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​【再録】奈落ノ華(R&眼鏡×眼鏡)

 克哉が瞼を押し上げると、視界一面に血のような赤さが滲んでいた。
 何度かまばたきを繰り返したが、見える光景は変わらなかった。
 赤いカーテンが四方を取り囲む部屋。その真ん中のベッドに克哉は裸で寝かされていた。裸と言っても眼鏡は付けたままだ。また、首には金属の首輪が巻かれて、頑丈な鎖が克哉の逃亡を阻んでいる。
 克哉は自分の身体と自分を取り巻く状況を確認し、気を失う前と何ら変わっていないことに深く嘆息した。窓がないこの部屋では今が昼か夜かも分からない。そもそも時間の感覚さえもとうの昔に失っていた。ここに連れてこられたのはほんの数日前のような気もするし、もう数ヶ月以上ここに閉じ込められている気もする。
 ここはクラブRと呼ばれる場所だった。だが、このクラブRとは一体何なのか、克哉はその実体をまったくと言って良いほど知らなかった。分かるのは、いかがわしいことを行っている場であること。そして、ここは現実世界からかけ離れたところにあり、一切の常識が通用しないということだけだ。
 克哉がどれほど責め苛まれようと、たとえ鞭で打たれ、激しい痛みで気を失っても、目を覚ました時には傷は跡形もなくなっていた。しかし、傷がなくなったからといって、記憶が消えることはない。身体に刻み込まれた苦痛と悦楽は、ひとときも離れることなく克哉の心身を苛(さいな)んでいる。
「お目覚めですか?」
 唐突に背後からかけられた声に、びくりと身体を震わせて振り向けば、黒衣の男がベッドサイドに立っていた。優美な笑みを口元に刷き、丸眼鏡の奥にある金の眸を克哉に向ける男はMr.Rという。この男こそ、克哉をこのクラブRに連れ去り、監禁している張本人だ。
 憤りに満ちた眼差しで睨み付けた。だが、Mr.Rはそんな克哉の怒りもそよ風ほどにも感じないようだ。にこやかな面持ちで言う。
「さて、今回は少し違った趣向を試しましょうか。同じようなことを繰り返していては退屈でしょうし」
「何をやっても同じだ。俺はお前に服従する気はない」
 怒りとともに吐き捨てた言葉を、Mr.Rは艶然とした笑みで受け止めた。
「あなたはそれで良いのですよ」
「何だと?」
「あなたみたいに気が強く、プライドが高いほど、それを貶めて堕落させる悦びは大きくなるというもの」
「っ……」
「私が今まで行ってきたことなど所詮は前座に過ぎません。これからが本番なのです」
 Mr.Rはさらりと恐ろしいことを口にした。克哉を見つめる金の眸が妖しい光を宿す。
「さて、参りましょうか。あなたに会わせたい方がおります」
「誰だ……?」
「それはお目にかかれば分かります」
 警戒心を露わにする克哉に、Mr.Rは笑みを深めた。

 


 連れて行かれたのは、やはりクラブRの部屋だった。だが、克哉が知っている他の部屋とは、趣(おもむき)が違った。深い真紅のビロードの絨毯が敷かれたその部屋は広く、部屋の奥、床から数段高く設えられた場所に、豪奢な椅子が置かれていた。そして、その椅子には一人の男が座っていた。
 椅子の前まで連れてこられ、克哉は膝を付かされた。相変わらず裸に首輪を付けられ、両手を身体の前に拘束された姿だ。屈辱に満ちた格好だったが、克哉は顔を上げ、言葉を失う。
「な……」
 玉座と呼ぶに相応しい重厚で凝った造りの椅子には、自分と同じ顔形をした男が腰をかけていた。
 脚を組み、気怠げに克哉を見下ろすその姿は、記憶にあるとおりの克哉自身の姿そのままだ。克哉たちを取り囲む空間は、中世の城にあるような玉座の間だったが、その男の出で立ちは、この部屋や腰掛ける玉座に相応しくない姿だった。黒のジャケットを羽織り、その下に着るシャツは胸元あたりまではだけているラフな格好だ。それこそ普段の克哉が好むような服装だったが、それ以上に、自分と瓜二つの男、いや、同一人物そのものの男に目が奪われる。
 その男は、克哉を見下ろしてひと言、言った。
「なんだ、俺か」
「俺、だと……?」
 男が口にした言葉に克哉は耳を疑った。その男は、自分と同じ顔を持つ克哉を目の前にしても何ら動揺する素振りもない。克哉の傍らに立つMr.Rは、玉座に座る男に向けて、深々と頭を下げた。
「我が王、最近は他の奴隷にも飽きていらっしゃるご様子。それならば、ご自身を相手にしてみるのも一興かと」
 Mr.Rはもう一人の自分を『我が王』と呼び、うやうやしい態度で接する。
 もう一人の自分はレンズ越しに冷ややかに克哉を見遣る。克哉もまた、まじまじと玉座に座る自分を見返した。視線がぶつかり合う。玉座に坐す男の、鋭い冷たさが漂う顔つきを、銀のフレームの眼鏡がさらに際立たせている。
 どれほどつぶさに観察しても、やはり、自分自身にしか見えなかった。克哉の喉から掠れた声が漏れた。
「誰だ、お前は……」
「俺が誰かだって?」
 克哉の言葉に、もう一人の自分は馬鹿にしたような顔を向ける。
「見れば分かるだろう、俺は佐伯克哉だ。お前自身だよ」
「俺自身だと?」
 佐伯克哉と名乗ったもう一人の自分は玉座から立ち上がると段を降りて、克哉へと歩みを寄せた。そして屈み込むと、膝を付かされている克哉と顔の高さを合わせ、凍えた笑みを浮かべた。
「ずいぶんと落ちぶれたものだな」
 侮蔑を含んだ声が投げかけられる。
 両手を身体の前に拘束された克哉の首には金属製の首輪が付けられ、首輪から伸びた鎖はMr.Rの手にある。犬のようにつながれ、裸に拘束具しか身に付けていない状態で、身に纏うものの差がそのまま、もう一人の自分との立場の差を如実に表していた。
 本能的に敵愾心(てきがいしん)の炎を燃やしてギラリと睨み付けるが、もう一人の自分はそんな克哉の敵意を不敵な笑みで受け止める。
「ふうん、まだ心は折れていないのか」
「いかがでしょう。躾がいがあると存じますが」
 Mr.Rの言葉に、もう一人の自分は喉を鳴らした。レンズ越しの双眸を細める。
「良いだろう。俺を愉しませてみせろ」
 もう一人の自分は低く嗤った。

 


「ぅ、ぁあっ」
 悦(よ)い場所を深く抉られて、克哉はうつ伏せさせられた身体を震わせた。
 部屋のほとんどを占める広いベッドの上、克哉は両手を後ろ手に拘束された状態で、Mr.Rに背後から犯されていた。首輪から伸びる鎖はベッド近くの柱に巻かれ、逃げられないようにつながれている。そしてまた、Mr.Rに獣の体勢で貫かれているところを、もう一人の自分に間近で鑑賞されているのだ。
 シーツに噛みついて声を堪えていると、もう一人の自分の声が降ってきた。
「ずいぶんと悦さそうじゃないか。Mr.Rに仕込まれたのか」
「あまり調教しすぎては面白みも薄れますから、最低限の躾程度に」
 腰を深く打ち込みながら涼しい口調でMr.Rが答える。そして、克哉を背後から抱きかかえるようにして体勢を変えた。
「もっと脚を開いて。我が王にあなたが私を咥え込んでいるところを見せなさい」
「やめろ……っ」
 Mr.Rが命じた。目の前にはもう一人の自分が薄い笑みを浮かべながら、克哉を眺めている。
 剥き出しの自分の股間を、それもMr.Rに犯されているところをさらけ出すのは屈辱で、脚を閉じようと内腿に力を込めるが、克哉の膝を掴むMr.Rの手によって、ぐいと拡げられてしまう。
「今更恥じらうほどのものでもないだろう」
 嘲る声と共にもう一人の自分は、値踏みするような不躾な眼差しを克哉に向けた。克哉の頭のてっぺんから首輪が付いた首元へ、そして、赤く色づいた乳首、引き締まった腹部から張り詰めた性器と視線を這わせていく。
 舐めるように見つめられて腹筋に力が入る。すると、深いところに穿たれたMr.Rの形を生々しく感じ取った。その感触に感じ入ったような吐息をMr.Rが吐く。
「俺の具合はどうだ、Mr.R?」
「とても悦いですよ。慎ましやかで拒みながらも、一度咥え込むと離すまいと絡みついてくる。そう、まるで淫乱な処女のようです」
 恍惚とMr.Rは言い、腰を揺すった。途端に、下腹に疼くような感覚が弾ける。
「ぅ……ぁあっ」
 奥歯を噛みしめてもなお漏れる声が、克哉の弱い場所を教えてしまう。クスクスと背後でMr.Rが笑いを漏らした。
 もう一人の自分が呆れたように言う。
「愉しそうだな、Mr.R?」
「ええ、こうしてあなたを調教することができるとは、至上の悦びです」
「一緒にするな、こんな失敗作と」
 そう言って、もう一人の自分は克哉の前髪を掴んで顔を上げさせた。視線が深々と絡み合う。
「俺と同じ顔、同じ声、同じ遺伝子を持ちながらも、こうも無様な姿になるとはな」
 自分自身に嘲弄(ちょうろう)され、憤りが胸に逆巻く。吐き捨てるように言った。
「それならお前も、一歩間違えば俺になるということだろう!」
 克哉の言葉にも、もう一人の自分は動じることもない。唇の片端をいびつに吊り上げる。
「俺は決して間違えない。それが、俺とお前の絶対的な差なのだ」
 真正面から眸を覗き込まれた。二つのレンズを挟んで、もう一人の自分の蒼みがかった虹彩が、克哉の心の奥深くまで見透かそうとしてくる。
「俺に媚びてみるか? そして、命乞いしてみるか? お前の態度次第では考えなくもないぞ」
「誰がお前なんかにっ」
 唾を吐こうとしたところで顎を掴まれ、動きを封じられた。
「俺が憎いか?」
 返事の代わりに憎悪を燃やした視線で睨み付けた。
「いい目じゃないか。……愉しませてくれそうだ」
 もう一人の自分は薄い笑みを刷きながら、克哉の目の前に立った。そうして、自らの前をくつろげると半ば勃ち上がったペニスを掴み出す。
「――っ」
 もう一人の自分が何を要求するのか察して、克哉は口をきつく引き結んだ。薄い唇にペニスの先端が触れる。もう一人の自分は克哉の唇に亀頭をぐりぐりと押し付けながら、克哉の鼻を指で摘まんだ。克哉を背面坐位で犯すMr.Rは、動きを止めて二人のやりとりを好奇の眼差しで見つめている。
 呼吸ができない苦しさに屈した克哉が、ついに口を開いたところで、亀頭をねじ込まれた。
「――くぁ」
 侵入してくるペニスを舌で押し出そうと抗うが、もう一人の自分はせせら笑いながら深く押し入ってきた。
「歯を立てるなよ。一度でも歯を立てたらお前の歯を全部抜く」
 軽口めいた口調だが、この男は決して冗談ではなく、本気でそれをやるであろうことは克哉自身が一番分かっていた。
「ぐ……ぅ」
 えずかせるかのように、わざと喉奥深くに突っ込まれ、克哉は呻いた。苦しさにわななく喉の粘膜がペニスを締め付け、悶えてくねる舌が裏筋に絡みつく。その感触を愉しむように、もう一人の自分は克哉の髪の毛を掴みながら激しく腰を打ち込んでいった。
「自分自身の、それも憎い奴のモノをしゃぶる気分はどうだ?」
 挑発する言葉に、殺気を込めた眼差しを眼鏡のレンズの隙間から上目遣いに突き返す。もう一人の自分の口元が嘲笑に歪んだ。頭を両手で掴まれる。前後に振られ、自分の良いように克哉の頭を使い出す。また、Mr.Rも下から突き上げだした。上下前後に激しく揺さぶられて呼吸もままならない。
 びゅくり、と張り詰めたペニスが口内で跳ねる。その瞬間、もう一人の自分は克哉の髪の毛を鷲掴みして腰を引いた。張り出したエラが唇をめくり上げて抜け、白濁した粘液が放たれる。克哉の眼鏡から頬、顎にかけて熱い飛沫が散った。同時に、下腹の奥に収められたMr.Rのペニスもびくんと震えた。どっと熱い粘液を注がれる。
「は……ぁっ、はぁ……んんっ」
 酸素を吸おうと開きっぱなしになっている克哉の口の中に、ふたたび亀頭をねじ込まれる。そして、残りの種を流し込まれた。口の中いっぱいに青臭い精液の味が広がる。
 いくら自分自身の精液とはいえ、それを呑まされる嫌悪感は言葉にならない。
「いい顔になったじゃないか」
 恥辱に塗れた克哉の顔を見て、もう一人の自分は満足げに微笑む。Mr.Rがずるりと自身を引き抜いた。そして、ふたたび、幼子が用を足すような体勢で克哉の脚を大きく広げさせる。
 蹂躙され、しどけなく綻んだアヌスからはMr.Rに注がれた白濁がとろりと滴(したた)り落ちた。身体の内外を汚されて、それを鑑賞される屈辱に奥歯を噛みしめる。
「なんだ、イかなかったのか」
「っ……」
 もう一人の自分が克哉の屹立したままのペニスを見て言った。その通りだ。この二人の前で無様に果てたくはない。なけなしの抵抗でどうにか堪えたのだ。
「これくらいの刺激じゃ全然足りないか」
「な……っ」
 そう言って、もう一人の自分は銀色の金属の棒とガラスの小瓶を懐(ふところ)から取り出した。球が連なる形をした金属棒は片端に鎖がぶらさがり、香水瓶のような小瓶は凝った装飾が施されている。もう一人の自分がその容器の蓋を開けると、熟れきった果実のような香りが漂った。その二つの道具を目にして克哉は顔を強ばらせた。金属の棒はブジーで、瓶の中に入っているのは媚薬だ。
 もう一人の自分は瓶を傾け、鈍く光る金属棒に中の液を伝わらせた。とろりとした媚薬は毒々しいほど赤い。これから何をされるのか否応にも想像できて、克哉はたまらずに声を上げた。
「それは……、よせ…っ!」
 もう一人の自分はちらりと克哉に視線を送る。
「これを使ったことがあるのか?」
「ええ、一度」
 Mr.Rが代わりに答え、克哉の耳元に唇を寄せて囁いた。
「この薬を使った時のあなたは可愛かったですね。声が嗄れるほど鳴いて、私にすがりついて」
 Mr.Rはその時のことを思い出したのか、うっとりと目を細め、革手袋に包まれた手で克哉の頬を撫でた。
「じゃあ、遠慮は要らないな。Mr.R、口を開けさせろ」
「かしこまりました」
「――ぐ」
 顎関節にMr.Rの指が食いこむ。口を固く閉じようにも、ギリギリと掴む指に力を込められ顎が開いた。無理やり開かされた唇にもう一人の自分が瓶を傾けた。
 精液の粘つきが残る口内に、瓶の中に残った媚薬を流し込まれる。甘ったるい味が舌の上に広がり、咄嗟に吐き出そうとした寸前、顎を掴んでいたMr.Rの手に口を塞がれ、強引に飲み込まされた。
「か、はっ」
 強い酒を一気飲みしたかのように全身がカアッと熱くなり、直後に身体がふわりと浮き上がるような強烈な酩酊感が襲ってくる。その一方で、感度はどこまでも研ぎ澄まされて、空気の揺らぎさえ感じ取ってしまうかのようだ。
 もう一人の自分が克哉の脚の間に身体を入れると、ペニスを掴んだ。人差し指と中指の間に茎を挟み、親指を亀頭に押し付け尿道口を露出させる。そこに、媚薬でてらてらと輝くブジーをつぷりと潜らせた。
「ッ、ぁ……っ」
 じりじりと先端の球が奥へと侵入していく。鋭い針を突き刺されたかのような痛みに続いて、敏感な尿道の粘膜が燃え上がるように熱くなる。奥に進むブジーの先端がある一点に達した瞬間、今までとは違う感覚が弾けた。
「ぐ、あああっ!」
 声を上げまいと歯を食いしばっていたのも忘れて、身体を跳ねさせて悲鳴を放つ。
 その声が心地よいのか、もう一人の自分は克哉に向ける笑みを深めた。ブジーを奥深くまで挿入し、尿道口から出ている部分を爪で弾く。それだけで、ペニスに電撃を流し込まれたような衝撃が走った。
「――ッ!!」
 全身が総毛立ち、目を見開いて声にならない悲鳴上げた。
 ガクガクと腰が震え、衝撃から立ち直る間も与えられぬまま、Mr.Rは克哉の腰を持ち上げると、自らの屹立をアヌスにあてがう。
「ぅ……ぁああっ」
 抗(あらが)おうにも、一度犯されたアヌスは柔らかく手懐(てなず)けられ、自重でずぶずぶとMr.Rの凶器を身体の奥へとくわえ込んでいく。
「あなたの中は貪欲ですね。熱く潤んで、物欲しげに私のモノに絡みついてきますよ」
「っ、んあ、……ぅ、くはっ」
 クスクスと笑いながら、Mr.Rは克哉を軽々と持ち上げては力を緩める。そのたびに、Mr.Rの屹立に貫かれてビクビクと身体を震わせた。また、その振動で揺れるペニスの中をブジーが抉り、鋭い痛みとそれに続く形容できない感覚が、息つく間もなく押し寄せてくる。
「俺も混ぜて貰おうか、Mr.R」
「もちろんです」
 Mr.Rが動きを止めた。ぜえぜえと荒い呼吸を繰り返す克哉に、もう一人の自分が覆い被さる。片脚を大きく持ち上げられ、すでにMr.Rのモノを咥え込まされているところに、もう一人の自分のペニスの先端が押し付けられた。これからさらなる責め苦が待ち受けていることに気付いた克哉は血の気を失う。
「よせっ、やめろっ」
 制止の声は届かない。もう一人の自分が唇の端を吊り上げると同時に、腰を入れた。ぐぷり、とアヌスが限界まで拡がり、張り出したエラを無理やり受け入れさせられていく。
「ぐ……ぁ、あああっ」
 首を仰け反らして悲鳴を上げる。内臓をすさまじい圧で拓かれていく苦しさに、何度も脚を引き攣らせる。だが、もう一人の自分は克哉の苦痛を斟酌することなく、強く抉り込んできた。
「く、は…ぅ……っ、壊れ…る……っ」
 克哉は額に脂汗を浮き上がらせ、背中を弓なりに反らした。身体を真っ二つに裂くような痛みに何度も総身を痙攣させる。
「ほうら、全部入った」
 愉悦に満ちた声が響いた。
 もう一人の自分は克哉の中に根元までペニスを収めると、Mr.R共々、動き出した。
 重く深く、食いこむような律動が、克哉の身体をバラバラにするかのような衝撃を与える。克哉の苦しげに反る喉から掠れた声が漏れ、苦悶の汗が額から滴った。
「ぅあっ、あ……っ、はっ、はぁっ」
 二人が動くたびに内臓が押し潰されそうな圧迫感に悶絶する。だが、今、克哉を苛むのは痛みだけではなかった。
 激しい苦痛を塗り替えるような疼きが下腹の奥で次々と弾ける。媚薬は確実に克哉の神経をおかしくし、身体に歪んだ淫悦を刻み込んでいった。
 もう一人の自分の指が、克哉のペニスに突き刺さるブジーの鎖にかかった。くいっと鎖を引っ張られる。
「んあっ、触るなっ、あ、くは…っ!」
 ずるずるとブジーを引きずり出されて、半ばまで抜けたところでふたたび奥へとブジーを押し込まれた。鋭利な快楽が突き刺さり、粘膜がきゅうっと収斂(しゅうれん)して、ねじ込まれた二本のペニスを絞り上げる。
「いい声で鳴いてみせろ」
「ひあっ、あ、……はぁっ、やめっ、んんっ」
 もう一人の自分は、まるで楽器を演奏するかのように、克哉の身体の深いところに自身を打ち込み、また、ブジーを爪弾いて、克哉の反応を巧みに操る。
 視界一面が灼き付くかのような刺激に身悶えた。ありとあらゆるところを蹂躙されて、抵抗しようもない強烈な感覚の前に、理性も怒りも何もかも木っ端微塵に打ち砕かれてしまう。
「ああ……、とても悦い……。あなたをこうして感じることができて」
 背後でMr.Rが感極まるように声を出す。Mr.Rは、克哉と共に克哉を犯すという状況に興奮しているようだ。
 そして、克哉もまた、Mr.Rのみならず、自分自身に犯されて、肉体も心もどろどろに溶かされていく。嫌悪に背筋が震える一方で、肌は淫靡に火照り出す。体中が熱くなり、神経の隅々まで爛れたように痺れていった。
「ひっ、……ぁ、あっ」
 もう一人の自分もMr.Rもたくましく腰を遣う。痙攣のような震えがつま先から頭に向かって、何度も駆け上がった。
 これほどにも苛烈な責め苦を味わわされているのに、破裂しそうなほど張り詰めたペニスは、ブジーの隙間から透明な蜜をしとどに溢れさせている。これは限りなく快楽に近い苦痛、もしくは、限りなく苦痛に近い快楽なのだろう。
「酷くされるほど感じるのか? 相当の淫乱だな、お前は」
「ちが……」
 克哉の耳朶を舐めるかのごとく、唇を近づけてもう一人の自分が囁く。低く艶めく声を鼓膜に注がれて、それは自分の声そのものであるのに、脳の奥深くまで痺れていくようだ。快楽と苦痛が縒(よ)り合わさった激流のような感覚が神経の隅々まで灼いていく。
「イきたいだろう? 俺にねだってみるか?『どうか、イかせてくだい』と」
「誰が……お前なんかに…っ!」
「ほう……」
 もう一人の自分の言葉に憎悪に満ちた視線を突き返した。横暴な陵辱者に対する怒りを燃やして抵抗するが、もう一人の自分は返事代わりに、深く突き込んできた。
「ぐぁ、……ぁ、ああぁっ」
 身体の中を強く、深く、抉られて、官能の炎に包まれる。マグマのように滾る欲情を解き放ちたくて腰を突き出すが、ブジーで射精を封じられているせいで苦しさばかりが募る。
 いっそ、もう一人の自分に許しを乞い、何もかも明け渡せば、この地獄から解放されるのだろうか。
 そんな誘惑が込み上げて心が屈しそうになるが、克哉は唇を噛みしめた。
 克哉はMr.Rの手によってこの世界に引き戻された。そして、不要になったと判断された途端、物のように弄(もてあそ)ばれている。それもよりによって自分自身にだ。
 Mr.Rが我が王と崇める、もう一人の自分が本来の克哉のあるべき姿だとしたら、この自分は紛れもなく失敗作なのだろう。
 しかし、克哉に残されたひとかけらの矜持、それまでも捨ててしまったら、もう何も残らない。何のために克哉は存在したのか、その理由まで失いたくはない。
 そんな克哉のなけなしの抵抗に、もう一人の自分は笑い含みに言った。
「強情だな。だが、それもまたよい」
 もう一人の自分はレンズ越しの双眸を眇めると、極みへと向けて腰を猛然と使い出した。Mr.Rと息を合わせて猛々(たけだけ)しく突き上げられる。
 制御不能の荒々しい感覚に襲われてもみくちゃにされた。頭の中が沸騰し、視界に幾多もの火花が散る。もう一人の自分の指がブジーの鎖に絡まり、ずるりとブジーを引きずり出された。尿道が灼けつくように燃え上がり、それに続いて、精液が堰を切って噴き出した。
「ふ……ぁ、くあっ、ああああっ!」
 何度も身を震わせて克哉は射精する。放った精液がぐっしょりと下腹を濡らしたと同時に、臍の裏の深いところに、熱い飛沫を感じた。
「……ぅ」
 深いところをしとどに濡らされていく。克哉が呑み込みきれなかった二人の精液が結合部から泡立ちながら溢れ落ち、克哉の精液と混じり合った。

 


 どれほどの時間が経ったのだろうか。
 ようやく繋がりを解かれてベッドに放り出されても、もはや指一本さえも動かすことは叶わなかった。克哉は死んだように横たわり、細切れの呼吸を刻む。
「いかがでしたでしょうか。少しはお愉しみいただけましたでしょうか」
「そうだな……。暇つぶしくらいにはなったか」
 克哉の頭上で、もう一人の自分とMr.Rが涼しげな顔で会話をする。もう一人の自分の視線が克哉に向いた。顎を掬われて顔を上げさせられる。
「お前も、少しは素直になる気になったか?」
 はっ、と克哉は笑いに喉を震わせた。なんとか息を整えて、自らを奮い立たせる。
「こんなことで……俺が、お前に服従するとでも?」
「そうこなくてはな」
 もう一人の自分はさも可笑しそうに肩を震わせて嗤った。
 自分と同じ顔をした男を、目一杯の殺意を込めた瞳で睨み付け、今度こそ唾を吐きかけた。だが、もう一人の自分はその唾を手の甲で防ぐと口元に手を寄せ、赤い舌でぺろりと唾液を舐め取った。
 そして、克哉の首に手を伸ばす。色素の薄い虹彩で克哉を捉えて、言った。
「忘れるな。俺はお前をいつでも殺(ヤ)れる。俺の気持ちひとつでお前をどうにでもできる」
「ぐぁ……っ」
 克哉の喉に親指が深く食いこんだ。
 自分を見つめるもう一人の自分、口元には薄い笑みを刷くも、レンズ越しの双眸には凍てついた光を宿している。
 ひんやりとした恐怖が克哉の背筋を這い上がっていく。
 自分自身を何の躊躇いもなく抱くことができるなら、同じくらいの気軽さで自分自身を殺すこともできるのだろう。
 この男は自らの享楽のためなら他を踏みにじることを厭(いと)わない、傲慢さと残忍さを持ち合わせる王なのだ。
 克哉がなりえたかもしれない可能性の極致、そしてまた、決して手の届かなかった自分の姿をまざまざと見せつけられて、寒気が止まらない。
「が……はっ、ぁっ」
 気道が狭まり体躯が痙攣し出したところで、ようやく指が離れた。息も絶え絶えにベッドに突っ伏すと、前髪を掴まれて、仰向かされる。克哉の顔をもう一人の自分が真上から見下ろした。
 どこまでも冷徹な狂気が、繋がった視線から伝播してくる。二人の間に互いのレンズがなければ、もし、直にその冷徹な双眸を覗き込んでしまえば、この男が抱える底知れぬ闇に一も二もなく引きずり込まれてしまいそうだ。
 もう一人の自分は、眼鏡を押し上げつつ蠱惑的な声で言った。
「お前にはショーで見世物になって貰おう。そして、娼夫(しょうふ)として客を取ってもらおうか」
 くくっと低く喉を鳴らして、恐ろしい言葉を平然と口にする。
「堕ちるところまで堕ちてみせろ。お前が壊れていく姿を俺に見せろ。俺を愉しませるんだ」
 この世界に君臨する王は、どこまでも冷酷に、それでいて、この上なく美しく微笑んだ。
 克哉は畏怖に震えると同時に、自身の分身とも言える姿に見蕩れながら、底の見えない深淵へと沈んでいった。


                                                                          END

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