キスして、縛って、もっと愛して
壁一面の窓から八月の強い日差しが部屋の中を眩い光で満たしていた。
外出自粛のムードが蔓延する東京で、御堂は人知れずフラストレーションをため込んでいたらしい。
緊急事態宣言が出て、それが解除されてからも、克哉と御堂は人混みを極力避けていたし、外出自体、ほとんどしていなかった。
二人は小さいながらもコンサルティング会社を経営していて、それでいて同居しているのだ。リスク管理はきっちり行わないと甚大な被害を受ける。
だが、リスク管理と言えば聞こえはいいが、克哉はそもそも外出したくないのだ。自室としてＡＡ社アクワイヤ・アソシエーションの上のフロアの部屋を借り上げたのも、通勤にかかる時間と労力がまったくの無駄だと思ったからだ。平日は外回りの仕事がなければ同じビルの中を上下しているだけで、それに不満を感じたこともない。こうなる以前は、外に出たがる御堂に合わせて、雰囲気の良い店で食事をすることも多かったが、それも今回の感染症騒ぎでめっきり外食をしなくなっていた。食事はデリバリーメインで、週末も軽くドライブするくらい。それも観光地など人の混みそうなところは避けていたし、遠出自体控えている。
克哉からすれば、蒸し暑い東京の夏に未練は一切なく、完璧な空調が効いた部屋から一歩も出ないで済めばそれに越したことはない。部屋の外に出なくても、二人で楽しむ娯楽はいくらでもあるのだ。
だから、休日のこの日も、出かける予定は元よりなく、克哉はゆっくりと起きてシャワーを浴びて着替え、ダイニングへと向かった。ダイニングテーブルには、先に起きていた御堂が朝食とコーヒーを用意している。
だが、克哉はテーブルに着いたところで、御堂の不機嫌さに気が付いた。
コーヒーのマグを持った手を止めて御堂に聞いた。
「何かあったのか、御堂さん？」
「何か、って何だ？」
克哉の視線からほんの少し逸らされた眼差し、そして、質問に対して質問で返してくるあたりも、御堂が苛ついているときの特徴だ。
御堂も克哉も良い大人だ。二人で一緒に暮らし始めて、互いの性格や癖というものを熟知している。御堂は子供のように不機嫌さを露骨に態度に出して、相手に気を遣わせることはしない。だからこそ、御堂の仕草一つ、反応一つから感情の機微を掬いとるのは克哉の習慣みたいなものだ。そんな克哉からしてみれば、今の御堂は明らかに不機嫌だった。
「何か嫌なことでも？」
「嫌なことなどない」
即座に打ち返された言葉に、克哉はなおさら確信を深めたが、ここで無理に押しても始まらない。克哉は悪くなりかけた場の流れを断ち切るように、コーヒーに口を付けた。
濃い目に淹れられたコーヒーからは挽きたての豆の良い匂いが漂っている。冷房がしっかり効いた室内で飲む熱いコーヒーは格別だ。
コーヒーを味わいながら、御堂の反応を黙ったまま窺う。静まり返った食卓で、御堂が口を開くのを、素知らぬ顔をしてじっと待つ。
そして、咀嚼と食器の音しか響かないダイニングで、沈黙に耐えかねた御堂がついにぼそりとつぶやいた。
「……何もないことが不満なんだ」
「何もないこと？」
聞き返すと御堂が大きく息を吐いた。
「嫌なこともなければ、新鮮味もない。同じ毎日を繰り返しているだけだ」
「そうか？ 俺は毎日あんたと一緒に居られて満足しているが」
克哉の言葉に御堂は眉間のしわを深める。
「ずっとこの部屋に引き籠こもっているではないか」
そこまで言われてようやく、御堂にとって外出しないということがどれほどのストレスなのかと気付かされた。
それは単に御堂の性格によるものと割り切れるものではないだろう。克哉と二人きりで部屋の中に籠もるということ自体が、過去の出来事を想起させて、御堂の負担になっているのかもしれない。
克哉は今の生活に何の不満もなかったが、こうしてみると、そう思っているのは克哉一人で、御堂にとっては深刻な事態になっていたのだ。
「じゃあ、少し遠くに足を伸ばしてみるか？」
「それは……」
御堂の顔が曇る。御堂と克哉は共同経営者だけでなく、同棲している恋人同士の関係なのだ。二人のうちどちらかに何かあれば、当然相手にも影響を及ぼす。それだけではない、ＡＡ社の経営もあっという間に傾くだろう。となれば、慎重に慎重を期して当然で、御堂も部屋に籠もるのが一番であることを理解している。だからこそ、どうにもならずにフラストレーションをため込んでいるのだ。
かといって、この状況で克哉に気の利いた提案ができるわけでもなく、場の雰囲気を和らげようと、軽口めいた口調で言った。
「それなら、たまにはベッドの上の趣向を変えるか」
御堂の片眉がぴくりと上がる。また何か小言の一つや二つ言われるかと思いきや、返ってきたのは意外な言葉だった。
「分かった、そうしよう」
あっさりと同意されて肩透かしを食らう。だが、それでいいならそれに越したことはない。克哉は極上の笑みを浮かべて言った。
「どんな風にされたいですか、御堂さん？」
「……縛らせろ」
「はい？」
とっさに何を言われたのか理解できず、聞き返した。
「今、縛らせろと言ったのは、俺の口か？」
「いいや、私が言ったんだ。佐伯、君を縛らせろ」
克哉があまりにも驚いた顔をしていたのだろう。御堂が、ふう、とため息と共に言った。
「冗談だ、佐伯」
「冗談だなんて冗談だろう、御堂？」
にやりと笑って答えると、克哉に向けられた黒一色の瞳孔が大きく開かれる。
「本気か？」
「ああ、俺を縛りたいんだろう？ 喜んで」
「その言葉、後悔するなよ」
「後悔なんてしないさ」
疑る眼差しで聞いてくる御堂に余裕の表情で答えた。それは、正直な気持ちだった。御堂がどんな風に自分を縛るのか、そして、どのように愉しませてくれるのか、克哉は御堂以上に期待しているのだ。
そうと決まったら早速、と日の高いうちからベッドへと向かう。
服は脱がなくてもいいと言われたので、シャツとスラックスの状態でベッドに腰かける。
御堂が準備したのは、克哉が持っていた拘束具で、御堂に対しても何度か使ったことがあるものだ。
使い方はもちろん分かっているようで、御堂は手慣れた仕草で克哉の両手を拘束し、ベッドヘッドにつないだ。頭上に手を固定されて動かせなくなる。いつもは克哉が御堂を縛る側なのにこうして縛られると居心地悪く感じるが、克哉を手際よく拘束する御堂がどことなく愉しそうなので、それはそれでいいかという気分になってくる。
「佐伯、眼鏡外すぞ」
そう言って、御堂は克哉の眼鏡のつるを指で摘まんだ。克哉から眼鏡を外す。取り上げた眼鏡をベッドサイドに置くと、御堂はレンズの下からあらわれた克哉の顔をじっと見つめた。まるでそこに自分の知らない何かを探そうとするかのように。そのまっすぐな視線が妙にくすぐったい。
その眼差しの真剣さは、唐突にあの夜のことを思い出させた。ＡＡ社で御堂を抱いた夜。あの時も、御堂は克哉の眼鏡を外して、克哉の素顔をじっと見つめていた。
御堂は、克哉の素顔に何を見たのだろうか。俺ではない、オレだろうか。
「どうした、俺に見惚れたか？」
その時のことを思い出しながら、そう冗談めいて言うと、御堂がクスリと笑った。
「うぬぼれるな。少しの間見納めだから、眺めただけだ」
そう言って御堂は手に持っていたアイマスクを克哉に見せた。どうやら、眼鏡の代わりにアイマスクを付ける気らしい。
「目隠しするのか？」
「嫌か？」
「あんたの顔が見られないのは残念だな」
「いつも見ているだろう」
「ヤってる時のあんたの顔は最高潮にいやらしく蕩けて、見ているだけで興奮するんだが」
「減らず口を叩いていると、次はその口を塞ぐぞ」
呆れたように言う御堂に、問答無用に視界を塞がれた。
何も見えなくなると、ほかの感覚が研ぎ澄まされる。
不意に御堂の気配が遠のいた。
御堂は克哉をベッドに拘束し、克哉の視界を消し去ると、満足したかのように克哉に一切触れようとしなかった。
す、と時間が止まったかのように静けさが広がった。
御堂の気配を探す。だが、御堂は物音ひとつ立てず、呼吸の音さえ殺しているかのように、存在を消していた。もしかしたら、部屋から出ていってしまったのかもしれない。克哉一人を残して。
途端に、言い知れぬ心細さが湧き出してきた。
昔、御堂に対して拘束も目隠しもしたことがある。御堂の自由を奪い、支配するためにだ。こうして自分がそうされると、いくら恋人相手であっても感じる不安はたとえようもない。
「……御堂？」
呼びかける声に空気が揺らいだ。克哉の脇のベッドのマットが沈む。御堂が腰を掛けたのだろう。
「もう、我慢できなくなったのか」
笑い含みの声と共に頬に指が添えられて、やわらかな唇が唇に押し当てられる。
与えられるキスを安堵と共に受け止めた。御堂はわざと克哉を不安に陥れようとしたのだ。こうして、心をぐらつかせて脆くなったところに与えられる快楽はどこまでも深くなり、相手に縋り付きたくなる。御堂もそれを分かっている。他人のことは言えないが、御堂も十分に意地の悪い男だ。
薄く開いた唇の間から、熱く濡れた舌が入り込んできた。克哉の舌を絡め、くすぐり、口内を舐める。混ぜ合わされた二人の唾液を、克哉はこくりと喉を鳴らして呑み込んだ。
御堂のキスは、大人のキスだ。駆け引きを知り尽くし、相手を煽り、求めさせる。だからこそ、そそられる。隙をついて克哉が主導権を奪い、御堂を溺れさせることに。だが、今回は御堂の好きにさせるのだ。だから、自分を抑えて、御堂の良いようにキスをする。
暗く静かな部屋は、くちゅり、という濡れた音も、ほんのわずかな身じろぎで衣服が擦れ合う音も、何もかもが聞こえる。御堂の掠れた吐息も、克哉の跳ね上がる鼓動も、お互いのすべてが手に取るように分かってしまう。
たっぷりとキスを堪能する御堂の指先が、克哉のシャツのボタンにかかった。一つずつ、ゆっくりとボタンをはずされて、裸の身体を暴かれていく。
克哉の肌に御堂の手が触れた。淡く置かれた手がゆっくりと克哉の胸を撫でまわす。手のひら全体で克哉の身体の輪郭を辿っていく。産毛を逆立てるようなやわらかな触り方。それでいて、触れた先から熱を灯される。
御堂の手が克哉のベルトにかかった。ファスナーを下ろし、前を寛げ、形を持ち出した克哉のペニスをアンダーの布地の上から唇でなぞりあげる。そして、亀頭部分の膨らみを御堂の唇で食はまれた。
「――っ」
小さく息を呑んだ。御堂は布地越しに克哉のペニスを唇で捏こねるように食はみ続ける。御堂の唾液と克哉の先端から染み出る先走りで布が重たくなる。その布がこすれてぬちゅりとねばついてペニスにまとわりつき、下着が窮屈になってくる。
アンダーの縁に御堂の指がかかり、そのままずり降ろされた。ぶるんと、はりつめたペニスが弾み出る。こうして室内のひんやりとした空気に触れた次の瞬間、熱く濡れたものが絡みついてきた。
御堂が克哉のペニスを咥えたのだ。ねっとりとした猥雑な舌遣いで、ぺちゃぺちゃと濡れた音を大きく立てながら舐めしゃぶる。まるで、男のそれをしゃぶることが好きでたまらないといった風に、絡めた舌をくねらせ、喉の奥まで深く咥え込んでくる。
どんな顔をして克哉のモノをしゃぶっているのか。見えないだけにもどかしい。上気させた頬に眸をうるませて、上目遣いに克哉を見つめながら美味しそうにしゃぶっているのではないか。普段は澄ました顔を苦しげに歪ませて克哉に奉仕をするのに、こういう時に限って、想像する御堂の顔は壮絶にいやらしい。そして、実際そうに違いないと思わせる何かが、今の御堂にはあった。
「っ、御堂……っ」
容赦ない口淫に、御堂の名前を呼んだ。だが、ぐちゅぐちゅと粘る音しか返ってこない。否応なく高められる快楽をこらえようと内腿に力が入る。
「イきそうだ……」
「このまま…出していいぞ……んっ」
御堂がわずかに口を離して言った。そして、強く亀頭を吸い上げる。その刺激がダメ押しになって快楽が弾けた。
「――っ」
脈打つペニスが御堂の口の中で跳ねる。大量の精液が注ぎ込まれていくのを、御堂が何度か喉を鳴らして嚥下していく。ようやく出し切ったところで、御堂が克哉の先端に口づけをしてちゅっと音を立てて残滓まで舐めとられた。
「……随分とサービスしてくれるんだな」
「まだ始まったばかりだ」
絶頂に荒げた息を吐けば、御堂の声も興奮に昂たかぶっている。
御堂が上体を起こし、服を全部脱ぎ去る気配がした。そして克哉の身体の上に跨がる。空気がつぶれたような音がして、御堂がローションを手に取ったことを知る。御堂のローションにまみれた指が御堂の脚の間に延ばされ、固く閉ざそうとする場所を慎重に馴らしていく。ぬちゃぬちゃという音と共に御堂の耐え忍ぶような息が漏れる。今どんな顔をしながら、克哉を受け入れる準備をしているのか。克哉はもどかしげに言った。
「くそっ、見えないのが辛いな」
そう言うと、ふ、と御堂は笑みを零した。
「見えない方が、想像が膨らむだろう？」
その通りだ。見える世界を消し去ることで、見えない世界が見えてくる。何も見えないはずなのに、御堂が零す熱っぽい吐息から、触れる指先から、御堂が克哉に抱く欲情が生々しく伝わってくる。
ようやく準備が終わったらしい。克哉の腰の両脇のマットが沈む。御堂が膝をついて体勢を変えたのだ。
克哉のペニスに手が添えられる。放ってからそれほど時間が経っていないにも関わらず、御堂の痴態をアイマスク越しに見せつけられてすっかり反り返っていた。
御堂が慎重に位置と角度を合わし、腰を沈めてきた。先端に圧力がかかり、ず、と沈み込んでいく。だが、少し進んだところで、壁にぶつかったように動けなくなった。御堂が、苦しげな吐息を漏らす。
「ッ、無理するなよ」
「ん……っ、大丈夫、だ……っ」
「俺の手を外せ。手伝ってやる」
「いらないって言っているだろう」
自ら手伝えないのがもどかしい。辛うじて腰を動かして御堂のやりやすいように位置をずらそうとした。だが、その動きさえ止められる。
じれったさに舌打ちすると御堂が克哉の唇の上に指を置いた。その指先を舌でちろりと舐めると、口の中に指が入り込んでくる。御堂の整えられた爪、長い指を舌でくるみ、舐めしゃぶる。先ほどの御堂の奉仕を思い出しながら熱心に音を立ててしゃぶっている間に御堂は少しずつ、克哉を受け入れていく。
そそり立ったものを中ほどまで含んだところで、御堂の腰が淫らに揺れ始めた。
「ぁ、……あ、あっ、…ぁああっ」
しなやかな身体が克哉の上でのけ反り、跳ねる。抑えたような喘ぎ声は、次第に大胆になる動きと共に、大きくなっていく。淫猥な水音を立てながら、御堂は克哉の屹立を自分のいいところに擦りつけ、とめどない欲望に唆そそのかされるがままに、あられもなく腰を振りたてた。
御堂の腰の動きに合わせて、克哉も不自由ながらも腰を遣いだした。御堂から感じきったような艶めいた声が漏れ、収斂しゅうれんする粘膜が克哉に絡みついてくる。凄絶な色香と気持ちよさに頭の中が煮え立った。
普段はベッド上で自分がすべてを支配している気になっていた。だが、力が拮抗する男同士、御堂が克哉に抱かれることを許しているのだと、今更ながらに思い知らされる。こうしてベッドに拘束されてみれば、御堂は克哉の快楽を煽ることも焦らすことも巧みで、二人で快楽を分かち合うセックスの楽しさを御堂のやり方で教えてくれる。
それでも御堂に主導権を握られることを素直に許せないのは、克哉をリードしようとする御堂の仕草一つ一つに御堂の過去が透けて見えるからだ。
遊びなれた男の、大人の色香を漂わせる仕草。その顔に、その声に、その手つきに、どれほどの人間が惑わされたのだろうか。
「ぁ、あ…、克哉……んあっ」
なまめかしい喘ぎの合間に自分の名前を呼ばれて、ぞくりとしたような痺れが背筋を走った。漏れた声は欲情が滲んで掠れている。
アイマスクの向こうの暗闇の中に御堂を思い描いた。七歳年上とは思えないほどの、なめらかな肌と均整の取れた身体。軽く反らされた背中にまっすぐと走る深い溝、そして薄い尻肉。そんな美しい身体が切ない声を上げながら、克哉の上で淫らに動く。
ぐちゅぐちゅと濡れた音が克哉の腹の上で響いた。御堂が自身のペニスを自らの手で扱しごいているのだ。克哉の身体で感じまくりながら、それ以上の快楽を貪欲に求めている。大きく息を乱しながら、淫猥に腰を蠢かし、克哉をどこまでも深く咥え込む。
こうして克哉の上であられもなく善よがる御堂に新鮮な驚きを感じた。
御堂はいまだに克哉に抱かれる屈辱を捨て去っていない。だからこそ、御堂をとことん乱れさせたくなる。自分の下に組み敷いて、声が嗄れるまで鳴かせたい。御堂が快楽に屈する姿はいつだって克哉を興奮させる。そして、何度克哉に抱かれても、御堂は克哉の前ですべてを暴かれることを恥じらうのだ。
そんな御堂が、こうして克哉の自由と視界を奪うことで、含羞がんしゅうを捨て去り心置きなく奔放に乱れることができるらしい。
蕩けるように熱く熟れた肉襞が克哉を擦り上げる。きゅうっと締まっては緩み、少しでも気を抜けばあっという間に達してしまいそうだ。
御堂が動きを止めた。下肢が密着し、どこまでも深くつながる。御堂がぐっと上体を屈めた。顔に顔を寄せる。
「私の名前を呼べ……克哉」
「っ、……孝典」
名前を呼べば、御堂は満足げな吐息を零した。もう一度、はっきりとした声で御堂の名前を口にした。
「孝典……あいしてる」
「克哉、私も君を……あいしてる」
愛おしさが溢れる言葉とともに、唇が押し付けられた。キスを交かわしつつ、下半身ではいやらしく交まじわり続ける。
今この瞬間、二人の快楽の手綱は御堂が握っていた。どんな風に克哉を煽り、克哉をイかせるか、すべて御堂が決めていた。克哉は従順に御堂にされるがままになっているだけだ。こうして、心も身体も御堂にすべて明け渡すことで、今まで知らなかった世界を知った。御堂がどれほど、克哉を愛しているのか、克哉を求めているのか、まざまざと見せつけられる。
御堂の眼差しが、体温が、指先が、そして心のすべてが自分一人に向けられていることに、たまらないほどの愉悦を覚えた。これが、普段、御堂が克哉に抱かれることで感じている世界なのだ。そして今、御堂は余すことなく克哉に自身の愛と執着を伝えようとしている。
「っ、……ぁ、ああああっ」
「――ぅっ」
大きな快楽の波が二人を呑み込む。御堂の身体が跳ねた。熱い迸りが克哉の胸から顔まで飛び散る。同時に中がきつく引き絞られ克哉も濃い熱を放った。御堂の奥深いところが克哉の精液でぐっしょりと濡らされていく。その感覚にさえ御堂は、感じ入ったように小さく呻いた。
苛烈な極みに緊張が解けたかのように御堂の上体が覆いかぶさってきた。
汗ばんだ肌が重なる。胸を荒く上下させながら、御堂の指が克哉のアイマスクに触れた。克哉の汗でしっとりと濡れた前髪を払いつつ、アイマスクが外される。
視界に溢れる光に目を細めた。鼻が触れ合う位置に、目元を赤く染めた御堂の顔があった。こうして御堂の顔を見るのが随分と久々な気がして、まじまじと見つめてしまう。
「あまりじろじろ見るな」
「見惚れてるんですよ。俺の恋人はいつ見ても美しいな、と」
「まったく」
頬をさっと赤く染めた御堂は、黙れと言わんばかりに、ベッドサイドに置いていた眼鏡を手に取り克哉の顔にかけた。そして、手の拘束がようやく外される。自由になった手で眼鏡のブリッジを押し上げて位置を調整した。無意識に手首を摩っていると、御堂がほんの少し不安を滲ませた声で言った。
「大丈夫か？」
「問題ない」
そう言って御堂を安堵させるようニッと笑い、手を大きく広げて御堂を抱き寄せる。御堂の無駄なく引き締まった身体が自分の腕の中に収まる。御堂は窮屈そうに身じろぎするが、それでも、克哉の抱擁を嫌がるどころか、自らも克哉の背中に手をまわしてきた。身体が密着し、二つの鼓動が響き合う。誰よりもプライドの高い男が、こうして克哉の腕の中に抱かれている。克哉が自分を抱くことを許している。
御堂は今まで何人の相手を抱いたのだろうか。それを考えるだけで、克哉の胸の奥が不穏に疼く。いくらこうして愛し愛されていることを実感しても、克哉の果てのない独占欲が満たされることは、きっと永遠にない。できることなら、御堂をどこかに閉じ込め、頑丈な鍵をかけて正真正銘の自分だけのものにしたい。今の御堂なら、難なく監禁できるだろうし、以前のように激しい抵抗をしたりせず、克哉の言いなりになってくれるかもしれない。そんな仄暗い欲望は常に克哉の傍らにある。
だがこうして、腕の中で幸せそうに微笑み、克哉に身をゆだねてくる御堂を見ると、きっと今の二人の在り方が正解なのだとも思う。克哉が追い求めていたものは、ここにあるのだ。無茶して欲張る必要はない。
御堂を抱くことができるのは克哉ただ一人で、自分こそ御堂を抱いた最初で最後の男になるのだ。
「じゃあ、次は俺が好きにする番だな」
そんな約束はしていなかったが、至極当然のように言うと、
「ああ、いいぞ。……私以上に愉しませてくれるのだろうな？」
と余裕の口調と共に挑む視線が返ってくる。
「俺があんたの期待に添えなかったことがあったか？」
「ないな」
二人して笑い合い、優美な弧の形を描く唇が重なった。遠のきかけた熱はすぐに呼び戻された。
それからさらに数度抱き合い、互いの精根が果てたところで眠り込み、起きた時には窓の外はすっかり暮れなずんでいた。
「せっかくの休日が……」
隣で目を覚ました御堂が、しまった、というように額に手を当てる。
「たまにはいいじゃないか。こんな風に一日過ごすのも」
「たまにはだと？ いつもだろう」
呆れたように言う御堂に肘で小突かれる。
「それで、機嫌は直ったのか、御堂さん？」
克哉の言葉に、御堂は虚をつかれた様な顔をして、そして、苦笑した。
「そういえば、そうだった」
あまりにも激しい行為に、そもそもの発端がなんだったか忘れてしまっていたらしい。
「せっかくだから、ベイエリアでもドライブするか」
夕闇に沈む大都会が輝きだす様を東京湾から眺めるのも良いだろう。冷房を効かせた車内なら東京の蒸し暑い夜も気にならない。
「それもいいな。食事はドライブスルーでテイクアウトしよう」
克哉の提案に御堂が乗ってくる。
克哉は夜景が美しい穴場のスポットをいくつか思い浮かべた。東京の夜景を眺めながら、車内でもう一回というのも良いかもしれない。そうと決まれば、早く行動に移そう。このまま裸の御堂とベッドにいたらいつまでたっても抜け出られないだろう。
「じゃあ、行くか」
「ああ。だがその前にシャワーだな」
「俺も一緒に浴びる」
「変なことするなよ」
「変なことってどんなことですか、御堂さん？」
茶化して言うと御堂が睨みつけてきたが、すぐに堪えきれずに笑い出した。それから、身体にまとわりついた気だるい熱を流すべく、二人でバスルームへと向かっていった。
END