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​発情(ヒート)の果実

 御堂孝典の視線の先には柘榴がひとつ、赤い果肉を覗かせていた。

 なぜここに柘榴が置いてあるのか、御堂はしばし考え込んだものの、適切な解を導くことは出来なかった。

 それはごく当然のようにダイニングテーブルの上に置かれていて、艶めく果肉の鮮やかな色は、果実が熟して食べごろであることを示している。

 自分はこんなものを入手した記憶はない。となると、克哉が置いたのだろうか。しかし、それにしてもなぜここに、ひとつだけ置いてあるのか。

 手に取って様々な角度から眺めてみるものの、手掛かりとなるような特徴はなかった。ごく普通の柘榴のようだ。

 瑞々しい種子が零れ落ちそうで、指でそっと触れると一粒手のひらに転がり落ちてきた。宝石のように煌く紅い果実に誘われて、半ば無意識にその種子を口に含んだ。

 軽く歯を立てると、ぷつりと皮が裂けた感触がして、甘酸っぱい果汁と新鮮な香りが口の中に広がった。その感覚に浸ろうと目を閉じる。柘榴の味がする唾液をこくりと飲み干した次の瞬間、身体の奥底に火が灯された。

 

「なんだ……?」

 

 深いところの熱が次第に表面へと届き、肌がじわりと汗をかく。

 脈打つ疼きが下腹部に籠る。自然と呼吸が浅く速くなる。

 鼓動が早鐘を打ち出す。身体が暴走しそうな熱い体感によろめきかけて、御堂は咄嗟に手をテーブルの天板に付いた。

 掴んでいた柘榴が手から零れ落ちて、床に叩きつけられた。

 柘榴の種子が散らばって、その鮮やかな紅さが、視界の中で妙に浮き立って輝いた。

 何が起きたのか、冷静になって状況を把握しようとしたが、それよりも焼けつくような熱情が頭を支配する。

 この欲求は何なのか、本能が正しく把握する。……情欲だ。

 

 ――なぜ、こんな。

 

 理解不能な渇きに全身が浸食されていく。頭の中がその渇きを満たすことで占められる。冷静さを取り戻そうと、テーブルに置いた拳をきつく握りしめたその時だった。

 

「御堂さん?」

 

 背後から不意打ちでかけられた声に、御堂は傍目からわかるほど身体をびくりと震わせた。

 慌てて振り返れば、克哉がリビングの入り口に立っていた。御堂を見て怪訝な顔をする。

 

「どうしました?」

「佐伯……」

 

 呟いた声は、自分でも驚くほど掠れていた。「この柘榴はなんだ?」そう聞きたいのに、克哉を目にした途端に、あらゆる感覚が鋭くなり、全身が震えるほどの疼きが走った。

 克哉が御堂に近づいてきた。一歩一歩距離を詰めるほどに、期待にじりじりと肌が炙られる。全身の細胞のひとつひとつが克哉を焦がれているようで、唾をこくりと飲み込んだ。

 自分の身体はどうなってしまったのだろう、漠然とした怖れと不安が込み上げて、足を一歩退こうとして、背中に当たったテーブルに退路を阻まれた。

 渇いた喉から声を絞り出す。

 

「私に……、近づ…くな」

「顔が赤い。熱ですか?」

 

 克哉の手が伸びる。その指先から逃れようと顔を背けたが、克哉の爪の先が御堂の頬を掠った。それだけで、電流が流されたような感覚が全身を走り抜けた。

 

「ひあっ、あ、うああっ!」

「御堂さん!」

 

 膝が砕けて腰が落ちる。そのまま床にしたたかに尻もちを突きそうになったところで、慌てた克哉に抱きかかえられた。

 だが、克哉の行動は、逆に事態を悪化させた。

 服を通して感じる克哉のしなやかな筋肉に、心臓が皮膚を突き破りそうなほど激しく暴れだした。そして、血流が一気に下腹部に流れ込む。自分でも信じられないことに、克哉に触れられただけで爆発しそうなほど勃起していた。

 

「大丈夫ですか?」

「放せ……」

 

 抗う声は心許なく、ズボンの前の張りを隠そうと変に身体をねじったのが良くなかったらしい。克哉の視線が御堂の身体の中心を下りていき、そして窮屈な股間に目を留めた。

 克哉は面白いものを見つけた子どものように無邪気な笑みを浮かべ、御堂の股間を戯れに揉みこんだ。

 

「これって……」

「やめろ……っ、ぁ、ああああっ!」

 

 服の上から刺激されたにもかかわらず、腰がずくんと跳ねて、次の瞬間射精していた。ガクガクと体が震える。

 制御を失って崩れ落ちそうになる身体を支えようと、克哉のジャケットの襟を強く握りしめた。濡れた不快な感覚が内股まで伝っていく。

 克哉が驚いた表情で御堂の顔を覗き込んだ。

 

「まさか、イったのか?」

「身体が……、おかしいんだ」

 

 その顔をまともに見返すことが出来なくて、消え入る声で言い訳しつつ、俯いて下の唇を噛みしめた。自分の身体が自分のものではないようだ。

 だが、予期せぬ射精はそれで終わりではなかった。

 極めたはずのペニスは全く硬さを失っていない。それどころか、更なる刺激を求めて、下腹部がズキズキと物憂い熱を孕みだした。身体の内側からとろ火で炙られているようだ。

 その行き場のない熱をどうにかしたくて、腰をもぞもぞと落ち着きなく蠢かした。そして、その行動の全てを克哉に見られている。恥ずかしくてどうしようもないのに、自分の衝動が抑えきれない。

 だが、克哉もさすがに御堂の異変を感じ取ったらしい。上体を起こし、顔を上げて辺りを見渡した。ほんの少し遠ざかった体温。それだけで、克哉が自分から離れてしまうような不安な面持ちになってしまい、「ぁ……」と切ない声を上げた。

 周囲を探る克哉は、床に転がっている柘榴に目を留めた。「なるほど」と小さく口の中で呟き、御堂に顔を向けた。表情を綻ばして、妙に優しい口調で言う。

 

「御堂さん、柘榴を食べて、発情したんですね」

「何を……? あ……っ」

 

 克哉の言っている意味が分からず聞き返そうとした寸前、克哉によって身体を抱え上げられた。

 身体の下に回された腕にぐっと力がかかり、不安定な姿勢と目線と同じ高さになった足先に慌てたが、克哉は造作もなく御堂を抱えて、ベッドルームへと運んでいった。ベッドのマットの上に降ろされる。

 

「このままじゃ、身体が疼いて仕方ないでしょう」

「違……っ、そんなこと、ないっ」

 

 条件反射で反駁したものの、ベッドに乗り上がってくる克哉から目が離せない。克哉は手際よく御堂の服に手をかけて剥いでいく。そして、赤くそそり立った御堂の乳首に克哉が指を伸ばし、軽く摘まんだ。

 

「い、あ、あっ、やめ……っ、はぁっ」

 

 全身どこもかしこも過敏すぎる性感帯になってしまったようで、触れられるところから火花が散るようだ。濡れそぼったペニスの先端は、ついさっき射精したことも忘れて、漏らしたように蜜を滴らせ続けている。

 全身の肌をまさぐる克哉の手が、御堂のペニスを包み込んだ。巧みな手つきで根元から先端までやわやわと扱かれて、そこから底知れぬ快楽が噴き出してきた。

 

「や、ああっ! ふぅっ、あああっ! 駄目だ……イくっ、やっ、ああ!」

 

 克哉の手が一往復しただけで再び精を放っていた。

 もう、何が何だか分からない。制御を失ってしまったペニスは、擦られるたびに、びゅるっと白濁を滴らせる。絶え間ない絶頂に攫われて、濡れた悲鳴を上げ続けた。

 

「激しいな。このままじゃ、壊れてしまいそうだ」

 

 物騒なことを克哉が呟いて手を止めた。乱れ切った呼吸が寝室内に響く。克哉はベッドサイドチェストに手を伸ばして、黒いケースを取り出した。その中から取り出したマドラーのような金属棒を目にして、喉をひくりと上下させた。これは、尿道ブジーだ。

 

「これでイくのを抑えましょうか」

「な……、よせっ、くぅ、ひいっ、ぃ……あっ」

 

 いつの間にそんなものを用意していたのか。

 用意周到な克哉に抗議の声をあげようとしたが、その前に張りつめたペニスの頂に冷たい金属の球体が触れた。びりっと電撃がペニスに走る。克哉はペニスの根元と亀頭を掴んで、慎重に金属棒を挿しこんできた。

 

「や……ん、あ、ああっ、くあっ、は――あっ」

 

 それは激しい痛みのはずなのに、今の御堂の身体は、苦痛さえも歪んだ快楽に変換されてしまい、もどかしく腰をうねらせてしまう。奥までブジーを串刺しにされたペニスは、先端が赤く充血して、どうにも卑猥な様相を呈している。それを目にするだけでくらくらとした陶酔に包まれた。

 

「この後、どうしてほしいんです?」

「そんな……、く、ふ……っ」

 

 克哉は手を離して、分かり切ったことを意地悪く聞いてくる。与えられていた刺激を全て止められて、渇きが深まる。身体を克哉ににじり寄せて、燃え立つ肌を克哉にすり寄せた。

 動こうとしない克哉の服に手をかけて脱がせ、滑らかな肌を露出していく。無駄のない引き締まった身体の線が露わになり、下腹部の繁みと、そこからそそり立つ熱を孕んだ性器に目が釘付けになった。疼きは治まるどころか、暴れ出しそうなくらい酷くなっている。よっぽど物欲しげな顔をしていたのだろう。克哉が喉で低く笑った。

 

「素直におねだり出来るようにしてあげましょうか。」

「ん……、んあっ!」

 

 克哉が御堂の内股を手でぐいと割った。粘液でしとどに濡れた窄まりが克哉の目に曝されて大きくヒクついた。そこに指を挿しこまれる。

 

「ひぁっ! あ、ああっ!」

 

 指が不規則に動いて中の具合を確かめる。すぐに指の数を二本、三本と増やされた。熱く潤んだ内壁を撫でて、くすぐってくる。それだけで背骨がたわむほどの甘い感覚が込み上げてきた。

 

「や、は……っ、あ、も……っ、佐伯っ」

 

 指を挿れられたことで、自分が何を欲しているのか正しく理解させられる。指なんかではない、もっと太く硬いもので貫かれたいのだ。そして、激しく中をかき混ぜてほしい。

 指の動きに合わせて腰を振り、喘ぐ声を漏らす。だが、これだけでは物足りない。身体の中で渦巻く熱が爆発してしまいそうだ。

 克哉は御堂の手を掴んで、自分の性器に触れさせた。それは驚くほど熱く硬くなっていて、先端は欲情の蜜で潤んでいる。それが、欲しくて欲しくて、指を絡みつかせて前後させると、克哉が熱っぽい吐息を漏らした。

 

「御堂さん、あなたは何が欲しいんです?」

 

 再び問われて、濡れた眸を向けながら欲望を口にしていた。

 

「佐伯、お前が欲しいっ、それを、私に……早くっ」

「ちゃんと言えるじゃないか」

 

 満足げな顔を見せて、克哉は御堂を押し倒すと、腰を両手で抱えた。窄まりに凶暴な熱を押し当てられて、ひっ、と息を詰めた。ぬるつく亀頭がじわじわとめり込んでくる。

 ゆっくりと身体の中心を拓かれる凄まじい圧迫感さえ、甘い痛みとなって頭の芯を煮えたぎらせた。

 

「い、あ……、あっ、ぅ……っ」

「すごいな」

 

 粘膜が一斉に蠢いて、克哉の雄を食い締める。より深いところへと克哉を引き込もうとする貪欲な身体に、克哉が劣情に滾る自身を抑えながらも少しずつ、つながりを深めてきた。

 そんな克哉の気遣いでさえじれったくて、両脚を克哉の腰に絡めて熱く湿った肌を引き寄せた。

 

「もっと欲しいのか?」

「欲しい……っ、もっと……奥までっ」

 

 今までになく切羽詰まって克哉をねだる声に、克哉は感じ入ったように長い息を吐いた。そして、大きく腰を遣いだした。御堂の中を強く抉るように突き上げだし、その度に恥じらいもなく上擦ったよがり声をあげ続ける。

 こんなに激しく突かれて身体が壊れてしまいそうだ。それなのに、どうしようもなく気持ちがいい。

 

「そんなに気持ちよさそうな声を出して、エロい顔をして。本当にいやらしい人ですね。あなたは」

「くはっ、あ、ああっ! んあっ、いいっ、ひぃ……っ!」

 

 こんなのは自分ではない、そう言いたくても絶え間なく刺激を送り込まれて、甘い喘ぎに紛れてしまう。唇の端から零れる唾液を克哉に啜られる。自分が何を言っているのかも分からぬままがくがくと腰を振り立てた。

 

「もう……、無理っ、イきた……いっ、佐伯っ!」

 

 普段ならば絶頂に到達するほどの快楽を何度も味合わされているのに、ブジーを突き刺されたペニスは射精を許されずに、痛々しい姿で屹立したままだ。暴走している熱は、解放を求めて嵐のような激しさで身体を炙っている。

 

「そろそろ限界ですか?」

「お願い……だからっ!」

 

 何度も大きく頷いて、射精を懇願する。克哉の指がブジーにかかった。もどかしいほどの速度で、細かく前後させながらゆっくりと引き抜いていく。

 じりじりとした焦燥に腰を揺らしながら、先に待ち構える絶頂を期待して、御堂は甘い吐息を零した。

 

「この状態でイったら大変なことになりそうだな」

「はや……くっ、ああ……っ、んんっ!」

 

 もう一刻も早く射精をしたくて、眉根を寄せて克哉を急かす。克哉の指が、ブジーを引き抜いた。ぬぷり、と先端から蜜が溢れると同時に、堰き止められていた熱がどっとペニスに流れ込んだ。

 

「――あああっ!」

 

 ペニスが燃えるかのようにカッと熱くなった。身体が大きく跳ねる。

 巨大な熱の塊が奔流のようにペニスに流れ込む。そして、弾けた。

 

「はあっ! あ――っ! うあっ、あんんっ!」

 

 噴き出した白濁が勢いよく散らされ、自分と克哉の身体を汚していく。

 めくるめく絶頂が全身を焼き尽くす。身体の中が大きくうねって克哉を引き絞り、その感触に克哉が低く呻いた。

 だが、絶頂はこれで終わりではなかった。敏感になりすぎた身体は、克哉が腰をわずかに震わせただけで極まってしまう。絶頂の余韻の上に更なる快楽が積み重なって、果てのない極みに囚われた。

 感じすぎてキツいのに、克哉の手が御堂のペニスを絞り出すようにゆっくりと扱いた。それだけで再び絶頂を極める。

 何をされてもイってしまう。箍が外れてしまった身体に空恐ろしさを感じたが、白んだ頭では最早どうでもよかった。

 自ら淫らに腰を揺らして、克哉を深く咥えこむ。

 

「持ってかれる……っ」

 

 克哉が低く呻いて、同時に最奥に熱を放った。その感触にまた放ってしまう。ふたりして荒い呼吸を吐いてベッドに倒れこんだ。乾いた大地に潤う水のように、快楽が身体の隅々まで行きわたり、恍惚とした悦楽に包まれた。克哉に愛おしさを感じて、隙間を作らないよう身体を抱き寄せた。

 だが、絶頂の熱が引いてくると、物足りなさが込み上げてきた。あれ程激しく果てたのに、ふたたび渇きが生じてくる。克哉が欲しい、どうしようもなく。

 底なしに貪欲な身体と心。これがまさしく発情(ヒート)なのだろうか。いいや、これが自然な姿なのだ。克哉を欲しがる本能がほとばしる。克哉のすべてを奪いたい。心臓さえも。

 今までのことなどなかったように漲り出したペニスが克哉の腹を押す。その感触に克哉が呆れたように苦笑した。

 

「まだ足りないですか」

 

 そう言って克哉がひとつ息を吐いた。そして、腹を括ったようだ。手を口許に持っていく。その手にはいつの間にか果実が握られていた。その赤い果肉を見て瞳孔を開いた。克哉がニヤリと笑う。

 

「とことん付き合いますよ、孝典さん。俺の全てを捧げます」

 

 そう言って、克哉は柘榴に噛り付いた。果汁で紅く濡れる唇に、淫靡な予感がぞわりと背筋を駆け抜けた。

 

 

 

END

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