
The Other Side of Midnight
御堂の苦しげな唸る声で克哉は目を覚ました。
隣で寝ている御堂を起こさぬように身体を起こして伺う。
眼は閉じられたまま眉間にしわを寄せ、整った顔立ちが歪んでいる。
手はきつく握りしめられたま細かく震えていた。
断続的な呻き声が御堂の口から漏れる。
悪い夢を見ているのだろう。そして、その夢の内容は安易に想像できた。
御堂と恋人関係になってから、真夜中に同じような状況と何度か遭遇した。
ほとんどの場合はしばらく唸って呻いた後、静かになる。翌朝は何も覚えていない。
最初は驚いて御堂を起こしたが、その時の御堂が克哉に向けた表情は忘れられない。
恐怖に目を見開き、克哉が触れていたその手を振り払われた。
次の瞬間には我に返って謝られたが、御堂はそのまま一睡もできずに朝を迎えていた。
その夢の内容を御堂は克哉に語らない。
克哉は胸の奥が抉られるように痛んだ。あの頃の夢を御堂は見ているのだ。
克哉に虐げられ、蹂躙された日々が蘇っているのだろう。
起こしてしまうと夢の内容が記憶に残る。だからといって、このまま苦しみ続ける御堂を見ているのは辛かった。
御堂を起こさぬよう、そっと抱きしめて、耳元で静かに囁く。
「すまなかった。…解放するよ。…あんたが好きだったんだ」
御堂を解放した日を再現する。色々試してみたが、これが一番効果があるように思われた。
次第に、握りしめた手が緩み、苦しげな表情と声が落ち着く。すぐに落ち着いて静まることもあれば、中々治まらないこともある。御堂が落ち着くまで、30分でも1時間でも付き合う。
自分自身が犯した愚行が、今でも御堂の中に消えない傷として残っている。
それを目の当たりにするのは苦しかった。
御堂の普段の言動を見る限り、当時の記憶は完全に制御下にあり意識の表面には一切浮上していないように思われた。しかし御堂が寝ている間は時折その堅固な牢を抜け出して、見る夢を支配しているのだ。
克哉と御堂は、日中は恋人として、仕事上のパートナーとして振る舞い、その関係はいたって順調に思えた。
再会してから御堂は、克哉が行った行為を蒸し返して責めたことはない。その時期の話が会話の中に出ることがあっても、その話題は上手く避けられていた。
そこには克哉に対する気遣いもあっただろうし、自分自身にとっても思い返したくない忌まわしい記憶なのだろう。
克哉もあえてその領域に足を踏み込むことはしない。そこに足を踏み入れることは自分自身にとっても諸刃の剣だった。
目を逸らしているだけと言われればその通りだと思う。時間の流れがその出来事を忘却の彼方に押し流してくれることをじっと待っていた。
しかし、自分が傍にいることで、この傷痕が治ることなく血を流し続けているのかもしれない。
かつて酷く痛めつけて、今もその傷痕を抉り続けている。
それでも、この人を手放すことなど考えられなかった。
自分の業の深さに心が底冷えし、凍り付くように身体が震える。
少しでも御堂の傷を癒すことが出来るのなら。せめてもの自分の贖罪として、御堂の苦しみに寄り添う。
すっかり落ち着いた御堂が、規則正しく静かな寝息を立てる。
穏やかな寝顔を確認して、御堂から身体を離して隣に仰向けになった。
克哉が傍にいるときは、いくらでも御堂に寄り添うことが出来る。
だが、御堂が一人で過ごしているときは、たった独りでこの苦しみに耐えているのだろうか。
それを想像すると心が引き絞られた。
御堂の方に顔を向けた。
その眠りを邪魔しないように聞こえるかどうかの声でそっと呟く。
「なあ、御堂。一緒に暮らさないか」
――俺がいつでもあなたの傍にいて、その苦しみを共に耐えることが出来るから。
一緒に暮らせば、それだけ御堂の傷を抉ることになるのかもしれない。だが、自分の知らないところで御堂が傷から血を流すのは見過ごせなかった。御堂が感じる喜びも苦しみも全て自身の手中に収めたかった。
自身の強欲さに克哉は気付いていたが、その想いは抑えられなかった。
静かな寝息だけが響く。
克哉は隣で眠る恋人の顔を、罪の苦さと愛しい甘さを共に感じながら時を忘れて見つめ続けた。