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​祝宴の果実

「どうなっているんだ……」

「私が聞きたい。これは一体どういうことだ」

 

 夕暮れの光が満ちる部屋に帰ってきた克哉は、ソファに座っている御堂を目にし、ぎょっとして全ての動きを止めた。

 呆然とした呟きに、御堂はすかさず返した。だが、その御堂の言葉がおわるかおわらないかのうちに、その語尾に被せるようにして、同じ声音が響いた。

 

「どうもこうもない。現実を受け入れろ。私はお前なんだ」

 

 御堂から一人分の空間を離してソファの反対側の端に座っている、“もう一人の御堂”が克哉に顔を向けた。克哉が二人の御堂を見比べて目を瞬かせる。

 同じ顔、同じ声をしているもう一人の自分をなるべく視界に入れないようにして、克哉に目配せで助けを求めると、克哉はこの御堂こそ、本物の御堂であると認識してくれたようで、顔をこちらに向けた。

 

「御堂さん、何か変わったことはありませんでした? 変な男から変なものを貰ったとか」

「変な男? そういえば……、夢を見た」

 

 何か変わったこと、と聞くわりには随分と具体的な例をあげる克哉を訝しく思いながらも、克哉の言う通りまさしく心当たりがあった。

 あれは、そう、夢だったのだと思う。

 全身黒ずくめの金髪の男に話しかけられて、柘榴を貰ったのだ。

 それは、御堂へのプレゼントだという。

 男の闇よりも黒いロングコートに長い金髪が零れて、光を乱反射する。その艶やかさに目を奪われていると、男が言った。

 

「この果実を口にすれば、あなたが最も欲しいものを手に入れることが出来ます」

「私が、欲しいもの?」

 

 そう言われても、すぐに思いつくものはない。今の生活で十分満足している。だが、男は全てを見透かす眸を御堂にひたと重ねてきた。

 

「きっとご満足いただけますよ」

 

 嫣然と微笑む男に唆されて、御堂は誘われるように一口、柘榴を口にした。

 口の中に甘酸っぱい果汁が広がった。次の瞬間、目が覚めて、リビングのソファでうたた寝している自分自身に気が付いた。

――夢だったのか。

 頭を振って、靄がかかったような意識をハッキリさせようとしたその時、ソファの端に座っているもう一人の自分が視界に飛び込んできたのだ。

 

 

 

 御堂の話を黙って聞いていた克哉が言った。

 

「それで、御堂さんが欲しかったのはもう一人の自分だったんですか」

「馬鹿を言え! そんなことがあるか!」

 

 確かに、手が足りないし時間も足りないこの現状に、もう一人自分がいたら、と空想したことはある。だが、決してこんな事態になることを望んではいない。それは断言できる。

 

「ひどい扱いだな。せっかく現れたというのに」

 

 もう一人の御堂が呆れたように呟いて、首を振った。そうして、切れ長の双眸をまっすぐと御堂に向けた。その眸には試すようで挑発する色が湛えられていて、本能的な警戒心をざわめかせた。目と鼻の先にある自分と同じ顔、その薄い唇がシニカルな笑みを浮かべた。

 

「だが、安心したまえ。私は目的を達成したら消える」

「目的?」

「佐伯、君なら、分かるだろう?」

 

 そう言って、あくどい視線を克哉に送った。その眼差しを受け止めた克哉が、我が意を得たり、とばかりに唇の端を吊り上げた。

 

「そういうことですか。それなら、話が早い。早速取りかかりましょうか、御堂さん」

「なんだ? おいっ! 何する!」

 

 克哉と自分に抱えられて、御堂は有無を言わさず寝室のベッドに連れ込まれた。

 

 

 

 

「や、ぅ……っ、放せっ!」

 

 身体のあちこちに四本の手が這う。どの手も覚えがある。克哉の手、そして、自分の手だ。

 御堂は淫猥にまさぐってくる手から逃れようと身体をのたうたせたが、二人がかりで押さえつけられ、そして再び淫らに触覚を煽られた。

 

「ひあっ!」

 

 ぴちゃっと、胸で水音が響いた。すっかり敏感にされてしまった乳首の、濡れた感触に背をしならせる。克哉が御堂の胸元に唇を寄せて、尖らせた舌先で右の乳首をなぞっていく。間髪入れずに左の乳首にもう一人の御堂が顔を寄せて、鳥肌が立った乳首を甘噛みした。凝って硬く勃ちあがった乳首を舌先や歯で小刻みに弾かれる。

 

「――っ」

 

 御堂は喉を反っておとがいを突き上げた。散々舐られて、真っ赤に膨れた乳首は、もっと弄ってくれと誘っているようで、自分から見ても卑猥な様相を呈している。いとも簡単に高められていく性感を直視出来なくて、二人に向かって声を張り上げた。

 

「お前たち、大概にしろっ!」

 

 これは何かの悪い冗談だと思いたい。でなければ、悪夢だ。

 御堂はこの期に及んでも、自分自身と克哉に組み敷かれている今の状況を受け入れられずに、取り乱して早く現実世界に戻ろうともがいていたが、事態は悪化するばかりだ。

 

「御堂さんが望んだことなのでしょう? 御堂さんのご希望とあらば、俺は惜しまず協力しますよ」

「違っ! ぅあっ! あ――っ!」

 

 反論しようとした寸前に、二人同時に根元から強く吸い上げられて、痺れるような快感が身体の中心を走り抜ける。

 

「やめろ……っ、頼むからっ」

 

 かすれた声で必死に許しを乞うが、二人の耳には届かないようだ。乳首を唇と舌で転がされて揉み潰されるたびに、重ったるい熱が下腹部に流れ込んで、下着の布に先端が擦れて、ぬめる染みを広げていく。

 

「本当は、もっとシて欲しいのだろう? 隠しても無駄だ。私はお前自身なのだからな」

「たまには、こういうのも悪くないですね。御堂さん」

 

 乳首に噛みつくように歯を立てた、もう一人の自分が御堂と視線を合わせて唇の端だけで冷ややかに笑った。自分はこうも意地の悪い笑い方が出来るのかと、ゾッとする。

 克哉は、もう一人の自分と息を合わせたように絶妙なコンビネーションで、御堂のスラックスに手をかけた。あっという間に、下着ごと脱がされて、狭い空間に閉じ込められていたペニスがぶるんと跳ねて飛び出してきた。それを目にした克哉が喉で低く笑う。

 

「いい加減にしろっ!」

 

 伸し掛かろうとする克哉を足で蹴って、ベッドの上にずり上がって逃げようとしたものの、素早く背後に回った自分自身に羽交い締めにされた。両脚の間に克哉が身体を割り込ませる。克哉は御堂に見せつけるように、ローションを自分の指に滴らせ、その指をぬるっとアヌスの周囲を這わせると、感触を確かめるようにゆっくりと中に挿ってきた。

 

「くっ、……ぅ」

 

 二人(しかも、そのうちの一人は自分自身)に弄ばれるという事態に、どうにかして逃げようと身体を捩じってのたうつが、それを押さえ込むようにもう一人の自分が力を込め、克哉はますます奥を探ってくる。

 克哉が指で内壁を擦るたびに、馴染んだ感触に強張った筋肉と粘膜が蕩けて、深いところに熱が灯される。

 

「んんっ、…ふ、や、あ……」

 

 吐く息に艶めいた声が混じりだす。

 首元に熱っぽい吐息がかかり、黒目だけ動かせば、もう一人の自分が覗き込むように、克哉の指の動きと、その指を深く食い締めるアヌスを爛れた視線で凝視していた。生々しい欲情をもう一人の自分から感じて、頬が赤らむ。

 

「何を考えているのですか、御堂さん?」

 

 背後の自分に意識を取られていると、克哉の指先が容赦なく粘膜を捏ねて、撫でさすりだした。悦楽の波が絶え間なく御堂に襲いかかる。

 

「さえ、き……よせっ! く、ああっ!」

 

 克哉がゆるゆると指を抜き差しするたびに、淫らな蜜がペニスの頂から溢れて竿を濡らしていく。身体を蝕んでいく快楽を遠ざけようと、汗で重くなった髪を振り乱して、抗おうとした。だが、次の瞬間、ぬちゅっと音を立ててもう一本指が入ってきた。

 襞をかき分けて奥へと向かう長い指は、馴染んだ感触とは違った。

 これは、克哉の指ではない。自分の指だ。

 もう一人の自分が克哉の指に沿わせて、指を挿しこんできたのだ。

 

「…何、して……っ! 嫌…だっ!」

 

 二人の指が狭い内腔を好き勝手に動き回る。

 自分の指で感じたくなどないし、ましてやそれで乱れるところを克哉に見せるなど我慢ならないというのに、自身の全てを知る巧みな手管に、翻弄される。

 克哉の胸を押し返そうとする手はシャツをきつく掴んで、克哉に縋るようになっている。

 感覚を堪えようと、下腹に力を籠めれば籠めるほど、二つの指が肉襞を押しのけるように動き回り、ニチニチときつい内腔を広げていく。それがどうしようもない官能を伴って、二人の指にすり寄るように腰を動かしてしまう。

 

「や、あぁっ、はな……せっ、ひあっ!」

「気分が出てきたな」

 

 押し殺していた声が漏れて、甘やかに上擦る。克哉がその喘ぎに目を細めて満足げな笑みを浮かべた。

 

「そろそろ良いだろう」

 

 そう言いだした自分ではない自分に膝を掴まれて持ち上げられ、克哉に向けて大胆に股間を晒す体勢にさせられた。そして、あろうことか、ヒクつくアヌスを二本の指で押し広げられる。赤く熟れた粘膜が克哉に向かって濡れて誘う。

 よりによって、自分自身にそんな淫らな格好をさせられて、想像を絶する羞恥に喘いだ。

 

「よせ……ッ」

 

 克哉が下着の合わせから、大きく育った自身のペニスを取り出した。頂は既に濡れそぼって、凶悪なほど反り返っている。背後の自分が、御堂を抱えるようにして克哉に腰の位置を合わせた。もう一人の自分が克哉に向ける表情は、昏く燃え立つ情欲を湛えていて、自分はこんな淫らな顔をして克哉を求めているのかと羞恥にいたたまれなくなる。

 

「あ……っ、んああっ!」

 

 窮屈な窄まりを大きく開いて、灼熱の肉塊が押し入ってくる。怒張した先端の張り出しが身体の深いところをぐりぐりと削りながら奥へ奥へと犯していく。

 つながりが深まるほど先行する苦しさに快楽が混じりこんできて、悲鳴とも嬌声ともつかない声を上げ続けた。

 こくり、と背後の自分が唾液を呑み込む。

 克哉を受け入れていく過程の一瞬一瞬を、自分自身に観察されるという恥辱に神経という神経が研ぎ澄まされて、苦痛も悦楽も今までと比較にならないほどに増幅される。

 粘膜が蠢いて太い竿を根元まで咥えこむと、それを確かめるように、もう一人の自分が結合部を指先でつうとなぞった。限界まで丸く広がったアヌスの縁をくすぐられ、戯れに爪先で引っ掻かれて、克哉とつながったところから、ぞわりと痺れた快感が込み上げてくる。

 

「動くぞ」

「――ッ、はあっ、あ、……ぅっ」

 

 克哉が腰をゆっくりと遣いだした。次第に獰猛になってくる腰の動きに激しく揺さぶられて意識が白みかけるが、その度にもう一人の御堂に乳首を捩じられたり、ペニスの先端を弄られたりして、耐えがたい快楽を呼び戻されて、理性を砕かれていく。

 何度も何度も感じる部位を突かれて擦りあげられていくうちに、爛れた熱が溢れ出して、出口を求めて渦巻きだした。

 抗うことよりも、この淫らな熱を吐き出すことで頭がいっぱいになったところで、もう一人の御堂に根元からくびれまで指できつく戒められた。

 

「痛っ! いっ……、あ、はな…せっ」

「こうされた方が気持ちいいのは知っているだろう?」

 

 今際の絶頂が唐突にせき止められて、御堂は悲鳴を上げた。迫りくる絶頂が痛みを伴って、嵐のように御堂の中で暴れまわる。あまりの苦しさに、ペニスにきつく絡む自分の指を力が入らない指で引きはがそうとしたところで、克哉が激しく突き上げ、また、もう一人の自分に先端の割れ目を指の腹で強く扱かれ、御堂は全身を激しく戦慄かせた。

 

「ぁ……っ、ああっ! な……っ、くあ、んああああっ!」

「ドライでイったな」

 

 放精が出来ぬまま、爪先まで痙攣しながら突っ張らせて、身体をガクガクと震わせる。

 底なし沼のような絶頂に縫い留められて、腰がいやらしく揺らめいてしまう。終わりのない極みから解き放たれたいのに、克哉ももう一人の自分も緩めずに責め立ててくる。

 

「御堂さん、……とても、やらしくて、キレイだ」

「か、つや……、もうっ、やめ、あ、あああっ」

 

 克哉が耳に吹き込む声さえも官能を刺激されて、悶え狂ってしまう。湿った肌をきつく擦り合わせながら、皮膚を粘膜を絡みつかせて何度も身体を戦慄かせた。

 イきっぱなしねっとりとした悦楽に自制心も常識も全てを剥ぎ取られていく。視界にもう一人の自分の顔が映り込んだ。その顔は淫蕩に蕩けていて、うっとりとした視線を克哉に向けている。

 それは自分の鏡像のようで、自分はこんな顔で克哉に抱かれているのか、と頭の片隅で他人事のように感じていると、克哉から熱っぽい吐息と共に息を呑む気配を感じた。克哉の雄がぐっと張りつめる。身体の奥深いところがぐっしょりと濡れて、克哉が射精したことを感じ取る。

 同時に御堂のペニスを締め付けていた指が緩んだ。あられもない声を放って、溜め込んでいた熱を吐き出した。せき止められていた精液は、びゅるっびゅるっ、と途切れることなく滴り落ちて結合部まで濡らしてしまう。

 

「すごい、孝典……っ」

「あああ……っ、んくっ」

 

 克哉が腰を小刻みに動かして御堂の粘膜で自身を擦りあげて、最後の一滴まで注ぎ込んでいく。また、御堂のペニスも、もう一人の自身の手によって扱かれて残滓まで搾り取られた。

 深すぎる官能に零れた涙を、克哉の指先が掬い取った。

 克哉が浅く速い呼吸を繰り返しながら、身体全体で覆いかぶさってくる。薄く開いた唇が重なり、御堂もまた、唇を綻ばせて克哉のキスを受け入れた。

 克哉のペニスを自分の中に留めながら、ぬちゅぬちゅと濡れた音を立てながらふたりの舌を絡ませる。

 ふたりして余韻に痺れていると、克哉が唐突に身体を強張らせた。

 克哉が慌てて背後に振り返った。

 

「御堂、お前っ!」

 

 克哉が鋭い声で咎めた相手は自分ではなくもう一人の自分だ。その手には潤滑剤のチューブを持って、克哉の双丘の狭間にジェルを垂らしている。

 克哉の肩越しに見えるもう一人の自身は、御堂に向かって意味ありげな視線を送った。もう一人の自分が何をしようとしているのか、その意図を一瞬で悟った。

 克哉も同様に身に迫る危険に気付いたらしい。逃げようと腰を動かしたせいで、まだ硬さを失っていない克哉のペニスが、御堂の濡れた内壁を乱暴に擦りあげた。絶頂後の敏感な身体に鋭い刺激を与えられ悲鳴を上げる。

 克哉の動きを止めようと、咄嗟に両手を克哉の背に回して強く引き寄せた。それが克哉を拘束する形になって、もう一人の御堂は、笑みを深めて克哉の尻にジェルをたっぷりと落とした。

 

「御堂、はな、せっ!」

「いいぞ、そのまま捕まえていろ」

 

 もう一人の自分に唆されて、克哉を抱きとめる腕に力を込めた。罠にかかった獣のように追い詰められた克哉の表情が、酷く蠱惑的でその表情に魅入ってしまう。克哉の背後にいる自分が、欲情を滴らせた眸を克哉に戻し、長い指先を克哉のすっと伸びた背筋から双丘の狭間へと滑らせていく。

 

「待て…っ! よせっ!」

 

 焦る克哉が御堂とのつながりを解こうとしたが、思わぬところをまさぐられて、バランスを崩した。克哉の重みが肌を潰す。

 もう一人の自分が唇の端に微笑を乗せたまま、秘めたる奥の窄まりに触れる。

 その時、克哉を抱きしめる自身の指先に体温に温められたローションの感触が触れた。

 それは、自分ではない自分が触れたものなのに、まるで自分自身の触覚のように自らの指の腹が熱くなる。くちゅりと濡れた感覚が指先で弾ける。

 

――これは……。

 

 大きく息を呑んだ。心臓が肌を突き破りそうなほど、大きく打ち鳴らされる。

 もう一人の自分は、『お前は私だ』と言った。にわかには信じがたいが、どうやらもう一人の自分と感覚を共有しているらしい。

 意識を向ければ、もう一人の自分を通して、克哉のしなやかな背筋が見え、視線を下ろすと引き締まった尻が視界に飛び込んでくる。

 

『この先を知りたいだろう?』

 

 もう一人の自分が耳元で囁いた気がした。自分の手ではない自分の手が克哉の左右の尻たぶにかかった。まるで、自分の意志で手を動かしているようだ。いや、克哉の上に伸し掛かる自分も自分に違いないのだ。

 胸の奥底からどろりとした興奮が噴き出してくる。自分の欲望に衝き動かされるままに、克哉の尻肉を割拓いた。

 克哉が低く呻いた。秘められた慎ましやかな窄まりが暴かれる。

 

「馬鹿っ! やめろっ!!」

 

 抗う声は普段の克哉の冷静さが剥ぎ取られて、切羽詰まった響きを有していた。

 御堂二人に押さえ込まれている現実と、これから待ち受けている事態に、克哉は筋肉を強張らせて身を固くした。

 余裕を失った克哉が、驚愕の色に染まった眸を真下にいる御堂に投げかけて、『本気か?』と視線で問うてくる。克哉のレンズ越しに視線が深く絡んだ。背徳的で嗜虐的な誘惑に抗えずに、頷き返した。克哉の瞳孔が大きく開く。

 克哉が何かを言わんと口を開きかけたところで、びくんと身体を跳ねさせて動きを止めた。御堂の爪の先が克哉のアヌスの縁をなぞって、強引に潜り込んだのだ。

 

「……くっ!」

 

 自分の指先が濡れた熱を感じる。そして、きつく絡みついてくる粘膜の感触も。

 濡れた音がくちゅくちゅ響くたびに、克哉が形の良い眉をしならせた。中は狭く、指先を1ミリ進めるたびに、ぎゅっと粘膜が締まって指を拒もうとしてくる。

 

「冗談じゃない……」

 

 克哉が唸る。もう一人の自分は抜き差しする指の動きを止めぬまま、深く上体を被せて、克哉の耳元で囁いた。

 

「佐伯、君は私の最も欲しいものをくれるのだろう?」

「まさか……」

 

 その言葉に克哉は全ての動きを止めて、自分にまっすぐと顔を向けた。薄い唇が戦慄く。

 

「あんたの欲しいものって、俺か?」

 

 言葉ではっきりと問われて、自分の中に秘めていた欲望を輪郭鮮やかに意識した。

 それは果てのない独占欲だ。克哉が欲しい。克哉のありとあらゆるものを奪いたい。克哉が御堂の全てを奪ったように。

 そうして、克哉を誰の目にも触れさせずに自分だけのものにしたい。今まで無意識に押さえ込んでいた恐ろしいほどの渇望が自分の中からあふれ出してきた。

 

「……私は君の、全てが欲しい」

「御堂……」

 

 克哉のレンズ越しの眸を真正面から受け止めると、克哉は御堂と視線を重ね合わせて、腹を据えたようだった。

 深く息を吐いた克哉は御堂の頭の両脇に肘をついた。眼鏡越しの淡い色の虹彩が深みを増す。鼻先が触れ合う位置で御堂の唇に軽くキスを落とすと、覚悟を決めて目を軽く閉じた。御堂に身体を深く預けて、身体の力を意識して抜こうとする。

 今や、意志も感覚も共有しているもう一人の自分が、指をもう一本増やして克哉の中をまさぐり始めた。ぎちぎちと指を捩じりながら窮屈な中をこじ拓いていく。二本の指で克哉の粘膜をかき分けつつ、腹側にある凝りをゆるりと撫でまわした。途端、克哉の上体がびくりと反らされた。

 

「ん……っ、く」

 

 克哉のきつく閉じられた眦に朱が差し込み、長い睫毛が細かく震える。ぐっと下唇を噛んで今までにない感覚を耐える克哉の苦しげな表情に目が釘付けになった。

 御堂を抱くときには決して見せることのない、男に与えられる淫らな快楽を堪える顔だ。得も言われぬ体感がぞくりと背筋を這いあがってくる。下腹にもどかしいほどの官能が渦巻き、ぎゅうっと中の克哉を締め付けた。

 

「くぅあ……っ、ああっ!」

 

 後ろからの刺激のみならず、不意打ちで前を絞られて、抑えようとしていた声が克哉の喉からあふれ出した。克哉の両腕が細かく震え、背が大きくしなる。そして、克哉のペニスが御堂の中で硬さと大きさをぐっと増した。

 克哉が感じているのは苦痛ばかりではない。

 そう確信して、指を引き抜いた。あれほど放ったにもかかわらず、自分のペニスは痛いほどに張りつめている。先端を克哉のアヌスに押し付けた。散々指で弄られたそこが、ヒクついて綻びだす。その反応に煽られて、腰をじりじりと差し込んでいった。

 克哉のアヌスは指を受け入れた時とは違い、思わぬ抵抗を見せた。それでも、克哉の尻を揉みしだきながら体重をかけて、先端を推し進めていく。

 

「う……っ、ぐっ」

「きついな……」

 

 克哉の表情が強烈な痛みと圧迫感に大きく歪んだ。克哉を傷付けたくはない。克哉の表情に怯み、腰を退きそうになったところで、克哉が押し殺した声で言った。

 

「どうした、御堂。早く、……挿れろ」

 

 わずかな躊躇いを克哉に読まれたらしい。額や首筋に汗の粒を浮かび上がらせながらも、うっすらと開いた潔い眼差しで御堂に先を促してくる。

――まったく、この男は。

 克哉を抱こうとしているのは自分なのに、主導権は克哉に握られたままのようだ。決して弱みをみせようとしない克哉に、感情が焦げ付くほどの愛おしさともどかしさが込み上げてくる。

 ひとつ息を吐いて逸る心を宥め、腰を慎重に進めた。狭い内腔に捻じ込むように自身を埋め込んでいく。ほんの少し進めるたびに、克哉の身体が御堂に馴染むまでじっと待つ。それを繰り返しながら、徐々に克哉の深部を目指していく。克哉の全てを征服することに夢中になる。

 貫かれていく克哉は、身体を動かせずに筋肉を浮き立たせて耐えている。だが、御堂の中にある克哉は萎えていない。深いところで御堂を味わう感触に克哉も昂っているらしい。

 克哉の声に、らしくない微かな甘さが滲みだした。

 

「ん、くぅっ、う……、ん……」

「拓いて、きたぞ……」

 

 そう呟いたのは、克哉に抱かれている自分か、克哉を抱こうとしている自分自身か。

 御堂は克哉に抱かれながら、克哉を抱こうとしている。

 決してあり得ることのない状況なのに、それが現実として身に迫っていることに、倒錯的な愉悦が込み上げた。

 時間をかけて半ばまで埋め込むと、ぐぐっと一息で根元まで深く突き入れた。

 

「ぐ……っ、あああっ!」

 

 克哉の嗄れた声が迸る。

 これ以上ないくらい深く身体をつなげて、御堂は感じ入ったように息を吐いた。背筋はぞくぞくと痺れっぱなしだ。

 自身のペニスはもどかしいほどの疼きに脈打ち、先端からねっとりとした蜜が溢れ続けている。

 克哉に伸し掛かかりながら、腰をゆっくりと遣い始めた。それに引きずられて、克哉のペニスが御堂の中を抉りながら掻きまわしだす。

 自分のペニスは克哉のうねる粘膜に巻き付かれて、その一方で克哉に抱かれ、深いところを抉られ続けている。

 克哉もそうだ。御堂に激しく穿たれながら、自分のペニスは御堂にきつく揉みしだかれている。

 自分自身に抱かれる克哉はいやらしく、煽情的だった。

 腕の中で悶える克哉は、今までに見たことのない顔をしている。羞恥と快楽を堪える表情をして、食いしばった歯から時折呻く声を漏らす。眇められた眸は欲情に濡れそぼり、御堂に貪られながらも、御堂を貪る動きを止めようとしない。お互いを奪いつくそうとする動きが重なり、絡まり合う。

 

「克哉、君は、私のものだ」

 

 狂おしいほどの甘美な充足感。この気持ちを克哉は御堂を抱くたびに感じていたのだろう。今や、自分も同じ気持ちを共有している。

 克哉は御堂を深々と咥えこみながらも、唇の端を吊り上げて不敵な笑みを返した。

 

「そんなこと今頃、分かったのか? ……ぅあっ!」

 

 そう憎たらしく返す克哉をもっと乱れさせたくて、腰の動きを大きくした。

 克哉の快楽に潤む双眸に自分が映り込む。自分も克哉と同じ顔をしているのだろう。

 忙しない呼吸が重なった。

 向かい合わせの克哉と御堂は劣情に任せて唇を押し付け合った。舌先で舌先を舐っていると、克哉に覆いかぶさる御堂も負けじと克哉の首筋に浮かぶ汗の粒を、舌をねっとりと這わせて舐めとっていく。

 快楽の上に快楽が積み重なって、昇り詰めていく。

 互いを抱き、互いに抱かれる、底知れぬ官能に全身が焼き尽くされそうだ。

 歯止めがきかない自分に慄きながらも、克哉の中を穿ち続ける。その一方で、めちゃくちゃなくらいに、体内を抉られ続ける。二人の自分と克哉が複雑に絡み合う卑猥さと淫靡さ、目もくらむような恍惚に陶然とした。

 そして、ひときわ大きな波に攫われた。肉体が激しく震え、精神が極みに達する。愛しさと情欲にたまらなくなり、二人の御堂は克哉を挟み込むように固く抱きしめた。

 咆哮にも似たたなびく声が響き渡り、終わりのない悦楽の波間に意識が呑み込まれていった。

 

 

 

 清涼なエアコンの空気が肌を撫でていく。その感触に目を覚まし、ベッドに手を突いて起き上がった御堂は視線を彷徨わせた。光量を絞ったベッドサイドランプが灯されていて、ベッドにひとり、裸で眠りこけていたらしい。窓の外はすっかりと陽が落ちて、仄かに明るい都会の闇が覆っている。

 今さっきのめくるめくような出来事の記憶を反芻していく。

 あの、あられもない出来事は夢だったのだろうか。

 ぼんやりと思惟を巡らせていると、バスローブを纏った克哉が戻ってきて、ベッドの上の御堂に気が付いた。

 

「先にシャワーを浴びていました」

 

 普段通りの口調の克哉に、無意識に毛布を引き寄せて下半身を隠す。

 やはり、あれは夢だったのだ。

 自分が二人に分裂して克哉に抱かれながら克哉を抱くなんてことが、起こりうるはずがない。

 そう思い直したところで、克哉が腰を擦りながら危なっかしい足取りで、ベッドの端に、半ば崩れるように腰を下ろした。

 

「どうしたんだ?」

「どうしたって、あんた……」

 

 克哉がやれやれと首を振る。

 意味が分からずに黙ったまま克哉に視線を留めていると、克哉がひたと御堂を見詰めて顔を寄せてきた。唇が触れ合うギリギリの距離で囁く。

 

「いつだって、俺の全てはあなたのものですよ」

 

 驚きに口を開こうとした寸前、克哉の唇に唇を塞がれた。

 互いの唇をついばんで、舌を舐め合う。先ほど体感した情欲が呼び戻されて、たまらなくなったところで、克哉が唇を微かに離した。

 

「お誕生日おめでとうございます。御堂さん」

 

 克哉の顔に優しい笑みが零れる。視線を流せば、時計の針は12時を回っている。

 自然と顔が綻んだ。

 

「愛してる、克哉」

 

 あれはきっと、御堂への誕生日プレゼントだったのだろう。

 全ての疑問を差し置いて、今、目の前にいる男を愛おしく思う気持ちに浸っていたい。

 言葉ごと唇を奪われる前にそう囁いて、自ら唇を押し付けた。

 唇で伝え合う熱に愛をこめて。

 

END

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