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Sweet Like Chocolate

「御堂さん、忘れる前にこれを」
「なんだ?」
 2月14日日曜日。レストランでディナーを食べ、克哉の部屋の玄関に入るなり、克哉から唐突に渡された箱を見下ろした。
 きれいにリボンがかけられ、プレゼントであることを強調せんばかりに包装されたその箱は、時期的に中身は容易に想像できた。
「チョコレートです」
 やはり。
 今年は2月14日が日曜日だったこともあり、バレンタインのチョコレートは12日の金曜日に集中して渡された。
 取引先からは克哉と御堂の分、と二人分貰う事が多く、金曜日の夕方に預かった互いの分を渡し合い、ホワイトデー用のお返しリストを作成し、毎年恒例のルーチンワークを終えたつもりだった。
 まだ残っていたのか。分配し忘れのチョコだろうか。金曜日中に渡してくれればいいものを。と、心の中でぶつぶつ呟きながら、ホワイトデー用のリストに追加しなくては、とため息を一つついて受け取る。
「今頃か。誰からだ?」
「俺からです」
「は?」
 思わず聞き返して顔を上げれば、少し口角を上げて悪戯っぽい笑みを浮かべた克哉の顔がそこにあった。
「俺からです、よ」
 御堂の驚いた顔がよほど可笑しかったのだろう。クスクス笑いながら、もう一度同じ言葉を繰り返す。
「君が買ったのか?これを?」
「ここのは美味しいと言っていたでしょう」
「…ああ。ありがとう」
 受け取って、改めてよく見れば、銀座にあるチョコレート専門店だ。
 言われて見れば、克哉とこの店の前を通りかかった時に、ここのチョコレートはカカオの風味がしっかりしていて美味しいとか言った覚えがあるような、ないような。
 それよりも、この時期に堂々とチョコレートを買いに行く克哉の姿を想像し、眩暈がした。
「君は何というか、意外と…ロマンチストだな」
 世間体を気にしないのだな、という言葉は声帯に震わせる前に辛うじて飲み込んだ。
 ふっ、と克哉がその気配を寛げ和らげ、野性味と鋭さを忍ばせる眼差しが包み込むような甘さを孕んだ。
「俺は、貰うよりもあげる方が好きなんです」
「…私もだ」
 返す御堂の言葉に、克哉が僅かに目を見開いた。
 このために持ってきた大き目のバッグから包みを取り出す。プレゼント用に包装されていたが、受け取った克哉はすぐに中身が想像ついたようだ。
「ワインですか」
「君と飲もうと思って」
 チョコレートの代わりに、と用意した極甘口の貴腐ワイン、トカイ・エッセンシアだ。
 図らずも玄関先でプレゼント交換をすることになり、互いに目を見合わせながら、込み上げる可笑しさに相好を崩す。
 克哉の体温がふわりと迫り、湿り気を感じる吐息が頬をくすぐった。
 少し冷たい唇が自分の下唇を柔らかく食む。もどかしいほどにゆっくりと官能を紡ぐキスにくすぐったさを覚え、自らの熱を分け与えようと唇を押し付けた。
 そのまま、その場に縫い付けられたように動けなくなる。
 まだ、靴も脱いでいないのに。
 すぐそこに、胸焼けしそうな程甘ったるい夜が待っていた。

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