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​真夜中の雨

 大粒の雨が顔から身体まで吹き付けた。昼間は小ぶりだった雨が、陽が落ちてから急に激しさを増した。天気予報では今夜は一晩中激しい雨が降るという。

 マンションの高層階のベランダで、御堂の全身をびしょ濡れにしていた。六月の雨は冷たくはない。むしろ、夏を先取りしたような蒸し暑い日々が、この雨で少しでも緩和されればと、皆期待しているだろう。

 整えていた前髪は乱れ、雫がひっきりなしに滴り落ちて顔を濡らした。ガチャガチャと金属がこすれ合う耳障りな音が手元から響く。

 御堂はベランダの手すりに両手を手錠で繋がれていた。それも、ワイシャツ一枚羽織らされただけの姿で。

 ずぶ濡れになったシャツがべったりと身体に張り付き、身じろぎするたびに肌に擦れて不快な感触をもたらした。裸足で踏みしめるベランダのタイルは濡れて、足を滑らせそうになる。

 あの男は、いつまで自分をこうしておくつもりなのか、怒りと屈辱に忍耐力が焼き切れそうになったときだった。

 

「お待たせしました、御堂さん」

 

 リビングからベランダに通じる窓がガラガラと音を立てて開き、佐伯克哉が出てきた。手には赤ワインと二客のワイングラスを持っている。御堂は肩越しに振り向いて、憎悪を込めた視線で睨み付けた。だが、克哉は表情一つ変えずに肩を竦めた。

 

「雨がひどいな」

 

 克哉は、激しく降りつける雨と、全身ずぶ濡れになった御堂を目にしながらも、他人事のようにそう口にする。御堂の頭は一瞬で沸騰した。

 

「いい加減にしろ! これを外さないか!!」

 

 克哉を低い声で怒鳴りつけ、手錠をこれ見よがしに鳴らした。この日、御堂は職場から部屋に戻るなり、待ち伏せされていた克哉に捕まったのだ。そして服を脱がされ、屈辱的な格好でベランダに繋がれている。

 

「雨を眺めながらワインを嗜むのも、風情があっていいじゃないですか」

「ふざけたことを言うな……!」

 

 思いつく限りの罵詈雑言をぶつけるが、克哉はどこ吹く風だ。ベランダのガーデンテーブルの上にグラスを置くと、御堂の横でワインの栓をコルク抜きで開栓する。そして、二つのグラスにワインを注いだ。克哉が手にする赤ワイン、そのラベルを見てさらに怒りが燃えた。御堂が大切にしていたヴィンテージもののワインだ。

 

「乾杯、といきたいところですが、その手じゃグラスを掴めませんね」

 

 世間話でもするような軽やかさで克哉は、ベランダの柵に繋がれた御堂の両手を見遣る。

 

「貴様……っ!」

 

 ぎりぎりと奥歯を噛みしめながら、力任せに手錠を引っ張った。だが、手錠も柵もびくともしない。

 

「まあまあ、俺が飲ませてあげますよ」

 

 御堂をいなす口調で克哉は言った雨は風に乗ってベランダの中まで吹き込んでくる。克哉は濡れるのも構わず、ワインを注いだグラスを手に取ると御堂の口元に寄せた。

 この男はどこまで人を愚弄する気なのだろうか。御堂はグラスに向かって唾を吐くと顔を背けた。御堂の露骨な拒絶に、克哉は「はあ」と落胆のため息を吐く。

 

「飲まないのなら、捨てるか」

「な……っ」

 

 克哉はグラスを持った手を柵の外へと出すと、御堂の目の前でグラスを逆さにした。中のワインがたちまち雨粒とともに眼下へと消えていった。その様を呆然と眺めた。

 克哉は空になったグラスをテーブルの上に置くと、もう一つのグラスを手に取り、中のワインを一口、口に含んだ。

 

「悪くない味だが……残念だな」

 

 そう言って、自分のグラスもテーブルに置くと、ゆっくりと御堂に向き直った。その口元に酷薄な笑みが浮かんでいるのを見て、御堂は身を固くした。

 

「私に近づくな!」

 

 何を叫ぼうとも、抵抗はこの凌辱者を悦ばせるだけだ。そうは分かっていても、嫌悪と恐怖から声を上げてしまう。克哉の手が御堂へと伸びた。

 

「ひ……っ!」

 

 シャツの上から胸をまさぐられる。濡れたシャツは硬く凝った乳首を浮き上がらせ、その色さえ透けさせた。克哉の指先が御堂の胸の突起を探り当て、強く摘む。

 

「くあっ」

 

 淫猥な手から逃げようと前かがみになったところで、背後から克哉が覆い被さってきた。首筋に克哉の濡れた髪が触れる。

 克哉が御堂の耳朶に舌を這わせた。

 ぬちゃりと雨粒の音を打ち消すほどの音を立てて、尖らせた舌が耳孔をくすぐる。

 

「――っ」

 

 耳の中を蹂躙される感覚に、克哉を振り払おうと御堂は背を弓なりに反らせた。すると、せり出した胸、つんと立ち上がった乳首を強くつねられる。御堂は小さく悲鳴を上げた。克哉が触れたところに痛みが走り、そして疼きを宿される。痺れるような疼きは熱を伴って、下半身に流れ込んでいった。克哉が御堂の身体を愛撫しながら、手を下に降ろしていく。そうして、クスリと笑った。

 いつの間にかシャツの裾を押し上げるように性器が固く屹立している。そこに指が何本も絡みついた。根元から先端まで雨水のぬめりを借りながら扱きあげられる。括れから亀頭の張り出しを指の輪が弾き、小孔を指の腹で強く擦られた。

 腹まで反り返ったペニスの先端から、雨水とは違うとろみのある雫が溢れ出している。巧みな手淫に下肢がガクガクと痙攣した。

 耐え難い快楽がこみ上げ、そして、弾ける。

 

「や……っ、ぁ、あああっ」

 

 御堂は腰を前に突き出すようにして、派手に白濁を噴き出した。

 柵の隙間から飛び出した精液はすぐに雨粒と共に地上へと散る。

 

「あーあ、自分の精液、降らせて。下にいる人、たまったもんじゃないな」

 

 嘲笑とともに侮蔑の言葉をかけられて、屈辱に顔が赤くなる。

 

「それは貴様が……っ!」

「俺が、なんですか? こらえ性のない御堂さんがみっともなくイっちゃったのは、俺のせいですか?」

「ぐ……」

「それなら、もっと気持ちよくしてあげますよ」

「よせっ! やめろっ!!」

 

 克哉の手が御堂の双丘を掴んでぐっと開いた。途端に背中を濡らす雨水が尻の狭間に流れ落ちた。

 

「ひ、ぁ……」

 

 窮屈な穴にずくりと指がねじ込まれた。指をもう一本増やされて、二本の指で狭いアヌスを乱されて、いびつに開かれる。そこに背筋を伝う雨水が流れ込んできた。

 空から落ちてきた水が、御堂の身体の中へと流れ込んでくる。柔らかく熱い粘膜を雨水がしとどに濡らし、奥深いところへと侵入してくる。その形容しがたい感覚に身震いする。

 克哉の指がぬちゅぬちゅと淫猥な音を立てて、雨水に濡れた柔らかな肉壁をかき回した。

 

「佐伯……っ、も…やめっ」

 

 甘ったるい痺れが身体の隅々まで波紋を広げる。肌の表面は雨で冷えているのに、身体の内部から官能の炎で炙られる。

 散々、中をいじくられ、ずっ、と指を引き抜かれた。代わりに、綻んだアヌスに生々しい熱を持った肉塊が押し当てられる。ぐう、と一点に圧がかかる。

 

「ぁ、あ、あ――っ」

 

 張り出したエラが隘路を拡げながら奥へと入り込んできた。身体の中心部を克哉の形に拓かれていく苦しさを、手すりにしがみつくようにして堪える。

 克哉は茎の半ばまで咥えさせると、今度はずるずると粘膜をめくり上げながら後退していった。そうして、アヌスから抜けるギリギリまで引き抜き、ズンっと強く突き上げた。

 

「く、ぁあああ」

 

 御堂は、抑えようにもたまらずに声を上げた。内臓に響くような衝撃。逃げようとする身体を、克哉の手が御堂の腰骨をがっつりと掴んで押さえつける。

 

「御堂、助けを求めてみるか? もっと大声で叫べば隣の部屋まで届くかもしれないぞ?」

 

 耳元で克哉が笑い含みに囁く。

 御堂は血の味を感じるほど、唇を噛みしめた。こんな姿、隣人に見られるくらいなら死んだ方がマシだ。

 

「なんだ、助けを呼ばないのか? それなら続行だ」

 

 そう言って、克哉は律動を再開した。その動きが滑らかに、そして大胆になっていく。

 柔らかな粘膜を擦られ、抉られる。

 

「ぁ、あ……、んんっ、――っ」

 

 そこにあるのは苦痛だけではない。次第に別種の感覚が混ざり込んでくる。だが、この行為に自分が感じているなど絶対に認めたくはない。

 しかし、克哉は大きな律動を繰り返しながら、御堂の身体を、男を受け入れて快感を得るよう、造り替えていく。

 克哉が手を伸ばし、テーブルの上のワインボトルを手に取った。そして、御堂の背中の上で傾けた。

 

「な…っ、んあっ!?」

 

 トプトプとワインが御堂のシャツを赤く染めながら、背骨を辿り克哉との結合部をしとどに濡らした。むっとした湿気がワインの香りを濃く立くゆらせる。

 

「ワインが勿体ないからな。ここで味合わせてあげますよ」

 

 そう言って克哉は腰をゆすり上げた。カッ、と結合部が熱くなる。克哉がゆるゆると腰を動かし始めた。克哉のペニスにまとわりついたワインが粘膜へと擦り込まれていく。

 あっという間に身体が熱くなる。火照りだした首筋に克哉が噛みついた。その痛みにさえ感じてしまい、ひっきりなしにペニスの頂から白濁が溢れ、ワインや雨に混じり足の間を流されていく。

 精液の青臭さと豊潤なワインの香り、そしてどこからか漂う湿った土の匂いが混ざりあい、御堂の鼻腔を浸した。

 アルコールで思考が蕩け、艶めいた声が混ざり始める。

 

「んあ、あ、はぁ…っ、――ぁあああ」

 

 声が止まらない。我を忘れて嬌声を上げ続ける。激しい雨音がかき消してくれているとはいえ、隣人がベランダに出てきたら隣で何が起きているか気付かれるかもしれない。そんな羞恥さえ快楽へと変換された。後ろから穿たれながら、克哉の手は御堂の乳首をつねり、ペニスを扱き、御堂の快楽を容赦なく煽る。

 背後のリビングから零れる光が、雨粒を照らした。無数の雨粒は煌めきを放ちながらたちまち眼下へと消えていく。

 激しく揺さぶられ、気が狂いそうな官能に灼かれながら、御堂は一縷の光明を求めて手すりの向こう側を覗き込んだ。雨に煙る地上には底知れぬ闇の淵が大きく口を開けている。そこに、無数の雨粒が瞬く間に呑み込まれていく。天の闇から地の闇へと一直線に。

 

「ぅ、……はぁああっ」

 

 吸い込まれそうな闇に目を奪われていると、背後からぐうっと突き上げられて、身体が浮いた。上体が手すりを超え、暗闇が目の前に迫る。がちゃり、と手錠が手首に食い込んだ。

 落ちるかもしれないと身を竦ませた瞬間、肩を強い力で掴まれた。

 そのまま、ベランダへと引き戻される。背後から強く抱き込まれた。克哉にもたれかかる体勢になり、結合がこれ以上なく深まり、御堂は呻いた。密着した背中から克哉の熱い体温がじわりと染み込み、同時に御堂の中で克哉のペニスが大きく脈動した。びゅくびゅくと精液を最奥へと注ぎ込まれていく。

 強い風が吹き付け、御堂と克哉に大量の雨を叩きつけた。二人してびしょ濡れになり、さらに御堂の体内には生々しい熱を持った粘液でたっぷりと濡らされていく。その感触に身震いをすると、克哉が獲物を逃さぬ肉食獣のような強さで、御堂を抱き込む腕に力を込めた。そして、御堂の首に舌を這わし、肌の表面を濡らす雨水をぬらりと舐め上げていく。耳介を食まれ、掠れた低音を鼓膜に注ぎ込まれた。

 

「あんたは俺から逃げられない。……どこにも、逃がさない」

 

 克哉の声に、眼差しに、凍えた焔が灯る。背筋に冷たいものが走り、膝が崩れ落ちそうになった。天にも地にも属さぬ闇が背後にいた。御堂にひたりと身体を添わせて。

 底知れぬ恐怖から逃れようと、御堂は目を閉じた。たちまち四方を闇に包まれる。

 視覚を封じても、他の感覚が冴えわたる。体内の深いところに克哉の熱を感じた。そこだけではない。首や四肢に克哉という見えない鎖が絡みついているかのようだ。

 夜明けはまだ遠い。降りしきる強い雨が、御堂を暗闇の世界に閉じ込めていた。

 

 

END

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