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Let's Talk About Love

 御堂孝典は昨夜のことを思い起こした。
 その晩は自分でも飲み過ぎたと思う。
 新しくAcquire Associationに入社した藤田の歓迎会を兼ねて、ワインバーに佐伯と3人で飲みに行った。若い二人に付き合って、気付けばワインのボトルを3本も開けていた。すっかり出来上がった藤田をタクシーに乗せて送ったところで、佐伯に飲み直しませんか、と自宅に誘われたのだ。
 既に十分飲んでいたし、佐伯の下心が透けていて、一回は断わった。しかし、酔いのせいで判断力が鈍っていたのだろう。「いいワインがあるんです。二人で開けませんか?」の一言に乗せられて、飲むだけだぞ、と念を押して佐伯の自宅に向かった。
 佐伯の部屋に行って驚いた。
 真新しいワインセラーが置いてあった。更には、ワイングラスもリーデルのソムリエ・ブラックタイ・シリーズがペアでワインの種別に数種類用意してあった。一脚2万円以上はする代物だ。
「この部屋で、あなたがいつでもワインが飲めるように」と、さらりと言ってワイングラスを並べる佐伯の好意は素直に嬉しかった。
 ワインセラーを覗くと、有名どころのワインがしっかり並べてある。ワイン専門店でソムリエに選んでもらったそうだが、中々のセレクションだった。ただ、いつでも飲めるように、と言う割には、いずれも高価なワインで、普段飲みと言うよりは記念日に飲む類のものばかりだ。
 ワイングラスといいワインといい、彼が不得手な分野のものの選び方は単純だ。
 値段が高いものを恥ずかしげもなく単純に選ぶ傾向がある。一言、事前に言ってくれれば、もっと実用的で手ごろなものを一緒に見繕うことが出来たのだが、そうしようとしない所が彼らしさだった。見栄っ張りで傲慢なのは明らかだったが、それでも私のために虚勢を張り背伸びをする姿は嫌いではない。
 佐伯が出してきたグラスがブルゴーニュ用のグラスだったので、ブルゴーニュ産の老いたワインを選ぶ。再び乾杯し、テイスティングして味わったそのワインは、いつにも増して味わい深く、喉から臓腑に落ちて全身を巡る。一方で繊細で複雑な香りが鼻腔から頭へと抜ける。それだけで人を恍惚とさせる魔力を持っていた。
 佐伯に注がれるまま杯を仰ぎ、ボトルを空けたころには、完全に酔いが回っていた。
 少し休みましょう、という言葉に促されて、そのまま覚束ない足取りで寝室に向かい、気付けば佐伯にベッドに押し倒されていた。ネクタイを解かれ、シャツのボタンを一つ一つ外されながら、首筋を軽く吸われ、舐められる。ワインのせいで既に身体は火照っている。
 酔いで思考がまとまらず、佐伯にされるがままになっていた。佐伯の後頭部に手を回して、弾力のある明るい茶色の髪を指で梳く。佐伯の髪は日の光の下では、金色に輝く。指の間を流れる髪の感触を感じながら、若い恋人の愛撫に身を任せた。佐伯が耳元に口を寄せる。
「御堂さん、綺麗ですね」
 いつもの睦言だ。彼はいつもこうやって私に、きれいだ、かわいい、と囁き続ける。
――ああ、そうだ。前から言おうと思っていたことを思い出した。
 佐伯の髪をぎゅっと掴んで、頭を離した。密着してくる佐伯の上半身をもう片手で押しのける。
「そうだ、佐伯、一つ言いたいことがある」
「っ…。いきなり、何ですか?」
 愛撫の最中に突然、押しのけられた佐伯が、少し不満そうに口をとがらす。
「前から言いたかったが、その『きれいだ』とか『かわいい』とかは女性に対して言う言葉だ。30過ぎの男がそう言われても、嬉しくない」
「…そうですか?」
 佐伯が私の真上で前髪をかき上げながら私を見下ろす。
 ため息をついて彼を見上げた。
「君だって、そう言われても嬉しくないだろう」
「俺は、御堂さんになら何言われても嬉しいですけど」
「…今度からは女性に向かって言いたまえ。女性はそう言われれば喜ぶ」
「それなら、あなたに何て言えば良いんですか」
「そんなことは君が自分で考えろ」
 佐伯に向かって、大仰にため息をついてみせた。なぜ、大の男に、言われて嬉しい言葉を自分から教えなくてはいけないのだ。
 少し考え込む素振りを見せていた佐伯だったが、突然、レンズの奥の双眸に獰猛な光が宿った。
「…それで、御堂さんは今まで何人に『きれいだ』とか『かわいい』とか言ったんですか」
 そう良く響く低い声で言うと、佐伯の上半身を押さえていた私の手首を捕み、頭上のシーツに縫い付ける。
 佐伯の顔が、キスが出来そうな位に近付いた。振りほどこうにも酔っているせいか、力が入らず、もがいているうちに、他方の手でどんどんシャツのボタンを外されていく。
「で、何人に囁いたんですか?その甘い言葉を」
「そんなの…覚えてないっ。大体…そんな言葉、世辞の範疇だろう」
「俺の質問に答えていません」
 そう言って、佐伯ははだけたシャツの中に手を這わして、私の胸の突起を爪ではじいて指でつまむ。既に硬く尖っていたそこは、電撃の様な痺れと疼きを伝えてくる。
 思わず、喘ぎ声があがった。慌ててその声を飲み込む。
「馬鹿っ。恋人に対して過去の恋愛を聞くのはマナー違反だ」
 唯一自由な方の手を使って佐伯の髪を掴み、強く後ろに引っ張った。佐伯の手が止まり、まじまじと顔を覗きこまれた。
「そうなんですか?」
「自分から話す分にはいい。ただ、相手から無理に聞きだすな」
 佐伯の眼が感心したように、見開かれる。
 この男は…。
 今までどんな恋愛をしてきたのだろう。逆に気になった。
 ビジネス上の駆け引きはとても上手く、他人の心の機微にも聡い。相手を気分よく持ち上げ、上手く自分のペースに持っていくくせに、恋愛関係の駆け引きは妙に疎いところがある。
 能力のバランスが非常にいびつなのだ。ある面では天才的なセンスと実力を持つのに、別の面では小学生レベルの価値観や短絡的な思考を持っていたりする。しかし、それを補って余りあるほどの天性の才能を有している。そして、そのアンバランスさに私は翻弄されている。
 そう言えば、とさらに思い当った。
「後、もう一つ、言いたいことがある」
「まだ、あるんですか」
「忙しくともそれなりに連絡をしろ。連絡が来たときは、しっかりコールバックしろ。時間がないからからと言って一カ月も放っておくな」
「ああ…あの時か」
 あの時は色々大変で…、と佐伯が頭を掻きながらぶつぶつと小さい声で言い訳をする。
 佐伯と再会してから会社の設立まで、自分からはほとんど連絡が取れなくてやきもきしたのを思い出す。
 いくら社の立ち上げで忙しかったとはいえ、メール位送れたはずだろう。非難がましい目で佐伯を睨み付けた。
 佐伯が私を見る目を眇め、それにしても、と小さく呟く。
「御堂さん、あんた、飲み過ぎると説教臭くなるな…」
「なんだ?それは、私が古臭い人間だと言いたいのか」
「いえ、そんなあなたも好きです」
 佐伯は、再び覆いかぶさり、愛撫を再開する。鮮やかな手つきでベルトのバックルを外し、チャックを降ろされる。下着の中に手を差し込まれた。
「うぁっ……」
 声が漏れでる。佐伯がにやりと笑うのが見えた。そのまま下着ごとズボンを脱がされる。
 力が入らず、抵抗と言う抵抗が出来なかった。このままだと佐伯のペースに流されてしまう。かろうじて抗った。
「これもダメだ。そんな雰囲気でないときに、無理やり押し倒したりするな」
「この状態でそれを言いますか」
 呆れた口調で佐伯が言った。
 既にシャツははだけて、脱がされた下着からゆるく勃ち上がった自分自身が晒されていた。
 説得力がないのは承知していた。それでも、アルコールの力を借りて、言いたいことを言っておく。
「今晩だって、ワインを飲むだけだって言ってたではないか。こんなことまで同意した覚えはない」
「ワインだけだと思ってました?本当に?」
「……」
 佐伯がからかうような目で顔を覗き込んでくる。こうなることを予想してなかったと言えば嘘だし、ある程度期待に似た気持ちを抱いていたことも否定しない。だが、その事実を素直に認めるのは癪に触った。
「君は何でもキスして押し倒せばそれで済むと思っている節がある。君はいつも強引なん…んっ」
 続きを言いかけようとして、唇を押し当てられ口を塞がれた。滑り込んできた佐伯の濡れた舌が、私の舌を軽くくすぐり、歯列をなぞる。口腔内を蹂躙しようとするその攻撃的なキスに、頬から耳朶に熱が走る。
 佐伯の舌を自ら深く絡めようとしたところで、さっと唇を離された。途中でお預けを喰らってしまい、懇願するように佐伯の眼を熱っぽく見つめてしまう。
「キスをしてもいいですか?」
 佐伯が余裕の笑みを浮かべて聞いてくる。もうしたくせに、と思いながらも、その笑みに心の奥を見透かされたように顔が赤らむ。
「…キス位ならいいだろう」
 その言葉を聞いた佐伯が満面の笑みを浮かべた。そのまま、再び唇を重ねる。お互いの舌と唾液を絡め、口蓋をくすぐり、何度も角度を変えながら、口内を深く貪る。自身のペニスに血液が集まり、硬くなるのが分かる。
 何度も浅いキスと深いキスを繰り返しながら、佐伯は自分の服を脱ぎ棄て、私のペニスに手を伸ばす。先端から零れる蜜を掬い取り、指の腹で鈴口をいじった。粘液がいやらしい音を立てる。そのまま粘液をすくいとっては、私のペニスに擦り付け指を絡みつける。
「ああっ……んっ……」
 両手で佐伯の頭を掻き抱く。口を開こうにも喘ぎ声しか出ない。佐伯の唇は私の口から離れ、顎、首筋、鎖骨をなぞり、胸の突起を軽く食む。そのまま、唇は段々と下に降り、へそをくすぐり、恥毛の生え際をなぞり、ペニスの竿を唾液でぬらしながら、先端へと向かった。
 膝を大きく割られ、佐伯の目に下半身が余すところなく晒された。その羞恥と絶え間ない快楽に全身が細かく震える。
「…それで、他の誰にここを触らせたんですか」
「ああっ!」
 佐伯が意地の悪い顔をして、再び聞いてきた。ペニスの根本をきつく掴まれ、鈴口に尖らせた舌を差し込まれる。ちゅぷっ、と唾液と先端からあふれ出る粘液があわさって、音を立てた。
「き、君はっ……他人の、話を…聞いて、いたのかっ……ふぁっ」
 私の抗議は、そのまま自らの喘ぎ声で打ち消された。佐伯が私のペニスを喉の奥まで届くのではないかと思わせる程深く咥えた。唇と舌と頬の粘膜で亀頭から竿まで深くこすり、口を離す。根本は相変わらずきつく掴まれ、ジンジンと疼きを伝えてくる。
「教えないと、イかせません」
 意地悪い笑みが見えた。再び、私の欲望を深く咥える。私が答えるまで、いくらでも甘く煽るつもりなのだろう。すぐに私は音を上げた。
「うあっ…!…分かった。…言うから!」
 佐伯が口を離して、こちらを見つめた。その端正な顔立ちに潜む熱い眼差しに、いつも冷静な思考を乱される。
「…男性の恋人は…君だけだ」
「ずるいですね」
 そう言いながらも、佐伯がペニスをきつく戒めていた手を離した。びくっとペニスが脈打つ。
「でも、いいですよ。本当のことを聞いたら、冷静ではいられなくなりそうだから」
 君は今でも十分冷静さを失っている、そう言おうと思ったが、思いとどまった。それよりも気になる事があった。
「…それで、君はどうなんだ?」
 今まで大人の嗜みとして胸の奥底に仕舞っていた問いを口にする。聞いた瞬間に、胸の奥底が鈍く痛んだ。彼の過去を聞いて、私はどうする気なのだろう。
 複雑な想いがせめぎ合い、どんな表情をしてよいか分からなくなった。佐伯はそんな私に優しい眼差しを向ける。
「<俺>の恋人は御堂さん以外いませんでしたよ」
「…君は、嘘つきだな」
 俺、という言葉を強調したのが気になったが、その返答に少し安堵した。真面目に答えられても困る。アルコールのせいとはいえ、余計な詮索をした自分を恥じた。
「本当ですよ」
 佐伯がくすりと笑う。その笑みにつられて口元が緩む。あながち、本当なのかもしれない。彼が恋愛に関して、自分の欲望に忠実でそれを隠そうとしないのも納得がいく。ベッドでのテクニックは天賦の才によるものなのだろうか。
 突如、佐伯の顔が視界から消えた。私の足の間の深いところに顔を沈めたのだ。あっと思う前に、尻を割られて、奥のすぼまりを舌でなぞられ突かれた。ひっ、と堪え切れずに声が上がる。すぐに長い指が埋め込まれた。中をほぐすように、ゆっくりと折り曲げられ、きつく締まる器官を丁寧に拡げていく。
 両膝を持ち上げられた。胸につくほど深く折り曲げられ、腰が浮く。尻に佐伯の熱い欲望の塊が触れた。
「御堂さん、挿れてもいいですか?」
「あっ…、この状態で…それを聞くのか。意地が悪いな…」
 言葉を言い終わるかどうかの間に、ぐっと腰を押され、熱い塊を体内に埋め込まれた。
「はっ……ああっ!」
 猛った欲望に貫かれ、仰け反り喘ぐ。圧迫感に息が詰まりそうになる。呼吸を整え、ゆっくりと息を吐いたのを見計らったかの様に律動を開始された。佐伯の背中を強く掻き抱いた。
「あんたの中、すごい熱いぞ」
 君も他人のことは言えないくらい熱いじゃないか、そう言おうにも、リズミカルな律動によって生まれる絶え間ない刺激に、喘ぎ声しか出なくなる。
「あっ……くっ…」
 佐伯の手が私のペニスに触れる。そのまま、根元から扱かれる。前と後ろを同時に責められて、圧倒的な快楽で涙が目に滲む。
 佐伯が動きをふと止めた。紅潮した私の顔を見つめ、手を滑らせて身体をそっと撫でまわす。
「やはり、あんたはきれいだ」
「…また、それを言うか」
 照れ隠しに吐いた言葉だったが佐伯はそのまま私の目をじっと覗き込んだ。
「そう言われるのは嫌か?」
「…嫌かと言われると、…嫌ではない」
 気にはなったが、そう言われるのは嫌いではなかった。甘く囁かれるたびに細やかな痺れがさざ波のように全身を巡った。それは相手が佐伯だからかもしれない。
「あんたに嫌われないなら、俺はそれでいい」
「馬鹿。今後、必要になる時がくるかもしれないだろう」
 再び口が滑った自分を後悔した。若い佐伯が今後、付き合うかもしれない恋人を想像してしまう自分の浅ましさが嫌になる。
 佐伯が眉間にしわを寄せ、厳しい眼差しで私を睨んだ。機嫌を損ねたようだった。
「今の御堂さんの言葉は見過ごせないな」
「私の…?」
 佐伯は答えずにその不機嫌さを私にぶつけるかのように、激しく深く中を抉った。奥まで突かれる度にがくがくと身体が揺れ、横隔膜がせり上がり、肺から押し出された息が喘ぎ声となる。
「やっ…、うぁっ…きついっ」
 その圧迫感と生み出される快楽の激しさに喘ぎつつも、より深く佐伯を求めて腰を揺らしてしまう。佐伯の腹に自分の濡れたペニスの先端が触れて擦れ、それだけでもそこから新たな疼きが生まれる。快楽に翻弄されどうにもならなかった。両目の眦から涙がこぼれる。
 佐伯が一旦動きを止め屈みこみ、私の眦にキスをして、そっと涙をぬぐった。そのまま艶のある声で囁かれた。
「俺の恋人は今までもこれからも、あんた一人だけだ。あんたを手放すつもりは一切ない」
 悦楽とアルコールで濁った意識の中で、その言葉が唐突に存在感を持って頭の中を支配した。一時的に意識が冴えわたる。
 今、私は気恥ずかしいほどの真っ直ぐな愛の告白をされたのではないだろうか。それが若さゆえの直情的な告白であっても、全身が打ち震えるほどの幸福感を感じさせるには十分だった。
「愛している、と言っても?」
 クスクスと佐伯が笑いながら、許可を求めてくる。
「…その言葉は、…もっと積極的に口にしたまえ」
 恥ずかしさと胸の熱さにより顔を赤らめながら、少しぶっきらぼうに返した。
「御堂、愛してる」
 その言葉とともにゆっくりとグラインドが再開される。すぐに頭の中に快楽が渦巻き、喘ぎ声しか出なくなる。
「御堂さんは言ってくれないんですか?」
 ほら、と甘えているような声で促される。
「くっ…あっ、そんなの…言わなくて、も…分かるだろう。…うぁっ」
「今日のあんたは、言っていることが無茶苦茶だ…でも、最高だ」
 それは、私のセリフだ。だが、その言葉は再び自身の嬌声で打ち消された。
 身体の奥で、佐伯自身がさらに硬く、質量を増す。その灼熱の猛りに擦られて、自分自身もすでに限界がきていた。
「もう…だめだっ。…佐伯、…好き、だ」
 ああっ、と叫び声をあげた。次の瞬間、ペニスから精液が迸る。少し遅れて、佐伯から熱い液体が体内に放たれ満たされる。意識がふわっと浮き、そのまま眠りの闇に墜落していった。


 次の日の朝、盛大な二日酔いに襲われていた。頭痛と気持ち悪さにベッドから起き上がれない。だが、下半身が特にだるいのは二日酔いのせいだけではないだろう。
 以前から体調管理に特に気を遣って自制してきた。ワインが好きと言っても、こんなに酷い二日酔いになったのは社会人になって以来初めてだった。しかも、昨夜の記憶を思い起こせば起こすほど、余計に頭が痛くなる。とんだ絡み酒だった。
「大丈夫です?風呂にぬるめの湯を張ったので、入りませんか?」
 枕元に佐伯が、水と鎮痛薬を持ってきた。礼を言い、がんがんと痛む頭を押さえながら、上半身をかろうじて起こし、薬を水で流し込む。幾分頭がはっきりするとともに、大きなため息をついた。
 佐伯が顔を覗き込んでくる。
「どうした?」
「…自己嫌悪だ」
「なぜ?」
「飲み過ぎた挙句、君にも絡んでしまった。すまない」
 昨夜の醜態を思い出し、俯いてこめかみを指先で押さえる。
 突然、佐伯が顔を寄せて私の頬に軽く口づけした。
「御堂さん、好きですよ」
「なんだ、いきなり」
「言ってたじゃないですか。もっと積極的に口にしろって」
 昨夜の醜態を鮮明に思い出し、顔から首元まで紅潮した。同時に佐伯が私にした告白も思い出す。
 恥ずかしさのあまり穴があったら入りたい、という気持ちは今の状態を指すのだろう。
「ほら、御堂さんもちゃんと言ってくださいよ」
 佐伯はさも可笑しそうにクスクス笑いながら、間近で優しい眼差しで見つめてくる。
 酔っていたとはいえ、自分の発言には責任を持たねばならないだろう。腹を括った。
「…私も、君が好きだ」
 佐伯の唇に唇を押し当て柔らかく口づけをした。
「昨夜のあんたは良かったな」
「…二日酔いはもうごめんだ」
 佐伯が声を出して笑い出す。私もつられて笑い、お互いとめどなく笑い続けた。願わくは、これからもずっと共に歩めるように、と祈りながら。

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