
残夢の獄
ハア……、ハ…っ、ハア……っ。
規則正しかった寝息が次第に乱れて、窒息するかのような荒々しい呼吸音となっていく。
克哉はゆっくりとベッドから起き上がり、ベッドサイドライトの光量をぎりぎりまで絞って点灯した。
隣に枕を並べる男を見下ろせば、わずかな灯りが、悪夢に囚われた男の横顔に深い陰影を刻む。
克哉から背けられた顔。その顔を覗き込めば、額には脂汗が浮き出る。開かれた口が戦慄き、眉間にはしわが刻まれ、瞼はきつく閉じられている。
次第に薄闇に目が慣れると、汗に濡れた肌の質感、まつ毛の一本一本の震えまで見分けることが出来た。
どうすべきか。
思惟を巡らせる。最初に御堂のこの姿を目にしたときは、慌てて起こした。
だが、その克哉の行為は御堂の悪夢を現実に呼び寄せることとなる。
夢は夢のままで、消し去りたい。
しかし、このまま御堂を悪夢の中に置き去りにして良いのだろうか。
「さえ……っ!」
その時、引き攣れる唇が克哉の名前を呼んだ。切羽詰まった声に、反射的に息を呑む。
克哉に助けを呼んでいるのか、それとも、克哉を拒絶しているのか。多分、後者だろう。
御堂の前には、過去の克哉が立っている。嗜虐の光をその眸に宿して。
呼吸が浅く速くなり、肌が浮き上がった汗で濡れて光る。
上掛けからはみ出ている、硬く握りしめられた拳が震えた。
限界を超える苦しみに悶える御堂の姿。
日中、意識があるときに克哉の前では決して見せない姿だ。
御堂が克哉から秘している恐怖。それを、克哉が一人目にすることに、興奮と背徳感が痛みを伴って胸に渦巻く。
そっと、御堂の上掛けを剥いだ。
美しくしなやかな裸の肢体が闇の中に浮き上がる。
全身に浮き出る汗が仄かな光を受けて、てらてらとぬらめき光る。
背中を丸めて、膝を深く曲げた姿は、悪夢という子宮の中に閉じ込められた胎児のようだ。
視線を身体の中心に這わせていく。そこには淫らに勃ちあがった御堂の性器がある。
夢の中で克哉に嬲られて、現実の身体が反応する。克哉に凌辱される御堂は、心と体のかい離にずっと苛まされていた。そして、今この瞬間も。
眉根を悩ましげに寄せて、瞼をきつく閉じた表情は、ひどく煽情的で被虐的だ。その顔から目が離せなくなる。
「よせ……っ、佐伯っ!」
今度こそはっきりと名前を呼ばれた。克哉はびくりと体を震わせ、ハッと我に返った。
現実でも夢の中でも御堂を独占したいという歪んだ欲を御堂に指摘されたようで、たちまち罪悪感と自己嫌悪が込み上がった。
克哉は静かに御堂の拳に手を添わせた。掌に爪が食い込むほど固く握りしめられた指、その指に指を絡めて解こうと試みる。
だが、石のように握りしめられた拳は、克哉を頑なに拒否している。
「御堂……」
一言呟いて、克哉は御堂に覆い被さった。抱きしめるように、御堂の冷たい汗に濡れた肌に素肌を重ねる。
緊張に縮こまった体幹の筋肉。荒く打ち鳴らされる鼓動を肌から直接感じ取る。
半ば開いた口元にキスを落として、耳元に口を寄せた。
「御堂、好きだ」
囁く言葉に、ぴくりと微かに御堂が反応する。
二度、三度と、同じ言葉を紡ぎ、再び御堂の拳に指を絡めた。指の力がわずかに抜けている。一本一本、指を解いては自分の指を絡める。
五本の指を全部開いて、自分の掌を重ね合わせて握り合った。
掌を開くと、次に折り曲げられた腕と膝を、自分の四肢を重ねて絡めつつ伸ばしていく。
ゆっくりと、丁寧に時間をかけて、強張った四肢を解く。
克哉と密着する肌の面積が徐々に広がっていった。
身体の緊張が解けたところで、喘ぐ口を唇で塞いだ。
「ん……、ふ」
御堂の乱れていた呼吸を唇で吸い取っていく。
乾いた口内を舐めて濡らす。
反射的に逃げようとする顔を捉えて、奥に引っ込んだ舌をくすぐる。
次第に御堂の息に甘さが滲んだ。
重ねられた下腹部の間で屹立した御堂のペニスが、克哉の腹を押す。
克哉はそろそろと腰をわずかに浮かせて、御堂のペニスを自分の下腹部で擦りあげる。
「ふ……、はっ」
先端からぬめる液体が滲みだして、克哉の肌に線を引いていく。
克哉は唇をずらして、御堂の下の唇を食むと、片手を握り合わせたまま、肌の間に他方の手を伸ばした。指先で御堂の薄い胸板をまさぐる。
胸の粒を探り当てると、指の腹で押し潰すように擦ればすぐに硬く勃った。
「ぁ……っ、く、う」
肌がしっとりと火照りだし、御堂の身体が昂っていく。掴んでいない方の御堂の手が天井に向かって突き出された。少しの間、宙をさまよい克哉の背中に回される。背中に鋭い痛みが走った。
「……ッ」
御堂が爪を立てて、強い力で克哉の背中を掴んだのだ。同時に、合わせた手をぎゅっと力強く握りしめられる。その姿はまるで、悪夢の世界に滑落してしまわないように、必死にしがみついているかのようだ。
掠れる声が克哉の名を呼ぶ。御堂の目は閉じられたままだ。
「さえ……き」
「ああ、ここにいる」
克哉を呼ぶ声に応える。
先ほどまでの切羽詰まった焦燥の響きから、安堵を孕んだ声音となる。悪夢から無事に逃れたようだ。
悪夢の中から快楽だけを手繰り寄せて純化する。
今回は上手くいったようだ。
御堂と克哉の腹の間には、硬く屹立した御堂のペニスがある。そして、克哉のペニスもまた、張りつめていた。
克哉は自分の身体を少しずらして、御堂のペニスと触れ合わす。自由な方の手を下に降ろして、二本のペニスを重ねて握りこんだ。先端からあふれる蜜を指に絡ませて、上下に扱いていく。
「ん……、は、ぅっ」
掌に収めたペニスがびくびくと脈動し、射精感がせり上がってきているのを直接感じ取る。
背中に回された手に更なる力が込められて、克哉は強く引き寄せられた。
欲情が籠る吐息が顔にかかる。唇を強く重ねて、くちゅくちゅと濡れた音を立てる。
「くぅっ」
鋭く呑まれた息とともに、御堂の身体が大きく引き攣れた。
ペニスを握る手の中に、熱い液体が叩きつけられる。ドクドクと吐き出される、どろりとしたものを全て受け止めた。
「ん……ッ」
その粘液を自分の茎の擦りつけつつ、克哉もまた吐精した。
射精後の二人分の乱れた呼吸が静かな寝室内に反響した。
足りない酸素を取り込もうと、みぞおちが大きく波打つ。御堂の身体から緊張が解けて、くったりと力が抜けていく。
克哉は大きく息を吐いて、ベッドマットに肘をついて上体を起こした。
御堂に気づかれないように、後始末をしないといけない。
握り合っていた指を一本一本外して、手を放す。だらりと御堂の手がベッドに沈んだ。
御堂が寝ていることを確認しようと顔を向けて、息を詰めた。
「ッ!!」
薄く開かれた切れ長の目が、克哉を見ていた。闇一色に塗りつぶされた眸の中に克哉の顔が浮かび上がる。
咄嗟に取り繕おうと慌てたが、潤んだ眸は克哉を通り越したところに焦点を結んでいるようだ。
――起きては、いない。
ホッと胸をなでおろして、御堂に顔を寄せた。
「愛してますよ、孝典さん」
声を深めて速度を落とす。唇を柔らかく押しつぶすだけのキスを落とした。
「かつ、や……」
御堂の口元が微かにほほ笑んだ。そして、ゆっくりと瞼が閉じられる。
静かな寝息が立つ。規則正しく胸が上下し始めた。
御堂は、やっと見つけたのだ。今の克哉を。
安堵に満ちた御堂の顔を視界の真ん中に置きながら、胸の中に苦さと悔恨がこみ上げて、キリキリと引き絞られるように胸の奥が痛んだ。
END