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NOとは言わせない!

 猛暑として連日メディアを賑わせていた暑さも落ち着いて、爽やかな風が秋の到来を感じさせる九月の昼下がりのことだった。

 御堂はアクワイヤ・アソシエーションの執務室でスケジュールを確認して、新規の契約が入ったことを知った。その社名を見て内心驚き、デスクでプリントアウトした報告書をチェックしている克哉に声をかけた。

 

「佐伯、あの社から契約取ったのか?」

「当然です」

 

 克哉は視線を報告書に留めたまま、澄ました顔で返事をする。

 どうにも気になってパソコンを操作して、社のサーバーから契約に関する内容を確認すれば、ほぼこちらの要求通りの契約になっていた。

 この社は当初、御堂が担当していた案件だった。だが、先方の昔気質の上層部とどうにも意見が折り合わず、御堂が匙を投げかけたところで克哉が担当を変わったのだ。相手の頑なな態度に、誰がどう説得しても無理だと早々に諦めてすっかり忘れていたのだが、克哉は御堂の知らないところでうまく話をまとめたらしい。素直に感心した。

 

「さすが、営業出身だな」

「俺はノーとは言わせない営業でしたから」

「ほう、その極意をご教授いただきたいものだな」

「本気ですか?」

「もちろんだ。私に何が足りなかったか教えて欲しい」

「それでしたら……」

 

 克哉が手に取っていた報告書をデスクに置くと、視線を上げて御堂に向き直った。それだけでどこか落ち着かなくなる。

 

「御堂さん、あなた、論理が正しければ人が従うと思っているでしょう」

「な……」

 

 いきなり切りこまれた言葉の切っ先の鋭さに言葉を失った。

 

「それが間違っているんですよ。相手を説得することよりも、相手を酔わせて舞い上がらせることの方が重要だ。それが出来たら、後は容易い」

「ちょっと待て。それでは先方が冷静な判断が出来ているかどうか怪しいではないか」

「そんなことはクライアントには求めていない。俺たちが正しい判断を下すのだから、クライアントは俺たちに従えばいい」

「傲慢だぞ、佐伯」

 

 克哉が言葉巧みに弁舌を振るって相手を意のままに操る姿が目に浮かぶ。克哉のそれは、もはや営業というより詐欺師の域にまで達しているのだろう。

 クライアントを導くことこそコンサルティングの使命だ。だが、それは盲目的に従わせるという意味ではない。克哉の主張は到底御堂にとっては受け入れられない強引さだ。

 克哉は人心を掌握することには長けているのだろうが、クライアントが自ら考えて結論を出すという過程を軽視している。コンサルティングのあるべき姿は、クライアントと共に経営との向き合い方を考えることだ。御堂はそう主張してみたが、克哉は取り合わなかった。

 

「言ったでしょう、御堂さん。論理だけでは人は動かない。いくらあなたが正しいことを述べても、『ノー』と言われたら終わりです。その点俺は決して『ノー』とは言わせません。俺に『ノー』を突き付けてくるのはあなたくらいですよ」

 

 克哉は立て板に水のごとく弁舌爽やかに、すべての反論を封じてくる。

 したり顔の克哉を見ていると無性に腹が立ってきた。もう論理など知ったことか、と御堂は声を荒げた。

 

「分かった、相手に『ノー』と言わせなければいいのだろう!」

「出来そうですか?」

「少なくとも君に『ノー』と言わせないことなら出来る」

「へえ、それはすごいですね」

 

 白々しく驚いてみせる克哉を鼻で笑った。

 

「君は私に、誕生日プレゼントに好きなものをくれると言っていたな?」

「はい?」

「その日一日、私に対して一切『ノー』と言うな。誕生日プレゼントはそれでいい」

 

 虚をつかれた克哉が目を丸くしたが、すぐに表情を戻した。眼鏡を押し上げるとニヤリと笑う。

 

「そんなものでいいんですか」

「言ったな。自分の言葉は守れよ」

「お安い御用です」

 

 こうして議論の本題は置き去りに、御堂の誕生日プレゼントが決まったのであった。

 

 

 

 そして迎えた九月二十九日。土曜日ということもあって、いつもよりも遅めに起きてきた克哉は、ダイニングテーブルで御堂が淹れたコーヒーを啜りながらスマートフォンでざっと経済ニュースに目を通していく。いつもの習慣で、克哉の手がシガレットケースからタバコを一本摘まみだして口元に持っていった。そして、ライターを手に取り、火を点けたところで、御堂は克哉が咥えていたタバコを指で摘み上げると、目の前のアッシュトレイに押し付けた。

 

「タバコは吸うな」

「何をする」

「約束を忘れたか?」

 

 克哉は訝しげに眉根を寄せたが、すぐに御堂への誕生日プレゼントを思い出したらしい。軽く肩を竦めて見せた。

 

「ハイハイ、分かりましたよ」

「ハイ、は一回でいい」

「……ハイ」

 

 不承不承に返事をする克哉は、タバコの火が押し潰されて消えるのを未練がましく見つめている。

 そんな克哉に機嫌よく声をかけた。

 

「佐伯、せっかくだから禁煙したらどうだ?」

「禁煙? 俺が?」

「するのか、しないのか?」

「……します」

 

 小さく「いつまで続くか分かりませんけど」と付け足されたが、克哉は約束通り、御堂に『ノー』と言わずに従っている。幸先が良い一日のスタートだ。これを機に克哉の悪癖を片端から正すのも良いかもしれない。と克哉の頭のてっぺんからつま先までじろじろと視線を振っていると、克哉が居心地悪そうに身じろぎした。

 

「御堂さん、俺のことなんかより……」

 

 そう言いながら、克哉はテーブルに手をついて立ち上がった。

 

「好きにワガママ言っていただいて構いませんよ。ノーとは言いませんから。何かリクエストはありませんか? 何でもどうぞ」

「何でも、ね……」

 

 そう切り返されて、言葉に詰まった。

 そう言われてみれば、克哉に叶えてもらいたい望みなんてあっただろうか。実際、今の自分に特に欲しいものはなく、克哉との生活に十分満足している。とはいえ、一年に一度の特別な日なのだ。多少のワガママは許されるだろう。

 しばしの間思案して、口を開いた。

 

「君の手料理を食べてみたい」

「俺の?」

 

 試すように言ってみれば、克哉は目を瞬かせた。

 

「嫌なら断ってもいいぞ」

「まさか。喜んで」

「ほう、お手前拝見といくか」

「腕が鳴りますね」

 

 不敵な笑みが返ってきた。

 

 

 

 

「意外だな。君にこんな才能があるなんて」

「あり合わせのものですけど」

 

 克哉が腕を振るったランチを前に、御堂は感嘆の声を漏らした。

 ディナーは既にホテルのフレンチを予約している。だから、簡単なものでいいとリクエストして用意されたのは、ポルチーニ茸とドライトマトのパスタだ。特別な食材を使ったわけではない。乾燥ポルチーニとドライトマトとパスタという、キッチンにあった保存食材を使っただけだ。そこに薄くスライスしたバケットとツナ缶から作ったディップが添えてある。

 

「味も……悪くない」

 

 むしろ、美味しかった。素直にそう認めるのが悔しいほどに。

 

「以前、外で食べたことあるメニューですよ。これなら簡単に再現できると思ったんです」

「……なるほど」

 

 克哉が店の名前とメニューを諳(そら)んじた。そういわれてみれば、その店の味にかなり正確に寄せている。

 再現できると克哉は軽い口調で言ったが、それは決して容易なことではないだろう。完成した料理を再現することが出来るのは、それぞれの食材の味と調理法の特性を直感的に理解しているからだ。料理なんてしそうにない性格なのに、克哉はこんなところにまで抜群のセンスを発揮する。憎たらしいほどの才能に嫉妬さえ覚えた。

 克哉はさっさと自分の皿を平らげると御堂に声をかけた。

 

「他に何かリクエストは?」

「そうだな……」

「プレゼントとか」

「欲しいものは特にないな」

「そうですか」

「……何か、考えてみよう」

 

 残念そうな顔をする克哉に、更なる無理難題でもふっかけてみようかと思ったが、それが自分の望むことかといえば、違うように思えた。

 昼食の後片付けを一緒にしながら、以前ふたりの間で話題に出た映画を自宅のソファで並んで見たりして、いつもと変わらない週末を過ごす。克哉は若干物足りなさそうだが、御堂は満ち足りていた。欲しい物はないが、傍にいて欲しい人間が傍にいる。それだけで幸せな気持ちに浸れるのだ。

 そうして昼下がりの午後を潰し、ホテルのディナーに向かうがてらドライブを楽しんだ。

 湾岸沿いの高速道路を走ると、きれいに晴れた秋の空が青からオレンジ色へと美しいグラディエーションに染まっている。車から降りれば吹き付ける風も爽やかだ。ホテルに着くと、ドレスコードが要求される高級フレンチレストランで食事を共にし、克哉が前もって押さえていたスイートルームにチェックインをした。

 ワインの酔いも借りて、気分はこれ以上ないくらいに昂っていた。それは克哉も同様で、部屋に入るなり、扉が閉まる前に抱き寄せられて熱烈なキスを交わす。薄く開いたくちびるから克哉の濡れた熱い舌が侵入してきた。

 克哉の手が御堂のネクタイの奇麗な逆三角形の結び目に指を差し入れた。上質な絹がするりと解けて足元に落ちる。手はそのまま御堂のジャケットにかかり、脱がされたところでシャツの上から肌をまさぐってくる。

 

「佐伯……、まずシャワーを……」

「必要ない。このままでいい」

「ノーとは言わない約束だろう?」

「……それなら、俺も一緒に浴びる」

 

 克哉がバスルームに向かいながら、さっさとジャケットとネクタイを床に落とし、シャツを脱ぎ捨てた。無駄がない締まった筋肉が乗る身体が現れ、普段いつも目にしているにもかかわらず鼓動が速くなる。

 

「後は俺がやりますよ」

 

 克哉の手が御堂のシャツを掴み、手際よくボタンを外していく。ボタンを全部外されたところで克哉の手を掴んで止めた。

 

「ここから先は手を使うな」

「……仰せのままに」

 

 挑発的に言うと、平然と返す克哉が御堂の前に跪(ひざまず)いた。両手を体の横に降ろすと、赤い舌をちろりと出してくちびるを濡らした。御堂がベルトのバックルを外すと、克哉が前歯でファスナーの金具を噛んで、じりじりと降ろしていく。

 上目遣いの視線がねっとりと絡まってきた。それが心をざわつかせて、興奮の芽を植え付けられる。はだけさせられた部分からアンダーの布地を押し上げて膨らんだ欲望に、くちびるが押し付けられた。

 根元から先端まで、やわやわと布越しになんども克哉のくちびるが輪郭を辿っていった。克哉の体温が触れるたびに形を変えて、硬く張りつめていく。熱っぽい吐息が御堂の薄く開いたくちびるから零れた。

 硬度を増したペニスの先端からにじみ出た液体が布地に濃い染みを作った。克哉がそれを開いたくちびるで挟んで、甘噛みしながら舌でなぞりあげる。克哉の唾液と御堂の滴りでどんどん濡れていく布地が御堂の形をくっきりと浮かび上がらせた。

 

「……早く、脱がせろ…っ」

「承知しました」

 

 もどかしい刺激に耐え切れず声を上げた。克哉がニッと歯を見せると御堂の下着の縁を歯でひっかけて下にずりさげる。すっかり勃ちあがった性器の先端が下着に引っかかったが、指で助けて下着を引きずりおろした。ぶるりと、大きく育ったそれが弾んで出てくる。

 克哉は屹立の先端にちゅっと音を立てて口づけると、浮き上がっていた滴を啜った。形の良いくちびるを大きく開いて根元まで呑み込んでいく。びくっと大きく腰が揺れた。克哉の頭に置いた手に力がこもる。

 克哉は御堂のペニスを口腔いっぱいに含んだ。くちびるでエラの張り出しを弾きながら、じゅぷじゅぷと淫らな音を立てて頭を前後させる。喉や頬の粘膜で亀頭を締め付け、竿に舌を絡めながら扱いていく。溢れた唾液が竿を伝い、草むらを濡らしながら内腿を伝い落ちていった。

 

「く……んっ」

 

 熱っぽい視線を克哉に向けると、眼鏡越しの濡れた眼差しが誘惑を滴らせてくる。

 妖しいまでの色気を漂わせる男のひたむきな奉仕に、克哉の髪を絡ませていた指はいつの間にか克哉の髪を鷲掴みして、頭を引き寄せていた。

 腰を突き出して、克哉の喉の奥へと自身を突き入れた。自分の欲望の赴くままに克哉の喉を穿つ。

 克哉がくぐもった呻きを喉から漏らした。息継ぎもままならず、苦しげに眉根を寄せる。それでも、克哉は御堂のペニスを吐き出すことなく根元まで含み続けた。

 

「佐伯……っ、あ、さえ……っ」

「……ぅ、ん……ッ」

 

 快楽を求める動きを止めることができず、克哉の名前を呼びながら、頭を固定して腰を動かし続けた。

「く……」と低く呻いて、克哉の喉の奥に欲情を放つ。克哉の喉仏が上下に動いて御堂が出したものを嚥下していく。そうして、鈴口を吸い上げ最後の一滴まで舐めとるとようやく克哉は口を離した。

 いましがたの極みに放心しかけながら、荒い息を吐く。いつの間にかしがみつくように克哉の後頭部に手を回していた。腕の中の克哉がこちらを見上げた。唾液と粘液で濡れた口元が艶めいて光っている。ぞくりと背筋が戦慄いた。

 

「佐伯」

 

 上体を屈めて顔を寄せると克哉のくちびるを自分のくちびるで塞いだ。

 御堂の思わぬ行動に「んっ」と克哉がたじろいで喉を鳴らしたが、それを無視して舌を挿し入れる。克哉の熱い口内を舐めて自分の残滓を拭いとった。えぐみのある自身の精液も、克哉の唾液と混ざっていると思えば、舐め取るごとに身体の深いところがじわりと疼いていく。

 

「ふ……んんっ」

 

 克哉の口の中を貪ることに夢中になっていると、挿し込んだ舌を克哉にきつく吸い上げられた。互いの呼吸を奪い合うような深まるキスに恍惚となる。

 相手の身体に手を回し、肌と肌を重ねると、放ってもなお昂ぶったままのペニスが克哉のそれと押し合った。

 克哉が御堂のペニスとまとめて握り込み、こすり合わせた。達したばかりのペニスの過敏な皮膚が擦れあい、鋭い快感に頭がくらくらしてくる。肌が燃え立つように熱くなり、膝ががくがくと震える。身体が崩れ落ちそうになったところで、克哉にぐいっと抱き上げられた。慌てて克哉の首に両手を回してしがみつくと、そのままベッドの上へと運ばれてどさりと降ろされた。

 

「何をする……っ」

 

 汗を流そうとしていたのに有無を言わさずにベッドに連れてこられて、非難めいた声を上げた。だが、その声も欲情に掠れていて、何の説得力もない。

 克哉が覆いかぶさってきた。克哉が纏うフレグランスのラストノートが濃くなって、迫る。お互いシャワーを浴びなかったせいで、体臭と混じりあって複雑さを増したその香りは、官能的な芳香を立ち燻らせている。

 

「御堂さん、今日はたっぷり奉仕しますよ」

「――ッ」

 

 耳元に寄せられた口から低い声を鼓膜に注ぎ込まれると、それだけで背骨がたわむような痺れが体中に駆け巡る。

 濡れた舌が耳朶を舐めて、くちゅりと水音を大きく響かせた。肉厚な舌先はそのまま御堂の頬から首筋、鎖骨のでっぱりを辿って、乳首の尖りを弾いた。

 

「――んっ、ぁ、あ……っ」

 

 ツンと立ち上がった乳首は、毎晩、克哉の愛撫をたっぷりと受けているせいで赤く色づき、自分の目から見ても扇情的だ。そこを甘噛みされて、先端を舐め転がされたり、ちゅくちゅくと音を上げて吸い上げられたりすると、鋭敏な刺激が電撃のように走って身体を引きつらせてしまう。

 男なのに、乳首で感じてしまうことがたまらなく恥ずかしくて、両手で口を覆って、漏れ出ようとする喘ぎを喉に押し込めた。

 克哉が口を離してニヤリと笑う。

 

「遠慮せずに好きに声を出していいんですよ?」

「っ……」

 

 そんなことを意地悪く言ってくる克哉を潤んだ目で睨みつけると、克哉が笑いながら、ベッドサイドに置いてあったバッグからローションを取り出した。

 ローションをたっぷりと手に垂らして、こすり合わせながら御堂の身体に手を這わした。体温に温められたローションがぬらりと肌を濡らしていく。ぬるぬるとした手指が胸の突起、臍のくぼみ、足の付け根をまさぐりだす。素手をそのまま這わせるよりも断然いやらしい感触に身もだえていると、克哉の指が尻のはざまに滑り込んだ。奥にある窄まりにトロトロとした液体を塗り付けられる。触れられるところから快楽の炎を宿されるようで、シーツをぎゅっと掻きむしった。

 

「は……っ、ぁあっ、さえ…き……」

 

 ぬぷりと体の中に指が潜り込む。達して間もない身体はどこもかしこも感覚が鋭敏に研ぎ澄まされていて、克哉の指のほんのわずかな動きにも、大げさなほど戦慄いてしまう。

 

「今、指何本入ってるか分かります?」

「ん、なに……? ぁ、ふ……っ」

「分かりませんか?」

「く、や、あ……に、二本…?」

「違います。三本です」

 

 罰ゲームとばかりに、身体の中で指がバラバラに大きく動かされた。声を止めることができず「ひあっ!」とひときわ大きな声を上げて脚を蹴り上げた。つま先が宙を蹴る。

 

「そろそろいいか…」

 

 御堂を翻弄し続けた指がようやく引き抜かれ、腰が落ちた。克哉が御堂の脚の間に体を滑り込ませようとしたところで、それを阻んだ。

 

「……佐伯、次は私の番だ」

「はい?」

 

 乱れた息を吐きながら、ベッドに肘をついて上体を起こすと、克哉の股間に顔を埋めた。

 両手で克哉のペニスをくるみ、ぎちぎちに張りつめている筋を舌先でなぞりつつ、口の中に含んでいく。

 奉仕を受けるばかりなのは性に合わない。好きな男だからこそ、感じさせてやりたい。その気持ちは克哉と同じだ。

 自分を抱いた男は克哉だけだ。克哉に出会うまではずっと抱く側で、男でも女でも、どんな相手も抱き慣れていた。自身の性格と矜持からして、抱かれる側に回ることなどないだろうと思っていたのに、克哉に抱かれる快楽を引きずり出されて以来、ずっと克哉に抱かれ続けている。

 克哉に抱かれた回数はもう数えきれないほどで、克哉の執拗なまでの愛撫も、どこまでも深くつながろうとする貪欲な交わり方もいやというほど思い知らされている。一方で、克哉が極まるときには、レンズの向こうの冷ややかな眼差しが熱っぽく潤み、掠れた呻きを漏らすその顔が凄絶な色気を滲ませることも知っている。そして、事後にそっと触れてくる指が優しくて、時折、驚くほど無防備な素顔を垣間見せることも。

 組み伏せられる屈辱は完全に拭い去ることは出来ないけれど、今までの単に性欲を発散するだけの行為とは違う、深みに落ちていくような濃厚な愛の交わし方があることを克哉と出会って初めて教えられた。

 

「は……ぁ、ん…ふ」

 

 雄々しく育ったペニスを口いっぱいに頬張りながら、克哉がそうしたように苦しさを堪えて、喉の奥まで含んでいく。克哉がかすかに息を詰めた。自分の痴態をつぶさに見詰める男の視線が突き刺さってくるのを肌で感じた。

 脈打つそれを丹念に舐めしゃぶり、先端から滲む潮気のある液体を啜る。奉仕をしているうちに苦しさはいつの間にか消え去り、愛おしささえ感じ始めた。淫らな音を立てながら頭を前後させていると、克哉に顔に手を添えられて動きを止められた。

 訝しんで黒目を上げると、レンズ越しの眸は猛々しい情欲を滴らせていて、飢えた肉食獣のような表情を向けられる。

 

「御堂、もういい。あんたとつながりたい」

 

 いささか乱暴に腕を掴まれて身体を持ち上げられると、足を開いた克哉の膝の上に乗らされた。ぐぐっと克哉の肉塊が狭い内腔を押しひろげて侵入してくる。苦しいけれど気持ちいい。克哉の両肩に置いた手に力を込めて、例えようのない感覚を堪えた。

 

「ああ――っ、ん……、くぅ」

 

 エラの張り出しをどうにか呑み込むと、ずずっと腰が沈んだ。一息に根元まで穿たれて、貫かれる衝撃に喉をくっと反った。尻の肉と腿の肉が密着して押し合う。

 克哉が指を伸ばして結合部をなぞった。克哉の形にみっちりと広げられている薄い皮膚の縁を辿っていく。そうして、御堂が無傷で克哉の雄を咥えこんでいることを確認すると、克哉はおもむろに腰を突き上げだした。

 克哉が腰を動かすたびに、つながったところから快楽の泡が生まれては体内で弾けた。弾力のある亀頭が奥の方にある弱いところを擦り上げる。そのたびに腰が跳ねて、また自重で沈み込んだ。

 

「ひ、ぁ……、あ、ああっ」

 

 喘ぎが漏れ続けて止まらなくなった。壊れたように声を上げ続ける。臍につくほど反り返ったペニスからはトロトロと粘液がこぼれて、竿を伝い、結合部へと滴り落ちた。

 揺さぶられるたびに、擦りあわされる粘膜が燃え、頭の芯が煮え立つ。苛烈すぎる刺激に身体が暴走していく。快楽に溺れる恐怖に無意識に嫌々と首を振っていた。

 

「あ……っ、ダメだ。やめ…っ、も、無理……だっ」

「やめるか?」

 

 言葉ともに唐突に克哉の動きが止まった。すぐそこにあった極みが遠のき、正常な思考が戻ってくる。しばし呆然として克哉を見下ろした。

 

「どうした……?」

「御堂さんが『やめろ』と言うから」

「は?」

「ノーとは言わない日ですからね」

 

 自分がなんと口走っていたかを思い出して、頬が紅潮した。克哉は相変わらずの意地の悪い笑みを口の端に浮かべている。

 拗ねた素振りでぷいと顔を背けた。

 

「そこは……忖度(そんたく)しろ」

「かしこまりました」

 

 慇懃な口調で返すと、克哉は動きを再開しかけて止めた。御堂に向ける眸を柔らかく眇める。

 

「自分のいいように動いてみますか、孝典さん?」

「……ぅ」

 

 下の名前を呼ばれながら、低く甘い声で囁かれると抗えない。

 促されるままに、片膝を立てて、爪先でマットを踏みしめる。そうして、腰をゆるゆると浮かせた。ずるずると克哉のペニスが粘膜をめくりながら引きずり出される。裸のペニスと粘膜がせめぎ合う場所がさらけ出されて、そこを克哉が凝視する。羞恥に肌が粟立った。それでも、克哉のペニスで身体の中を擦り上げるいやらしい動きを止めることができない。

 次第に動きが滑らかになり、克哉が御堂の動きに合わせて下から突き上げてきた。あまりの悦楽に理性の箍が外れる。より強い刺激を求めることに夢中になって腰を振り立てていると、「御堂」と口元に手を添えられて、半開きのくちびるを合わせられた。舌をきつく吸い上げられて、御堂は四肢を引きつらせた。粘膜がぎゅっと引き絞られて、強烈な絶頂に襲われる。

 

「あ、あ――っ」

 

 窒息しそうなほどの悦楽に克哉にしがみついた。両脚を克哉の腰に巻きつかせて身体を引き寄せ、これ以上ないくらいに結合を深める。

 御堂の極みに引きずられたのだろう。克哉がくっ、と呻く声を漏らして、御堂の体内に熱を注いでいく。それを恍惚となりながら受け止めた。

 抱き合った体勢のまま、ふたりしてベッドに倒れ込むと、克哉にそっとくちびるを啄まれた。労わるような優しいキスに、自らもキスを返す。絶頂の余韻にまだ意識が浮ついているようだ。何度もキスを交わしていると、克哉が御堂の肩口に顔を埋めた。そうして囁く。

 

「孝典さん、誕生日おめでとうございます」

「……ッ」

 

 克哉の性器を体内に残したまま、耳元で言祝(ことほ)がれて、どうにもこそばゆい。

 克哉から誕生日を切り出されなければ思い出すこともなかったし、この年齢で誕生日を祝うのも恥ずかしい。それでも、胸がこんなにも暖かく満たされるのは、好きな男が自分の誕生日を祝福してくれるからだ。

 少し照れながら「ありがとう」と小さな声で返すと、克哉が喉を短く鳴らして笑った。

 そうして、ややあって、克哉は御堂の顔を真正面から覗き込んできた。まじめな顔をして聞いてくる。

 

「御堂、それで欲しいものは他にないのか?」

「……そうだな、最後にひとつリクエストしてもいいか?」

「もちろん」

 

 遠慮でも媚びでもなく、ただ、克哉が傍にいればそれだけで十分なのだ。そう伝えようにも、克哉は何か形に残さないと満足しない性分なのだろう。だが、そんな克哉の気持ちも素直に嬉しかった。

 この男は自分の願いをなんでも叶えてくれる。特別な日だからこそ、そして、克哉が相手だからこそ、ワガママを言いたい気持ちになった。だから、本当に欲しいものを口にした。

 

「私を幸せにしろ、佐伯」

「そんなこと、当然ですよ」

 

 普段御堂が口にすることのない甘えたセリフに、克哉が返事がわりにそっと口づけてきた。そんな甘やかな雰囲気に浸りながらも、克哉は一言、付け足してきた。

 

「……あんたは俺がいようといまいと自分で幸せを掴みとりそうだが」

「肝心なところで鈍いんだな、君は」

 

 笑いながら、克哉の腹を小突いた。

 

「私は君の幸せを見たいんだ」

「俺の幸せ?」

「そうだ。……私を幸せにすることが、君の幸せだろう?」

 

 御堂の言葉に克哉は一瞬面食らった表情を見せたが、苦笑しつつ御堂に深いキスを返してきた。

 

「そういうことなら……全身全霊をかけて」

 

 そう言って笑う克哉の顔はいつもの傲岸不遜さを取り戻している。

 互いに笑い合いながら、汗ばんだ肌を拭ったり、乱れた髪を手で撫でつけたり、事後のひと時をうっとりと味わっていると、体内で膨らんできた違和感に御堂は顔をしかめた。

 つながっている部分が圧迫感を増している。克哉のペニスが再び勢いを取り戻していた。

 克哉が宣言した。

 

「休憩時間は終わりだ」

「……まだするのか?」

「誕生日ですからね。御堂さんには歳の数だけイってもらいましょうか」

 

 そう平然と言い放つ男に目を剥いた。

 

「これ以上、無理だっ!」

「まだ始まったばかりですよ。音を上げるのが早すぎやしませんか?」

「ノーとは言わない約束だろう!」

「もう、十二時は過ぎましたよ。魔法が解ける時間だ」

「待て! そんな、よせっ! ……ぁっ、あああ」

 

 不埒に笑う男が御堂の腰を抱えなおした。弛緩していた粘膜が揺さぶられて、きゅっと克哉を締め付ける。

 すぐに燃え狂うような快楽を呼び戻されて、御堂は喘ぐことしかできなくなった。

 いつにも増して、交わす愛の濃厚さと激しさに、今日は特別な日であるということを、御堂は何度も思い知らされたのだった。

 

 

END

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