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Just a Little Bit of Love

 御堂孝典は壁にかけてある時計を見た。もうすぐ、長針と短針が12の位置で重なる。自分の腕時計の文字盤もちらりと一瞥するが、ずれは無いようだ。
 真夜中の誰もいないオフィスでため息をついた。
 デスクに出していた携帯の画面は真っ暗な待機モードのまま、変化はない。
 そろそろオフィスを閉めて、帰るべきだろう。
 携帯を手に取り佐伯に連絡しようかどうか迷ったが、やめた。業務上の用事がない限り、自分から連絡を取るのは、未だに気が引ける。
 もしかしたら、打ち合わせの会食から二次会にもつれこんだのかもしれない。
 夕方、わずかな時間だがオフィスに顔を出した佐伯の姿を思い出した。佐伯もさすがに疲れがにじみ出ていた。
 佐伯は二日前から出張に出ていた。山陽と北海道にあるクライアント先の工場を周り、現地で打ち合わせをこなして、今日帰ってきた。自宅に荷物を置いて着替え、オフィスに短時間だけ顔を出して業務の確認をすると、別のクライアント先との打ち合わせ兼会食に向かったのだ。
 逐次送られてきたメールに添付されていた資料には、現地の打ち合わせ内容、実施調査で見つかった問題点、改善すべき内容が端的に良くまとまっていた。移動中の寸暇を惜しんでまとめたのだろう。
 先週から業務が立て込んでおり、ほとんど休みという休みは取れなかった。そんな最中にこんなハードな出張日程を組み立てたのは、もちろん佐伯自身だった。
 御堂の出張に関しては予定を詰め込み過ぎないように気を遣う割に、自分の出張予定に関しては可能な限り予定を詰め込む。
 今回も出張スケジュールを見て、佐伯の体調が気にかかったが、それをそのまま口に出すのは憚られた。「俺のことがそんなに気になりますか?」とにんまり笑う佐伯の顔が簡単に想像できたからだ。
 だから、交通機関の遅延が出ると後の予定に響くし、クライアントにも迷惑がかかるだろう、と尤もな別の理由でさり気なく注意したのだが、「プランBも用意してある」と平然と返した佐伯は、その日程を見事にこなしてみせた。
 そして今日。彼が激務をこなし先方との会食まで付き合っているのに、自分だけ業務を終えてさっさと帰るのも悪い気がして、御堂は残業をしていた。佐伯の報告書をもとにプレゼンをまとめ、明日以降の業務の確認と仕込みをする。既に、必要な業務は片付いていたが、会食を終えて佐伯がオフィスに顔を出すかもしれないという淡い期待も抱いて、オフィスに残っていたのだ。
 御堂は再び時計を見た。
 既に佐伯は部屋に直接帰ったのかもしれない。
 それならば疲れているだろうし、休ませた方がいいだろう。
 未練がましい自分の気持ちに蓋をして、帰る準備をし、オフィスを閉めた。
 同じビルの上層階には佐伯の部屋があった。エレベーターで、その階のボタンに一瞬目を取られたが、大人しくロビーフロアまで下りる。
 さすがにこの時間帯だとロビーの照明も抑えられている。正面の出入り口に向かって歩いていくと、窓際に置かれたソファの背から人の頭がのぞいているのが視界に入った。
 暗いロビーの中でも分かる明るいブラウンの髪色。ソファの背にもたれかかっているようで、微動だにしない。
「佐伯…?」
 ソファに向かった。予想通り、ソファにもたれかかっているのは佐伯だった。
 ぐったりとソファに沈みこみ、寝息を立てている。傍には無造作に置かれた鞄が転がっている。手に握られた携帯が、ずり落ちそうになっていた。
 このビルまで何とかたどり着いたものの、ここで力尽きたのだろう。不安定に落ちかかっている携帯を手から取り上げ、佐伯の鞄の中に入れた。
「おい、佐伯!」
 肩を揺さぶると、薄く眼が開く。頭がわずかに動いた。
「ああ…。御堂さん…。お疲れ様…」
 それだけ、言って再び眼が閉じられた。
 お疲れ様って自分が一番疲れているだろうに、御堂は苦笑した。
「こんなところで寝るな。自分の部屋に帰れ」
 再び身体を揺さぶったが、わずかに手が動くのみで反応が乏しい。佐伯の呼気からアルコール臭が微かに漂った。彼が前後不覚になるほどアルコールを飲む姿は見たことがない。ましてや取引先との会食で飲み過ぎるということは彼においてはあり得なかった。よほど疲労がたまっていて酔いが回ったのだろう。
 仕方がない、と佐伯の腕を自分の肩に回し無理やり立ち上がらせる。佐伯の鞄を自分の鞄とあわせて片手で持つ。
「う…」
 佐伯がよろめきながらも立ち上がる。そのままエレベーターに乗り込んだ。身体をしっかり支えていないと、そのまま崩れ落ちそうだった。
 重いだけの佐伯の身体と格闘しながら、部屋の扉を以前貰ったカードキーで開ける。
 玄関に入って、隅に二人分の鞄を置いた。
「佐伯、靴を脱げ」
 その言葉に、佐伯がわずかに目を覚まし、足をあてもなくでたらめに動かすが、靴が脱げるわけでもない。
 ため息をつきながらバランスをとりつつ、玄関に置かれた靴べらに手を伸ばした。そして器用に靴べらで佐伯の靴をひっかけ脱がした。
 佐伯を抱えつつそのままベッドルームに直行し、ベッドのスプリングの上に降ろした。
 うつ伏せに伸びている佐伯の身体からスーツのジャケットを脱がしつつ、ひっくり返して、ベッドの真ん中に身体を押しやった。
 このままだとスーツにシワがつくだろう。
 更に佐伯のネクタイを解いてワイシャツの首元のボタンを外した。佐伯は時折四肢をわずかに動かすものの、深く寝入ってしまったようで服を脱がされても何ら抵抗しない。
 ワイシャツはそのままにして、ベルトを外し、スラックスを引き摺りおろす。ついでに靴下も脱がせる。腕時計を外して、ベッドサイドテーブルに置いた。
 ジャケットとスラックスをハンガーにかけて、御堂は一息ついた。思った以上に重労働だった。
 ああ、そうだ、と佐伯の顔から眼鏡を外し、折りたたんで腕時計の脇に置いた。
 眼鏡を外す間も、瞼はピクリとも動かなかった。
 佐伯はワイシャツと下着だけでベッドの上で仰向けに横たわり、だらしなく伸びている状態だった。
 彼がここまで無防備な姿を晒すのは珍しい。御堂はじろじろと遠慮なく佐伯を見下ろした。
 はだけたワイシャツの裾からアンダーの前が隆起しているのが目に入った。
 生理的な現象だと分かりつつも、御堂はベッドに乗り、ボクサータイプの下着の上から指でなぞった。
 佐伯は相変わらず深く寝入ったままだ。少し悪戯心が湧き上がり、下着の上から掌を這わして緩やかに擦りあげる。簡単に反応したそれは、明らかに質量を増して硬度を持った。
 自分の中に秘められた欲が湧き上がるのを感じる。
 御堂はジャケットを脱いで、ベッドの脇に落とした。自身のネクタイを緩め、襟元のボタンをはずして首を寛げる。
 そっと佐伯の下着をずらし佐伯自身を取り出した。勃ち上がって張りつめた器官は、窮屈な場所から弾んで抜け出す。それはまるで喜んでいるようにも見えた。先端が既に湿っている。
 先端に静かに舌を這わして、口に含んだ。
「ん……」
 佐伯の薄くあいた唇からわずかに声が漏れ出たが、四肢は全く動かない。
 起こさぬように、徐々に深く口の中に咥え、舌を丁寧に這わせた。
 先端からはどんどん透明な粘液があふれ出てくる。先端の小さな孔に舌を差し入れ、粘液を絡め吸い、亀頭のえらの部分から裏筋をとがらせた舌でなぞる。
 普段佐伯にされている行為を思い出しながら、それを自分の口で再現した。
 口腔内にストロークするたびに、頬をすぼめて吸うたびに、佐伯のそれはびくり震え、熱い粘液が溢れてくる。佐伯の呼吸がわずかに乱れ、声にならないくぐもった呻きが聞こえる。それでも全く起きる気配はなかった。
――いつも佐伯に好きにされているんだ。たまにはこういう趣向もいいだろう。
 抵抗できない佐伯に対して、自分の思うように愛撫し、快楽を与える。若干、罪の意識を感じなくもなかったが、自身の性的な欲望も煽られた。
 きっと記憶には残らないだろう、そう確信すると、より深く淫らに佐伯のモノを舐めて咥えて愛撫することが出来た。
 時間をたっぷりかけてより昂ぶらせる。自分の顎が疲れを感じてきたころ、佐伯の四肢がピクリと動いた。ベッドの上に転がっていた佐伯の手が、無意識にシーツを強く掴む。
「うっ…あっっ…!」
 一際大きな呻き声と共に、腰が前に突き出され、御堂の喉の奥に熱く濃い粘液が吐き出された。思わずむせそうになるのを抑えて、佐伯のペニスを舌で拭いつつ、静かに口を離した。
 口内に注がれた粘っこい液体をゆっくりと飲みこんだ。
「ん…、御堂…」
 自分の名前を呼ばれた。起きたのか、と一瞬焦ったが、佐伯の上下の瞼は閉じられたままで、再び安らかで規則正しい寝息が始まる。寝言の様だった。佐伯の下着をそっと元の位置に戻す。
 達した瞬間に自分の名前を呼ばれた。小さな充足感が胸に広がり、心を埋めていった。
 佐伯を起こさぬようにそろりとベッドを降りて自分のジャケットを手に取り羽織った。ワイシャツの襟元のボタンを閉めて、ネクタイをしっかり締める。ポケットからハンカチを取り出し、唇をぬぐった。
 そのまま佐伯の傍らで過ごしたい、という後ろ髪を引かれる気持ちはあったが、その想いを振り切った。明日は職場で佐伯に会える。職場内恋愛というのも悪くない。
「おやすみ、佐伯」
 そう一言残して、静かにベッドルームを後にした。

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