
囀(さえず)りの果実
その日の夜遅く、外回りから自宅に帰った克哉は、顔の下半分をすっぽり覆うマスクを着けた御堂に出迎えられた。
御堂はちらりと克哉に視線を向けただけで黙っている。
「御堂、どうしたんだ?」
玄関に立つ御堂は、くっきりとした二重の切れ長の眸が潤み、眦が仄かに赤らんでいた。御堂は返事代わりに首を振り、克哉に背を向けてリビングへと向かう。克哉は御堂に続いて部屋に入り、ジャケットを脱いでネクタイの結び目を寛げながら、声をかけた。
「もしかして、花粉症とか」
今年の花粉は例年に比べて格段に多いらしい。AA社でも御堂と同じようにマスクを着けて出勤している社員が何人もいる。
御堂は黙りこくったまま、リビングのメモ帳に万年筆で一言書いて、それを破ると克哉に見せた。それを一瞥する。
「風邪、ですか」
メモには『風邪をひいて声が出ない』と書かれていた。そう言われれば以前もそんなことがあったことを思い出しつつ、尋ねた。
「熱は? 医者にかかったのか?」
ここ最近仕事が立て込んで、毎日夜遅くまで残業していた。それで体調を崩したのかもしれない。だが、克哉の気遣いに御堂は首を振って、メモにもう一行書き加えた。
『支障ない』
「風邪は引き始めが肝心ですよ」
そういう克哉を無視して、御堂は黙りこくったまま、更にメモに書き込む。
『何か飲むか?』
「自分でできますよ。温かいお茶でも淹れます」
御堂のお節介を笑っていなし、克哉はキッチンに立った。
コーヒーは喉に良くないだろう。そう思って適当なものを探したら、以前貰ったハーブティーのセットがキッチンに置いてあるのを見つけた。風邪にはちょうど良いだろう。
熱いハーブティーを淹れたティーカップを盆に乗せてリビングに向かって、
「ハーブティーがありました」
と声をかけた。本を読んでいた御堂は、顔を上げて目線だけで克哉に礼を伝えた。風邪は引いていても、顔色は悪くない。ただ、声が出ないのは不便だろう。明日の仕事はどうするか、そんなことを考えながら、リビングのソファでパジャマ姿でくつろぐ御堂に歩みを寄せた。御堂は片手でマスクを取った。ほんのりと頬が上気しているように見えるが顔色は悪くない。
「熱いですよ」
そう言ってサイドテーブルを置こうとした克哉と、視線を本のページに戻した御堂が差し出した手のタイミングが噛み合わず、あ、と思って手を引こうとした寸前、御堂の指先に熱いお茶がかかった。
「熱っ!」
しわがれもなく、掠れてもいない御堂の鋭い悲鳴が上がった。そして、次の瞬間、椅子に座っていた御堂の身体が大袈裟なほど仰け反った。御堂の手足の先が突っ張って震える。
「――ッ!」
「御堂!?」
驚いて、ハーブティーがさらに零れるのも構わず、ティーカップをセンターテーブルに乱暴に置くと御堂の両肩を掴んだ。
単なる火傷の反応にしては大仰すぎる。実は風邪などではなくたちの悪い病気なのではないか。
強張っていた御堂の身体の力が抜けて弛緩する。天井を向いていた御堂の視線が克哉に固定される。その顔を見て息を詰めた。頬を赤らめて、目を潤ませる悩ましげな顔は、強すぎる快楽を堪える顔だ。眼差しを下に這わせていくと、御堂のパジャマのズボンの前が張りつめている。
「御堂……?」
呼吸を整えて御堂が上体を起こした。居心地悪そうに、克哉から視線を逸らして、万年筆を手に取ると、メモ帳に走り書きをした。
『声を出すと、身体が変になる』
「身体が変になる?」
風邪というのは方便らしい。
「変になるというのは、そこが勃つことですか?」
克哉の視線が股間に留まっていることに気が付いた御堂が、羞恥に瞼を伏せて、両膝をもぞもぞと擦り合わせた。
黙りこくったまま否定をしない御堂の様子に、克哉は「ふうん」と呟いて、御堂の耳朶に唇が触れるくらいぐっと顔を寄せた。
「つまり、御堂さんは声を出すと感じちゃうわけですね」
そう囁いて、御堂の耳にふうっと息を吹きかけた。
「ひあっ……――ッ!!」
思わず声を漏らした御堂が、電撃が身体を貫いたかのように、びくっと身体を震わせた。悦楽に戦慄く身体、肌は発情の彩に染まっていく。御堂が口を掌でぐっと押さえつけた。
快楽の波が過ぎ去るまでどうにか耐えて、御堂は克哉をきつく睨み付けた。克哉の悪ふざけを本気で怒っているようだ。
そんな御堂に気付かぬふりをして、ふと気づいてセンターテーブルのティーカップを手に取った。口許に近づけて、その香りを嗅ぐ。甘酸っぱい香りが湯気と共に鼻腔を浸す。
「なるほど、これか」
この香りは柘榴だ。このハーブティーには柘榴が混じっていたのだ。キッチンに置いてあったということは、御堂が飲んだのだろう。原因と理由が分かれば、もう心配することはない。むしろ、この状況を愉しみたい不埒な考えが湧いてくる。
克哉はティーカップを置くと、にこやかに御堂に笑いかけた。
「御堂さん、心配しなくてもいい。すぐに戻りますよ」
「……?」
訝しげな視線を克哉に返しながら、御堂は『どういうことだ?』と口パクだけで克哉に聞いてくる。その問いに応えずに御堂に伸し掛かって、ソファに押し倒した。御堂が抗議の表情で、克哉を蹴り落とそうと暴れるが、それを上手く躱しながら御堂の太ももの上に馬乗りになった。
「ここ、苦しそうですね」
「ん――っ!」
張りつめているパジャマの前をきつく揉みこんだ。克哉を振り落とそうとした御堂が、漏れ出そうになった声を必死に手の甲を噛んで抑えつけた。パジャマのズボンをずり下ろし、下着を窮屈に押し上げている御堂のペニスを解放してやると、ぎちぎちに張りつめたそれがぶるんと弾んで飛び出してきた。
「イくには刺激が足りないのでしょう?」
「ッ!!」
「俺が手伝ってあげますよ」
顔を真っ赤にした御堂がキッと克哉を睨み付けてくる。薄く笑いながら、御堂のペニスに指を絡めた。先端から溢れ出ているとろみのある液体を竿に擦りつけながら、ぬちゃぬちゃと音を立てて、根元から先端まで扱くと、御堂が「んあ」と喘ぐ声を漏らした。途端に、びくりと手の中のペニスが震え、御堂が悦楽の波に襲われる。御堂が強すぎる快楽を堪えながら、両手で自分の口を必死に抑えた。
「――ッ!」
「早く気持ちよくなりたいだろう?」
喉で笑いながら御堂の耳元で囁くと、首をぶんぶん振って、克哉にやめろと訴えてくる。御堂が抵抗しようとするたびに、手を淫猥に動かした。くびれをきゅっと締め付け、先端の割れ目を指で押し開き、敏感な粘膜を指の腹で強めにしごく。そうして御堂の抵抗を挫いていく。御堂の眉が悩ましげにしなり、身体が熱く火照りだした。御堂の理性とは裏腹に、淫らな身体はもっと強い刺激を求めている。
「……ッ、んんっ!」
時折漏れ出る声に、御堂の身体が快楽の鞭に打たれたかのように跳ねる。口を大きな手で塞いで苦しそうに喘ぐ姿に、ぞくぞくと背筋が痺れていく。
「声が出ないように、口を塞いであげますよ」
優しげな声で囁いて、克哉は身体を起こすと、御堂の顔の横に片膝をついて、御堂の胸の上に乗りつつ、自分のスラックスの前を寛げた。
中から既に硬くなった自身を取り出すと、御堂が目を見開いた。
「俺のを咥えて」
御堂の顔がさらに紅潮する。その頬に自身の先端をいやらしく擦りつけると、先端から滲む粘ついたしずくが御堂の頬に光る線を引いた。
拒絶と逡巡が御堂の眸の中で揺れ動く。片手を背後に伸ばして、天を衝くように勃ちあがっている御堂のペニスに指を触れさせた。指先でペニスの形をなぞり、先端の溢れるぬめりを亀頭に擦りつけながら、尿道を爪の先で軽く嬲る。
「くふっ!……んあっ!」
「ほら、早く俺のを咥えないと、声が漏れっぱなしですよ」
甘い声で唆し、御堂の口から手を引きはがすと、整った唇に自身を触れさせた。ほんのわずかなほころびから、ぬるりとペニスを口の中に含ませていく。
「ん……っ」
御堂が躊躇いがちに克哉のペニスに舌を絡めた。御堂の頭を優しく撫でつつ、口内を緩く犯していく。御堂の唇に突き入れる腰の動きに合わせて、御堂のペニスを根元から扱いてやると、克哉の愛撫に慣らされた身体はすぐに過敏な反応を見せた。極みへと責め立てていくと、ぐっと腰の下の身体が強張り、喉の粘膜が締まる。
「――ッ!!」
御堂は溜め込んでいたものをどっと克哉の手の中に吐き出した。
吐精が終わるのを待って、克哉はまだ放っていない自身をずるっと口から引きずり出すと、身体の位置をずらして開かれた脚の間に陣取った。御堂の精液を塗した指で、きつい窄まりをぬちぬちと拓いていく。中を執拗にこすられて、絶頂後の敏感過ぎる肉壁が戦慄く。
「ん……ぅ、……っ」
激しい極みに頭の芯が溶けたのか、御堂は克哉の執拗な愛撫にひくひくと四肢を引き攣らせるだけだったが、唾液でぬらつく滾った自身の切っ先を綻び始めた御堂のアヌスに押し当てると、正気を取り戻したように拒絶の声を上げた。同時にぐっと腰を深々と差し込んだ。
「佐伯っ! やめ……っ、あ、あああっ!」
声帯を震わせた声はすぐさま快感として御堂の全身を貫き、悲鳴は大きな喘ぎに取って代わられた。
腰骨をがっちりと掴んで深いところを突き上げる。中の粘膜がきゅうきゅうと締まって引き抜こうとする克哉のペニスを逃すまいと絡みついていく。絶頂の波が引かないうちにこんな風に激しく責められて、もう、御堂は声を抑えることが出来なかった。その度に性感帯となった声帯が快楽を嵩上げしていく。
「や、あ、あああっ、よせ……っ、ふあっ!」
「御堂さん、気持ちよくなって声を上げて、更に気持ちよくなって。どこまで気持ちよくなるんでしょうね」
「はあっ! やぁ――っ、さえ……っ、あ、ああ」
「もっと鳴いてください」
壊れたように声を上げ続ける御堂は、暴走した快楽に訳が分からなくなっているのだろう。中を抉られるたびにトロトロと白い粘液を先端から零し続けて、蕩けたような煽情的な顔は恥辱と悦楽が混ざり合っている。ぞくりと背筋が痺れた。
「あんたの囀りをもっと聞いていたいが……」
上体を深く伏せて、克哉は御堂の唇に強く唇を押し付けた。とろりとした唾液を呑み込んで、舌をきつく搦めとった。溢れる喘ぎも快楽も何もかも呑み込んで、ともに呑み込まれていく。意識が焼けつくような疼きが身体の奥から込み上げて、衝動に溺れるまま御堂を抉り続け、果てのない極みを迎えた。
「あ、あ……っ、か、つや……ぁ」
恍惚とした表情の男が壮絶な色気を湛えて克哉を捕らえた。それは身も心も壊れていくのような危うさがあって、さらに快楽を研ぎ澄ましていく。
柘榴が見せるひと時の淫夢にふたりして溺れていった。
そうして、翌朝、今度こそ本当に声を枯らした不機嫌な御堂と、片頬を赤く腫らした克哉がお揃いの大きなマスクを着けて出社したのであった。
END