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棘の褥

 ギギッ、ギッ、と耳障りな音を立てて、ベッドのスプリングがきしんだ。場末のビジネスホテルだ。御堂が身じろぎをするたびに安物のベッドマットが不安定に沈む。その振動で身体の奥の器具が動いた。とたんに、丸い先端が粘膜に隠された凝りを抉る。

 

「ひっ、あ、あああっ」

 

 身体の中心を貫くような鮮烈な快感に襲われて、御堂は背をしならせた。その衝撃でさらにベッドが揺れる。身体を安定させようと咄嗟に腹部に力が入ったところで、御堂に埋め込まれた性具が自らを強く抉りぬいた。

 

「も……、無理だっ、抜いてくれ……っ!」

 

 やり場のない快楽に身を悶えさせるたびに、それが自身を苛むように性具を動かしてしまう。尻に埋め込まれたそれはエネマグラという代物で、一刻も早く抜き取りたいが、両手を後ろ手に縄で縛り上げられている状況ではそれも叶わない。

 上半身はシャツとネクタイをかろうじて着用していたが、下半身はむき出しの状態だ。下肢の間にはきつく張りつめた性器が根元から重たく揺れて、先走りをシーツに散らしている。冷ややかな声が頭上から降ってきた。

 

「随分と悦さそうじゃないですか。やはり御堂さんには淫乱の素質がありますね」

 

 どうにか快楽を逃そうと口を半開きにしてハッ、ハッと荒く息を吐くが、その合間合間に甘ったるい声が混じった。ほんの片手ほどの大きさの道具一つに乱れきっている様を、佐伯克哉が目の前で冷ややかに眺めている。あまりの屈辱に頭の血管が焼ききれそうになるが罵声を浴びせる余裕もないほどに身体の奥で快楽が弾けていた。

 

「これ以上は…、無理、だ……ぁああっ」

 

 嫌々をするように、首を振った。ともすればはしたない喘ぎを漏らしてしまいそうで唇を血が滲むほどにきつく噛みしめたが、エネマグラに弱いところを抉られた途端に圧倒的な官能に呑み込まれて、訳も分からず喘いでしまう。

 ことの発端は、克哉によってこの裏さびれたホテルに呼び出されたことだった。

 もちろん、そんな身勝手極まりない指示など無視することもできた。だが、ホテルの名前と時間が書かれた後に送られてきたメールには自分がソファの上で犯された写真が添付されていた。かろうじて顔はモザイクがかかっていたものの、淫蕩極まる姿は正視に耐えない淫らさで、そのメールは周到にもフリーのメールアドレスから匿名で送られてきたものだったが、その脅しは十分すぎるほどに御堂を震え上がらせた。

 動揺し、何の手段も講じられないまま、指定されたホテルの部屋に向かうと、部屋には克哉が待ち構えていた。抵抗する間もなく手首を捕らえられ、克哉が引き抜いたネクタイによって背中で縛り上げられた。

 

「よせっ! 放せっ!!」

「本当は、こうなることを期待していたんでしょう?」

 

 せせら笑う克哉は必死にもがいて逃げようとする御堂に覆いかぶさり、ベッドの上で身動きを取れなくした。そうして、御堂の下半身を剥き出しにする。

 

「誰が期待などするものか!」

「へえ、じゃあ、これはどういうことですかね」

「ひっ、触る……なっ」

 

 克哉の指先が薄い草叢(くさむら)の中を辿りペニスに絡みつくと、あっという間に御堂の欲望を掻き立てた。

 

「ぁ……やめ…っ」

 

 重たくなったペニスを扱く克哉の指は巧みで、根元から括れまで指の輪で扱いたかと思うと、ヒクつく先端の割れ目を親指の腹で擦る。滲み出てきたぬるつく雫を亀頭に塗り拡げられた。エラの張り出しを指で締め付けられ弾かれるのが、あまりに気持ちよすぎて、短く息を詰めながら背をしならせた。

 

「は……ぁ、あ、あ…っ」

 

 ともすれば克哉の手の動きに合わせて腰が揺らめいてしまうのを、ありったけの意志の力でどうにか堪えていると、克哉が唐突に手を離した。刺激を突然中断され、「ぁ……」と切なげな声が漏れてしまう。背後で吐息だけで笑われる。こわごわと肩越しに振り返れば、克哉がどこから取り出したのか、手にローションといびつな形をした器具を持っていた。それを目にして瞳孔が開いた。

 

「――ッ、それをどうする気だ……っ」

「ああ、これがなんだかご存知なんですか。そうです、エネマグラです」

 

 克哉は御堂に見せつけるように、御堂の顔の前にそれを見せつけた。シリコン製のその器具は決して大きくないが、先端が丸みを帯びて膨らんでいて、左右非対称なアームの形と合わせると、優美な筆記体で描かれたTの字に見える。御堂はそれがなんだか知っていた。エネマグラという身体の内側から前立腺を刺激する道具だ。

 克哉は御堂の目の前で片手でローションのキャップを開けると、御堂の尻の狭間にローションを伝わせた。冷たい液体がぬるりとアヌスの窄まりへと流れ込んできて、御堂は身体を強張らせた。

 

「ひ……っ」

「もしかして、使ったことあるんですか? エネマグラ」

「よせ……っ、嫌だっ! ――ぅあっ」

 

 エネマグラの丸い先端部分がアヌスに押し当てられて、御堂は思わずベッドの上をはいずって逃げようとしたが、背中にぐっと重みがかかって動けなくなった。克哉が縛られた手首ごと背中を膝で押さえつけたのだ。背骨と克哉の膝の間に挟まれた手首に鈍い痛みが走った。

 

「ぐ……っ、ど、け…っ」

「御堂、人の質問にはちゃんと答えろよ。あんたはエネマグラを使ったことがあるのか、と聞いてるんだ」

「ぁ、ああっ!」

 

 克哉がぐぐっと膝に体重を乗せてきた。ベッドのスプリングが鈍い音を立て、マットに身体が深く沈む。筋肉を硬くしてどうにか耐えようとしたが、骨が軋み、御堂はくぐもった悲鳴を上げた。どうやら克哉は御堂が克哉の問いかけに答えるまで体重をかけ続ける気のようだった。苦しげに呻きながら言った。

 

「な……いっ、使ったことなどないっ」

「ふうん」

 

 克哉は満足げにつぶやくと御堂の背中から足を下ろした。呼吸が楽になり、ぜえぜえと荒い息を吐いていると、剥き出しの腰を掴まれて、つぷり、とエネマグラの先端が入り込んできた。

 

「やめろっ、佐伯っ!」

「力入れるなよ。苦しいのはあんただぜ」

 

 腰をくねらせ、必死にアヌスを固く閉ざし、エネマグラの侵入を拒もうとしたが、それはローションのぬめりを借りて易々と中へと入ってきた。一度膨らんだ部分を受け容れてしまうと、そう簡単には抜けそうもない。それどころか腸壁が収れんして、より奥へと引き込んでいってしまう。

 

「ぬけっ! 早く抜け……っ!」

 

 身体の中に入り込んでくるエネマグラは小さくて、圧迫感や苦痛こそなかったが、腸の粘膜によって勝手に蠢くそれは、何かの生き物のようだ。もそ……、とエネマグラが動き、ぞっと寒気が背筋を駆け上がった。エネマグラを奥深くまで挿入し、克哉は手を離した。

 拘束された後ろ手を下ろしてエネマグラの取っ手を掴もうとした。あともう少しで手が届く。ぐっと背を大きく反らした時だった。そのはずみで、エネマグラが奥に引き込まれ、先端がある一点にあたった。その瞬間、身体の深いところから言い知れぬ感覚がつき上げてきた。

 

「――ッ!!」

 

 電撃に鞭打たれたように動きを止め、鋭く息を吸い込んだ。全身の血が沸騰したように熱くなり、下腹部へと流れ込んでいく。エネマグラは狙ったかのように、その一点だけをぐりぐりと擦り上げ、また体の外に出ている部分の深くカーブした取っ手のふくらみが御堂の会陰にきつく食い込んできた。快楽の凝りを内側と外側から挟み込まれる。

 

「な……ぁ、こんな……っ、ぁ、あああっ」

「もう、来たのか。早いな」

 

 未知の感覚が膨らみ、そして弾けた。肌が火照り、感度がこれ以上なく研ぎ澄まされる。エネマグラを抜くことも忘れて、御堂は痙攣したかのようにシーツの上で大きく身体をのたうたせた。決して強い刺激ではない。だが執拗にそこを抉られ続けると、快楽がじわじわと周囲を侵食し、全身へと広がっていく。

 

「ひっ、ああっ、さえ…きっ、抜けっ、んああっ」

「抜け? こんなに悦さそうなのに?」

 

 最早、克哉は御堂にまったく触れていない。薄い笑みを浮かべながら、小さな器具一つに翻弄される御堂の姿を愉しげに見ている。

 少しでも動くと、その拍子にエネマグラが動き、前立腺を強く擦る。だからじっとしていたいのに、快楽の責め苦に打たれるたびに腰をいやらしく振り立ててしまい、ギシギシとマットが上下に波打つ。そして、その振動で動いたエネマグラが激しく前立腺を刺激し続けた。克哉に中途半端に刺激されたペニスは、勃ちきったままぬめる液体を垂らし続けている。

 

「エネマグラって気持ちいいでしょう、御堂さん」

「や……っ、も、無理、だ……っ、はあっ、あ、んああっ」

 

 エネマグラによって引きずり込まれた泥沼の快楽には終わりが見えない。絶頂の波が寄せては返し、苛み続ける。

 ペニスは痛いほどに張りつめていて、いっそ放ってしまえば楽になれるのだと思ったものの、エネマグラだけでは射精できなかった。身の裡で渦巻く性感をどうにかしたくて内腿を擦りあわせていると、ベッドの傍らで高みの見物をしていた克哉が身体を寄せた。

 

「俺の手を貸しますよ」

 

 喉を短く鳴らして低く笑った克哉が、指で輪を作って御堂のペニスに絡めた。射精に導かれる期待に息を詰めたが、期待に反して克哉はその手を動かそうとしなかった。戸惑う御堂に克哉が笑い含みに言った。

 

「ほら、御堂さん。俺の手をオナホ代わりに使っていいですから。いいように動いてくださいよ」

「な……っ、そんなこと…っ」

「出来ない? それだと苦しいままですよ」

「ふぁ……っ、ぁああっ!」

 

 克哉の言葉にカッと頭に血が上った。ありったけの矜持を集めて克哉を突っぱねようとしたが、克哉が戯れに根元から先端まで指を一往復させただけで、おぞましいほどの甘美な感覚が駆け巡った。

 耳元で克哉が低く深い声で囁いた。

 

「もっと刺激が欲しければ腰を振るんだ、御堂」

「や……、ぅうっ、ふ……、あ、あ、ああ」

 

 頭が白むような刺激に焦がれ、唆されるままに腰をわななかせた。最初は恐る恐る克哉の指に向けて腰を突き出す。すると、克哉の指の輪が筋を辿り、エラを弾く。ぬちゅっという淫猥な音とともに射精感が高まった。次第に我も忘れて克哉の指の輪に向かって、激しく腰を打ち付けていた。見るに堪えないような行為を晒しているのは分かっても、その動きを止められなかった。エネマグラの責め苦から逃れようと克哉の指に自身を擦り付け、扱き上げる。そして、ひときわ大きな波が来た。

 

「ぃ、あ、あ――っ!!」

 

 視界がスパークする。腰を大きく震わせて御堂は昇りつめた。狭い精路を熱いマグマが駆け抜ける。脳天まで貫く快楽に背をしならせ、噴き出そうとする精液に備え、無意識に腰を突き出したその時だった。不意に、御堂のペニスに絡まっていた克哉の指がその根元をきつく戒めた。

 

「ッ!? ひっ、あ、やめっ、は……っ、あああっ」

 

 やっと解放される、そう安堵した直前に出口をきつく絞られて、堰き止められた精液がうねり、絶頂を逆流させる。さらに、衝撃に引き攣った粘膜がエネマグラを動かし、前立腺に強く打ち付けた。それはもう、快楽を突き抜けて鋭い苦痛となって御堂を襲った。

 

「ぐあっ! い……っ、んんぁあっ、よせ……っ、ヒッ、あああ――」

 

 大きな悲鳴をあげると、克哉がほんの少し指を緩めた。勢いを失った精液が、ぼたぼたととめどなく先端から溢れシーツを濡らしていく。長く引き伸ばされた吐精に苦しみながらも、どうにか全部出し終えた。

 

「派手にイったな」

「……ぅ」

 

 御堂の快楽を弄び、これ以上なく乱れる様を眺めた克哉が愉悦の笑みを口元に湛える。

 もう抗う気力もなかった。一刻も早くこの場から解放されたい、それしか考えられなかった。激しすぎる絶頂に身体を支えきれずベッドに崩れ落ちたところで、ふたたびエネマグラがごりっと奥を抉った。不意打ちの衝撃に御堂は腰を跳ね上げた。

 

「な……っ、ひぁっ!?」

「もしかして、もう終わりだと思ったのか? エネマグラがもたらす絶頂には終わりがない。イきっぱなしになれる」

「いやだ、ぁ、ああ、あ――っ」

 

 絶頂後の過敏になった身体はあっという間に、より深い絶頂に囚われた。射精したはずのペニスは萎える気配がなく、エネマグラに擦られるたびにぬめる液体を噴き出し続けている。エネマグラがもたらす地獄のような快楽からどうにか逃れたくて、腰を高く掲げて振り立てた。シーツに押し付けた半開きの口と目からは液体が溢れ続ける。その様は発情した獣のメスのようで、あまりにもひどい痴態を晒していることは頭の片隅で理解していたが、それでも暴走する身体をどうにもできない。

 

「さえ……っ、も、無理だっ、抜いてくれ、ぃ、んああっ」

「抜いてほしいんですか?」

「お願い…だからっ!」

 

 矜持も何もかなぐり捨てて涙混じりの声で懇願する。克哉の手がエネマグラの突起にかかった。そのままくいっ、と軽く引っ張られる。

 

「ぁ、あ――ッ!」

「あんたの身体はまだ物足りようだが」

「違っ、ぁ、はや、く……っ」

 

 エネマグラを引き留めようと粘膜が収縮する。そこを克哉が小刻みに前後させながらゆっくりと引き抜いていった。アヌスがしどけなく綻び、空虚になった内腔の潤んだ粘膜を晒す。御堂は、びくん、と身体を痙攣させて仰向けになった。じっとりと全身に汗を刷き、肌にへばりついたシャツが気持ち悪い。酸素を取り込もうと胸を荒く上下させた。

 今度こそ楽になれる、そう安堵したのもつかの間、開いた脚を抱えられた。猛りきった切っ先が御堂のアヌスに押し当てられた。信じられない眼差しで克哉を見上げた。レンズ越しのどこまでも冷ややかな眸が御堂を見返す。その薄い唇が嫌な形に歪む。

 

「まだまだこれからだ」

「よせっ、無理だ……っ、だめ、っあああ」

 

 御堂の拒絶もお構いなしに、ずぶ、とペニスの先端が入り込んでくる。中の感触を探るように浅いところを二三度行き来させると、一気に根元まで突き入れられた。

 

「くぁっ、ひ……っ、ああっ」

 

 エネマグラとは比べ物にならない圧倒的な質量と熱が御堂を蹂躙していく。苦しくて仕方がないのに、快楽を得ることを教え込まれた内壁は克哉の雄に絡み、締め付けて、爛れた熱を生み出した。克哉の熱を身体の深いところで感じさせられる。それは嫌悪しかないはずなのに、ねじれきった悦楽となって御堂を狂わせた。

 

「あ、や…っ、あ、んあ…」

 

 口からは嬌声が漏れ続ける。

 克哉は力強い動きで御堂の中を何度も抉りぬいた。

 自分に伸し掛かった男が動くたびに、ギシギシと安物のベッドが軋む。この不快な音を耳にするたびに、きっとこの恥辱の夜を思い起こすことになるのだろう。どろどろに蕩けきった思考でそんなことを考えながら、絶頂を夢中で貪り続ける。

 

「ぁ、あ、イく……っ」

 

 御堂はうわごとのように呟きながら、果てのない極みへと呑み込まれた。

 

 

 

END

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