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奈落ノ虜囚

 熟れきった果実のような甘く重ったるい芳香がどこからか漂ってくる。

「ぅ……」

 小さなうめき声を零して克哉は重い瞼を押し上げた。

 視界に飛び込んできたのは広く薄暗い空間で、陰鬱な空気が立ちこめている。

 克哉は無意識に四肢を伸ばそうとして、身体の自由が奪われていることを思い出す。床に腰を落として座った体勢であるものの、身体は一糸まとわぬ姿で、手は後ろ手に拘束され、脚も開いた状態でつながれている。意識が晴れると同時に全身が悪寒に包まれた。

「ようやくお目覚めですか」

 声の方向に顔を向けて、克哉は顔を嫌悪にしかめた。克哉のすぐ傍(そば)に黒衣をまとった長身の男が立っている。輝くような金の長髪は緩く編み込まれ、丸眼鏡の奥には髪の色と同じ金の眸が輝き克哉を見詰めている。Mr.Rと名乗った男だ。Mr.Rは克哉と視線を合わせ、にこりと微笑んだ。その笑みに背筋が余計に寒くなる。

 それにしても、いつの間に部屋に入ってきたのだろう。克哉が見渡す限り、この部屋に扉のような出入り口はない。それでもMr.Rはこの部屋を自由に出入りしていて、克哉が瞬きした瞬間に現れ、視線を逸らした瞬間に消える。

「それでは、躾の続きを始めましょうか」

 Mr.Rは宣言する。その口許は薄い笑みを刷きながら、それでいて金の眸は凍てついた鋭さで克哉を見据える。

 Mr.Rは克哉を巧みに騙し、この暗い部屋に監禁した。そして、躾と称して克哉を嬲り尽くしている。

「待て……! ここは一体どこだ? それと日付を教えろ」

 克哉がこの場所に連れてこられてどれほどの日時が経過したのか。窓もないこの部屋は昼か夜かも分からず、自身が意識を途切れさせている間にどれほどの時間が経っているのかも分からない。

「そんなことを聞いてどうするのですか。あなたはここから出られないというのに」

「…………」

 返事代わりにありったけの殺意を込めて睨み付ける。だが、その克哉の憎悪でさえ、Mr.Rにはそよ風ほどにも感じないようだ。

「そもそも、よしんばここを出られたとしても、どこに行くというのです。あなたの居場所はどこにもないことが、まだ分からないのですか?」

「何だと?」

「私はあなたに新しい人生を授けた。ですが、あなたは自身の存在意義を示せなかった。すべてから拒絶された矮小な存在、それがあなたです。まことに残念でなりません……」

 そしてMr.Rは極上の笑みを浮かべ、優しげな声音で話しかける。

「ですが、私はあなたを見捨てたりはしません。最後まで面倒をみる所存ですよ。あなたの居場所を作ってさしあげましょう」

 Mr.Rはさも親切な素振りで言うが、金の眸には隠しきれない嗜虐の光を宿している。

「俺をいたぶってか?」

「これは躾ですよ、佐伯さん。あなたが私の商品として相応しいものになるよう、調教しているのです」

「この下衆野郎……」

「そんな私に良いように喘がされているのはどなたでしょうね。さあ、そろそろ始めましょうか」

 Mr.Rの言葉に呼応したかのように、澱(よど)んだ空気がぐらりと揺れた。熟れきった果実のような匂いがますます濃く立ちこめる。おぞましい気配に克哉の全身から汗が噴き出した。

「――――っ」

 背後からぬるりとした触手が何本も克哉に絡みついてきた。粘液をまとった触手が克哉の肌を這い、蠢く。身体中を何十もの舌で舐められているかのような妖しい感覚に鳥肌が立った。

 触手の尖った先端が胸の尖りに巻き付いて、先端を擦りあげる。ぬらぬらとした粘液を肌に塗り込まれたところから熱くむず痒いような疼きが生じてくる。

「その触手の粘液は媚薬の効果もあるのですよ。あなたも気に入ってくれると良いのですが」

「よせ……っ! ひっ、ぐ……っ、ぁ、あ……っ」

 触手が脇腹をくすぐり股間へと這いずっていく。ぬるついた粘液をまとった触手がペニスに巻き付いて擦りあげた。粘液を塗り込まれたペニスが、みるみるうちに熱い疼きを宿して張り詰めていく。分かりやすい克哉の身体の反応にMr.Rは金の眸を眇める。

「おやおや随分と悦さそうですね。悦んでいただけて何よりです。」

「くそっ、離せ……――ッぁ、があっ」

 抗(あらが)う声を上げた瞬間、口を開くのを待ち構えていたかのように触手が克哉の口の中に入り込んできた。口の中で脈動する円柱状の触手は、まるで男性器のような形状だった。

「ん、ぐっ、ふ……あ、が…ぅ、――んんっ」

 克哉は首を振って口の中の触手を押し出そうとするが、触手は唾液のぬめりを借りて喉奥へと入り込んでくる。触手に口内を犯されて、克哉は歯を立てて抵抗しようにも触手の表面は頑強で傷ひとつ付けることが出来ない。それどころかじゅぷじゅぷと前後に蠕動を始めた触手は先端から粘液のようなものを吐き出し始めた。それを為す術なく呑まされる。

 甘ったるく粘ついた粘液は強いアルコールのように臓腑を灼きながら腹へと落ちていった。媚薬を呑まされ、全身が熱を帯びて発情していく。たっぷりと克哉に粘液を呑ませ、満足した触手がずるずると口から抜けていった。酸素を取り込もうと克哉はぜえぜえと荒い呼吸を繰り返す。

「はぁ…はぁ……ん……っ、ふ、あ……ぁ」

 触手は克哉の身体を這いずり回り、快楽を煽るだけ煽っていくものの、決定的な刺激は与えてくれない。もどかしさに身体を悶えさせてしまう克哉にMr.Rは愉しげに声をかけた。

「気持ちよくして欲しくて仕方ないのでしょう? おねだりすれば可愛がってあげますよ」

「だ、れが……言うか…っ」

「相変わらず素直ではないですね。……まあ、良いでしょう。あなたが欲しいモノをあげましょう」

「……ッ、く……よせっ」

 股間にまとわりついていた触手の内の一本、先細りの触手が克哉のアヌスから中へと潜り込んできた。奥へと進みにつれて次第に太くなっていく触手が克哉のアヌスを無理矢理拡げていく。だが、初めのころこそ、痛みと苦しさに喘いでいた克哉も度重なる陵辱に馴らされて、いまや触手の挿入を難なく受け容れてしまう。

 媚薬成分のある粘液を襞の一枚一枚に塗り込められて、灼熱のような疼きが生まれた。深々と体内に侵入してきた触手がぬちゅぬちゅと克哉の深いところをかき回す。同時にペニスを扱かれて、発情した身体はたちまちのうちに絶頂寸前へと追いやられた。

「ぅ……ぐ、くそ……っ」

 克哉はガクガクと膝を震わせながらも、どうにかこらえようとして全身の筋肉を強張らせる。しかし、そうやって耐えられていたのもほんのわずかの間で、快楽は留(とど)めようもなく克哉を高みへと持ち上げた。

 ――イく……っ!

 避けようのない絶頂の予感に息を詰めた瞬間だった。触手が動きを止め、すべての刺激が唐突に途絶える。

「……ぁ」

 あともうひと押しで達することができたのに、遠のいてしまった絶頂に、克哉は触手に犯されていた屈辱も忘れて、切なげな声をあげた。Mr.Rはクスクスと笑う。

「ただイくのもつまらないでしょう? 今日は趣向を変えてみましょうか」

 動きを止めていた触手がゆっくりと動き出す。粘液でてらてら光る触手が鎌首をもたげた。その触手の太さは男性の腕ほどもある。他の触手と違い、半透明でぶよぶよとしたクラゲのようで、内部の構造が透けて見える。

「何を……」

 ゴクリと唾を呑む克哉の前で、グロテスクな触手が先端の口を開いた。透明な粘液を滴らせる口の内部はゴツゴツと凹凸があり、空洞のようになっている。

 触手は克哉の股間に這い寄り、克哉の反り返るペニスをじゅぷじゅぷと呑み込んでいく。

「――っ、く、ぁ……っ!」

 異形の触手にペニスを食われる恐怖よりも、ペニスに絡みつく触手の粘膜がもたらす快楽に、克哉はこらえきれずに声を上げた。触手の内部はねっとりと温かく、ぬるついた粘膜にペニスを揉みしだかれるのは、まるで誰かを犯しているかのような快楽があった。

 触手は克哉のペニスに密着し、ぬるぬると蠕動を始める。幹をぬちゃぬちゃと扱き上げられ亀頭を擦りあげられる。透明な触手越しに、自身のペニスがはち切れんばかりに張り詰め、触手の蠕動に合わせて先端の鈴口がくぱくぱ卑猥に開閉する様が見えた。

「ぐ、は……っ、んっ、何か……っ、入ってくるっ」

 開かされた鈴口から触手の粘液が流れ込んできた。粘液は敏感な尿道の粘膜を灼きながら奥へ奥へと逆行していく。それは口から呑まされた粘液と同じもののようで、粘液がまとわりつくところがカッと熱くなり、甘苦しい疼きが込み上げてくる。

 同時にアヌスを犯していた触手が形状を変えていった。ゴツゴツとした隆起がなくなり、柔らかくゲルのように拡がって、克哉の内腔、粘膜の襞の間をみっちりと埋めるように体積を増していく。

「ぁ、は……ぁ、あ……っ」

 液体のようになった触手が下腹の奥いっぱいに充満し、克哉は苦しさに喘いだ。粘液に重たくなった腹とその中で蠢く触手の苦しさに脂汗が浮くが、その感覚に気を取られているうちに、ペニスを呑み込んだ触手が形を変えていった。透明な内部に襞が形作られ、複雑な形状へと変化していく。それはまるで、人間の直腸の形のようで……。

 もしやと目を見開いた克哉に、Mr.Rが話しかける。

「どうです? あなたの中を精密に再現してみました。自分自身を味わってみるというのも面白い趣向ではないですか?」

「――っ、下劣で悪趣味な趣向だな…っ」

 吐き捨てた言葉にMr.Rは笑みを深める。

「これだけではないのですよ。せっかく自分自身を味わうのなら、自分自身に犯されてみるのも良いと思いませんか」

 克哉の中で液体状になっていた触手がふたたび形状を変化させていった。腸の奥深くまで拡がっていた触手が収束し、アヌスを貫く硬い楔となる。脈動も熱も感じるその触手はまるで人のペニスのようだ。克哉は青ざめる。

「まさか……」

「そうです。あなたを犯す触手もあなたの形を寸分違わず再現してみました。自分自身を犯し、犯される快楽を堪能してください」

「くぁ、ああっ」

 アヌスを犯す触手が卑猥な抽送を始める。同時に克哉のペニスを包む触手も連動して動き始めた。

 媚薬のせいで感覚は鋭敏に研ぎ澄まされて、触手が動くたびに気が遠くなるほどの悦楽の波が全身を駆け巡る。

「ひ、ぁ、あ、あ……は、んあっ」

 身体の奥底を抉られるのと同時に男としての快楽を煽られる。熱く潤んだ内腔に自身のペニスを締め付けられ、無数の襞に擦りあげられる愉悦。その一方で硬いペニスに身体の深いところを貫かれ、悦いところを抉られる衝撃。

 快楽を貪ろうとする本能に衝き動かされて、腰が卑猥に前後してしまう。そして、克哉が快楽を貪る動きを激しくするほど、克哉の後孔も激しく犯される。

「よほど自分の身体が気に入ったようですね。まあ、そうだろうとは思っておりましたが」

 嘲笑する声音に克哉は唇を噛みしめた。

 射精寸前の狂おしい快美が克哉を襲う。触手が絡みつく四肢を突っ張らせ、下腹に力を込めてどうにかこらえようとするが、力が入ると自分を犯す触手を余計に食い締めてしまい、否応にも自分のペニスの形を思い知らされる。

 ぐっぐっと力強い動きで突き入れられる様は、本当に自分自身に犯されているようだ。同時に、克哉の直腸に擬態した触手もまたじゅぷじゅぷと淫猥に上下する。粘液にぬらつく襞が克哉のペニスを包み込み、張り出した亀頭のえらを弾きながら擦りあげ、やわらかな肉襞の連なりが肉茎を扱き上げる。

「よせ……っ、やめ…ろ……っ、ひぁっ、あ……」

 克哉は冷静さをかなぐり捨てて悶え狂う。触手とはいえ自分自身を犯し犯される倒錯した快感に呑み込まれていく。

 呼吸すらまともにできず、鮮烈極まりない刺激に我慢できないところまで追い込まれる。

 克哉の身体に絡みついていた触手も、全身くまなく舐めるようにぞろぞろと這い回る。克哉の昂ぶりを感じ取ったのか触手がさらに動きを速めた。より強く、激しく克哉を嬲り抜く。

「は、ぁ……っ、ぐ……っ、んは、アッ、――ううっ!」

 悶えうつ身体が弓なりに反り、腰が前に突き出される。両の乳首を括り出すように巻き付いた触手が克哉の乳首にきつく吸いついた瞬間、快楽が弾けた。

 触手に咥え込まれたペニスがびくりと痙攣し、先端の鈴口が大きく開く。すさまじい勢いで射精が始まり、透明な触手の中に大量の精液があふれかえった。

 射精の鋭い快感に身体を貫かれて、陶酔したように思考が白み、身体が震える。だが、射精は一度では終わらなかった。

「――ぁ、あ……っ、また、出る……っ」

 アヌスを貫く触手が前立腺をごりごりと擦りあげ、ペニスを包む触手が根元から扱き上げて更なる射精を強要した。

 たっぷりと吐き出した精液は触手によってちゅるちゅると吸い上げられていく。透明な触手の中心を通って吸い出される精液はまるで搾乳されているかのようだ。

 克哉の痴態を見届けたMr.Rが冷ややかな声で言う。

「精液はこの子たちの大好物ですから。……ですが、それにしてもはしたないですね。許しもなく勝手にイくとは」

 絶頂に囚われて焦点が定まらない克哉の視界で、Mr.Rが手に乗馬鞭を握りこむ。

「よせ……、――ぐあっ!」

 乗馬鞭が一閃すると同時に、克哉の皮膚が焼け付くように痛くなる。だが、その衝撃に、克哉のペニスがふたたび白濁を噴出させた。Mr.Rが唇を吊り上げる。

「おや、鞭で叩かれて興奮しましたか。それに、まだまだ出し足りないのですか。随分と淫乱な方ですね」

「は……く、違う……っ!」

 痛みと快楽に惑乱しながらも克哉は声を出して否定するが、克哉のペニスは射精を繰り返してもそそり立ったままで、射精への欲求も一向に収まらない。こんな異常な状態は触手がもたらした媚薬成分が原因に違いない。そして、Mr.Rもそれを分かっているだろうに、克哉に向けて残忍な笑みを浮かべなからふたたび鞭を振り上げた。

「ぐあっ! はあっ! ふぐっ!」

 四肢を拘束されている克哉はMr.Rの鞭を避ける術はない。

 ひゅん、と鞭が風を切るたびに、克哉は身体を跳ねさせた。汗が浮く肢体に赤い筋が次々と浮き上がるが、同時に克哉は極みを迎えていた。脈打つペニスからはびゅるびゅるととめどなく精液が放出される。

 触手に前も後ろも蹂躙され、また、絶え間ない絶頂に炙られて、痛みさえも快楽へと変換される。克哉は怜悧な顔立ちを歪ませ、開きっぱなしの口からは声にならない悲鳴を上げ続けた。

 どれほどの時間が経過したのだろう。果てのない射精を強制されて絞り尽くされたペニスは薄い粘液をわずかに滴らせるだけだ。

「そろそろ、私に従う気になりましたか?」

 Mr.Rに問いかけられても、体力の限界を迎えた克哉は放心状態でうなだれたまま、反応しない。

「あまりの悦さに気を失いましたか」

 Mr.Rは鞭の先で克哉の顎を掬い、顔を覗き込んだ。次の瞬間、克哉の目に光が宿り、Mr.Rに向けて唾を吐きかける。それを咄嗟に避けたMr.Rに克哉が掠れた声で吐き捨てる。

「こんなことで俺がお前に従うとでも思ったか」

「…………」

 Mr.Rの金の眸が冷たい鋭さを増した。克哉とMr.Rの、虜囚と支配者の視線が拮抗し冷たい火花が散る。

 Mr.Rが薄い唇を開く。

「……まだ、抵抗する気概があるとは。たとえ失敗作であっても、やはりあなたは面白い」

 Mr.Rは艶然とした笑みを浮かべると一歩退いて克哉に背を向けた。肩越しに振り返って言う。

「時間をかければかけるほど愉しみが増えるというもの。あなたはどこまで私を愉しませてくれますか、佐伯克哉さん」

「く……」

 最後にひとつ微笑んで、Mr.Rは部屋の暗がりに溶け込むように消えていった。それと前後して、克哉にまとわりついていた触手もずるずると克哉の身体から這いずって去っていく。

 狂乱の宴が終わる。

 克哉は緊張に張り詰めていた神経を緩ませると、意識が途切れるように深い眠りに落ちていった。

 

 

END

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