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Strawberry Milk

 今年の御堂の誕生日は平日で、翌日も通常通りに仕事が控えている。だが、だからと言って、克哉は自重する気はまったくないようだ。付き合い当初ならいざ知らず、数年の歳月を共にして、御堂は克哉の人となりを嫌というほど痛感している。だから、その日、AA社の仕事を早々に切り上げた克哉に誘われても驚くことはなかった。御堂もこうなることを予感して、この日の予定は事前に調整している。

 一度、二人してAA社の上階にある部屋に戻って、スーツを着替えた。この日のために用意したと言っても過言ではない最上の仕立てのスーツに袖を通す。スーツに合うネクタイを選んだところで、横から克哉にそのネクタイを奪われた。

 

「俺がやりますよ」

 

 そう言った克哉が御堂の首にそのネクタイを巻く。首元で克哉の長い指が器用に動き、あっという間に完璧な形に結びあげられた。そして、御堂もまた克哉のネクタイを締めてやる。克哉の格好も見惚れるほどに様になっている。特別な日のための、特別な装い。それだけで心が浮き立ってくる。

 まず向かったのはグランメゾンと評されるフレンチレストランだった。個室でとびきりのワインと料理を嗜み、ようやくホテルへとチェックインをする。ホテルと言っても遠出する時間もないので、都内のホテルだ。夜も更けてからのチェックインだったが、コンシェルジュは端正な笑みをまったく崩すことなく、御堂たちを部屋まで案内した。

 一泊だけの宿泊だ。荷物もほとんどないのでポーターは断ったが、コンシェルジュが傅くようにエレベーターを操作し、部屋のドアを開く。薄暗いホールの先にある重厚な木の扉が開かれると、驚くほどの広い空間が視界に飛び込んできた。客室フロアの最上階にあるその部屋は、スイートルームだ。

 大理石張りのホワイエの先には、広大なリビングが広がる。客室とは思えないほど高くとられた天井にはシャンデリアが吊り下げられ、毛足の長い絨毯に豪華な家具が設えられていた。部屋は落ち着いたクリーム調の色合いで統一されているが、ところどころ、赤や金色のアジアンモチーフのファブリックが飾られ、華やかなアクセントを添えている。壁一面の窓からは東京の夜景が一望でき、晴れた日には富士山を望めるという。まさしく、贅の限りを尽くした部屋だ。御堂は感嘆のため息を吐きながらも、ちらりと克哉に目配せをした。

 

「随分と奮発したものだな」

「それはもう、俺の大事な人が生まれてきてくれた日ですから」

 

 ゆったりと克哉が笑う。

 東京の中心にある五つ星ホテル、ヒマラヤの奥地にあるという理想郷の名を付けられたそのホテルの最高級スイートともあれば一晩でいくらの金が飛ぶのか、無粋な計算をしそうになって御堂は慌てて思考を切り替えた。特別な日にふさわしい、一夜限りの贅沢だ。素直に楽しむのが贈りものに対する礼儀だろう。

 コンシェルジュが部屋を辞すと、御堂はリビングの窓辺へと足を寄せた。一歩遅れて克哉がついてくる。目の前には東京の夜景が広がり、さながら御堂のために用意された一幅の絵画のようだ。そして、輝かしい眺望を楽しめるように、窓辺に置かれたソファセットにはアイスペールで冷やされたウエルカムシャンパンとペアのシャンパングラス、そして、みずみずしい苺が盛られた皿が置かれていた。

 克哉が手慣れた仕草でシャンパンを開栓すると、グラスに注いだ。そして、グラスを一つ手渡してくる。

 

「孝典さん、誕生日おめでとうございます」

「ありがとう」

 

 程よく酔ってはいたが、目の高さにグラスを掲げて克哉と乾杯をする。一口含めば、細やかな泡が舌の上で弾けて、華やかな香りと味わいが喉を滑り落ちた。

 こうして克哉に誕生日を祝われるのは何度目だろうか。恋人に、それも七歳下の男に誕生日を祝われる気恥ずかしさは大分薄れてきたように思う。かつてあれほど憎んだ男と愛し合い、そして、ゆるぎない関係を築くとは、かつての自分は夢にも思わなかっただろう。

 感傷的になりかけた気分を押し流すように大きく傾けたグラスを、克哉が留めた。

 

「御堂さん、これ以上は飲み過ぎですよ」

「私の誕生日なのだから好きに飲ませろ」

「せっかくの夜に主役が酔いつぶれるのは勘弁してくれ」

 

 笑い含みに言う克哉にグラスを取り上げられ、代わりに口元に苺を一つ押し当てられた。唇をうっすらと開いて受け入れる。

 克哉に見せつけるように口の中で苺を転がすと、口元に添えられていた克哉の指が御堂の口の中に潜り込んだ。克哉の指が蠢き、御堂の舌の上で苺を潰す。季節外れの苺だ。だが、新鮮で甘酸っぱい香りが口の中に満ちた。こくりと果汁を呑み込む。苺はシャンパンに合う。もう一口シャンパンを飲みたい欲求がこみあげたが、克哉がそうはさせなかった。

 克哉は、指を御堂の口内から引き抜くと、その指を目の前でねっとりと舐め上げた。真っ赤な舌が果汁で赤く濡れた指を舐め上げていく。淫猥で肉厚な舌を見せつけられて、急激に渇きを覚えた。その欲望を見透かされたのだろう、御堂を見つめる克哉の目許が甘く眇められ、唇に重みがかかった。

 

「んん……っ」

 

 熱くくねる舌が、御堂の口の中の果汁をすべて舐めとるかのように口内をかき回してくる。舌をきつく吸い上げられ、呼吸もままならないほどキスを激しくされて、鼓動が乱れた。克哉の後ろ髪を掴んでキスに夢中になる。

 アルコールで火照っていた身体はさらに熱くなり、その熱に浮かされながら服を脱がせ合った。絡み合うようにしてソファに押し倒され、克哉の指が御堂の後ろを探りだす。果汁と唾液で濡れた指が淫猥にアヌスを揉みこんでくる。

 

「ぁ……」

 

 指が二本に増やされ、固く閉ざそうとしていたアヌスが克哉の指を受け入れ始めると、克哉はにやりと笑って、アヌスから指を引き抜いた。そして、皿に盛られている苺に手を伸ばす。

 

「何……?」

「誕生日といえば苺だろう?」

 

 にやりと笑って、克哉は御堂をソファの背を掴ませるようにして後ろを向かせた。そして、アヌスを指で押し拡げながら小粒の苺を押し込んでくる。

 

「ああっ」

 

 ひんやりとした異物の感触に力が入る。途端に、やわらかな果肉が押しつぶされて、果汁がぬるりとアヌスを濡らした。

 

「もったいないな。潰さないでくださいよ」

「苺なんか……んあっ!」

 

 克哉は御堂の咎める声を無視して、二個、三個と苺を押し込んでくる。数個押し込むと中に指を入れてさらに奥へと追いやる。熟れきった果肉は克哉の指と肉襞に押しつぶされて、ぐちゅぐちゅと甘い香りと果汁を滴らせた。克哉が、喉を甘く鳴らして笑う。

 

「歳の数だけ入れるか?」

「馬鹿言うな……っ、ひあっ」

 

 溢れた果汁がアヌスから零れそうになり咄嗟に力を込めた。だが、次の瞬間、熱く濡れた感触が入り込んできた。

 

「ああ……っ、ぁ、はあっ」

 

 克哉が舌を挿れてきたのだ。そうして、溢れる果汁をじゅるっと啜られる。先ほどまで御堂の口内を犯していた肉厚な舌が、御堂のアヌスからしたたる苺を味わっている。

 ぬるっとした淫蕩な感触に喘ぐ声を上げていると、不意に舌を引き抜かれた。唐突な空虚感に「あ」と声を上げると克哉が背後から覆いかぶさってきた。

 

「熟し頃だ」

 

 克哉の声と共にすっかり潤みきった内壁に、ぐぅっ、と圧がかかった。固く熱い怒張が御堂を一息に貫いた。

 

「あ、ああああっ!!!」

 

 待ち焦がれていた刺激に、勃ちきっていたペニスから大量の先走りがとろとろとあふれ出した。

 硬い雄が御堂の中をかき回す。克哉のペニスが出入りするたびに、やわらかな果肉が押しつぶされ、内壁を淫猥に擦りあげられる。甘酸っぱい芳香をまき散らしながら、結合部から果汁が滴り落ちた。赤い液体が御堂の内腿を伝って流れ落ちていく様は息を呑むほどエロティックだ。克哉が欲情に掠れた声を出す。

 

「まるであんたのヴァージンを奪っているみたいだ」

 

 舌なめずりするようにちらりと舌を出して上唇を舐める克哉を、快楽に潤んだ眸で、肩越しに睨みつけた。

 

「みたい……でなくて、奪っただろう」

「それはそうだな」

 

 克哉の唇が淫靡に吊り上がった。あの時の興奮を思い出しているのかもしれない。獰猛な腰遣いで激しく突き入れられる。御堂もまた、ねじくれた快楽に身体が勝手に昂ってしまう。

 あの頃の記憶はあまり思い出したくない。だが、あの時の苦痛と葛藤も今の二人の関係に至るために必要なものだったと、今では思えるようになった。こうして二人で、きわどいながらも話題にできるようになってきている。

 

「あいしてますよ、孝典さん」

「ん……ぁ」

 

 克哉の舌が御堂の首筋を這う。汗を舐めとるようにねっとりと舐め上げられるとそれだけで、腰が砕けそうな快感が背筋を駆け抜ける。

 克哉は御堂を振り向かせると、体勢を入れ替え、自分の膝の上に座らせる体勢を取った。対面坐位だ。位置を調整し、抱え直すと深々と貫く。

 

「ひっ、ぁ、あああっ」

 

 淫蕩な感覚に肌がざわめきたつ。猛然と腰を突き上げられて、声をあげた。これ以上ないほど深くつながり、苦しいはずなのに蕩けるほどに気持ちがいい。克哉の肩にしがみつき、自らも腰を揺すりたてた。反り返っているペニスが二人の腹に挟まれる。執拗なまで中を抉られ、克哉の形を刻み付けられる。びくんと身体を引き攣らせながら、ふたりで極みへと向かう。

 

「孝典」

 

 呼ばれる声に薄目を開けた。欲情に濡れた双眸がレンズ越しに自分を見つめてくる。言われなくても、求められているのが分かる。ぶつけるような勢いで唇を重ねた。ぎゅうっと内壁が締まり、克哉の雄が御堂の中で大きく跳ねた。どっと熱い粘液を注ぎ込まれていく。その最後の一滴まで絞りだすように克哉は腰を震わせた。その熱を感じながら、御堂も放った。それは二人の下腹を濡らして、赤い果汁でまみれる結合部へと滴り落ちていった。二色の液体が混ざり合う様を目にして、二人して思ったのは同じことのようだ。目を見合わせて、苦笑する。

 満ち足りた気持ちになりながらも、夜はまだ終わらない。もう一度、御堂は熟れきった唇を克哉に押し付けた。

 

 

 

 翌朝、ルームサービスで頼んだ朝食が窓際のテーブルにセッティングされる。出来立てのオムレツに湯気が立つコーヒーが良い香りを振りまいている。

 ガラス窓の向こうでは、雲一つない青空に朝陽を浴びた高層ビルのガラスが眩いほどの輝きを放ちだしていた。二十四時間輝き続ける大都市は今日もまた、比類なき強さで二人の前に現れる。

 朝食を用意したホテルのスタッフは男二人がバスローブで登場しても、品のある振る舞いを何一つ崩すことはなかった。優美で素早い所作であっという間に窓際のテーブルに朝食をセッティングすると、二人に一礼し部屋を辞す。

 ホテルの真の品格は、瀟洒な部屋や行き届いたサービスだけではなく、ホスピタリティにこそ宿るのだろう。昨夜、男二人でチェックインしてもコンシェルジュは表情を一瞬たりとも変えることはなかった。男同士でスイートルームに泊まる理由を聞くような野暮なこともせず、にこやかな笑みを湛えたまま、御堂たち二人をごく普通のカップルとして、そして、特別な客として接してくる。その程よい距離感が心地よい。肩肘を張らずに克哉と二人で過ごせる空気、それがここにある。

 克哉は、若さゆえか御堂との関係を周囲に隠そうとはしない。ひけらかしているつもりはないのだろうが、殊更隠す気もないらしい。克哉の強引さに引きずられて、なし崩し的に同棲までしている御堂だが、克哉の大胆な振る舞いに、周囲からの視線を感じていたたまれない想いを抱くこともままある。克哉への感情と周囲への世間体は、同じ軸で考えるものではないのだ。

 

「もうすぐ出勤時間か」

 

 名残惜しく呟いて、朝食が用意されたテーブルに着席した。出来立てのオムレツを口にする。とろっと柔らかい絶妙なオムレツに芳醇なバターの風味が口の中に広がった。

 克哉が口を開く。

 

「今日は二人とも午後出勤にしている。ぎりぎりまでゆっくり過ごそう」

「相変わらず手回しがいいな、君は」

「あなたの誕生日を祝える機会は年に一度しかないからな。むしろ、あなたの誕生日は社の記念日にして休みにしてしまおうか。そうすれば毎年存分に祝える」

「まったく、君は……」

 

 克哉は冗談めかして言っているが、この男ならやりかねない。呆れ気味に返したが、あとでしっかり釘を刺しておいた方がよいだろう。

 だが、こうして、克哉に祝ってもらえる誕生日は悪くない。むしろ、胸の奥を熱くする嬉しさがある。当然、克哉の誕生日は今日以上のサプライズをプレゼントするつもりだ。

 食事を勧めながらちらりと克哉の姿を見た。バスローブの合わせから覗く引き締まった成熟した男の身体、端正な顔立ち。克哉はきっとタキシードも似合うだろう。克哉のタキシード姿を見てみたい。そして、御堂もタキシードをまとって、克哉の横に並び立ちたい。そんな欲求が胸の奥で小さく煌めく。

 共に過ごす自分たちを日常の風景に溶け込ませることが出来たとしたら、そして、克哉と生きる誓いを立てることを周囲から祝福される日が来るとしたら。そんなことを願うのは強欲だろうか。

 今はまだ、このホテルのような特別な空間でしか味わえないだが、いつかそんな日が実現するかもしれない。そんな日を心の片隅で期待している自分に気が付いて、御堂は一人苦笑した。

 

「歳を取るほどに欲が深くなるな」

「貪欲な御堂さんは大歓迎ですよ」

 

 御堂の心の内を知ってか知らずか、克哉は食後のコーヒーを口にしつつ、そんな言葉を返してくる。

 

「私が何を考えているか知らないくせに」

「当ててみせようか」

 

 そう言って克哉が背もたれから身体を起こすと、テーブルに手をついて御堂の顔を間近から覗き込んできた。淡い色の虹彩が、吐息がかかるほどの距離で真剣な色を帯びて御堂を覗き込んでくる。数秒、じっと見つめ合うと、克哉が目許を柔らかく解いた。

 

「分かった」

「なんだ?」

「俺に惚れ直していたな」

「あながち間違いではない」

 

 クスリと笑うと、自ら顔を寄せて克哉に唇を押し付けた。すぐに、やわらかな唇が深く重なってくる。二人で紡ぐ甘やかな時間にあともう少しだけ浸っていたい。

 こうしてまた、幸せな日々を重ねながら歳をとっていくのだ。

 

 

END

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