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​【サンプル】深淵に眠る月

2019年4月21日開催鬼畜眼鏡オンリー『フレーム越しの素顔』で頒布予定のサンプルです。

CP:ミドメガ

A5・32ページ・表紙フルカラー/本文モノクロ・カラー口絵一枚、漫画11P、小説14P、予価400円

嗜虐の果てEDの補完。漫画(Liberate さや著)と小説(みかん猫)の合同本になります。

乳首、性器に対するピアッシング描写がありますのでご注意ください。シリアス、切ない系のお話です。

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 初夏の夜の心地よい風が頬を撫でる。克哉はMGN社のビルを足早に出たところで背後から唐突に声をかけられた。

「おい、克哉!」

「……本多か」

 振り向けば、本多が手を大きく振りながら駆け足で向かってくる。ここで本多に捕まっても良いことはないだろうとは思ったが、あからさまに避けるわけもいかずに、克哉は足を止めた。

「もう仕事は終わったのか?」

「……ああ」

 端的に返事をすると、本多が顔を綻ばせた。「それなら……」と口を開きかけた本多の言葉が続かぬうちにきっぱりと言った。

「飲みなら断る。そんな気分じゃない」

「相変わらず付き合い悪いな。お前、ことごとく飲み会断っているだろう」

「用事はそれだけか?」

「おい、ちょっと待てよ」

 さっさと会話を打ち切って帰路へと足を踏み出そうとしたところで本多が克哉の前に飛び出した。進路を邪魔されて、浮かせた足を仕方なしに戻す。

「まだ何か用なのか?」

「今回の飲み会は、片桐さんの送別会なんだ。だから、顔だけでも出してくれないか?」

「片桐さんの?」

 想定外の本多の言葉に虚を突かれた。

「まさか、辞めるのか?」

「詳しいことはおいおい話す。克哉も世話になったろう? だから、乾杯だけでもしていけよ」

「……」

 腕時計に目を落とした。

 一時間くらいなら、なんとか誤魔化しがきくかもしれない。

「……一杯だけなら」

「助かるぜ!」

 本多は顔をパッと輝かせると、すぐに道路に向かって身を乗り出し、流しのタクシーを止めた。後部座席の奥に乗り込むと続いて本多が乗り込んでくる。二人で繁華街の居酒屋に向かった。

 図体の大きい本多に、窮屈に押し込められながら口を開いた。

「それにしても、この中途半端な時期に辞めるって何か事情があるのか?」

「店に着いたら話す。……運転手さん、そこで」

 店の前にタクシーを付けて料金を支払って降りる。本多が名前を名乗ると個室へと案内された。扉が開かれて中に入ったところで、克哉は騙されたことに気が付いた。案内されたテーブルは二人席だ。胡乱な視線を本多に向けた。

「どういうことだ、本多? 送別会じゃなかったのか?」

「そうでも言わないとお前、俺に付き合わないだろう」

「帰らせてもらう」

「待てよ!」

 部屋から出ようにも、本多が出入り口をしっかりと塞いで仁王立ちした。梃子でも動かない様子だ。

「どけ、本多」

「克哉、お前、ここ最近ずっとおかしいぞ」

「……」

「付き合いも悪いし」

「そうだとしても、それをなんでお前にどうこう言われなくてはいけないんだ」

「……それに、なんだか思い詰めた顔をしている」

「俺がどんな顔をしてようと俺の勝手だろうか」

 ぞんざいな克哉の言葉と態度に本多は怒るかと思いきや、肩を大きく竦めて深いため息を吐いた。

「いいから、俺に一杯付き合え。一杯付き合うまでは帰さない」

「ふざけているのか」

「いいや、俺は本気だ」

 真正面からにらみ合うが、本多は一歩も譲る気がないようだ。しばらく視線をかち合わせて火花を散らしたが、折れたのは克哉の方だった。力で勝負しても本多には勝てない。それならさっさと一杯だけ付き合って帰った方がよっぽど早く帰れそうだ。くるりと本多に背を向けると、椅子を乱暴に引いてテーブルに着いた

「一杯だけだぞ」

「交渉成立だな」

 一転してパッと表情を綻ばせた本多は、克哉の正面に座ると店員を呼んだ。克哉が口を開く前に「ビール大ジョッキふたつ」と注文する。勝手に注文されて「チッ」と大きく舌打ちしたが、本多は素知らぬ顔だ。

 すぐにジョッキになみなみと注がれたビールが運ばれてきた。本多はネクタイを緩めてスーツのジャケットを脱ぐと、ジョッキを高らかに掲げた。

「それじゃあ、乾杯!」

「……乾杯」

 乗り気でない態度を全面に出して乾杯したが、目の前で本多はうまそうにビールを呷(あお)りだした。視線が合うと、口元にビールの泡を付けながら男前な顔を崩してにやりと笑う。

「克哉、お前もネクタイ緩めたらどうだ? ジャケットも脱げよ。暑いだろう」

「すぐに帰るからこのままで問題ない」

 冷たくあしらった。

 ネクタイはきっちりと結ばれたままで、家に帰るまではジャケットの上着も決して脱いだりはしない。ジャケットの下も長袖のシャツだ。日中は熱さを感じる季節になってきたが、キクチの営業時代と違ってMGN社に勤めだしてからはほとんど内勤だ。空調がしっかり管理されている室内ならこの服装で問題ない。

 出社してから帰宅するまで、この服装を乱すことは一切なかった。克哉にはそうしなければならない理由があるのだ。

 本多はにこやかな表情を崩さないまま、つまみをいくつか注文した。

 さっさと一杯飲んで帰ろうと思うが、大ジョッキのビールをひと息に飲むのはなかなかキツい。諦めて手に持っていたジョッキをテーブルに置いた。

「……それで、用件は何だ?」

 こんな拉致まがいの状態で飲み屋に連れてこられて、こっちはいい迷惑だ。きつい眼差しと口調で問うと、本多はまじまじと克哉を見返してきた。

「お前、何かあったのか?」

 

To be Continued……

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