躙された衝撃から回復しきってない身体であるにも関わらず、苦痛の中に快楽が混ざりこんできた。
 体内で生まれる刺激から意識を逸らそうにも、性器は淫らな角度に勃ち上がっていく。
 その反応を見て、克哉は更に追い詰める動きを加えた。
 赤く色づいて尖りきった乳首は、澤村の愛撫を受けたことがあからさまで、克哉は万年筆を動かす手を止めぬまま、乳首をきつく摘まみ上げた。小さな粒を乱暴にいたぶられる。その鮮烈な痛みが快楽と相まって、つま先まで駆け抜けた。
「やめ……っ、ぁっ、んああ――っ!!」
 視界が白く焼けた。喉を反らせて身体が硬直する。ペニスが大きく震えて悦楽が爆ぜた。
「……あんたはこんな姿を晒したのか」
 焦点の合いきらない視界に克哉が凍えた眸で自分を見据えていた。
 揺らぐ視線が重なり、克哉は自分に対して怒っているのだ、と察した。澤村に付け入る隙を与え、はしたない姿を晒した自分に激しい怒りを抱いているのだ。
「あ、あ……」
 絶望に空気がしぼむような声が口から漏れて出た。
 そして、克哉は自身のネクタイのノットに長い指を差し込んで襟元を緩め、御堂に覆いかぶさってきた。
「嫌だ……っ、こんな…、んあっ、は……ぅ、あああっ」
 乳首に赤い舌が這い、齧られる。万年筆を身体の中に挿入されたまま、ペニスに長い指が絡みつき、精液で濡れた鈴口の粘膜を指の腹で乱暴に擦られる。刺激を与えられる度に、中の粘膜が収斂して万年筆を動かし、硬い先端が前立腺をゴリゴリと擦りあげる。遠のきかけた絶頂が何度も引き戻されて、とろみのある粘液をペニスの頂から吐き出した。
 そうして散々弄ばれると、万年筆がずるっと引き抜かれた。
 続けさまにイかされてぐったりとベッドに沈み込んだが、克哉は容赦しなかった。
 身体を返されて、尻を掲げさせると、万年筆に蹂躙されたアヌスにローションを注がれる。冷たくぬるりとした感触の嫌悪感に呻くと、ローションを更に奥に押し込むかのように熱く硬い器官が突き入れられた。
「ぁ、あああ……っ!!」
 圧倒的な質量が下腹部に埋め込まれていく。その圧迫感に、声を上げ続けた。つながりを解こうとベッドを這ってずり上がったが、腰骨を掴まれて押さえ込まれ、さらに深く抉りこまれる。根元まで含ませると克哉はずるずると粘膜を擦りながらギリギリのところまで腰を退き、ふたたび潤んだ内腔にくさびを打ち込むように突き入れてきた。
 肉が肉を打つ音が響く。
 男の器官で巧みに弱いところを、抉られて擦られて、身体の奥底から快楽が浮かんでは弾ける。
「佐伯……、も…許して……っ」
 許しを乞う言葉は克哉の激しい怒りの前では何の効果もなかった。
「あんたは悦んでいるだろう」
 克哉が御堂のペニスに手を伸ばして欲情の徴を辿る。
 勃ちっぱなしのペニスは克哉に突き上げられる度にとろみのある雫をぱたぱたと漏らしていた。
「くあっ!」
「あんたはここを弄られるとすぐにこうなるんだな」
 いたぶる声と仕草に口惜しさと悲しさが渦を巻いて、視界を歪めた。意識するよりも先に抗う言葉が口を衝いて出た。
「君が……私の身体をこうしたんだ!」
「……っ」
 克哉が鋭く息を吸い込み、動きを止めた。乱暴な動きで身体を再び返される。
 ゴリっと粘膜を擦られて悲鳴が漏れた。脚を肩に担がれて、浮いた腰に克哉の腰が密着する。これ以上なくつながりを深められて、息をするのも苦しいほど、克哉は抉りこんでくる。呼吸が浅くなり、胸が忙しなく波打つ。
「そうだ。あんたをこんな風にしたのは俺だ」
 聞こえてくる声にはっと目を開いて、克哉の顔を目にしたところで言葉を失った。そこに嗜虐に満ちた表情はなく、歯を食いしばって何かを必死に堪える克哉がいた。
 殴られたような衝撃を受けた。
「……佐伯、すまない」
 震える唇から言葉を紡いだ。
 嗚咽が漏れるような声で繰り返し、繰り返し謝った。
 克哉は返事代わりに、腰を強く突き入れてくる。
 もう、抗う気持ちはどこにもなかった。
 克哉が怒っている相手は御堂でも澤村でもなく、自分自身に対してなのだ。
 だから、苦痛に苛まれる御堂を目の当たりにすることで自分に罰を与えている。
 内臓を揺さぶるような衝撃を堪えようと克哉の背中に爪を立ててしがみついた。消え入る声が鼓膜に触れた。
「御堂……、俺の傍からいなくなるな」
 克哉から零れ落ちた言葉に胸を打たれた。
 克哉は昔の克哉に戻ったわけではない。御堂の恋人である克哉から何一つ変わっていない。だからこそ、苦しんでいる。
「私は、君から離れたりしない……っ」
 克哉の背に回した腕に力を込めると、克哉が顔を寄せた。
 戦慄く唇に舌が入り込んでくる。舌を絡め捕られて、きつく吸い上げられて、粘膜がきゅっと締まる。臍の奥まで入り込んだ克哉の形を生々しく感じ取った。
「ん……っ、はぁ…っ」
 上と下の空間を克哉にみっちりと埋められて、酸素不足に喘いだ。同時に、頭の芯が煮え立つように白んでいき、身体の奥底から疼く感覚が込み上げてくる。背筋を鋭い電撃が駆け上っていった。
 身体を揺さぶられ、視界が回る。克哉に突き上げられる度に、喘ぎとも悲鳴ともつかぬ声が溢れつづけた。
  悲しくて、苦して、たまらない。
 だが、今、御堂が感じている苦痛よりも、克哉の心の痛みははるかに深いに違いなかった。
 克哉の形にみっちりと拓かれた体内で、破裂しそうなくらい張りつめた楔が激しく痙攣した。同時に自分では触れることの出来ない奥深い部分に、熱が注がれていく。
 目の前にある緩く綻んだ唇、濡れた眸は快楽を極めた男の顔だ。だが、自分を見つめる表情は痛々しくて、胸が張り裂けそうになる。
 どうしたら、克哉の苦しみを癒すことが出来るのだろうか。そのためなら、どんな罪も罰も引き受けられる。痺れる頭でそう思った。
「克哉、……愛している」
 そう告げたつもりだったが、暗闇に沈みゆく意識は混とんとして、果たして自分の気持ちが克哉に伝わったのかどうか、判然としなかった。

 


 瞼から透ける明るい光に目を覚ますと、そこは克哉の部屋のベッドだった。意識を失っているうちにホテルから連れ出されたらしい。
 ベッドに手を突いて、重い身体をどうにか起こそうとして気が付いた。裸の身体、首には首輪が巻き付いている。足首には枷が嵌められて鎖でベッドの足に繋がれていた。
 足元にある気配に重い瞼を押し上げて視線を投げると、そこに克哉が立っていた。
 ワイシャツを羽織って着替えている克哉は御堂と目が合うと平然とした挨拶が返ってきた。
「おはようございます、御堂さん」
「これは……?」
 克哉の様子からしてもう朝を迎えたらしい。それでも、自分が置かれた状況がつかめずに尋ねると克哉は事もなげに言った。
「これからここがあんたの部屋だ。今日、今までの部屋から必要な荷物を運んでくる」
 そう言いながら、克哉はワイシャツの襟を立てて、ネクタイを締めた。
「会社は?」
「御堂さんは出勤しなくて結構です。この部屋にずっといればいい」
 この部屋に閉じ込められるんだな、と理解した
「分かった、佐伯」
 不思議と、嫌悪も恐怖もなかった。
 そんな御堂を前にして克哉が微笑んだ。その柔らかな表情を見て、自分の胸も暖かくなる。
「もうすぐ出勤するが、昼には戻ってくる」
「そうか……」
 一抹の寂しさが表情に出たのだろう。克哉が御堂の元に歩みを寄せた。顔が近づいてくる。克哉の眼差しを間近に感じて、頬が自然と赤らんだ。
「御堂?」
 克哉の長い指が火照った頬をなぞる。震える唇で自分の決心を告げた。
「私を君のものにして欲しい」
 克哉が安心できるように。もう、自分のことで苦しむことがないように。
 足を繋ぐ鎖は太く、首輪には錠もついていて簡単には外すことが出来ないだろう。
 だが、自分には分かる。この首輪も鎖もすべて、自分を閉じ込めるためのものでなく、外にある脅威から自分を守るためのものなのだ。
 だから、すんなりと受け入れられた。自分は克哉のためだけに存在できればそれでいい。
「そうするつもりです」
 克哉は表情を緩めて答えると、部屋のチェストからいくつかの道具をもって戻ってきた。
 それを目にして期待と不安に心臓が早鐘を打ち出す。
「退屈するでしょうから、これを使いますか」
 そう言ってローターを手に取った。何かを言われる前に自分から脚を開いた。
 満足げに微笑んだ克哉がローターにジェルを塗して、アヌスに含ませると位置を調整した。狭い内腔が異物に侵入されて押し拓かれる。
「くるし……」
「これだけじゃ、足りないでしょう?」
 克哉はニップルクリップを御堂の両胸に取り付けた。くびり出された乳首が赤く色づいていく。これにもローターが付いていて、克哉はアヌスと乳首のローターのスイッチを入れると、身体の内外から小刻みな振動が響きだした。
「あっ、あああっ! んああっ!」
 艶めいた声が溢れ出す。強すぎる刺激に四肢を突っ張らせると、克哉が強度を調整して振動を弱くした。それでも、この刺激を何時間も耐えるのは難しいだろう。
 頭をもたげたペニスに克哉の指が絡んだ。
「御堂さんは淫乱だからな。縛っておきましょう」
「んあっ、そこ……、んくぅ」
 屹立したペニスに黒いバンドが巻き付いた。何重にも巻かれて絞り上げられていくと、脈打つ器官が一層色味を増してひどくいびつなものに見えた。
「会社に行ってきます。いい子でいてくださいね」
 かけられた声に潤んだ眸を向けると、額にキスを落とされた。
 頬を撫でる手つきに優しさが籠る。
 そして、克哉が自分一人、淡々と身支度を整えていく。
 これから独りぼっちでこの部屋に取り残されるのだ。
 それでも、以前と違って、怖くはなかった。
 なぜなら、克哉が自分に向ける眼差しの中に、自分に触れる指先のぬくもりに、確かな愛が息づいていることを感じるからだ。
 克哉がベッドサイドテーブルに置いてあった万年筆を手を伸ばして取った。
 それは、あの時に御堂の後ろを苛んだ万年筆で、克哉がそれを手に取りジャケットのポケットに入れる、たったそれだけの仕草で、ぞくりとした淫靡な衝動が沸き起こってくる。
 御堂の視線に気が付いた克哉が、「ああ、そうだ」と呟いた。
「あなたに贈った万年筆は同じものを注文します。そちらを使ってください」
 それを仕事で使うことはもうないだろう。そう予感した。欠勤になるAA社のことが胸の奥底で気にかかったが、きっと克哉が上手くとりなしてくれるはずだ。
「佐伯、……キスを」
 下腹部に灯る淫らな熱を抱えながら克哉に向かって言った。
 克哉がクスリと笑って、覆いかぶさってきた。手のひらに手のひらが重なって指が絡み合う。克哉の指先が、指の間の柔らかな皮膚をくすぐる。重ね合った肌からさざ波のように、温もりが広がっていく。
 自分を愛する克哉の気持ちも、克哉を愛する自分の気持ちも心から信じられる。
 朝の陽射しが満ち溢れる室内で何度も何度もキスを交わす。
 愛しい相手だけを視界に収めて、至福に浸る。こんな日が永遠に続くものだと祈りたい。

 はじまりとおわりが溶け合う光の中で、ここには他に何もなく、御堂と克哉はふたりきりでただひたすらに快楽と幸福を貪り合った。


END

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