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​【再録】接待の定理(御堂×眼鏡)

 そもそもの始まりは克哉のひと言からだった。
 休日の朝というには遅い時間。先に起きてシャワーを浴びた克哉が、御堂の分までコーヒーを淹れていた。遅れてシャワールームから出てきた御堂が、まだ乾ききっていない髪をかき上げつつダイニングテーブルにつく。
 御堂の正面に座った克哉はマグを片手に、唐突に口火を切った。
「御堂さん、一つ聞いていいか?」
「何をだ」
 こんな風に克哉が前置きを口にした時点で御堂は警戒心を持つべきだったが、寝起きの頭ではそこまで思考が回らず、御堂はコーヒーを口に含みながら眠たげな顔を克哉へと向けた。
「MGN社であんたが俺に接待を求めたとき、本心は何を考えていたんだ?」
「なんだ、いきなり」
 あまりにも不意打ちの質問に、あやうくコーヒーを吹き出しかけて御堂は噎(む)せた。口元を手の甲で覆って呼吸を整えながら、無関心を装って返事をする。
「昔のことだ。忘れた」
「本当に?」
「ああ」
 克哉が探るような眼差しを向けてくる。その眸を正面から見返すことが出来なくて、御堂はわずかに目を伏せた。
 昔、というほど昔ではないが、あの日から今までに色々ありすぎた。忘れた、というよりは、忘れたい、というのが御堂の本音だった。
 あの日、売上目標を引き上げた御堂を追いかけて克哉は執務室までやってきた。そして、御堂に売上目標の上方修正を見直せと迫ったのだ。
 たかだか営業を委託した子会社のヒラ社員でありながら、克哉の態度はあまりにも傲慢不遜だった。御堂と対峙した克哉のレンズ越しの双眸は、ぶれることなく御堂を真正面から射貫く。そんな克哉を前にして、理由の分からぬ焦燥感と苛立ちが込み上げてきたのは今でも覚えている。
 克哉は一口、コーヒーを飲んで口を開いた。
「接待の場所にホテルの部屋を指定していたな。それに、ただ酒の席を用意するという意味ではない、とも言っていた。要はセックスの相手をしろという意味でしょう?」
「そうだったか……?」
 しらを切り通そうとしたところで、克哉はふてぶてしい口調で言う。
「つまり、あの時の御堂さんは、俺に抱かれたかったということか?」
「は?」
 あんぐりと口を開ける。
「ば……馬鹿を言うな! あんな生意気な態度の君に私が抱かれたいだと!? どういう思考回路をしているんだ!」
「なんだ、ちゃあんと覚えているじゃないか」
「っ……」
 思わず一気(いっき)呵成(かせい)にまくし立てた御堂に、克哉はにやりと笑う。
 克哉の誘導尋問に引っかかってしまったのだ。
 返す言葉に詰まるが、それでも、場の流れを断ち切るように、御堂はぷいと顔を背けて言った。
「もう良いではないか。しつこいぞ。あのときのことは忘れた」
 突き放す強さで返すが、克哉は追及の手を緩めなかった。
「あんたは、そうやっていつも、下の立場の人間に性的な接待を要求してきたのか?」
「違う!」
 そこはさすがに否定せねば気が済まなかった。
 確かに、御堂は克哉に出会うまでは女でも男でも性的な欲求を感じたら抱いた。恋人と言える関係にあった人間も何人もいた。だが、大抵、短期間で関係は終了してしまっていた。それは、相手に要求するものが互いにかけ離れていたのだからだろう。当時の御堂にとって、恋人は鬱陶しく感じたらすぐさま別れる。それくらいの軽い存在だった。
 御堂が性的に慎ましやかであったとは言えないが、あんな風に自分の立場を利用して無理強いをしたことはなかったと断言できる。そもそも、そんなことをする必要はまったくなかったのだ。御堂が誘えば、誰も彼も誘いに乗った。それくらい、御堂は同性異性を問わず、周囲から特別な関心を向けられていたし、それを自覚していた。
 だが、そんなことを口にすれば克哉の余計な嫉妬を煽ることは火を見るよりも明らかなので、黙っておく。
 御堂は、ふう、とこれみよがしにため息を吐いた。
「どうしてそんなことばかり聞くのだ。今となっては反省しているし、もう二度とああいうパワハラはしない」
「セクハラではなくて?」
「君がそれを言うか?」
 むしろ、克哉こそハラスメントに収まらない犯罪行為を御堂にしたのだ。それを暗に含むようにして非難めいた視線を克哉に向けるが、当の克哉はどこ吹く風で言葉を続ける。
「それで、御堂さんは俺がのこのことホテルの部屋にやってきたら、どうするつもりだったんです?」
「……まだ言うか」
 克哉はどうあっても御堂の真意を問いただしたいらしい。まっすぐな眼差しは御堂を見据えて離さない。
 言い逃れしようにも、克哉は自分を納得させる答えがない限りは、どこまでも執拗に追い詰めてきそうだ。克哉のしつこさは嫌という程知っている。うんざりしつつも煤(すす)けたような記憶を掘り起こした。
 あの日、克哉に性的な接待を要求した自分は、克哉をどうしてやろうと考えていたのだろうか。
 この鼻持ちならない子会社の若手に、御堂との立場の違いを屈辱的な方法で分からせてやろうと思ったのは確かだ。だが、本当にそれだけの理由なのだろうか。
 克哉は態度こそ厚かましかったが、容姿は悪くなかった。むしろ、御堂の好みのタイプだった。あんな風に対立さえしなければ、別の可能性もあったのかもしれない。
 しかし、どれほど考えようにも、所詮は過ぎ去りし日の話だ。今更どうこう言ったところで、何かが変わる訳ではない。つまり、今、求められる答えは真実よりも克哉を満足させる解答だろう。
 寝起きの頭を一生懸命働かせているうちに、何故自分がこんな風に追い詰められなければいけないのかと反感が沸いてくる。御堂は、ふん、と鼻を鳴らして言った。
「佐伯、そんなにあの日のことが知りたいのか?」
「ああ」
「君にその覚悟があるなら、たっぷり教えてやる」
「覚悟?」
 首を傾げる克哉に意地が悪い視線を向ける。
「あの日、私は言っただろう? 本当に何でもするのかと」
「やっぱりそう言っていただろう」
「……今、思い出したのだ」
「ふうん」
 またもやうまく自白させられた気がしないでもないが、片眉を吊り上げて克哉のレンズ越しの双眸を睨み付ける。
「私に何をされても良いというなら、あの日、私が何をする気だったか再現してやる」
「その程度の覚悟ならいつでもありますよ」
 平然と返す克哉に御堂は眉根を寄せた。
「私に抱かれることになるかも知れないぞ?」
「まったく問題ない」
「ほう……。では、再現しようではないか」
「それは楽しみだ」
 売り言葉に買い言葉だ。克哉の本気がどの程度のものか試してみるのも悪くない。
 克哉にはしっかりと釘を刺しておく。
「君は子会社のヒラ社員で私は親会社の上司だ。それを忘れるな」
「もちろんです、御堂部長」
 御堂部長、と強調して、克哉が口元に薄い笑みを刷く。
 御堂は手元にあるメモ帳にさっとホテル名と時間を書いて克哉に渡した。
「ここに来い」
「承知しました」
 克哉は深々と御堂に頭を下げてみせた。

 

 その日の午後、御堂はスーツをきっちりと着込んでホテルにチェックインした。
 結局、あのやりとりの後、いつも通りに二人でランチを食べて、御堂だけ先に着替えて部屋を出たのだ。
 ホテルの部屋は、落ち着いたダークブラウンの色味で統一されており、高層階の窓からは東京の街並みが一望できた。夜ともなればきらびやかな夜景が壁一面の窓に展開される。克哉と暮らす二人の部屋からの眺めも申し分ないが、ここからの眺めもまた格別だ。
 MGN社からもアクセスが良いこのホテルは、ラウンジに雰囲気の良いバーもあり、御堂はプライベートでもよく利用していた。そして、かつて、克哉に来いと指定したホテルでもある。結局、あの日、このホテルを使うことはなかったが。
 窓辺に立った御堂は景色に視線を流しながら、感傷にも似た気持ちに浸っていると、ドアがノックされた。
 意識をこの場に戻し、部屋のエントランスへと向かった。扉を開くと、そこにはスーツを隙なく着込んだ克哉が立っている。
「お待たせしました、御堂部長」
「時間通りだな」
 てっきり、いつもの余裕に満ちた表情をしているのかと思いきや、克哉は神妙な顔をして御堂に頭を下げた。
 御堂は一歩足を引いて、扉を大きく開いた。克哉に部屋の中に入るように促す。
「約束通りこの場に来ましたので、あの売上目標を取り下げていただけますか?」
 克哉は部屋に入ると、慇懃丁寧な口調で御堂に伺いを立てる。克哉は本気であの日をそのまま再現するつもりのようだ。
 わざわざホテルの部屋までとって、冷静に考えれば馬鹿馬鹿しい気持ちもあったが、克哉があくまでもその気なら付き合うのも悪くない。
 御堂は居丈高(いたけだか)な態度で言った。
「何を言っている? この部屋に来たら売上目標を下げると私は言ったか?」
「いえ……」
 克哉が口ごもる。御堂は口元を嘲笑の形に歪めた。
「佐伯、私はなんと言った?」
「……俺があなたを接待すれば売上目標を取り消すと」
「ちゃんと覚えているではないか。君は何でもすると言っただろう。あの言葉はその場しのぎの嘘だったのか?」
「いいえ」
「では君の誠意を見せてもらおうか」
「はい」
 芝居めいたやりとりであっても、こうして克哉に上からの立場で命令するのは悪くない。次第に嗜虐心が沸いてくる。
 克哉を立たせたまま、自分は部屋のソファに座った。薄く笑いながら、克哉にひと言告げる。
「服を全部脱げ」
「はい」
 克哉はジャケットを脱ぐと、ネクタイのノットに指を入れてその場に落とした。シャツのボタンを上からひとつひとつ外していく。克哉の滑らかな肌が露わになった。
 克哉はシャツまで脱いで上半身裸になってから御堂に向かい合った。
「これで良いですか?」
「私は全部脱げと言ったのだ。何度も言わすな」
 冷ややかな口調で言うと、克哉はわずかに眉をひそめたが、口答えはしなかった。渋々といった表情でベルトを外し、スラックスを脱いだ。靴下も脱ぎ、アンダー一枚の格好になる。その最後の一枚も御堂の前で脱ぎ去った。
 全裸に眼鏡をかけただけの克哉が御堂の前に立っている。それに対して、御堂は、ジャケットは脱いだものの、上下しっかりと着込んだ姿だ。二人の身に纏うものの差がそのまま立場の違いを如実にしていた。
 御堂はソファの背もたれに体重をかけて、足を組んだまま克哉の身体に不躾な視線を這わせた。毎晩目にしている克哉の身体ではあるが、この午後の明るい日差しが差し込む部屋でまじまじと眺める経験はそうはない。
 克哉は大学時代、バレーボールをしていたと聞いた。スポーツで培ったのだろうか、長い四肢に優れた骨格を持っているが、鍛えすぎている肉体ではない。体躯には無駄のない筋肉が乗り、張りのある皮膚が覆っている。
 両胸の慎ましやかな尖り、鳩尾から腹筋で締まる腹部は筋肉の流れが透けるように引き絞られている。しなやかな腹筋がくだる先には叢(くさむら)があり、その中心には成人の男であることを示す立派なペニスと陰嚢が垂れている。
「……」
 物のように鑑賞されて、さすがの克哉も口を一文字に結んで居心地が悪そうにしている。存分に克哉の身体を眺めた後、御堂はようやく立ち上がった。克哉へと歩みを寄せる。
 床に落ちた克哉のネクタイを拾った。それで目隠しをすべく克哉の眼鏡に触れようとしたところで、克哉がふい、と顔を背けた。
「目隠しはしないでくれ」
 といつもの克哉のふてぶてしい口調で言う。
「嫌なのか?」
 そう尋ねれば克哉が「ああ」と頷いた。
「あんたがどんな顔をして俺をいたぶるのか見ていたい」
「悪趣味だな。それに、私が君をいたぶるつもりだと?」
「違うのか?」
「……否定はしない」
 顔を見合わせて意味ありげな笑みを交わし、ふたたび親会社の部長と子会社のヒラ社員の関係に戻る。
 御堂は克哉のネクタイをあきらめると、せいぜい高慢に聞こえるよう、命令した。
「佐伯、ベッドの上に乗れ。脚を開け」
「はい」
 克哉は大人しくベッドに乗り上がり腰を下ろすと、御堂に向けて膝を立てて、脚を開いた。
 御堂も続いてベッドに乗ると克哉の脚の間に身体を入れた。顔が近づき、克哉と視線が絡む。
 素直に命令に従いつつも御堂を見つめ返すその顔は、横暴な接待の要求に怯える社員のそれではない。淫靡な期待が表情に見え隠れしている。
 御堂は呆れつつ言った。
「佐伯。もう少し、緊張した顔をしろ」
「緊張しっぱなしですよ。御堂部長に何をされるのか、不安で心臓が爆発しそうだ」
「本当か? 確かめてやる」
 御堂は自らのネクタイのノットに指を差し入れ、首元を寛げると、克哉の首筋に唇を落とした。そのまま、柔らかなキスをするようなタッチで滑らせながら、鎖骨の張り出しを辿る。見えるところを吸い上げて痕を付けてやりたかったが、そんなことをすると後でやり返されるのは目に見えているので、慎重に唇を触れさせる。だが、克哉の左胸まで辿り着くと、乳首をきつめに吸い上げた。
 トクン、と克哉の鼓動が振動となって触れあったところから伝わってくる。克哉の心音を口に含んでいるようで高揚してきた。しつこく舌で舐(ねぶ)ると胸の尖りはあっという間に硬くなって、赤く色づいた。くすぐったいのか、ねだっているのか、克哉の胸が反らされる。
 たっぷりと乳首を堪能し、唇を下ろしていく。形の良い臍にキスし、まだ柔らかい克哉の性器を口に含んだ。
 克哉が喉の奥で微かに息を呑む。
「っ……」
 敏感な丸みを、舌を絡めるようにして転がし、先端の切れ込みを舌先で突くと、克哉のそれはあっという間に兆しを見せた。じゅわりと潮気のある液体が口の中に広がっていく。
 口に含みきれないほどに大きくなったものを根元から上まで、舌と頬の粘膜で形をなぞり、たっぷりと唾液と絡めて擦りあげる。
 御堂に口淫を施されて、熱っぽい吐息を吐きつつ克哉が口を開いた。
「俺がしなくて良いんですか」
「君は大人しくしていろ」
 張り詰めたペニスから口を離して克哉を黙らせると、あらかじめ準備していた潤滑剤を手にとった。
 指にたっぷりと透明なジェルを絡めて、狭間の奥へと手を伸ばす。そこに指先が触れた途端、克哉の内腿が引き攣れた。ジェルのぬめりを借りて指先をぬぷりと潜らせるが、そこは想像以上に窮屈だ。
 顔を上げて克哉を見れば、克哉は目を瞑り、激しい違和感を堪えるような顔をしている。まさかと思いつつ訊いた。
「佐伯、もしかして初めてか?」
「記憶にある限りはそうだな」
 克哉の言葉に驚いた。御堂との関係において、克哉は常に御堂を抱く側だった。だが、御堂をけしかけてこんなシチュエーションを再現させるくらいだから、てっきり抱かれた経験もあるのかと思っていたのだ。
 それでも、そうと聞いて、どこか嬉しく思う自分がいた。その一方で、このままこの先に無遠慮に踏み込んで良いものかどうか迷った。
 身体を起こし、克哉に確認した。
「止めておくか?」
 克哉の身体の負担を気遣っての言葉だったが、克哉は瞼を押し上げ御堂を見据える。
「あのとき、あんたは俺が初めてだったら止めるつもりだったのか?」
「……いや、きっと続けたな」
「それなら、このまま続けろ。遠慮は要らない」
「本当に、良いのか?」
 それでもしつこく問う御堂に、克哉は挑発的な眼差しを向けて、慇懃な口調で言う。
「御堂部長のお好きなように続けてください」
「言ったな。それでは好きにさせてもらうぞ」
 誰にも抱かれたことのない克哉を、抱く。
 そう意識した途端に飢餓のような発情に襲われた。この澄ました顔をする男が、御堂に抱かれてどう乱れるのか見てみたい。
 ふたたび窮屈な部分への愛撫を再開した。先を急く気持ちを抑えながら、ぎちりと指を締め付けてくるそこに丹念にジェルを塗り込んでいく。
 シーツを掴む克哉の手に力が籠もる。息を詰めては吐くことを繰り返す克哉に、気を紛らわせるように前を刺激しながら、指を奥まで含ませていった。
「……ん」
 時間をかけて指を増やした。指を動かすたびに内腔のジェルが粘ついた音を立てる。ようやく、克哉の身体が異物を受け容れられる準備が出来たと判断したところで、御堂は指を抜いて、言った。
「佐伯、私のを咥えろ」
 身体を強ばらせて御堂の愛撫に耐えていた克哉がのろのろと動いて、御堂の股座(またぐら)に顔を伏せた。
 克哉は手慣れた仕草で御堂のベルトを外し、ファスナーを下ろし、アンダーからペニスを取り出した。そこはすでに張り詰めていて、大きくなっているペニスを克哉は頬張るように咥えた。熱くぬめる舌が御堂のペニスを這い回る。根元を指で扱きながら、頭を前後に振り、御堂の感じるところを巧みに刺激してきた。唾液をたっぷりとまぶし、じゅぷじゅぷと音を立て、技巧を凝らしたしゃぶり方をこれみよがしに見せつけてくる。
 ぞくぞくとした興奮が込み上げ、克哉の頭を撫でる指に力が入った。御堂の悦ばせ方を熟知しているこの男をこれから抱くのだ。
「もういい」
 そう言って、克哉の髪を引っ張って、無理やり顔を上げさせた。これ以上されたら放ってしまう。
 不承不承に口淫を解いた克哉の唇から顎は、唾液で濡れててらてらと光っていた。ふだんの冷たい鋭さをみせる克哉の容貌が、みだりがましい顔になり凄絶な色気を漂わせている。
 心臓が早鐘を打ち出した。
 克哉の裸は見慣れたもので、セックスだって回数を数える気にならないほどしている。
 それなのに、抱かれる立場から抱く立場に代わっただけで、こうも緊張するのは何故なのか。かつての自分だったら、この男をどうやって屈服させるか、そんな嗜虐心に駆られながら抱いていたはずだ。
 御堂は胸に抱く緊張を悟られないよう、膝立ちにさせた克哉に下肢を跨がせた。
「腰を下ろせ」
 御堂の言葉に、克哉がゆっくりと腰を落としていく。自分のペニスを手で支え、克哉の後ろを探りながら位置を合わせる。
「く……っ」
 先端にぐっと圧がかかる。克哉の顔が大きく歪んだ。狭い場所を無理やり拓かれる感触が苦しいのだろう。それでも、克哉は唇を噛みしめたまま結合を深める動きを止めようとはしない。少しずつ、結合が深まり、克哉の中に咥え込まれていく。
 ようやく一番狭いところを抜けると、柔らかで潤んだ粘膜が御堂を包み込んできた。すべての神経が、繋がったところに集中したかのようだ。どこまでも感覚が研ぎ澄まされて、窮屈な内腔を擦りあげるたびに火傷しそうな熱を感じてしまう。
 初めて男を受け容れる克哉を労りたい気持ちと、更に深いところまで侵略したい気持ちが相克(そうこく)する。
 半ばまで呑み込まれたところでついに堪えきれなくなり、御堂は克哉の腰を掴んで強く突き上げた。
「っ、……くあっ」
 突然動きだした御堂に、克哉が呻く声をあげる。その声さえ、御堂の欲情を煽るだけだった。
 克哉に抱かれてから、誰かを抱くということはなかった。それが今、鮮やかな快感を伴って、御堂の征服欲を焚きつけてくる。
 深く貫かれて動けなくなった克哉の代わりに御堂が強く重く、腰を揺すった。
「ぁ――っ」
 何度目かの突き上げで、うまく角度と深度が噛み合ったらしい。掠れた声と共に、ずくんと克哉の腰が落ちて、太腿に尻肉の重みがかかった。これ以上ないくらいに深く繋がる。内臓を押し上げられる苦痛に克哉が喘ぐ呼吸を繰り返した。
 串刺しにされた衝撃から克哉が立ち直るのを待って、言った。
「佐伯、自分だけ楽しんでないで、動け。君は私を接待するためにここにいるのだろう?」
 意地悪な口調で言うと、克哉は潤んだ双眸で御堂を軽く睨み付けてくるが、素知らぬ顔で受け流す。克哉だって散々御堂を鳴かせてきたのだ。これくらいの意趣返しは許されるだろう。
「う……ぁっ」
 克哉はシーツに付いた足に力を込めて、慎重に腰を上げる。ずるりと粘膜をめくりあげながら深々とはまった御堂のペニスを引き抜いていった。
 克哉の口や手で施されるのとはまた違う、熱く潤んだ粘膜に擦りあげられるのが、たまらなく気持ち良い。
 克哉は抜けるギリギリのところまで腰を上げて、ふたたび腰を落としてくる。克哉の緩く勃ちあがっているペニスに指を絡め、動きに合わせて根元から擦りあげれば、 みるみるうちにそこが反り返り、克哉が熱っぽい息を吐く。
 漲った御堂のものが克哉の中を出入りするのを目の当たりにした。
 克哉が誰にも触れさせたことのない場所に触れることを、御堂は許されている。
 欲望のまま乱暴に動きたくなるのをかろうじて堪えて、克哉の良いようにさせた。次第に、克哉の腰の動きがスムーズで淫猥なものになっていく。克哉もまた新たな悦楽を見つけたようだ。こんな時まで、克哉はベッド上での天賦の才を発揮している。発情した身体を惜しげもなく使い、互いを欲情で満たしていった。
 昂ぶりきったところで、克哉が動きを止めた。眼鏡の奥の眸が眇められ、御堂を見下ろしながら薄い唇が動く。
「御堂部長、ご満足いただけていますでしょうか」
 こんな時にまで、克哉は克哉だ。
 朱が差した目元、汗を刷いてしっとりと濡れた肌。ぞくりと寒気を感じるほどの色気をまとっている。
 克哉と視線を重ね、素直に答えた。
「ああ、とても」
「それは良かった」
 そう言って、克哉が微笑んだ。
 いとおしさが込み上げて、思わず込み上げた言葉を、唇を押し付けることでごまかした。
 克哉が御堂にしがみつく。御堂もまた、克哉の背中に手を回して上半身を引き寄せた。
 不意に既視感に襲われた。
 これは、まるであの日のようだ。
 克哉と再会し、初めて想いを交わしたあの日。こうしてホテルで切羽詰まったように肌を重ねた。あのときもこんな体勢で、克哉と向かい合って互いの顔を見ながらしたのだ。
 心を通じ合わせることで、ただのセックスでは得ることの出来ない何かが体中を満たしていくのが分かる。
 ふたたび動き始めた。今度は御堂も突き上げる。
 苦痛と快楽がない交ぜになった克哉の顔は壮絶にいやらしい。
 お互いの動きを噛み合わせ、狂おしいほどの快楽を分かち合った。自然と顔が近づき、あと一歩の距離を伸ばした舌先で触れあう。絡めた舌が震え、とろりと伝わる唾液までも貪る勢いでキスを交わした。下半身と口で激しく交わり続ける。
 途中から、接待という本来のシチュエーションを忘れていた。これでは恋人に対する抱き方だ。
 克哉の熱の形を手で確かめる。いつもなら御堂を翻弄するそれが、今では御堂の手の内で愛撫されるがままだ。
 突き上げるたびに、克哉のペニスから大量の先走りが溢れて二人の下腹に散り、極みがすぐそこにあることを示していた。
 大きな快楽の奔流に攫(さら)われる。奥深いところに突き入れた瞬間に熱が弾けた。それとほぼ前後して克哉が御堂の手の中で放った。
 心臓が痺れるかのような絶頂に頭がくらくらする。濃すぎる悦楽の余韻に浸りながらゆっくりとキスを解けば、ほんの間近から克哉に眸を覗き込まれた。御堂の眸を通して、心の奥の奥まで探られる。
 御堂が克哉を抱いてどれほど感じていたのか、言葉にせずとも雄弁に伝わったようだ。御堂もまた、克哉の眸を見つめ返した。
 静謐な湖面のような双眸がレンズ越しに欲情の色を湛えている。克哉の目が甘く眇められた。その濡れそぼった口元に満足げな笑みが浮かぶ。御堂もまた、同じだけの微笑みを返していた。

 

 ようやくつながりを解いて、それでも離れがたく汗ばんだ肌を沿わせながらベッドに横たわる。克哉はよほど負担が大きかったのか、いつの間にか寝入っていた。
 日は落ちて、部屋には薄闇が忍び込んでいた。このままルームサービスで夕食を済ませるか、それとも克哉を起こしてホテル内のレストランを利用するか、そんなことを考えながら、傍らの克哉へと顔を向けた。
 精緻に整った顔立ち、その真ん中にすっと走る鼻梁(びりょう)は高く、形の良い唇は薄く開かれ規則正しい呼吸を紡いでいる。御堂は、克哉の額に張り付く前髪を指で払いながら無意識に口に出していた。
「克哉、あいしてる」
 ぴくりと克哉の瞼を縁取る長い睫(まつげ)が震えた。瞼が押し上げられ、色素の薄い虹彩が御堂に向けられる。
「あんたは、接待させた下請けにそんなことを軽々しく言うのか」
 咎めるような口調で言われた。まだ、そのシチュエーションは続いているらしい。苦笑しつつ、克哉の額を指で小突いて言った。
「馬鹿、君だからに決まっているだろう」
「ふうん」
 克哉は考え込むように天井を眺める。その顔が今までになく深刻に見えた。
「佐伯、何を考えているんだ?」
「……あの時、俺があんたの部屋に押しかけなければ、こんな風にあんたと結ばれていたのだろうか」
「……さあ、どうだろう」
 否定も肯定もしなかった。
 存在しない過去をいくら考えても、答えは誰も分からない。
 自分が選択しなかった過去、その先にどんな未来があったのか。誰しもが想像を巡らす問いだ。克哉はそんな感傷めいた気持ちに襲われたのだろうか。だから、かつての接待の話を持ち出して、当時の状況を再現したのだろうか。
 だが、二度と戻ってこないのだ、あの時間は。御堂と克哉の関係は抜き差しならないところまで進んでしまった。お互いに抱く感情をなかったことにすることは出来ない。だから、こう答えた。
「ひとつ言えるのは私たちの今があるためには、私たちの過去は必要な過去だったのだ」
 御堂と克哉は遠回りしたのかもしれない。だからといって、あの過去は無駄だったとは思いたくない。
 はっきりと言い切った言葉に、克哉は「そうだな」と言ってゆっくりと頷いた。
「それを知りたくて、こんなことを?」
「まあ、それもあるが……」
 克哉は御堂へと顔を向けて、ニッと笑う。
「あんたは俺に初めてをくれただろう。だから、俺もあんたに同じものをあげたかった。それに、あんたが誰かを抱く時どんな風に抱くかも知りたかったしな」
「な……」
「あんたは俺の最初で最後の男になったんだ。それでいいだろう?」
「まったく君という男は……」
 御堂のアナルヴァージンは克哉にあげたのではない、奪われたのだ。
 それと比べれば、今回は御堂が無理やり奪ったという体裁だが、所詮プレイの範疇だ。とても平等とは言えないが、それでも、克哉の真摯な気持ちと覚悟は伝わったし、許すとしよう。
 それにしても御堂を自分の最初で最後の男にするために自らの身体を差し出すとは、克哉の底なしの貪欲さには呆れるを通り越して感心してしまう。
 そして、そんな克哉がたまらなくいとおしい。
 自分はどうしようもなく克哉が好きなのだろう。
 克哉の顔を両手で挟むと、ゆっくりと唇を重ねた。ついばむようなキスを繰り返していると、克哉が唇を触れさせながら囁いた。
「もう一回ヤるか?」
「そうだな。次は、君はどちらがいい?」
 抱く側か、抱かれる側か。
 問われた克哉は御堂の耳元に唇を寄せて囁いた。
 御堂はくすりと笑い返し、さらなる快楽を呼び戻すため、互いの肌を重ね合わせた。


                                                                          END

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