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His Lover in Drag

「御堂さん、これを着てくれませんか」
 いつもと変わらぬ口調と態度の克哉から唐突に渡された紙袋の中を覗いた。何が入っているのか中身を引っ張り出し、それを理解した瞬間に御堂の針は振り切れた。
「お前は正気か?誰がこんなもの着るかっ」
 克哉に言葉を吐き捨て、渡されたものも全て床に投げ捨てる。タイトスカートやブラウス、下着やストッキングといった、女性用衣服一式が塵一つ落ちていない克哉の部屋の床に散らばった。
 そんな御堂の反応を予期していたのか、克哉は極めて平静な風でそれを一つ一つ拾い集めていく。
「似合うと思いますけど」
「女物の服など着られるか!」
「サイズは合わせてありますよ」
 御堂がそれを着ないのは、似合わないからでも、サイズが合わないからでもない。克哉の言葉は御堂の怒りを煽ることこそすれ、事態を収拾するには全く以てふさわしくない言葉だ。
 克哉がアブノーマルなプレイを好むのは今に始まったことではない。だが、それは今までのところ拘束や道具を使うといったサディスティックな方向のプレイで、女装という倒錯的なプレイではなかった。もちろん、サディスティックなプレイなら許せるというわけではないが、女装は明らかに今までのプレイから軸がずれている。
「私は女装を楽しむなんて趣味はない」
「それはよかった」
「は?」
「御堂さんが女装プレイを好むなら、俺まで女装しなくちゃいけないでしょう?服は一着しか用意してなかったもので」
 唖然とする御堂をよそに克哉はにこやかな表情を保って崩さない。まじまじと克哉の顔を見詰め返すと、ぐいと腕を引っ張られ、身体を引き寄せられる。克哉が御堂の耳元で声を低めて囁いた。
「御堂、女装して俺に抱かれるのと、女装した俺に抱かれるの、どちらがいい?」
「はあ?」
 この男は何を言い出したのだ?
 提示された二つの選択肢を頭の中で反芻し、克哉の言っていることを理解しようと務める。が、女装した克哉を脳裏に描きそうになって、ぶんぶんと頭を振ってその思考を振り払う。
「どうして、どちらかが女装しないといけないんだ。もっと普通でいいじゃないか」
「日常の中に非日常が潜むから興奮するんだろう?」
 それは日々の生活が常識的に慎ましやかに営まれていることが前提の話だ。
 克哉と出会ってから、御堂の日常は非日常に侵食されて、いまやその境界線は曖昧になりつつある。克哉に引きずり込まれないように、自分という輪郭を保持し続けるのに御堂はどれだけの苦労を払っているのだろう。憮然と言い放った。
「私はお前の変態的な趣向に付き合って、こんなものを着るつもりはない」
「分かりました。それなら、俺が着ます。御堂さんが、女装した俺に抱かれるのを悦ぶような変態だとは思いませんでしたが、御堂さんがそう言うなら仕方ない」
「え……?」
 いつの間にか、御堂がこの変態的なプレイの主導者にされかけている。
 どうしてこうなった、と冷静に振り返る間も与えずに、克哉はあっさりと身を退いた。「じゃあ、御堂さんのために、着替えてきます」と服を抱えたまま、身体を返して行こうとする克哉を、思わず手を掴んで引き留めた。
 御堂は女装した克哉を見て悦ぶ趣味はない、断じてない。…だとするとこの状況で導き出される回答は一つだ。
「お前は……私が、女装すれば嬉しいのか?」
「ええ、とても」
 目の前には、非の打ちようのない完璧な笑顔を浮かべる恋人。この時点で、御堂は克哉の手中に落ちている。そんな自分自身と克哉から目を逸らし、言い訳がましい口調で呟く。
「私は女装なんてしたくないんだ」
「分かっていますよ。俺のためですよね」
 克哉の口調は御堂の迷いを払しょくするように、深く優しい。
「撮影なんかするなよ。絶対に」
「もちろん」
「今回限りだからな」
「承知しています」
 ずぶり、と泥沼に足がはまった音がした。


「待っていますので、着替え終わったら教えてください」
 御堂は寝室に女性用の衣服一式と共に閉じ込められた。
 深く息を吐いて腹を括ると、渡された服を広げてみる。ピンストライプのタイトスカートとベストのOL風の制服一式だった。ご丁寧に、男性が着用する女性用衣服を選んだようで、サイズは御堂に合わせてあるようだ。
 どこで購入したのか、それを御堂のために選ぶ克哉を想像してめまいがした。
 何故、自分が女装をするはめになってしまったのだろう。
 克哉の我が儘に自分が付き合う道理はない。言下に拒絶して、相手にしなければいいだけの話だ。だが、克哉に強請られると無下に断り切れないところがあって、今回も、なにも女装して外を歩けと言われたわけでないし、とより悪い状況を引き合いに出して、受け入れようとしてしまう自分がいる。そして、克哉もそんな御堂の思考を上手く誘導している節がある。
 この一回だけだ、と自分を説得しつつ、破れかぶれな気持ちで自分の服を脱ぎ捨てると、下着を纏った。繊細な刺繍がされたローズピンクのセットアップは上質のシルクで出来ているようで、肌触りはいいが、股間を覆う生地は少なく心許ない。一方で、普段覆うことのない胸を覆うと、こちらはこちらで窮屈で落ち着かない。
 白い清楚なブラウスを着て、ストッキングと格闘する。つま先まで覆いつくすストッキングは存外履きにくく、皺を伸ばしながら履くコツをつかむまで少々時間がかかった(言うまでもないが、こんなコツは二度と活用する気はない)。
 タイトスカートを履いてベストのボタンをとめ、着替え終わってみると、タイトスカートから出ている足が落ち着かない。ナイロンの薄地が足を絞めつけつつ、その表面をくすぐるような何とも言えない感触をもたらした。
 会社員の制服のコスプレはある種のストイックな雰囲気を醸すが、その内側に隠されたセクシーな下着、そしてそれを身に着けているのが自分自身であることを認識すると羞恥で死にたくなってくる。
「着替えたぞ」
 ドアに向かって投げやりに声をかけると、克哉が扉を開けて入ってくる。ベッドの脇に立ち尽くす御堂を見て、にやりと笑みを浮かべた。
「素敵ですね。思った通り似合っていますよ」
「似合うわけあるか」
 舐めるような克哉の視線が、御堂の全身を炙っていく。恥ずかしがる素振りを見せれば、余計に克哉を喜ばすだけだとわかっていても、その不躾な視線から顔を背けた。
「ストッキングというのもいいな」
「……っ!」
タイトスカートから出ている太ももを克哉が撫で上げた。数十ミクロンの薄い生地を通して触れる克哉の手は、皮膚の表面だけを羽で柔らかく触れられるような、もどかしい感覚を引き起こす。克哉もその感触を気に入ったようで、手を何度も滑らせ往復させる。
「御堂さん、知っています?ナイロンストッキングを発明したデュポン社は第一次、第二次世界大戦で大量の兵器や軍需品を生産し軍事産業で名を馳せていたんですよ。ストッキングと兵器、両極端に見えますが男を撃ち抜くという点では共通しているんですかね」
「佐伯、御託はいいから、さっさと済ませてくれないか」
「おねだりなら、可愛い声で言ってくれないと」
「違う!早くこれを脱ぎたいんだ!」
 克哉が御堂の腰を引き寄せた。タイトスカートの上から股間を擦り合わせてくる。
「せっかくの機会ですから、じっくり愉しみましょう」
 克哉はゆっくりと唇を重ねてきた。わざと大きな濡れ音を立てながら、御堂の舌を吸い上げる。抱き寄せた手を背中に這わすと、ブラウスの生地の上からブラジャーのラインを乗り越え、背筋を下に辿りながら尻へと伸ばされた。タイトスカートの上からやわやわと揉みこまれる。
 克哉に触れられたところから、熱が生じ身体が火照りだす。身体を押されて、そのままベッドの上に組み敷かれた。
 楽な態勢を取ろうと身体をずらそうとするも、タイトスカートの裾が太ももに食い込んで、足が自由に動かせないことに気が付く。女性の衣服は機動性に乏しい、これは新たな発見だ(もちろん、こんな情報、一生知る必要などなかった)。
 ベストのボタンとブラウスの襟元のボタンを外されて、克哉の肉厚な舌が首筋から鎖骨まで這っていく。大きな手が胸元に伸びた。ブラウスの上からゆるりとこね回される。下着と乳首が擦れ合って、その芯にジンと火が灯る。克哉の執拗な指の動きを追うように、胸が反り返っていく。不意に克哉の親指が、二重の布地の上から乳首を捉えて、敏感になっていたそこを押し潰した。堪えられずに声が出る。
「ぅっ……んっ、く」
 肌がうっすらと汗で湿り始める。触れ合っている下半身から、克哉の昂ぶりを押し付けられ、ごくりと唾を飲み込んだ。
「御堂、そろそろ欲しくなってきただろう?」
 潤んだ眼を克哉に向けると、克哉が口角を上げた。
「ほうら、しっかりと足を開いて。俺に見せるんだ」
 身体を起こした克哉に両ひざを掴まれ、目の前で開脚するように促される。膝を立てたまま、そろそろと足を開くと、スカートが捲れあがって股間が露わになった。
 克哉が頭を沈めて、御堂の内股を尖らせた舌で舐め上げていく。ストッキングを挟んで触れる克哉の舌はもどかしく、その軌跡は繊維に絡んだ唾液が室内の光をてらてらと反射する。
 御堂の性器はすっかりと嵩を増して勃ち上がり、狭い下着の布地に染みを作りつつ押し下げて、赤くぬらつく先端をストッキングの下に覗かしていた。引っ張られた下着が、御堂のペニスと陰嚢を締め付け、先走りで濡れたストッキングがペニスにまとわりついて、その異質な感覚に身悶える。
「いやらしいなあ、御堂さん。女性の服を着て、興奮しているんですか」
「…っ。変態は、お前だろう…っ!」
「それは違いない」
 克哉は笑いながら、ストッキングごと御堂のペニスを口に食んで舐めまわす。ちろちろと舌で筋を這って、先端を突きつつ、克哉の指が双丘の狭間に忍び込む。ストッキングと下着の上から、後孔をなぞりくすぐり解していく。
 薄い布地が克哉の熱を遠ざけているようで、その切なさに腰が揺らめく。焦らされ、もどかしい快感に息が乱れる。
「佐、伯っ……これ、脱いでもいいか…?」
「もう我慢できませんか?」
 その言葉に小さく頷いて、ストッキングと下着を脱ごうと手をかけたところで、その手を克哉に掴まれた。
「ですが、終わるまで脱いじゃだめです」
「えっ…?」
 下着を脱がずにどうやって行為を続けるというのだろう。そんな御堂の疑問はあっさりと解決された。
 びりりという音とともに局所のストッキングが引き裂かれる。さらに、克哉は食い込む下着を脇にどけると、自分の硬く張りつめた屹立を後孔に押し当てた。
「俺が、御堂さんにたあっぷりと種付けしてあげますよ」
 露骨で卑猥な言葉が鼓膜を嬲ると同時に、ペニスを深く突き入れられる。
「あぁっ、ああ…っ!」
 克哉は御堂の身体を二つ折りにして深く折り曲げた。伸びきったストッキングが、裂かれたところから音を立ててさらに破れていく。克哉はさらに御堂に圧し掛かって、互いの陰嚢が触れ合うほど身体を深く繋いだ。欲情に染まった双眸が真上から御堂を射貫く。
 克哉の両手が御堂の乱れたブラウスにかかったかと思うと、勢いよく前を開かれボタンがはじけ飛んだ。
「いい格好ですよ。御堂さん。本物の女性のようだ」
「ぅっ、ん…」
 ぐいとブラジャーをずり上げられて、すっかり腫れた乳首を曝け出される。克哉の指が赤く尖った乳首を爪弾く。その度に、中がうねって克哉のペニスをより奥へと誘いこもうとする。
「ここもこんなにぐっしょりと濡らして」
「やっ、ふっ…佐…伯っ」
 ストッキングを浮き上がらせているペニスを、上から手で扱かれる。とろりとした蜜が次から次へと溢れて、下着とストッキングを濡らしていく。
「あ、――ぁっ」
 最奥に突き入れられたまま、克哉が腰を軽くゆすると、たまらない程の濃密な快感が這い上がり、克哉の背中に思い切り爪を立てた。
 克哉がゆっくりと大きな律動で腰を使い始めた。身を包む女性の衣服が、自分の身体ではないような錯覚を引き起こし、倒錯的な快楽がせり上がってくる。
「いくらでもイっていいですよ」
「さえ、き……っもう、イく…っ!」
 背と喉を大きく反らせて、御堂は高く喘ぐと、白濁を放った。長く深い快感に搦めとられ、止まらない白濁が下腹部と衣服を汚していく。
「このまま中に出したら、あんた、孕むんじゃないか」
「ん、よせ…っ、あ」
 息をわずかに乱した克哉が、腰を使い続けながら御堂の耳元でいやらしい言葉を囁き続ける。
「俺の、中にいっぱい欲しいだろう?」
「か…つやっ、…ふ、ああっ」
 酩酊するような官能に溺れつつ、揺さぶられるままに首をがくがくと振る。
 一際大きく抉られると、克哉の欲望を身体の奥深くに注ぎ込まれた。受け止めきれなかった残滓が結合部から溢れ出し、ねっとりと太ももを濡らして流れ落ちていく。スカートは精液にまみれ、粘ついたストッキングや下着が肌にまとわりつく感触は不快であるはずなのに、擦れるたびに体の中がひくひくと蠢いて快楽の余韻を長引かせた。
 ぐったりと力が抜けた体をベッドに沈みこませていると、克哉が顔を寄せてキスをしてくる。呼吸を整えつつ、気だるげに舌を絡ませて克哉のキスに応えていると、合間に克哉が掠れた声で囁いた。
「こういうのもいいだろう?」
「……次はお前が着ろ」
「いいですよ。二人で女装してヤるのも楽しそうだな」
「馬鹿。この服、責任もって処分しておけよ」
 くくっと克哉は喉で笑いながら、御堂の顔や体にキスを散らす。
 克哉の変態的な性癖に感染性がないことを心から祈りつつ、御堂はゆったりとした眠りの中に意識を解放した。

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