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法悦の果実(御堂ver.)

「あっ、…ああっ!」
 四つん這いにされたまま“背後の克哉”に最奥を抉られ、御堂は身体を仰け反り、声を上げた。
「ほら、御堂さん、口がおろそかになってるぞ」
「んぐっ。んん――っ」
「御堂さん、いい。後ろがすごい締まる」
 “目の前の克哉”に頭を押さえられ、喉の奥に熱い肉塊をねじ込まれる。その苦しさに涙が溢れ眦を伝うが、目の前の克哉はお構いなしに口内を犯し、背後の克哉もその動きに合わせて突き上げてくる。上と下を同時に責められ、その苦しさに悶えるが、それでもどちらも克哉であるだけに、御堂の感じるポイントを的確に突いてくる。
 克哉一人でさえ、与えられる快楽に我を忘れる程溺れてしまうのに、二人の克哉を相手にしたら身も心も無事ではすまないかもしれない。こうなったら、一刻も早く二人の克哉に満足してもらうしかない。
 喘ぎながらも、御堂は口の中の克哉の性器に自ら舌を絡めだし、腰を振り立てだした。
「いいぞ。その気になってきたな」
「乱れるあなたをもっと見たい」
 上から浴びせられる二人の克哉の言葉を聞きながら、なぜこんな事態になったのか記憶を掘り返すが、いくら思い返しても分からなかった。


「んっ……あっ」
 肌を弄る手、首筋に感じる熱い吐息と濡れた舌。身体がびくんと跳ねて、御堂は思わず声を上げた。目を開き、克哉の明るい色の髪の毛を確認する。
 同時に視界に飛び込んできた景色に、ぼうっとしていた意識が揺り起こされた。
 大きなベッドの上で、御堂は裸になっていた。そして、シャツを肌蹴た姿の克哉に覆いかぶさられている。だが、辺りを見渡せば、ここは自分の部屋でも克哉の部屋でもない。
 四方を赤いカーテンが包むこの部屋に、いつの間に来て、なぜこんなことになっているのかさっぱり記憶がなかった。
 身体を弄る克哉の手に意識を散らされつつも、直前の記憶を辿る。確か、今日は克哉は出張で不在にしていたはずだった。御堂はAcquire Associationでの仕事を終えたあと、克哉不在の部屋にそのまま帰る気が起きず、久々に外でアルコールでも飲もうかと街に繰り出したのだ。
 そして、たまたま目についたバーに入って、カウンター席に着いて…。
 ここら辺から記憶が怪しくなってくる。
 そうだ。カウンターに着席したところで、バーテンダーにカクテルを出されたのだ。澄んだ赤い色が妖しく煌めくカクテル。頼んだ覚えはない、と断ろうとしたら、サービスです、とそのバーテンダーは艶然と微笑んだ。そのバーテンダーの顔も今となっては思い出せない。訝りつつもそのカクテルに口を付けた。甘酸っぱい果実の味が口の中一杯に広がった。そして記憶が途切れて今に至る。
「御堂さん、何を考えているんです」
 意識が逸れている御堂を咎めるように克哉が顔を覗き込んだ。視線が合ったその顔は紛れもない、御堂の恋人である克哉だ。
「佐伯…?ここはどこだ?」
「ここ?ここはクラブRですよ。覚えていないんですか?」
 克哉の眼が瞠かれ、そして口角が上がった。
「クラブR…?なんだ?それに、何故君はここにいる?出張中のはずだろう?」
「そんな事より、御堂さん…」
 その声音が低くなり、甘さを孕んだ。克哉の長い指先がつう、と御堂の胸を辿り、乳首を爪弾く。
「んっ…うっ、佐、伯っ」
「ねえ、御堂さん」
 克哉が御堂の耳元に口を寄せた。熱い吐息で耳を舐めつつ囁いた。
「…3Pしませんか?」
「は?」
 一瞬遅れて、克哉の言葉を理解し、身体が強張った。首を思いきり左右に振って、克哉を押し退けようとその胸を両手で押した。
「よせ!絶対嫌だ!」
「何故?」
「何故って、当たり前だろう。君以外の誰かとなんて…」
 語尾が怒りと衝撃で震える。克哉は薄い笑みをその顔に張り付かせたまま、続く御堂の言葉を待っている。
「私は、君が他の誰かを抱くのも御免だ。それに、君は平気なのか?私が他の人間としても」
「いいえ」
 はっきりと返された克哉の言葉に少し安堵する。
「…だったら、そんなふざけたことを言うな」
「俺だったら良いんですよね?」
 克哉が何故か念を押すように訊いてくる。
「ああ…。君以外となんて考えたくもない」
「分かりました。俺も、御堂さんが俺以外の人間に抱かれるのは見たくない。だから、<俺>をもう一人用意した」
「はあ?」
 克哉の言葉の意味が分からず、聞き返した時だった。
「待たせたな、御堂さん」
 よく知っている声が部屋の隅から響いた。視線を向ければ、赤いカーテンの間からもう一人の克哉がにこやかな笑みを浮かべて入ってきた。眼鏡をかけたその顔は自分の知っている克哉と寸分も違わない。驚いて、自分に覆いかぶさっている克哉の方を見る。そして、部屋に入ってきた克哉を再び見遣る。自分の眼が信じられず、もう一度二人を見比べた。
…全く同じ人間が、この部屋に二人存在していた。


「んっ、ん…っ」
「上手ですよ」
 目の前の克哉が、ペニスを咥えて広がり切った口の輪から伝う唾液を指で掬った。その指を自分の口に運ぶとぺろりと舐めあげる。もう片手は御堂の胸に伸ばされ、乳首を摘みあげて指の腹で擦りだした。
「こっちはもうぐしょぐしょだ」
 後ろの克哉がとろりとした雫を溢れさせている御堂の性器を音を立てながら擦り上げる。
 淫らに濡れた音が前と後ろから響き、重なる。身体の芯を鋭い快感が這いあがり全身を犯していく。身体の奥底から絶頂を求めて愉悦が膨れ上がってきた。
 口の中の性器の先端を舌で突いて舐めあげ、溢れてきた潮気のある雫を吸う。一方で、もっと深く抉ってほしいと背後の克哉に腰を押し付けた。
 上も下も塞がれて、ひたすら快楽を注ぎこまれる。その欲望を早く解放したくて、視線と身体で二人の克哉にねだる。
「御堂さん、イっていいですよ」
 聞こえてきたのはどちらの克哉の言葉なのだろう。
 乳首をつねられ、喉を深く犯され、性器を扱き上げられ、身体の最奥を抉られる。痺れるような灼けるような悦楽に、堪えきれずに射精した。やや遅れて、熱く滾った欲望が御堂の顔と身体の奥深くにたっぷりと散らされた。
「あ……、はぁ……」
 身体の内外に自分と克哉の欲望をしとどに浴びて、御堂は荒い息をついた。あまりの激しい淫蕩に身体中が溶けてしまいそうだ。
「御堂さん、よかったですよ」
 優しい声音とともに、目の前の克哉に、顔に浴びせられた精液を拭われる。そして、唇に啄むような軽いキスを落とされた。
「やはりあなたは最高だ」
 背後の克哉に柔らかく抱きしめられ、首筋に甘いキスを落とされる。
「佐伯…」
 二人の克哉に優しく扱われて、これはこれでいいかもしれない、と甘ったるい感情に包まれる。二人の熱っぽい眼差しを感じながら、恍惚と笑みが浮かんだ時だった。
「次は俺が後ろだな」
「ああ、いいぞ」
 交わされる克哉達の言葉に身体が硬直した。
「待て、今、したじゃないか」
「何言っているんですか。まだ始まったばかりだ」
「そうですよ。俺達二人いるんですから、両方しっかり相手をしてもらわないと」
 御堂の抗議を無視して、二人は互いの位置を入れ替える。御堂は改めて克哉が二人いるという理解しがたい状況を思い知らされた。
「佐伯!どう考えてもおかしいだろう!なんでお前たちが二人いるんだ。それでいいのか?」
「いや、よくはない。この世に俺は二人もいらない」
「そうだ。俺は一人で十分だ」
「私も、佐伯は一人でいい。このままでは身体が持たないっ…」
 二人の克哉は互いに目配せをすると、御堂に劣情を滲ませた獰猛な視線を向けた。その顔にうっすらと笑みが刻まれる。
「だが、今回ばかりは互いの利害が一致した」
「そういうことだ。御堂さん。たまにはこういう趣向もいいだろう」
「えっ…?」
 身の危険を感じた。逃げようとした腰を掴まれる。そのまま双丘を開かれ、後ろに回った克哉に貫かれる。既に一度、克哉を受け入れたそこは柔らかく濡れて、易々と克哉を呑み込んでいく。根元深くまで挿入すると、克哉は御堂を後ろから抱きかかえた。太ももを掬い上げ、両脚をひろげて、目の前にいるもう一人の克哉に、結合部をさらけ出す。
「あんたの中、熱いな」
「あぁ……はっ」
「いい眺めだ」
 目の前の克哉は御堂の性器を軽く擦って、その欲望が頭をもたげてくるのを確認すると、もう一人の克哉の性器を咥えこんでいる肉の輪を指でなぞった。そして、おもむろに指を一本、克哉の性器に這わせて、御堂の中にさらに咥えこませる。
「あっ…きついっ、抜けっ」
「指一本、足した位で音を上げないで下さい。今からもっと太いのがそこにもう一本入るんですから」
「何を…っ」
 目の前の克哉、その露わになっている性器は、既にたくましく張りつめている。今、御堂の裡に納められているものと同じだけの凶暴さだ。
 目の前の克哉が御堂ににじり寄ってきた。恐怖からずり下がろうにも、背後の克哉にしっかりと身体を押さえつけられる。克哉達の喉がくつくつと嗤う。二人の克哉に必死に哀願した。
「佐伯っ、二人同時なんて無理だ。頼むから…!」
「そんなに俺を煽らないでください」
「ああ…その嫌がる顔、そそるな」
 絶望に目の前が暗くなった。御堂の身体が更に持ち上げられ、足を目いっぱい開かされる。目の前の克哉が御堂に覆いかぶさった。二人の克哉に挟まれて、熱い吐息を前後に浴びる。
 下腹部に重圧がかかる。二本目の切っ先が今まさにその場所に入り込もうとしていた。ひっと息を呑むが、それは容赦なく押し入ってきた。
「ああーっ!だめっ…壊れるっ」
「大丈夫ですよ、ここはクラブRですから」
「くぅっ…あああっ……はっ」
 背後の克哉が、恐怖からすっかり縮こまった御堂の性器を優しく扱く。
 だが、どう考えても無理だと思ったのに、御堂のそこは二人の克哉の性器をすっかり呑み込んでいた。恐れていた痛みはなかったが、それでも、どうしようもない下腹部の圧迫感に肩を喘がせ、涙をこぼした。
「ほら、大丈夫だったろう?」
「御堂さんも愉しめばいい」
「っ…ぁ…あっ……は、…ん」
 二人の克哉がゆっくりと思い思いに動き始めた。味わったことのないような強烈な感覚が身体の奥から込み上げ、極みに押し上げられる。どくどくと感じる熱い鼓動は克哉のものか自分のものかも分からない。二人の克哉に挟まれ、二人の克哉を体内に感じて、漏れだす喘ぎ声が艶を含みだした。
 熱く硬い昂ぶりを交互に動かされて、柔らかい肉襞を擦り上げられる。その熱が体内を巡り、身体の隅々まで焼いていく。
「かつ…や、ああっ、克哉っ」
「孝典――」
 名前を呼べば、熱くなった頬にそっと手を添えられて目の前の克哉に唇を重ねられる。同時に背後の克哉が御堂の肩口に顔を埋め、その項に熱い息を吐きかけながら、舐めあげていく。二人の克哉に腕を回され、苦しいほどに抱きしめられた。
 押し寄せる官能の波にもまれながら、必死に克哉にしがみつき、壊れたように声を上げ続ける。絶頂を迎えたのかこれから迎えるのかさえ分からない。身体の中の二人の克哉をもっと感じたくて自ら腰を振った。
「愛してますよ」
 二人の克哉に同時に囁かれたような気がしたが、そこで意識は閃光に焼かれて融けた。


「――っ!」
 はっと我に返った。見渡せばそこは、よく見知った克哉の部屋のリビングだった。スーツ姿のまま、リビングのソファに腰を掛けて寝入っていたようだ。部屋に鞄を置いて、飲みに行こうかと思い、そのままうたた寝をしてしまったらしい。
 時計を見れば、社を出た時間から一時間も経っていない。
「…夢?」
 思い出せば出すほど、淫らでおかしな夢だった。二人の克哉に抱かれる夢なんて、自分のどんな潜在意識によるものなのだろうか。考えたくもなかった。
 起き上がろうとして、自分の下着の違和感に気付いた。ぐっしょりと濡れた不快な感触。確認してみると、もしやと思った事実を目の当たりにする。精液に濡れた下着を見て、羞恥に頭を抱えた。
 その時だった。携帯が震え出す。表示を見れば克哉からの着信だ。今の事態を悟られぬよう呼吸を整え電話に出る。
「佐伯?」
『御堂さんか。仕事は?』
「もう終わった。そっちはどうだ?」
『こちらも無事に終わりました。今、どこに?』
「部屋に戻ったところだが」
『そうですか。…御堂さん、夜遊びに出歩いたら駄目ですよ?』
「なっ…なんだ、いきなり」
『世の中、悪徳な飲み屋も多いみたいですから。何されるか分かったもんじゃない』
 くつくつと喉で嗤う声が響いてくる。
「…別に、外に出る予定はない」
『それなら良かった。それでは明日帰りますから』
 克哉は軽く声を上げて笑うと、それだけ言って電話を切った。
――何だったんだ、一体。
 妙な克哉の電話を訝りつつも、先ほどの夢もあり、すっかり外に出る気は失せてしまった。
 下着を着替えて、証拠隠滅を図る。乾ききった喉を潤そうとキッチンに向かいながら、同じく乾いた下唇を無意識に舌で舐めた。
 なぜか、自分の唇は甘酸っぱい果実の味がした。

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