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​32歳エリート部長、魔法少女になりました☆
第四話 逆襲の社畜

「まったく、なんなんだあの男は!」

 

 執務室の扉を乱暴に閉めて、御堂は資料をデスクに叩きつけるように置いた。弾みでデスクから滑り落ちそうになる資料を、姿を現した鬼畜妖精が寸でのところで受け止める。

 

「旦那、随分と荒れているでやんすね」

 

 と、鬼畜妖精は羽をパタパタはためかせながら「よいこらせ」と資料をデスクの上へと戻した。

 御堂は鬼畜妖精を無視して椅子を引いて座った。傍目から見ても苛立っていることが露骨に分かる姿だ。一時間ほど前に執務室を出る時は上機嫌だったはずだった。鬼畜妖精は首をひねり、そして、思い当たった。

 

「キクチ八課とのミーティングで何かあったでやんすか?」

 

 御堂と共に会議に出席してもつまらないだろうと、鬼畜妖精は御堂の執務室で留守番していたのだが、御堂の態度を見る限り、どうやら先の会議でひと悶着あったようだ。

 

「キクチ八課と言えば、あの片桐課長がいる課でやんすよね。片桐課長が何かしたでやんす?」

 

 それまでずっと無視を貫いていた御堂がちらりと鬼畜妖精を見た。

 

「違う。佐伯だ。佐伯克哉」

「佐伯? 誰でやんすか?」

 

 鬼畜妖精は首を大きく傾げた。御堂に付きまとうようになって、御堂の同僚や部下は見分けがつくようになったが、聞いたことのない名だ。

 

「キクチ八課の下っ端だ」

 

 御堂は憤然と言った。

 御堂の頭の中ではまだ、先ほどの会議でのやり取りがくすぶっている。佐伯克哉、MGN社の子会社であるキクチ八課のヒラ社員だ。今、御堂たちが手掛ける製品の営業の下請けをしている。

 佐伯は歳もまだ若く、入社三年目だっただろうか。長身に冷たく整った容貌。銀の眼鏡が表情を引き締め一見冷淡に見えるが、笑うと一転華やかさが溢れる。最初に見たときは御堂のタイプの男だと思ったのだが、実際に一緒に仕事をしてみると、腹立たしさしか感じない。

 御堂が言うことなすことにいちいち「お言葉ですが」と反論してくる。言葉遣いは丁寧だが、御堂の指摘を言いがかりだと、正論をもってしてすべて切り捨ててきた。挙句、平然とした顔で「御社のシステムには少々問題があるように感じましたが?」と親会社に対して注文を付けてくる。あの佐伯の澄ました顔を思い出すだけで腸(はらわた)が煮えくり返る。

 

「あいつめ、子会社のお荷物部署の、たかだかヒラ社員のくせして偉そうに」

 

 そう言い捨てる御堂に、鬼畜妖精は小さくつぶやいた。

 

「御堂の旦那も十分に偉そうでやんすけど」

「勘違いするな」

 

 普段は鬼畜妖精を無視するのに、こういうときに限って御堂の耳は地獄耳になるらしい。御堂はぎらりと眼光を鋭くして鬼畜妖精をにらみつける。

 

「私は『偉そう』なのではない。『偉い』のだ。問題は、佐伯は偉くもないのに偉そうにしている。まったくもって許しがたい」

「……それは大問題でやんすね」

「その通り。由々しき問題だ」

 

 御堂は吐き捨てるように言い、デスクのパソコンを立ち上げた。鬼畜妖精は静かに気配を消した。こんな時は御堂に近づかないのが一番だと身をもって学んでいる。

 そんな執務室の緊張を破るかのようにノックの音がした。「ああ」と御堂が返事をするとドアが開き、黒髪の若いスーツ姿の男がひょっこり顔を出す。

 

「御堂部長、失礼します」

「藤田か。入れ」

 

 藤田と呼ばれた男は軽く頭を下げると御堂のデスクの前に立った。鬼畜妖精はこの男を知っていた。企画開発部の御堂の部下で藤田という。まだ入社一年目の新人だ。黒目がちな童顔に快活な性格。初々しさもあって鬼畜妖精はこの藤田という社員に好感を持っていた。

 御堂はデスクの上に多くの付箋を貼りつけた報告書を出すと、それを指で叩いた。冷ややかに言う。

 

「君が昨日提出した報告書だが、話にならん。元の資料をしっかり解析したのか? 見当はずれな見解も甚だしい」

「す、すみません……」

 

 御堂の厳しい物言いに藤田が背筋をびしっと正し、表情を硬くする。だが、御堂はさらに厳しく続けた。

 

「君は、激戦の就職活動をくぐり抜けて、このMGN社に入社したのだ。そして、新人でありながら、花形部署である企画開発部に配属された。つまり、君はMGN社に嘱望されている人物だということだ。わかるだろう?」

「はいっ!」

「くれぐれも私を失望させないでくれ。私の部署に無能はいらない」

「はい……っ!」

 

 御堂に視線でしっかり釘をさされると、藤田の顔色は、傍目から見ても哀れなほどに蒼白になった。御堂はぽんと報告書を藤田に押し付ける。

 

「以上だ。再提出はなるべく早くしてくれたまえ」

「申し訳ございません! 直ちに書き直します……っ」

 

 極度の緊張で固まった身体を無理やり動かすようにして、藤田は執務室を出て言った。

 ぱたんと閉まったドアの前に鬼畜妖精が姿を現した。ドアの向こうに消えた藤田の痛ましい姿に憐憫の情を禁じ得ない。よりによって機嫌の悪い御堂のところにやってくるとは、なんと運のない部下なのだろう。

 

「……藤田君、可哀想でやんす」

「ふん、私の部下だ。これくらい難なくこなしてもらわないと困る。それとも、貴様が代わりにやるか?」

「あっしには無理でやんすよ」

「だろうな」

 

 御堂は鬼畜妖精に冷ややかな一瞥をくれると、猛然と仕事を始めた。鬼畜妖精は御堂に絡まれないよう、そっと気配を消すのであった。

 

 

 

「う……」

 

 突き返された報告書を開いて、藤田は小さく呻いた。御堂からの修正指示コメントが所せましと書かれている。下手したら、報告書本文よりも御堂のコメントの方が多いのではないかと思うくらいだ。この指示ひとつひとつ対応していたら途方もない時間がかかるだろう。

 藤田は助けを求めるように周囲のデスクを見渡したが、開発部の同僚は誰も、思いつめたような青い顔をして必死にデスクに向かっている。皆、藤田と同じ状況なのだ。いくら同じ部内の同僚で藤田の先輩とはいえ、他人を助ける余裕などどこにもない。

 藤田はちらりとパソコン画面に表示される時間を確認した。御堂は再提出の日時を指定しなかったが、早急に提出しなおさなければ御堂の心証を損ねるだろう。しかし、ただ早く仕上げれば良いというものもではない。高い質も要求される。スピードもクオリティも兼ね備えた仕事をしなければこの企画開発部で生き残れない。

 藤田はパソコンをスリープモードにして立ち上がった。潰えかけた気力を取り戻そうと社内の休憩スペースへと向かう。

 

「はあ……」

 

 藤田は深くため息を吐いた。今日もまた徹夜レベルで残業が必要だろう。コンビニで夜食を調達しなくてはいけない。

 そんなことを考えながら、藤田は休憩スペースの自販機の前で、エナジードリンクのボタンを押そうと指を伸ばした。次の瞬間、ぐらりと視界が傾いた。まずい、と思った時には天地が分からなくなり、バランスを失った身体が崩れ落ちる。床に叩きつけられると覚悟した寸前、腕をつかまれて身体が空に固定された。そして、ぐっと引き上げられる。

 

「藤田、大丈夫か?」

「ぅ……さ…佐伯さん?」

 

 よろめく身体を支えられて、休憩室の椅子へと座らされた。

 もやがかかったような曖昧な視界に、見知った男の顔が映り込んだ。佐伯克哉、キクチ八課の社員で、藤田たちの部署で開発した商品の営業の委託先だ。なぜ佐伯がここに、と訝しんだが、そういえば今日、キクチ八課とのミーティングがあったことを思い出した。打ち合わせなどでたびたび顔を合わせる佐伯と藤田は歳が近く、親会社と子会社の社員の間柄であっても、自然と親しくなっていた。

 佐伯は自販機でドリンクを購入すると、プルタブを開けて藤田の前に置いた。それに手を伸ばす。買おうとしていたエナジードリンクではなくて甘い清涼飲料水だったが、そのやわらかな甘さが張り詰めていた神経を和らげた。ほっと息を吐く。

 佐伯は藤田の前に座ると、自販機で購入したブラックコーヒーを飲みながら、藤田へと顔を向けた。

 

「随分と顔色が悪いな」

「佐伯さん、ありがとうございます」

 

 ようやく礼を口にするくらいには気分も回復してきた。ふう、と力ない息を吐いて佐伯に言った。

 

「じつは、三日連続でほとんど寝てなくて。家には着替えとシャワーだけに帰っているだけなんです……」

「仕事が大変なのか?」

「ええ、まあ……」

 

 藤田は視線を伏せた。

 

「俺の力不足なんです。精一杯、頑張っているんですけど、御堂部長の期待に応えられなくて」

「期待ねえ……。御堂部長の仕事の割り振り方に問題があるんじゃないか?」

 

 佐伯の言葉に藤田は弾かれたように顔を上げた。ぶんぶんと頭を振る。

 

「違います! 俺の努力が足りないだけです!」

 

 噛みつきそうな勢いで否定してくる藤田に佐伯は苦笑する。

 

「藤田は随分と御堂部長を買っているんだな」

「そりゃ、MGN社最年少で部長になられた方ですから。それに、最近の御堂部長、すごいんですよ。次から次に企画を立ち上げて。もう同じ人間とは思えないくらい、ものすごいんです!」

 

 そこまで一気呵成にまくし立てて、藤田は大きなため息を吐いた。

 

「それなのに、俺の仕事の処理が追い付かなくて、自分のところで企画がストップしてしまっているんです」

「藤田は新人だろう。まだ仕事を覚える段階だ。それなのに、サポートを付けずにキャパオーバーの仕事を割り当てるのはどうかと思うが」

「ほかの同僚は俺以上に仕事していますし。それに、それだけ、御堂部長は俺に期待してくれているんです」

 

 まるで自分が非難されたかのように、藤田は口をへの字に引き結んだ。佐伯はそれ以上何も言わずにコーヒーを最後まで飲み切ると、立ち上がった。藤田の肩をポンと叩く。

 

「あんまり無理するなよ。これを使え」

 

 そう言って、佐伯はポケットから取り出したものを藤田に手渡した。それを目にして、藤田は目を瞬かせた。

 

「眼鏡……ですか?」

「ああ、ブルーライトカット眼鏡だ。少しは目の疲れが取れるはずだ」

「え、いいんですか!? ありがとうございます!」

 

 屈託ない笑顔を見せる藤田に佐伯は軽く手をあげると、休憩スペースから出ていった。そして、喉を鳴らして低く呟く。

 

「俺もお前に期待しているぞ、藤田。……くくっ」

 

 

 

「いつまで仕事するでやんすか~」

 

 不夜城と化したMGN社企画開発部、その執務室で鬼畜妖精はぶつぶつ愚痴を吐く。

 御堂はもう自宅に帰ることなく、この執務室で暮らす気なのだろうか。

 背筋を伸ばした姿勢を崩すことなく、御堂はずっとキーボードを叩き続けている。そしてまた、執務室のドアの外では御堂同様、何人もの社員が帰宅もせずに仕事し続けている。鬼畜妖精からしたら、人間はなぜこうも仕事にとりつかれているのかまったく理解できない。

 その時、不意に、鬼畜妖精が持つ携帯に通知が入った。取り出して情報を確認し、鬼畜妖精は驚きに声を上げた。

 

「ああっ!」

「怪人の情報は要らん」

 

 何か言う前に、御堂から出鼻をくじく冷たい一言が返ってくる。

 

「だけどでやんすね、旦那」

「黙れ。これ以上口を開いたら駆除するぞ」

「……それは勘弁してほしいでやんす」

「分かったなら静かにしていろ。私は忙しい」

「でも……」

「何度も言わせるな」

「うぅ……」

 

 鬼畜妖精は、携帯画面と御堂に視線を行き来させながら逡巡した。そして、思い切って叫んだ。

 

「怪人が、MGN社企画開発部に出現したでやんす!」

「何ッ!? なぜそれを早く言わない!」

 

 バン、とデスクを叩きつけるようにして御堂が立ち上がった。鬼の形相で鬼畜妖精をにらみつける。

 

「ひ……っ」

「この役立たずめ。そういう大事なことは早く言え!」

「だって、御堂の旦那が……っ」

 

 御堂のあまりの剣幕に鬼畜妖精は泣きそうな声で釈明するが、御堂は自分が何を言ったか、もう忘却の彼方へと追いやったようだ。

 

「その情報は確かか?」

「間違いないでやんす」

 

 鬼畜妖精は大きくうなずいた。

 御堂と鬼畜妖精の一人と一匹は顔を見合わせると執務室のドアに視線を向けた。携帯が告げる情報が正しければあのドアの向こうには怪人がいる。

 そろり、と御堂がデスクから離れてドアへと近づいた。ドアノブへと手をかける。鬼畜妖精も恐る恐る御堂に付き従った。静かにドアを数センチほど開けて、オフィスフロアを窺う。

 

「本当に、怪人がいるのか?」

 

 御堂の声音に疑いが混ざる。目の前に広がるオフィスはごく普通の光景で、照明に照らされた室内では御堂の部下たちがわき目も振らずに仕事に取り組んでいる。

 

「よく探すでやんすよ……あ、あれでやんす!」

「……まさか、藤田が!?」

 

 鬼畜妖精が指した先には藤田がいた。藤田は見慣れぬ眼鏡をかけていた。だが、御堂が見る限り、周囲に目もくれず物凄い勢いで資料を参照しながら、キーボードを叩き、仕事に取り組んでいる。

 

「あまり変わりないように見えるが……」

「あれはモブ型怪人、社畜タイプでやんすね」

「それはどういう怪人だ?」

「下っ端の怪人の一種で、特徴も与えられず自分に与えられた役割を愚直にこなす怪人でやんす。モブ型怪人はいろいろサブタイプがあるでやんすが、あれは社畜タイプなので、24時間365日ひたすら組織のために仕事し続けるでやんす。……あれ、これ、もしかして、御堂の旦那にとって願ったり叶ったりの怪人なんじゃ……」

「馬鹿を言うな! 私の部下が24時間休みなく働き続けるだと?」

 

 御堂の気迫に鬼畜妖精は急いで言い繕った。

 

「そ、そうでやんすね。体を壊してしまうでやんすよね」

「……労基に通報がいったらどうする?」

「ろうき……?」

 

 予想外の返答に鬼畜妖精は思わず聞き返した。

 

「労働基準監督署だ。無理な残業をさせて、労基の立ち入り調査や是正勧告が出てしまったら、MGN社はブラック企業として世間から糾弾され、私は管理責任を問われる」

「はあ……」

 

 普段なら、怪人と聞いても迷惑そうな反応しかしない御堂の顔が、いつになく真剣に引き締まる。御堂が宣言した。

 

「さっさとケリをつけるぞ!」

「今回は随分とやる気でやんすね……」

「当たり前だ。何人たりとも、私の経歴を傷つけることは許さん!」

 

 御堂はスーツのジャケットのポケットに手を入れた。指先に触れるそれを掴みだし、頭上へと掲げた。そして、一言叫ぶ。

 

「エネマキュア!」

 

 御堂の頭上でエネマグラが輝いた。執務室内に目も眩むほどの光が満ちる。

 一瞬にして御堂のスーツが消滅する。その次の瞬間には身体のラインを浮き立たせるレオタードのような薄い布地が裸体を覆った。その上からさらに光の帯が巻き付き、胸元には結ばれたリボン、そして、ひらひらしたフリルがスカートとなって腰回りを覆う。四肢に巻き付いた光はそれぞれ白いグローブとブーツとなる。可憐な魔法少女のコスチュームが成熟した大人の男を飾り立てた。同時に、御堂の髪と眸が艶やかな紫色に染め上げられる。

 燐光をまとったかのように美しく輝く姿となった御堂は手を伸ばした。その手の先にエネマグラ型の魔法スティックがすっと収まる。

 MGN社企画開発部のオフィスに、魔法少女となった御堂はスタッと降り立った。

 びしっと魔法スティックを藤田に向ける。

 

「魔法少女エネマキュア、参上!」

 

 藤田がぽかんと口を開けた顔で御堂を見た。

 

「……?」

「……いや………」

 

 気まずい沈黙が立ち込める。

 部下たちが気を張り詰めて残業しているオフィスに魔法少女姿で降り立つ御堂。もしかして、自分はひどく場違いなことをしているのではないだろうか。たちまち自信が揺らいだ。それを鬼畜妖精が耳元で叱咤する。

 

「旦那! あれは怪人ですから! しっかりして」

「そうだよな……?」

 

 よく見れば、藤田の眼鏡の奥の眸は赤く染まっている。それこそ、怪人の証(あかし)ではないか。

 込み上げかけた羞恥を強靭な意思の力で振り切ると、御堂は凛然とした声で言い放った。

 

「藤田、上司の許可なく勝手に怪人になるなど許さん! 君の今後の業績に響くぞ!」

「黙れ……」

 

 藤田がゆらりと立ち上がる。藤田の声とは思えない地を這うような低い声が響いた。

 

「……俺は、この報告書を一刻も早くまとめなくちゃいけないんだ! 俺の邪魔をするな!」

 

 藤田の手に握られているのは紛れもなく、今日、御堂が突き返した報告書の束だ。

 もしや、それが原因で怪人になったのだろうか。御堂の心に一抹の後悔が過(よぎ)った。もしかしたら、わざわざ魔法少女にならなくても、もっと穏便な解決法があったかもしれない。

 御堂はひとつ咳ばらいをすると、努めて穏やかな声を出した。

 

「……藤田、それはもうやらなくていいぞ。ご苦労だったな」

 

 だが、藤田は憎悪に満ちた眼差しで御堂を睨みつけた。

 

「ふざけるな! 俺に命令できるのは御堂部長だけだ!」

「だから、私がみど……い、いや、何でもな…ゴホッ、ゴホッ」

 

 うっかり自ら正体を明かしそうになって、慌てて、もごもごと口ごもり咳き込む真似をする。そして、気を取り直して藤田の説得を試みた。

 

「藤田。君の上司に言っておくから、その仕事を切り上げて帰りなさい」

「俺たちの邪魔をするな……」

「俺たち、だと……?」

 

 御堂はそこでようやく、オフィス内の異様な空気に気が付いた。そういえば、残業していたのは藤田だけではなかった。ほかの社員はどうなったのか。

 周囲を見渡すと、デスクのあちこちに企画開発部の部下たちの姿があった。企画開発部のメンバーで残業していたのは男性社員ばかりだったはずだ。その部下たちが一人、そしてまた一人、ゆっくりとデスクから立ち上がり、御堂へと顔を向けた。その顔に息を呑んだ。どの部下たちも顔には見慣れぬ眼鏡がかかっている。そして、レンズ越しに真っ赤に染まった眼差しを向けてきている。

 

「まさか、他にもいたのか!?」

「モブ型怪人は数で勝負する怪人ですから、一体見たら三十体はいるでやんす」

「なんだそのGみたいな怪人は……! だが、所詮は雑魚怪人だろう。とっとと始末してやる」

 

 御堂は魔法スティックを構えた。しかし、藤田は口元をゆがめると、右手の人差し指を天井へと掲げる。そして、叫んだ。

 

「開け<異界の門>! 来たれ<クラブR>!」

「何!?」

 

 しまった、と思った時には遅かった。藤田の指先から魔法陣が解き放たれる。血のように赤く染まった魔法陣がデスクから床、そして天井まで這うように広がっている。あっという間に魔法陣に取り囲まれた。執務室へ退避しようとした寸前、足元が崩壊した。

 

「ぐぁ……っ」

「クラブRが召喚されるでやんす!」

 

 鬼畜妖精の声が遠く響いた。

 

 

 

「ぐ……」

 

 呻くようにして御堂は目を覚ました。身体を動かそうとして、不自由な体勢で拘束されていることに気づく。そしてあたりを見渡して絶句した。

 御堂が連れてこられたのは、部屋ではなかった。高層ビルが立ち並ぶビジネス街。夜だがビルや街の灯りで周囲は煌々と照らされている。その大通りのスクランブル交差点の真ん中に御堂はいた。しかも、高さのある台の上に、首と両手を頑丈な木の枠で固定されていた。まるでギロチンにかけられるような姿で落ち着かない。その時、頭の中で声が響いた。

 

『旦那、大丈夫でやんすか?』

「大丈夫なものか! ここはどこだ? オフィス街の路上のようだが……」

『クラブRの異空間の中でやんす。クラブRはどんな形にでもなるでやんす』

「それで、貴様はどこにいるんだ?」

『クラブRから弾き飛ばされて、今、そっちに向かってるでやんす~。旦那、あっしがたどり着くまで時間稼ぎしてて!』

「この……無能がっ! 役立たず!」

 

 思いつく限りの罵詈雑言で罵るも、鬼畜妖精の反応はもはやなかった。

 

「くそっ、離せっ!」

 

 拘束された身体をどうにか自由にしようともがいたが、木枠はびくともしない。

 その時、御堂の視界にスーツ姿の男が現れた。藤田だ。赤く染まった眸で御堂を睨みつける。異様な気配に御堂はごくりと唾を呑み込んだ。

 

「藤田……」

「俺たちの邪魔する奴には罰を与える!」

 

 藤田が宣言した。すると台の周囲から無数の賛同の声が上がる。はっと見渡せば、御堂が拘束された台を多くの男たちが取り囲んでいた。御堂の部下だけでなく、見知らぬ男たちも混ざっているが、皆、同じ眼鏡を着用し、赤い眸をぎらつかせていた。

 藤田が御堂の背後に回った。そして、御堂の腰に手を触れる。

 

「よせっ、やめろっ!」

 

 拒絶の声を上げたが、藤田にフリルのついたスカートをめくられ、白いショーツをずり降ろされる。恥ずかしいところをさらされる羞恥に身体を隠そうとするが、両手は首と共に頑丈な木枠に嵌められ、まったく動かすことができない。

 突き出す体勢にされた腰を掴まれ、双丘をぐいと左右に開かれる。つつましやかな窄まりが外気に触れた。不意に熱く濡れた感触を感じ、御堂は悲鳴を上げた。

 

「ひっ、よせ……っ。……ぁあああ」

 

 双丘の狭間に鼻息がかかり、アヌスにぬるりと舌が這う。よりによって藤田に恥ずかしいところを舐められているのだ。

 皺のひとつひとつを伸ばすように執拗に舐められ、たっぷりと唾液をまぶされる。排泄器官を舐められて嫌悪感しか沸かないはずなのに、エネマキュアの身体は妖しい感覚を生み出していく。

 

「んぁ、あ……っ、ああ」

 

 御堂の声に艶めいた響きが混じり始める。藤田の舌でほぐされたアヌスが物欲しげにひくついた。下腹の奥ではもっと強い刺激を待ち望むかのように、甘苦しい疼きが沸き立ってきていた。

 

「もう、十分そうだな」

 

 背後で藤田がズボンの前を寛げる気配がする。これから何をされるのか分かっているからこそ、御堂はせめてもの抵抗に声を上げた。

 

「やめろ……、藤田……っ!」

「うるさいっ! 俺に命令できるのは御堂部長だけだ!」

「だから私がみ……、いや、何でもない」

 

 この魔法少女が御堂であるとばれるくらいなら、死んだほうがましだ。御堂は口をつぐんだ。藤田もまさか自分が犯そうとしている相手が御堂だと夢にも思っていないのだろう。

 普段の藤田の姿からは想像ができないほどの乱暴さで、ずぶり、と猛り狂うペニスが突き入れられた。

 

「ぁああ、ああああっ!」

 

 侵入してくる藤田のペニスは太く、アヌスが裂けるかと思うほど大きく丸く拡げられる。御堂は大きな悲鳴を上げた。

 

「男の尻なのに、すごい……。中が熱くて、俺のに絡みついてくる……っ」

 

 感じ入ったような息を吐いて、藤田は御堂の尻肉をきつく掴んで腰を動かし始めた。

 

「んっ! く……っ! 藤田……動くなっ」

「うるさいっ、仕事が忙しくてデートのひとつも出来てないんだ! エネマキュアだか何だか知らないが、代わりに俺の相手をしろっ」

「くあ、あ……藤田、お前……っ、デートするような相手がいたのか……?」

「う……うるさいっ!」

「んあ、あ……っ、よせっ、あ、あああ」

 

 ペニスが抜けるギリギリまで引かれ、そして、一息に突き入れられる。

 長く太いペニスが御堂の中を行き来するたびに、しびれるようなもどかしい快感が結合部から生み出された。

 台の周りでは御堂の部下やほかの男たちが熱っぽい視線を向けながらどよめいている。

 こんな衆前に晒された状態で部下にアヌスを犯されている。屈辱しかないはずなのに、ねじくれた快楽が御堂の頭の中を煮え立たせる。

 

「あ、んあ……っ、はああっ」

 

 腰が叩きつけられるたびに悦楽の炎が御堂を炙る。魔法少女になった御堂の身体はこんなひどい凌辱を受けても、それを快楽に転換し御堂の欲情を煽り立てた。

 

「随分と気持ちよさそうな声を出すじゃないか」

「こんな風に犯されるのが趣味なのか」

 

 御堂の周囲の男たちがみっともなく喘ぐ御堂を見てはやし立てる。

 

「ふ……、そんなこと…あるわけが……んああああっ」

「嘘つくな。あんたのあそこ、俺のをずっぽりと咥え込んで、美味しそうに締め付けてきてるじゃないか」

「やめろ、藤田……、違っ、あ、」

「しかもこんなに気持ちよさそうな声を上げて、ここをこんなに勃起させて。まるで肉便器だな」

「ひっ、ああああっ」

 

 藤田の手が御堂のペニスを握り込んだ。そこはすでにはち切れんばかりに屹立し、先端からはしとどに蜜を溢れさせ、滴らせていた。

 自分のあさましい反応を指摘されて羞恥に震えるが、それさえもねじくれた快感になって、下腹がきゅうと蠢く。

 藤田が呻いた。

 

「う……っ、出そうだ……っ」

「ふじ…た、中はやめてくれ……っ」

「男のくせに、文句言うなっ」

「ふ……、んあっ、あ、ああああっ」

 

 絶頂が近づき、抽送が小刻みに、速くなる。同時に藤田は御堂のペニスを扱きだした。体内の疼きが加速したように膨らんでいく。

 それが迫りくる絶頂の気配だと気づいた時には遅かった。どくん、と身体の深いところで藤田のペニスが跳ねる。びゅくびゅくと体内に放精される熱を感じた瞬間に御堂も身を震わせ、達していた。藤田の手の中に精液を吐き出す。

 

「ぅ……」

「すごいな、犯されてイったのか」

「とんだ淫乱魔法少女だな」

「まさしく肉便器エネマキュアだ」

 

 周りの男たちは好き好きに御堂を貶める言葉を口にする。屈辱と絶頂の余韻に打ち震えていると、背後に藤田とは違う別の気配が立った。

 

「じゃあ、次は俺だ」

 

 周りで鑑賞していた男の一人が台の上に上がってきたのだ。藤田を押しのけるようにして、余裕なく自らのペニスを御堂のほころんだアヌスに押し付けると、ぐっと大きく腰を突き入れた。

 

「っ、ああああっ」

 

 絶頂から抜け切れていない身体に新たなペニスが穿たれる。たまらずに拒絶の声を上げるが、御堂の体内は歓喜にわななくかのように男のペニスに絡みついた。

 

「すげえ、トロトロだ……」

「や……、抜けっ、あ、あああ」

 

 先ほどよりは細いペニスだが、藤田のものよりも長く、未踏の粘膜を亀頭でこじ拓かれる。藤田が放った粘液で濡れそぼる粘膜をぐちゅぐちゅとかき回しながら、大きな律動で御堂の中を擦り上げた。

 

「やめ……、ふぁっ、あ…、んああっ、あぁ、はああっ」

 

 突き入れられるたびに声が漏れてしまう。中を濡らす精液がぐちゅぐちゅとかき回され、淫靡な音を響き渡らせた。周囲の男たちはもはや欲情を隠そうともせずに、ぎらついた視線で御堂と御堂を犯す男を見つめている。その中の一人が熱に浮かされたようにふらりと台の上に上がってきた。

 

「尻が塞がっているんだから、俺はこっちを使わせろ」

「な……っ」

 

 男はもう我慢が出来ないと言わんばかりに、ガチャガチャとベルトを外し、ズボンの中から滾りきったペニスをだした。鋭角に反り返り、赤黒く腫れた先端からは先走りがてらてらと光っている。

 

「何を……っ、くあっ」

 

 男は御堂の鼻を摘まむと、強引に口の中にペニスを捩じり込んできた。

 

「んんんっ!」

「すごい、気持ちいい……っ」

 

 男は熱のこもった声で呟きながら、御堂の喉奥へと怒張を突き立てる。息苦しさに涙がこぼれた。だが、男は御堂を一顧だにせず、御堂の頭を掴みながら遮二無二自らの欲望を辿っていく。前と後ろを貫かれる苦痛が御堂を苛むが、それなのに、犯される気持ちよさが奔流となって御堂の中で渦巻いた。

 

「んんっ、んむんんぅ!」

 

 男たちの動きが速く、小刻みとなった。そしてぐんと深く突き立てられる。下腹の奥と喉奥に向けて、大量の精液を放たれた。男たちは腰を震わせて、最後の一滴まで御堂の中に注ぎ込んでいった。

 出し切った男たちが腰を引き、ようやく解放されたと思ったのもつかの間、三人目の男が御堂のアヌスに亀頭をねじ込んでくる。「ああっ」と悲鳴をあげたが、その声さえすぐに艶めいた喘ぎにとってかわった。その喘ぐ口も、すぐに別の男の剛直を突き入れられる。

 

「はぁ、んむ……ぅうふんんぅ」

 

 前も後ろも深く嵌めこまれて、苦しさに身体をくねらせるが、拘束されて不自由にのたうつ身体を男たちはたっぷりと楽しむように腰を遣い続けた。

 

「男の魔法少女、たまらないな……」

「ほら、もっと中を締めろよ。緩んできてるぞ!」

 

 男は御堂を穿ちながら御堂の尻を手で叩いた。衝撃にきゅうっと中が締まり、男のモノを締め付ける。

 

「ふ……ぁ、んふぅ……ぁああっ!」

「すごっ、めちゃめちゃ締まるぜ」

「んあっ、は、んんんふぁっ!」

 

 御堂の尻を犯す男は尻肉を打ち据えながら腰を深く挿し込んでくる。御堂も口を犯す男も煽られたように激しく腰を遣い始めた。

 こんな大都会の真ん中で尻を叩かれながら犯されている。ぐちゅぐちゅと濡れた音と尻を叩く音、そして御堂の喘ぎが混ざり合って響き渡る。

 浴びせられる嘲弄、スパンキングされる痛み、そして多くの人間の前で犯される羞恥が暴力的な快楽となって御堂を翻弄した。

 

「ふ……ぁ、っんん」

 

 満足したペニスが引き抜かれると、間髪入れずに別のペニスがアヌスと口に突き入れられる。

 

「中、もうぐちょぐちょだぞ」

「精液便器だな」

「違いない。ほら、ちゃんと搾り取れ」

「ひぃっ、はっ、あ、あああっ」

 

 ふたたび尻を打ち据えられる。そのたびに肉襞が収斂し男のペニスの形を浮き上がらせる。そしてきつく閉ざそうとする内腔にペニスの形を刻み付けるかのように、男は時間をかけて情け容赦なく中を抉った。

 

「はう、う……、ああ……」

「ちゃんと口も使えよ」

 

 髪の毛を引っ張られて、御堂は口を犯す男の太い性器に舌を絡めた。途端に男は甘い呻き声を上げながら御堂の喉奥を犯そうと深く突っ込んでくる。

 脈動する熱い肉塊。御堂の口内やアヌスを犯すそれは一本一本、太さも長さも形も違って、多くの男たちに犯されていることを思い知らされる。

 動きだってそうだ。荒々しく腰を打ち付ける者もいれば、中を探るようにじっくりと腰を遣う者もいる。

 それでも、そのどれもが御堂の官能を刺激する。みんな違って、みんな気持ちいい。口の中を汚す青臭い精液でさえ、甘露のような味わいに感じてしまう。

 

「ぁ、あ……っ、んはっ、ぁ、ああ……」

 

 気付けば発情したかのように頬を上気させ、自らも積極的に舌を絡めて吸い上げ、腰を悩ましげにくねらせる。

 そんな御堂の痴態に男たちもいっそう興奮して御堂に群がった。競うように御堂を犯し、口の中や腹の奥に精液を注ぎ込む。

 

「ん……く……、ふぁ」

 

 ようやく全員の相手が終わったのだろうか。最後のペニスが御堂の中から引き抜かれる感覚に御堂は小さく呻いた。

 腹の中は大量の精液が溢れかえり、アヌスをしっかり締めていないと爆発してしまいそうだ。精液を含まされた腸がごろごろと鳴って、腹が苦しい。だが、御堂はどうにか排泄欲求を堪えていた。

 あまりの苦しさにすがるように周りを見渡した。先ほどまで御堂を犯していた男たちは、にやついた笑みで御堂を見守っている。

 

「うぅ……」

 

 このままでは漏れてしまう。あまりにも多くの男たちの精液を受け止めたアヌスは充血し、溢れた精液は内腿を伝う。だが、それ以上に大量の精液が御堂の腹の中にたまっていた。精液浣腸された腹がごろごろと不穏に鳴りだす。

 排泄欲求は我慢の限界をとっくに超えている。額からは脂汗が浮き出た。苦しいのに気持ちがいい。そして、今堪えているものが決壊したらもっと気持ちいいだろう。

 

「出してしまえよ、エネマキュア」

「ひっ、あああっ」

 

 男の一人が御堂の尻を叩いた。その振動でびゅるっと少量の液が噴き出すが、それでもギリギリのところで御堂は踏みとどまっていた。

 必死に気力を振り絞るも男たちに蹂躙されたアヌスはあさましくひくつき、綻びかけている。

 

「こっちの方をいじって欲しいのか?」

「やめ……、んあ、あ、あああっ」

 

 別の男が御堂のペニスに手を伸ばした。何度放っても硬さを失わない御堂のペニスに男の指が絡みつく。根元から扱き上げられ、亀頭をぐりぐりとこすられて刺激されると、腰が砕けそうなほどの快感が御堂を襲った。快楽と苦痛の狭間で激しく身もだえる。

 そして、ついに、限界を超えた。

 

「あっ、あああっ! 出る…っ! 見るなっ! あああああっ!!!」

 

 聞くにたえない恥ずかしい音と共に大量の精液が噴き出した。

 漏らしてしまった感覚に極限の羞恥に包まれる。それと同時に、苦しさから一気に解放されて苦痛は今までにないほどの快楽へと反転した。

 

「ぁ、あああっ、イく……っ!」

 

 喘ぎ交じりの叫びをあげて、御堂の身体は悦びにわなないた。反り返ったペニスからびゅるっと白濁が迸る。多くの男たちに見られながら、御堂は前からも後ろからも精液を漏らしている。

 

「あいつ、尻からもち〇ぽからも射精しているぞ」

「大勢の前で恥ずかしい奴だな」

 

 御堂を取り囲む男たちが口々に御堂をあざける。

 衆人環視の中、あまりにも恥ずかしい醜態をさらしている。普段の御堂なら屈辱に舌を噛み切ってもおかしくないが、想像を絶するような苛烈な絶頂に思考は焼け爛れ、どこか他人事のように快楽の余韻を味わっていた。

 じんわりと意識が戻ってくると同時に、四肢の隅々まで神経が行きわたり、別種の力が漲ってくるのを感じた。これが魔力だと気づくまで時間がかからなかった。その時、頭の中で声が響いた。

 

『旦那、必殺技を使うでやんす!』

 

 御堂は声に弾かれたように頭を上げた。何をどうするか、言われなくても分かっている。そして、あらん限りの声で叫んだ。淀んだ闇が、切り裂かれる。

 

 

 

 大都会の中心、高層ビルに囲まれた交差点の真ん中で、エネマキュアが怪人と化した男たちに無惨に犯されている。それをスーツ姿の男が一人、離れたところで眺めていた。佐伯だ。

 拘束され、何の抵抗も出来ずに犯されるエネマキュア。佐伯はその姿を見物しながら、タバコに火を点けた。タバコを咥え、ふ、と息を吐きだせば、煙が夜空を白く濁らせた。

 視線の先にはギロチンのような拘束台に拘束され、口と尻を凌辱されるエネマキュアがいる。淫猥な水音、そして、肉が肉を打つ音が佐伯のところまで響き渡った。

 

「無様な姿だな、エネマキュア」

 

 あれが、あの強大な魔力の片りんを見せた魔法少女エネマキュア本人なのだろうか。

 佐伯が見る限り、みっともなく喘ぎ、次から次に怪人たちのペニスを咥え込むエネマキュアのどこにもそんな魔力は認められなかった。とても怪人を倒せる力を持っているとは思えない。

 

「俺の見込み違いだったのか……?」

 

 そう呟いて佐伯はタバコをその場に捨てた。それを靴で踏みつぶして火を消す。

 エネマキュアの戦いぶりを直接見てみようとここまで出向いたが、無駄足だったようだ。もうすでに、エネマキュアに対する興味は失せている。あの悪趣味な饗宴に加わる気もない。あとは怪人たちが始末をつけてくれるだろう。

 踵を返して帰ろうとしたその時だった。

 

「エネマフラッシュ!!」

 

 凛とした声が閉ざされた異空間を切り裂いた。思わず振り向くと一閃の光がエネマキュアの前に現れるところだった。

 エネマキュアの声に魔法スティックが呼応したのだ。光り輝く魔法スティックがクラブRの異空間を突き抜け、召喚される。

 怪人にされた男たちが、突如現れた光に怪訝な顔を向けた。

 

「なんだ? ――うぁああああっ」

 

 凝縮された光が爆発する。エネマキュアの身体を拘束していた枷が粉砕され、弾かれた御堂の身体が光のクッションに受け止められる。そして同時に、怪人とされた男たちを包み込み、圧倒的な光がすべてを浄化していく。それだけではなかった、光の波はとどまることを知らずにクラブRの異空間に満ちて内側からクラブRを圧迫する。ピシリ、と隔絶された空間に亀裂が入った。クラブRが破壊される。

 

「しまった……っ!」

 

 何もかも無差別に呑み込む光の洪水は佐伯にも迫りきた。とっさに防御壁を張ろうとしたがもう間に合わない。ぎり、と歯を噛みしめたときだった。佐伯の前に黒い影が現れた。光に襲われる寸前、闇よりも黒い球体が佐伯を包み込む。激しい衝撃が空間を重たく震わせたが、辛うじて光から免れる。

 ようやく光の波が消え去ったとき、佐伯は夜の公園に立っていた。MGN社近くの公園だ。あたりは静まり返り、最初から何事も起きなかったかのように平穏な気配に満ちていた。

 

「Mr.R……」

 

 眼鏡を押し上げて、佐伯は目の前で背を向ける男に顔を向けた。先ほど、佐伯を間一髪のところで助けた人物だ。黒い帽子からこぼれた長い金髪を揺らめかせ、Mr.Rが振り向いた。

 

「我が王、危ないところでした」

「ああ」

 

 素直にピンチを認める。Mr.Rが結界を張らなければ、佐伯はエネマキュアが放った無差別攻撃によって重大なダメージを負っていただろう。

 Mr.Rは静かに口を開いた。

 

「魔法少女エネマキュア……見くびらない方がよろしいかと」

「怪人にいいように弄ばれていたように思えたが」

「あの魔法少女は戦えば戦うほど強くなります」

「どうやらそのようだな」

 

 空を見上げれば大きく白い月が煌々と冷たく輝いていた。そういえば、先のクラブRの異空間では月を見なかった。そんなことを思い出しながら、佐伯は、ふ、と小さく息を吐いた。

 

「次で片を付ける」

 

 佐伯の言葉に、Mr.Rは無言のまま深々と頭を下げた。

 

 

 

「ああ、よく書けているんじゃないか」

「ありがとうございます!」

 

 MGN社の執務室。御堂の言葉に藤田は緊張を解いて一転、満面の笑みを浮かべた。そんな藤田を前に、御堂はさりげなく付け足した。

 

「あと、別件の企画だが、あれは君の担当から外すことにした」

「え……。それは、どうしてでしょうか」

 

 さきほどまで喜色満面だった藤田の顔が途端に不安の色に染まる。御堂は安心させるように表情を緩めた。

 

「勘違いするな。君が力不足だとかそういう問題ではない。我が部署の仕事の総量が多すぎるから、調整したまでだ。仕事量をこなそうとして質が落ちては困るからな」

「ですが、俺が頑張れば……」

「藤田、がむしゃらに頑張ることは良いことだが、それで身体を壊しては元も子もない。君に期待しているからこそだ」

「あ……ありがとうございます! 誠心誠意頑張ります!」

 

 御堂の激励の言葉に藤田は奮起したように、表情を引き締めた。

 

「ところで……」

 

 御堂は一つ咳払いをして話題を変えた。

 

「藤田、最近、眼鏡を入手しなかったか?」

「眼鏡ですか?」

 

 突然振られた話に、藤田は目を大きく瞬かせた。

 

「ああ、眼鏡だ。誰かからもらったとか、送りつけられてきたとか、そんなことはなかったか?」

「いえ……、眼鏡なんて持っていないです。視力はずっと両目とも1.5ですし」

「それならいい。悪かったな。……戻っていいぞ」

「あ、はい。失礼します」

 

 藤田は首をひねりながらも御堂に一礼して、執務室を出ていった。ドアが閉まると同時に鬼畜妖精が姿を現す。

 

「エネマフラッシュでキチク眼鏡に関する記憶は全部失われちゃいますから、聞いても無駄でやんすよ」

「そうか……」

 

 御堂は椅子の背もたれに深くもたれかかりながら考え込んだ。

 昨夜、エネマフラッシュによってクラブRから逃れた御堂は気づけばこの企画開発部のフロアに戻ってきていた。そしてデスクに突っ伏す藤田、その顔にかけられていたキチク眼鏡は御堂の目の前で粉々に砕け散った。

 ついに、MGN社の社員から怪人が出てしまったのだ。何かしら対策をせねばと思うが、怪人を生み出すキチク眼鏡がどのようにして広がっているのか見当がつかない。まるでたちの悪い疫病のようだ。どうすべきかと思惟を巡らせる御堂に鬼畜妖精が言った。

 

「でも、御堂の旦那も優しいでやんすね」

「何がだ?」

「藤田君の仕事を減らしてあげたでやんす」

「ああ……。今のトレンドは働き方改革だからな。私の部下が倒れても困る。チームメンバーの管理はリーダーとして当然の役割だ」

「……だけど、それで仕事を全部こなせるでやんすか?」

 

 鬼畜妖精が首をかしげる。御堂は、ふっ、と唇の片端を吊り上げた。

 

「まあ、見ていろ」

 

 そう言ったと同時に、執務室の扉がノックされる。御堂は扉に向かって声をかけた。

 

「ああ、入れ」

「失礼します」

 

 扉が開く寸前に、鬼畜妖精は姿をかき消した。その直後に一人のスーツ姿の青年が入ってくる。ダークグレイのスーツにえんじ色のネクタイ。髪色は明るく、銀のフレームの眼鏡が怜悧な顔立ちを際立たせている。御堂はちらりと時計に目を遣った。

 

「時間通りだな、佐伯」

 

 明るい髪色の男は佐伯克哉、キクチ八課の営業を行っている社員だ。佐伯は御堂に軽く頭を下げると、御堂のデスクの前へと立った。

 

「御堂部長。それで、何のご用件でしょうか」

 

 親会社の上司である御堂に対して、前置きや挨拶をすべて省いて即座に本題に切り込んでくる。その態度はともすれば不遜に見えるが、御堂も不敵に笑って返す。

 

「君は昨日のミーティングで営業の現場は営業に任せておけと言ったな」

「ええ」

「確かに君が言うことは一理ある。だから、君に新製品の広報企画をプランニングしてもらおうかと思ってな」

「俺に、ですか?」

 

 佐伯のレンズの奥の眸がわずかに見開かれた。

 

「ああ。わが社が満を持して発売する商品だ。失敗はできない。だからこそ、君ら営業の視点を取り入れた広報企画を考えている。これが、新製品の概要だ」

 

 御堂は椅子の背から上半身を起こすと、デスクの上に置いていた資料を手にし、佐伯に向かって差し出した。それを受取ろうと佐伯が一歩近寄り手を伸ばす。御堂はその手を寸でのところで避けるようにして、資料を落とした。ぱさり、と乾いた音を立てて、資料が床へと落ちた。

 

「ああ、悪いな。手が滑った」

 

 白々しい口調で言う。掴み損ねた佐伯がちらりと御堂を見たが、表情を変えずに膝をつき、床に落ちた資料を拾った。

 御堂は椅子の背もたれに背中を戻しながら、佐伯を見下ろしつつ言った。

 

「概要はそこにすべて書いてある。営業の現場の視点からみた広報企画だ。我々では思いつかないような、さぞ良いものができるのだろうな」

「ご期待に沿えるよう、尽力いたします」

 

 佐伯はゆっくりと立ち上がりズボンの埃を払うと、表情を変えずに言った。

 

「ふん、頑張りたまえ。キクチ八課の名を上げるも貶めるも君次第だ」

「……ご用件は以上でしょうか」

「ああ、帰っていいぞ」

「失礼いたします」

 

 佐伯は、御堂に一礼をした。そして、背を向ける。

 御堂は執務室から出る佐伯の姿を黒目だけで見送りながら、小さく忍び笑いを漏らした。

 

「これが働き方改革だ」

 

 その言葉は鬼畜妖精に向けられたものだ。鬼畜妖精がデスクの上に姿を現し、返事をする。

 

「どういうことでやんすか?」

「キクチはMGNの子会社でもあるが、法律上はMGNとは全くの別会社だ。ということは、私はあいつとは無関係と言える」

「つまり……?」

「面倒な仕事は、彼らに押し付ければいい。そのための下請けだ。キクチがどうなろうと知ったことではない。彼らの労働時間がどうなろうと、私に管理責任はないからな。それにこれで佐伯がまともな企画を持ってくればそれでよし。ダメな企画だったら、あいつを思う存分こき下ろすができる」

「……随分と根に持っているでやんすね」

 

 どうみても、先の会議で佐伯にやり込められたことに対する御堂の意趣返しだろう。御堂は鬼畜妖精の指摘を否定することなく、にやりと笑う。

 

「当たり前だ。倍返しだ」

「あ、それどこかで聞いたことあるでやんす」

 

 御堂は可笑しくて仕方がないといったように、肩を震わせて笑った。

 

「ははは…っ。まあ、もともとあんなお荷物部署の人間になど何の期待もしていないがな。私がその分、仕事を片付ければいいだけの話だ。だが、営業畑の人間がどれほどの企画を持ってくるか楽しみだ。せいぜい足掻いてみせろ」

「……」

 

 そう、今の御堂は常人離れした能力を獲得している。魔法少女になって得た魔力は御堂に類まれな力を与えた。恐ろしいスピードで仕事を処理し、なおかつ、斬新な商品アイデアを次から次に形にしている。

 鬼畜妖精からしたらもっと有効な能力の使い道がありそうな気もするが、御堂の頭の中には仕事と出世しかないようだ。いや、他にもあった。気に食わない相手に対する嫌がらせだ。大いに呆れて言った。

 

「御堂の旦那、どうみても悪役……」

「何か、言ったか?」

「いいや、何でもないやんす! さすが、御堂の旦那でやんす!」

 鬼畜妖精は首をぶんぶん振って追従のごますりをしながらも、御堂に無理難題を押し付けられた佐伯に深く同情するのであった。

 

 

END

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