
Love Sick
大の男が二人で寝ると狭さを感じるこのベッドだが、一人で寝るには大きく感じる。
金曜の夜、寝室のキングサイズのベッドに身を投げて、御堂は壁に掛けられた時計をちらりと確認した。
――佐伯は今日も遅くなるのだろうか。
克哉が取り組んでいるコンペティションが山場を迎え、この一週間、克哉はそれにかかり切りだった。家にはわずかな睡眠と着替えのために戻るだけで、ゆっくりとふたりきりになれる機会もない。職場は一緒なのだから会話を交わさないということはないが、社長としてAA社を率いる立場にある克哉に自由な時間はほとんどない。もう少し部下が育てば任せられる仕事も増えるのだろうが、起業して間もないAA社にとってはまだ先の話だ。
ひとりベッドの上で悶々としていると、玄関の扉が開く音が響いた。克哉が帰宅したのだ。
ベッドの上でじっとして克哉が部屋に入ってくるのを待つ。しばらくして、寝室の扉が開き、閉じられた。
淫靡な期待に胸が高鳴る。ふたりで一緒に暮らしているにもかかわらず、この週が始まってから言葉を交わす以上のことをしていないのだ。欲求不満は当然たまる。
周囲に気を配り、克哉や社員の士気を下げないようにフィードバックする。それが自分の責務だと考えてきたから、不満も苛立ちもおくびにも出さないようにして克哉たちを盛り立ててきたつもりだ。
寝室に入ってきた克哉に、目をうっすらと開いて、顔を向けた。たまたま克哉に気付いた風を装う。
下着姿の克哉と視線が重なり、御堂はベッドの上で克哉をずっと待っていたとも言えず、端的に声をかけた。
「おかえり」
「起こしてしまったか?」
「いいや。コンペは?」
「やっと終わりが見えた」
「それは、よかったな」
克哉の言葉に微笑んだ。どうやら週末はゆっくり過ごせそうだ。
克哉がベッドにあがってくる。
胸が高鳴り、期待に息を詰めて、目をそっと瞑る。
次に訪れる感触をたっぷりと待って、そして、何も起きないことに肩透かしを食らい、御堂は怪訝に瞼を開いた。
「佐伯……?」
目の前で上掛けを被った克哉が寝ていた。規則正しい呼吸音が響き、目は固く閉じられている。
――まさか……。
このまま寝るつもりなのだろうか。
御堂が勝手に期待したとはいえ、あまりにひどい仕打ちに愕然とする。
克哉に対する失望と怒りがふつふつと込み上げてきたが、待て待て、と思い直した。
この一週間の仕事量を見れば、克哉の疲労は極致まで溜まっているだろう。
現に、明日は休日とはいえ、御堂に目もくれずに寝入るとは、よほど疲れていたに違いない。このまま寝かせてあげよう。週末はふたりの時間が持てるはずだ。
そう自分自身に言い聞かせ、御堂は克哉に背を向けて、瞼を閉じた。
だが、寝ようとするも、甘い予感に疼いた下腹部の熱が収まらない。
その熱を意識から排除して眠ろうとしたが、どうにも気になってしまう。
ちらりと背後の克哉を窺う。克哉はあっという間に深い眠りに陥ったようでピクリとも動かない。
――どうせ、あいつは寝ているんだ。
上掛けの下で静かに身体を動かして丸め、パジャマの前に手を入れて、熱っぽくなった自身を握りこんだ。
克哉に気付かれぬように、指を絡めて竿を上下に扱く。先端の割れ目を擦り、亀頭の張り出しを輪っかにした指で弾く。剥き出しの欲望を露わにして、高めていく。
寝入る克哉の真横でこんな自慰行為に耽るという背徳感が、官能を深めた。
呼吸が熱っぽくなり早くなる。ぞわぞわとした痺れが性器から沸き起こり、その快楽を辿ろうと、次第に手の動きが強く激しくなる。
だが、それでも昂りきれなかった。絶頂の予感が迫るのに、あと一歩のところで到達できない。
マットレスを揺らさぬように気を使っているせいもあるだろう。これだけでは足りないのだ。中途半端な快感が渦巻き、身悶える。
その時、脚の狭間の奥深いところがずくりと疼いた。自分が何を欲しているのか、それを察して恥ずかしくなる。
未だに、自慰のためにそこを使うことは躊躇われた。そもそも、克哉と再会してからは自慰などする必要がなかったくらいだ。
矜持と羞恥と渇望の間で揺れ動き、誘惑に屈した。
片手でペニスを握りこみながら、他方の手を尻の狭間に沿わせた。指が敏感な窄まりに到達する。爪の先が軽く触れただけで、そこが大袈裟なほどキュッと締まった。
覚悟を決めて、そこにつぷりと指を沈ませた。電撃のような刺激がさあっと身体に走った。
「ぅ……っ」
声が漏れ出そうになって、咄嗟に喉で殺した。粘膜に触れる指先をちょっと動かすだけでペニスの先端からトロトロと蜜があふれ出す。
それは、ペニスを触るだけでは得られない、別種の感覚だ。克哉によって快楽を得ること教え込まれた器官。そこを弄られ、貫かれたときの体感が脳裏に生々しく蘇る。
自然とペニスを扱く手の動きが速くなり、アヌスに捻じ込む指が深くなる。
呼吸が乱れ、マットレスを揺らしてしまっているのに気付いたが、その動きを止められなくなってしまった。
――イ…くっ!
射精する寸でのところだった。ベッドが大きく揺れて、上掛けを大きく引きはがされた。
汗ばんだ肌に、部屋の涼やかな空気が直に触れる。背後から大きく息を呑む気配がする。
「ぁ、ああっ!」
頭の中が真っ白に灼ける。悲鳴とも喘ぎともつかない、空気が抜けたような声が声帯から漏れた。
態勢を整えようにも、射精を押しとどめる術はなく、アヌスに指を突っ込みながら、激しく白濁を散らしてしまう。
「御堂さん……」
「こ、これは……ち、違うっ」
何が違うのか、混乱した頭で否定しようにも、あまりに慌てたせいで、アヌスに力が入って指が抜けなくなって四苦八苦する。情けない姿を克哉の前に曝してしまう。
こうなったのも克哉のせいだと八つ当たりしたくなるが、克哉のことだ。これをネタに御堂を意地悪く苛むに違いない。
恥ずかしさと悔しさに涙が滲みそうになりながら、続く克哉の言葉を、固く目を閉じて覚悟して待っていると、克哉が御堂の耳に口を寄せて囁いた。
「俺の、せいですね」
「佐伯……?」
耳の中に注ぎ込まれた吐息と言葉が思わぬ優しさを含んでいて、探る視線を克哉に向ければ、困ったような表情の克哉が、耳元で「すみません」と謝ってくる。
頬に柔らかなキスを落とされた。じわっと頬が熱くなる。
至近距離にある眸が悪戯っぽく笑った。
「もう少し見ていたいところですが、こんな御堂さんを前にして、俺が我慢できないので、一緒に続きをしましょうか」
体温が迫る。唇を舐められる。克哉の手が御堂の身体をまさぐり始める。
身体に伸し掛かってくる重みに幸せを実感しながら、御堂は「馬鹿」と一言呟いて、愛しさを込めた唇を押し付けた。