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​【サンプル】あなただけが知っている

2019年4月21日開催鬼畜眼鏡オンリー『フレーム越しの素顔』で頒布予定のサンプルです。

A5・38ページ・表紙フルカラー/本文モノクロ・ノベルティ付(予定)、予価500円

メガミドハピエン後、同棲後のお話です。

ある時、御堂が担当するクライアント先にMGN社の元同僚がいて、かつて無断欠勤してプロジェクトを放り出してしまった件を取り沙汰されて……。

 日に日に陽射しに輝きが増していく。都会特有の大気のせいか、ほんのりと霞んだ空から注がれる陽射しは、都心のオフィスビルの高層階に位置するAA社のオフィス内を煌めいた光で満たしていた。人も建物も何もかもが輝いて見える、そんな季節だ。

 御堂と二人で始めたAA社は、コンサルティング業も軌道に乗り、同時進行でいくつもの案件を抱えるようになった。さすがに一人では捌ききれず、御堂と分担しているが、それでも社長の克哉は全体を統括する立場にあった。

 そんな初夏のある日、克哉はAA社が抱えているすべてのコンサルティングの進捗状況を確認し、オオタ飲料の案件がいまだに契約に至っていないことに気が付いた。

 同じ執務室内、顔を上げれば目と鼻の先に御堂のデスクがある。デスクで資料を確認している御堂に声をかけた。

「御堂さん、オオタ飲料の件どうなっている?」

「ああ、オオタ飲料か」

 資料から顔を上げた御堂が克哉に顔を向けた。

「企画書は提出しているが、オオタ飲料側からコンペ形式にしたいと申し出があってな。まだ契約には至っていない」

「コンペだと? いまさら何を言っているんだ」

 克哉は眉間に皺を寄せて、不愉快さを顔に出した。もともとオオタ飲料側から声をかけられたコンサルティングなのだ。

 オオタ飲料は古い歴史を持つ中堅どころの飲料メーカーだが、ここ最近ヒット商品に恵まれず、数年連続して売上が落ちてきている。それもあって、新発売する清涼ドリンクの広告戦略とマーケティングについて外部委託する方針となったのだ。AA社に声がかかったのは、すべてのコンサルティングを成功させてきたという快進撃が業界の耳目を集めていたからだろう。先方の感触もよく、とんとん拍子に話が進むものだと思っていたが、一体どこで躓いたのだろうか。

 こちらはすでに市場調査をあらかた終えて、具体的な形の企画書を出している。それをコンペ形式にされて、契約の約束を反故にされたら、これまでにかけた手間と資金がすべて無駄になる。

 御堂は肩を軽く竦めた。

「君が言いたいことは分かる。だが、契約前に先方が言い出したことだしな。拒否すればそれこそ契約の可能性がゼロになる」

「コンペと言ったな。……競合相手はどこだ?」

「ファースト・リサーチ社だ」

「知らないな」

「あちらも起業して日が浅いコンサルティング会社だが、急成長している。あそこの社長の前職はアメリカの有名コンサルティング・ファームのマネージャーだったという鳴り物入りだ」

 そう言って御堂が口にしたアメリカのコンサルティング・ファームは、確かにこの業界では知らぬ者がいないくらい有名なリーディングカンパニーだ。そこのマネージャー職まで昇りつめたとしたら、件の社長は相当の凄腕なのだろう。

 だが、どこか引っかかる。

 克哉はわずかに首を傾げた。

「それにしても変だな」

「何がだ?」

「どうしていきなりコンペ形式に切り替えたんだ。向こうからのオファーだったはずだ」

「……社内でコンペ形式にすべきという意見が出たそうだ」

「しかし、契約はまだとはいえ、こちらが取り掛かった案件だ。それを、いきなりコンペというのは、どういう腹積もりなんだ」

「向こうの本部長の指示だ。私たちに声をかけたのはその部下の部長だからな。上司の命令には逆らえないだろう」

「こっちの足元をみているんじゃないのか。……御堂、俺が担当代わるか?」

 AA社は起業して数年の、それも社長がまだ二十代という若さのコンサルティング会社だ。クライアントから侮られることは往々にしてある。そんな相手は、有無を言わさぬ実力と巧みな弁舌で黙らせてきた克哉だ。今回も自分が出れば事が済む、そんな確信はあった。

 しかし、御堂は首を振った。

「いいや、君が出る必要はない。私がやる」

「……そうか」

 きっぱりと言い切る語調の強さに微かな違和感を覚えた。それでも、高いプライドと能力を併せ持つ御堂が必要ないと言っているのだ。これ以上出しゃばることは止めた方がお互いのためだろう。

 それは、御堂と恋人関係になって、今に至るまでに学んだ付き合い方だ。ベッドでは御堂を自由にできても、仕事に関することまでは意のままに出来ない。御堂の身も心も、思うように操りたい衝動には常に駆られているが、それがどんな惨劇を引き起こすか身をもって知っている。一方で御堂もまた、同じように考えている節がある。プライベートでは克哉の好きにさせることで、そうと気づかぬうちに克哉の手綱を取っているのだ。だから、これ以上、相手の領分に踏み込むかどうかは、駆け引きだ。

 とはいえ、結局のところ、御堂がこうと言い張ったら、何をどうしようと折れることはないので、そこに無駄な体力と精神力を注ぎこむよりも、さっさと退いた方が得策なのだ。

 実際、御堂は、視野の広さとバランス感覚に長けている。そしてまた必要な情報を拾い上げる嗅覚も鋭く、克哉を後方からしっかりと支えてくれている。だから客観的に考えて、御堂を疑う要素などどこにもないことは分かっているし、御堂の実力に関しては微塵も疑っていない。それでも、もう少し恋人らしく自分に頼ってくれればいいのにという不満は残る。しかし、自分だって他人のことはいえない。御堂の前で弱音など吐きたくはない。

 ということで、克哉は言いたい言葉をすべて呑み込んで、

「何かあれば、俺に」

 と言うに留めた。

「もちろん、必要な時は頼む」

 そう返す御堂と視線がかち合った。表情を崩さぬまま疑う眼差しを向けたが、爽やかに微笑まれて躱される。毒気を抜かれて、ふう、と一つ息を吐くと克哉は探る視線を収めた。

 必要があれば御堂から頼むと言っているのだ。それを待てばいい。

 こうして自分を納得させてオオタ飲料のことは頭の片隅に追いやったのだが、事態が思った以上に深刻だと分かったのは、それからしばらく経ってからだった。

 

 

 御堂が外回りに出た日、執務室で一人でデスクワークをしていると、藤田に遠慮がちに声をかけられた。

「佐伯さん、ちょっとよろしいですか? オオタ飲料の件ですが……」

「オオタ飲料は御堂の担当だ」

「それは分かっていますが」

 プロジェクトに関する事柄は担当のリーダーに直接相談するのが筋だ。その筋道を飛ばすと話がこじれる。だから、克哉はすげなく追い返そうとしたが、藤田はその場から動かなかった。それだけではない。どこか思い詰めた顔をしている。克哉は作業の手を止めて、藤田に顔を向けた。

「……何かあるのか?」

「オオタ飲料には、MGN社の竹田元部長がいるんです」

「竹田? マーケティング部の部長の?」

 思いがけない名前に記憶を手繰り寄せた。確か、竹田はMGN社のマーケティング部の部長で、克哉の退職と前後してMGN社を辞めたはずだ。MGN社時代に何度か新商品の企画販売で竹田と顔を合わせたことがあるが、子会社から転籍した克哉を露骨に侮蔑するような根っからのエリート気取りの男だったと記憶している。

 藤田が大きく頷いた。

「ええ。佐伯さんが辞められてから少しして、オオタ飲料に引き抜かれてMGNを辞められました。オオタ飲料ではプロジェクトマネージャー職に就かれているとか」

「それなら御堂とは、元同僚じゃないか。それが、何か問題があるのか?」

 藤田は憚られるように周囲に素早く視線を走らせ、克哉に一歩近づくと小声で告げた。

「竹田さんは、御堂さんに対する心証が良くなくて、競合相手のファースト・リサーチ社を強く推薦しているようなんです」

「どういうことだ?」

「竹田さんは御堂さんより入社年度が上で、開発第一室の部長ポストの最有力候補だったんです。ですけど、御堂さんが竹田さんを飛び越して第一室の部長ポストに就いてしまったのでマーケティング部の部長に追いやられたと聞いています」

「……なるほどな。となると俺に対する心証も良くないわけだ」

「そうですね……」

 藤田の言いたい内容を理解した。もともと開発部にいた竹田は商品開発部の部長のポストを狙っていたらしい。商品開発部はMGN社の花形部署で、そこの部長職は出世コースだ。当然、竹田のみならず御堂の同期も含めてそのポストを狙う人間は多かった。しかし、ライバルたちは皆、社内のコンペでことごとく御堂に打ち負かされて、大きなプロジェクトをさらわれた。最終的に商品開発部の部長ポストを年下の御堂に奪われたことで、竹田は自分が希望していた出世コースを絶たれた。御堂に良い感情を持っていないのは必然と言える。そして、御堂の後任として部長ポストに就いた克哉に対しても当然良い印象はないだろう。

「今回のコンサルでうちに決まりそうだったのを、強引にコンペに持ち込んだのは竹田さんなんです。そして、オオタ飲料で御堂さんの悪口を吹聴して回っているんです」

「悪口?」

 穏やかならぬ話だ。

「ええ。御堂さんはMGN時代に大事なプロジェクト中に無断欠勤をして放り出すような無責任な人間だから、AA社には企画を任せられないと」

「なんだと……」

 悔しそうに唇を噛みしめる藤田の言葉に絶句した。

 憤慨した様子で藤田が続ける。

「それで、企画書にもいろいろ難癖をつけられて。御堂さんはそのひとつひとつに丁寧に対応しているんですけど、あの竹田さんの様子ではいちゃもんを付けるだけ付けて、うちの社と契約する気はないですよ」

「……」

 克哉は手のひらに爪が食い込むほど、拳をきつく握りしめていた。

 御堂が無断欠勤した理由。それは言うまでもなく、自分の行いのせいだ。

 誰もがうらやむポストに当時、史上最年少で就いていた御堂だ。周囲の妬みも相当なものだっただろう。それを、成果を出し続けることで周りを黙らせてきていたのだ。それが、無断欠勤という失態を犯し、御堂はMGN社を辞めるに至り、経歴に汚点を残した。その後、L&B社に転職し、克哉と再会し、共にAA社を起業した。

 AA社はいわゆる小規模のコンサルティング会社だ。一流のグローバル企業であるMGN社とは直接の関わりなどない。まさかこんなところで、御堂の過去が取り沙汰されるとは予想だにしていなかった。

 藤田が克哉にまっすぐと視線を向けた。

「いくら、オオタ飲料がクライアント側だからと言って、これ以上、御堂さんが侮辱を受けるのを俺は見ていられません」

 自分が敬愛する上司だからこそ、貶されるのは黙っていられない。そんな藤田の憤りは痛いほどに響いた。

 胸に針が突き刺さったようにチクンと痛んだ。すべての発端は自分にあることを藤田は知らない。

「藤田、オオタ飲料の件、俺が何とかする」

 そう、声を絞り出すのがやっとだった。

「お願いします」

 藤田は克哉に向かって体を二つに折るようにして頭を下げた。

To be continued......

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