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Spring Holiday

 すう、と研ぎ澄まされた刃が頬から顎へと滑った。
 御堂は革張りのチェアの背に頭をもたれかけさせながら、その作業が終わるのをじっと待つ。
 手慣れたシェービングは無駄な動きがなく安定感があり、あっという間に完璧な精度で仕事を完遂した。
 完全予約制の理容室は客の人数も少なく、接客も隅々まで行き届いている。
 ノリの効いた白シャツに黒いパンツスタイルの理容師は、理容師と言うよりホテルマンのような見た目だ。

「お疲れ様でした」

 そう言われて、鏡の中の自分を見つめた。
 すっきりと整えられた髪はひと筋の乱れもなく、少し伸びていた襟足もきちんと揃えられている。満足のいく仕上がりだ。

「ありがとう」

 御堂は礼を述べて理容室のビルを出る。途端に、春の強い風が吹きつけてきた。短く整えたうなじを撫でられて思わず首を竦めたが、春の風はどこか柔らかい。空を見上げれば陽の光はきらめきを増して輝いている。桜も見頃の休日だ。
 部屋に戻ったらランチがてらにドライブをしても良いかも知れない。
 そんなことを考えながら、御堂は客待ちをしていたタクシーを捕まえると、自宅へと走らせた。



「ただいま」

 克哉と同棲している部屋に帰り、リビングに向けて声をかけると靴を脱いで中へと入る。
「おかえりなさい」とリビングから声が聞こえ、そちらに顔を出すと、克哉はソファに腰を掛けて、膝の上に置いたノートパソコンで仕事をしていた。御堂の気配に顔を上げて、視線を交わらせる。
 御堂を見つめる克哉のレンズ越しの目が眇められた。髪を切ってきた御堂の顔を、黙ったまままじまじと見つめる視線がくすぐったい。

「何か、変か?」

 沈黙に耐えかねてそう言うが、克哉はふっ、と笑う。

「いいえ。相変わらず俺の恋人は男前だと見蕩れているんですよ」
「まったく……」

 口から先に生まれてきたような克哉の言葉は頭から信じることはできないが、それでも悪い気はしない。きっちりと髪を整えないと気が済まない御堂の性分で、月に一度は行きつけの理容室に通っているから見た目の変化はさほどないはずだ。
 克哉はノートパソコンをセンターテーブルに置くと立ち上がった。

「コーヒーでも淹れますか?」
「私が淹れるから君はそこにいてくれ」

 そう言って克哉に背を向けてキッチンに向かう。マグカップを二つ取り出し、コーヒーサーバーを操作しようとしたところで背後に気配を感じた。

「佐伯?」

 振り向こうとしたところで、ぞわりとした感触が首筋から走った。克哉の指が御堂のうなじをなぞったのだ。
 先ほど丁寧に切りそろえられた髪の際(きわ)を、産毛を逆立てるような触れ方で、つうとなで上げていく。

「随分とすっきりしましたね、ここ」
「おいっ」

 身じろぎして克哉の指から逃げようとしたところで、両手で身体を背後から抱きしめられた。
 御堂を逃げられないようにして指の代わりに舌先が御堂のうなじを舐め上げる。尖った舌先がざらりとなぞると、まるで首筋に電気が走ったかのように痺れが拡がっていく。

「ひぁ……っ」

 キスと言うにはあまりにも淫らだ。寒気を感じるほどの淫猥さに思わず身体が強張り、唇からは跳ね上がった声が漏れた。

「な……何をするんだ」
「ここを、俺以外の人間に触れさせたんだな」

 克哉は御堂の耳に唇を寄せて囁いた。まるで御堂の不貞を咎めるかのように、低くずしりとくるような声音が御堂の鼓膜に響く。その声音にずくりと深いところの熱がかき立てられた。克哉は御堂の変化を敏感に感じ取ったのか、冷笑を滲ませた声で御堂を質す。

「まさか、それで感じた?」
「ば、馬鹿なことを言うな。髪を切っただけなのに感じるわけがないだろう」
「本当に?」

 克哉の指先が御堂の股間を布の上から複雑に揉み込んでくる。うなじへのキスで反応していたペニスを揉まれて、あっという間に熱があぶり出されていった。

「っ、ぁ……」
「ほうら、感じてる」
「それは、君が……っ」
「俺が、何ですか?」

 克哉は喉で低く笑いながらも指の動きを止めようとしない。あっという間に限界近くまで高められて、御堂はカウンターについた両手に力を込めて、ひたすら耐えることしかできない。快楽を紛らわせようと声を上げた。

「君が…そんなセクシャルな触り方をするからだ」
「ふうん」

 じゅわりとペニスの先端から蜜が溢れて布地を濡らしたところで、克哉はようやく手を離した。あと一歩のところで刺激を止められて、御堂の腰が切なげに震えてしまう。
 克哉は御堂の身体を正面に向けさせると、真正面から顔を間近から覗き込み、頬に鼻先を近づけた。くんくんと何かを嗅ぐようにして呟く。

「いつもと香りが違う」

 理容室で使われたシェービングクリームの香りだということは分かっているだろうに、克哉はそれさえも気に食わないようだ。

「顔も剃ったんだな」
「っ……」

 克哉の指先が御堂の頬の輪郭をなぞっていく。かみそりでなめらかに剃られた肌をつうと克哉の指が滑る。
 同時にみっちりと腰を押し付けられて、下半身に重ったるい熱がまとわりついてきた。

「あんたに触れて良いのは俺だけなのに」
「そうは言っても、仕方ないだろう」

 克哉の独占欲の強さは常だが、理容師にまで嫉妬されては叶わない。だから強めに抗議をしたら、克哉は小さく肩を竦めた。

「御堂さんの言いたいことは理解出来ますよ。ヘアセットは大切ですからね」

 物分かりの良い口調で言うが、克哉は唇を意地悪く吊り上げる。

「だが、納得できるかというと話は別だ」

 そう言って、克哉は片手で御堂のベルトのバックルを外し、前を寛げると、ウエストから手を中へ滑り込ませてくる。同時に、かみそりを当てられた頬を上塗りするかのように舌でねろりと舐め上げられて動けなくなる。

「佐伯……っ」

 抗う声をあげるが、キッチンカウンターに押し付けられてペニスを握られて逃げようがない。そしてまた、克哉の舌が頬から唇の際(きわ)、そして開いた口の中に潜り込んでくる。

「ん……っ」

 なまめかしくぬめる克哉の舌が御堂の舌を搦め捕る。舌先で突かれて、口内をくすぐられて、克哉との熱っぽいキスの感触に自ら深くキスを噛み合わせてしまう。
 そしてキスのリズムでペニスを扱かれると淫らな衝動に腰が揺らめきだした。口の中と下着の中からぬちゅぬちゅと濡れた音が響き始める。あっという間に全身の熱と感度が高まっていった。
 ようやくキスをほどいた克哉に、

「ベッドに行きましょうか」

 と聞かれれば、火照った顔で頷くことしかできなかった。



 ベッドに連れて行かれて、服と下着を脱がされるとすでに育ちきったペニスが弾み出てくる。羞恥も忘れて、一刻も早く熱を解放したくて自分を慰めようとしたところで克哉に手を掴まれた。
 克哉は御堂のペニスに唇を寄せると、大きく口を開けて屹立を迎え入れる。
 形の良い薄い唇が淫らに動いて、そこから自分の大きくなったペニスが出入りする様はめまいがするほど卑猥だ。
 克哉が上目遣いに御堂を見つめ、見せつけるようにじゅぶじゅぶと音を立ててペニスをしゃぶる。レンズの隙間から覗く薄い虹彩に射貫かれて、克哉の口内のペニスがびくんと脈打った。
 快感を煽られて、克哉の頭を掴んだ。癖の強い克哉の髪は、御堂と違ってこまめな散髪も時間をかけたセットも必要ないらしい。感じる快楽の強さに、克哉の髪を乱しながら、息を荒げ、一刻も早く解き放ちたいと願う。だが一直線に上り詰めていく快楽は、直前で堰き止められた。寸でのところで止められる苦しさに視線を落とせば、克哉が御堂の根元を抑えていた。御堂と視線を合わせてにやりと笑う。

「俺に言う言葉があるでしょう?」
「何……?」

 滾る疼きに思考が上手く回らない。なんと言えば絶頂を許してくれるのか分からなくて、困惑した眼差しを返す。すると、尻のあわいを伝う唾液を使って、克哉の指が狭いところに潜り込んできた。

「ふ……ぁっ」

 克哉に従順な身体は拒むことなく、克哉の指を受け容れる。入ってきた指は中をかき混ぜながらペニスの根元の深いところにある膨らみを身体の中からなで上げる。

「ひ、ぁ、あっ」
「髪の毛を切られて、ひげを剃られたくらいで感じてしまう淫乱な御堂さんにはお仕置きが必要だな」
「ちが……っ、は、あ、佐伯…っ」

 無茶苦茶な言いがかりだとは思ったが、射精を許されないまま、二本、三本と侵入してきた指が御堂の中で動くたびに、切羽詰まった快楽と自分の中心にある空虚さを思い知らされる。自らに潜む淫蕩さを教え込まれた身体は、何が自分に足りないのか言われなくても分かっていた。
 あまりのじれったさに歯がみしながら、上擦る声で懇願する。

「佐伯っ、もぅ、我慢できない…っ、挿れてくれ…っ」
「よく言えました」

 克哉はひどく悪い顔をして微笑んだ。



 克哉に四つん這いにされて腰を上げさせられた。背後に陣取った克哉に腰骨をがっちりと掴まれる。まるで肉食獣に爪を立てられた獲物の気分になる。

「ぁ…、あ、あああ」

 ぬちゅり、とジェルを纏った克哉のペニスが、粘ついた音を立てながら御堂の中に押し入ってきた。それだけで、御堂の身体は歓喜にわななくように震えが走る。
 二三度浅いところを行き来して感触を確かめた克哉は、次第に大きく動き始めた。
 獰猛さをどんどん増していく克哉に、御堂の先端からは透明な液体がひっきりなしにしたたり落ちる。

「ふ、あ、あ、あ…」

 ぎりぎりまで引き抜かれ、ひと息に突き上げられた。ずんと内臓に響くほどの衝撃に、背筋を痛みすれすれの快楽が這い上がってくる。あまりの刺激に膝が砕け、ずるずるとシーツの上に突っ伏せるが、それでも克哉は御堂を離さない。身体を密着したまま、覆い被さるようにして、御堂の中を拓いていく。
 克哉が律動を刻むたびに、全身に愉悦のさざ波が駆け巡った。シーツをきつくかきむしり、強すぎる快楽を逃そうとするも、うまくいかずに身悶えることしかできない。
 克哉のペニスが御堂の粘膜を扱くたびに、摩擦で血液が沸騰するかのようだ。性器ではないところに男のペニスを挿れられて、身体の奥深いところを擦られる。それがどうしてこれほどまでに気持ちが良いのか。克哉に抱かれるたびに、ただただ欲望を貪り続ける獣のように成り果ててしまう。
 もっと奥まで、もっと深いところまで。自分の中を克哉でいっぱいに満たして欲しい。

「佐伯……っ、さ、え……」

 口を開けば物欲しげな喘ぎが零れ続ける。
 克哉が御堂の耳朶(じだ)に舌を這わせながら囁いた。

「俺の名前を呼んで……孝典さん、あいしてる」

 男らしく掠れた声音に甘えるように乞われれば、何でも命じられるがままに従ってしまう。

「克哉……、克哉…私もあいしてる。お願いだから……」

 御堂の声に克哉が鋭く息を吸う。最奥で感じる克哉のペニスが限界まで大きくなった。同時にぐっと更なる奥までねじ込まれる。
 克哉が低く唸り、欲望を弾けさせた。
 下腹の奥にねっとりとした熱が広がり、御堂もまた克哉の絶頂と同時に爆ぜた。

「っ、……ぁあっ」

 意識が白く眩む。高みへと駆け上った身体は絶頂の頂(いただき)につなぎとめられたかのように、中々降りてこられなくなる。
 短く荒い息を繰り返していると、克哉は静かにうなじにキスを落とした。慈しむような柔らかなキスに克哉の愛情を感じ取る。御堂の身体と意識が着地するまで熱くなった肌を合わせながら、克哉はじっと待ち続けてくれていた。
 ようやく落ち着いて、つながりを解いても身体はぴったりと沿わせたまま、ふたりで余韻を分かち合う。
 自分の頭に手をやれば、理容室で完璧にセットされた髪はすっかり乱れてしまった。
 乱れて落ちてきた前髪を気怠くかき上げつつため息を吐いた。

「まったく、髪を切りに行くたびにこれでは、先が思いやられる」
「御堂さんのうなじが、俺を誘っていたからですよ。そんなエロいうなじを見せつけて、自覚がなかったのか?」
「な……」

 白々しくそう口にする克哉からうなじを隠すように慌てて手を当てた。
 そんな御堂の慌てた仕草を見て、克哉が堪えられないといったように、かみ殺した笑いに肩を震わせる。
 克哉からすれば、御堂を抱く理由は何でも良いのだ。たまたま目の前に御堂のうなじがあっただけで。
 からかわれたのだと分かって、「佐伯」と睨み付けるが、それでも克哉のしてやったりといった顔を前にすればすぐに力を失ってしまう。
 はあ、と大きく息を吐いて仰向けになれば、克哉は御堂にふたたび覆い被さってきた。

「まだいけるだろう?」
「君は……相変わらずだな」

 そう誘われれば御堂は拒めないことを克哉は知っている。
 温かな克哉のキスが落ちてきた。
 春の陽射しに満ちた部屋の中で、ふたりの交わりは幾度も繰り返された。


END

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