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​常闇の閨(とこやみのねや)

 ベッドの上に御堂孝典の長い四肢が投げ出されていた。

 動かそうにも手荒い陵辱を受けたばかりの身体は、膝も腰も萎えてしまってまともに動けない。

 ベッドサイドでは陵辱者の佐伯克哉が着々とスーツを着込み身支度を整えている。

 この日、仕事を終えた御堂は佐伯に呼び出されたのだ。御堂に当然断る権利はなく、指定されたホテルの部屋に入るなり、ベッドに押し倒されて問答無用に犯された。

 会社帰りにさっと酒を呷るような気軽さで、佐伯は自分が満足するまで思う存分御堂を嬲った。そして動けなくなった御堂を放り出したまま、自分は帰るつもりらしい。

 ジャケットを羽織り、ネクタイを結びながら佐伯が言う。

 

「御堂さんはどうぞごゆっくり。チェックアウトは明日の十時ですから。朝食でも頼んでおきますか?」

 

 親切そうな素振りで告げる佐伯を、御堂はありったけの憎悪を込めてにらみ返した。

 

「この……下衆がっ」

「せっかく気遣ってやっているというのに、相変わらず素直じゃないなあ」

 

 佐伯は薄ら笑いを浮かべながら御堂を覗き込んでくる。

 

「あなたも懲りない人だ。どれほど抵抗したところで、俺にみっともなくヤられるだけなのに」

「黙れ……っ、貴様みたいな下劣な人間があぐらをかいていられると思うな」

 

 怒気を孕んだ声をでありったけの罵詈雑言を叩きつける。

 佐伯は涼しい顔をして聞き流して、御堂が息を切らしたタイミングで冷たく言った。

 

「御堂、いつまでも俺が優しくしてやると思ったら、勘違いだぞ。俺が寛容であるうちに、態度を改めた方がいい」

「貴様はどこまでも愚かで救いようがない。態度を改めろ、だと? 卑劣な男に相応しい態度をしたまでだ」

 

 嫌悪を隠そうともせずに吐き捨てる御堂に、佐伯は感情をそぎ落としたように笑みを消した。

 

「今日はこれくらいで許してやろうかと思ったが、気が変わった」

「な……っ」

 

 ベッドに乗り上がってくる佐伯から逃れようとしたが、鉛のように重くなった身体は言うことを聞かない。またたく間に佐伯によって両手を頭上で縛り上げられ、ベッドヘッドに固定されてしまう。

 

「よせっ、やめろっ!」

「あんたみたいなエリートはどこまで分からず屋なのかねえ」

 

 そう言って佐伯は御堂の鞄の中を勝手に漁る。そして、目当ての物を見つけたらしい。小さなケースからワイヤレスイヤホンを取り出した。

 

「ノイズキャンセリング機能付のイヤホンか。いいのを使っているじゃないか」

 

 佐伯は御堂の携帯を取り出し、一時停止中だった音楽を再生すると、イヤホンを自分の耳に当てる。

 

「クラシックか。あんたらしい趣味だな」

 

 何をする気なのかと身構えるが、佐伯はイヤホンを外し、御堂へと目を向ける。

 

「俺はこうもあんたに優しくしてやっているというのに、あんたは俺を毛嫌いしている。だが、それは俺という人間の優しさが分からないからだろう」

「優しいだと? 反吐が出る」

 

 鋭い声で牽制するが、佐伯はゆっくりとベッドに近付いてくる。口許には黒い嗜虐の笑みを浮かべて。

 

「それなら、他の人間に縋ってみるか? あんたの身体に欲情するという人間は他にもいる。あんたが気に入ったご主人様でも探してみるか?」

 

 唐突に御堂の視界が閉ざされた。目隠し、すなわちアイマスクをされたのだと気付くより先に、口枷を嵌められる。御堂が暴れようとするのはとうに予想の範囲内だったようで、佐伯は御堂に馬乗りになるとあっという間に御堂の動きを封じた。

 

「ん、ふ、んん――!」

 

 アイマスクの隙間から漏れるわずかな光に視線を向ける。だが、佐伯はそれさえも予測していたかのようにアイマスクの上からさらに厳重に布を巻いてきた。視界が完全な闇に包まれる。

 

「ただであんたみたいなエリートを抱ける、と言ったらどれ程の男が興味を持つかな? 一晩、この身体を差し出してみろよ。あんたにぴったりな相手が見つかるかも知れないぜ」

 

 何を言っているのか。佐伯の言葉を理解して、身体が恐怖に強張った。

 

「幸い、近くにはそういう男たちが集まる歓楽街がある。そこで声をかけてみるか。このホテルに、タダでやらせてくれるマゾ男がいるって。朝には迎えに来てやるよ。それまで何人の男の相手ができるかな」

 

 佐伯が喉を震わせて嗤う。

 この男は御堂を他の男に抱かせると脅しているのだ。まさか、本気で言っているのだろうか。ぞっと背筋が凍える。

 

「ほら、あんたの好きなクラシックだ。一晩中聞いていろ。じゃあな」

 

 両耳にイヤホンが押し込まれる。耳元でオーケストラが鳴り響いた。

 

 ――佐伯っ!!

 

 まさか佐伯がそんな強硬手段に出るとは想像だにしていなかった。

 佐伯に抱かれるというだけでも屈辱に舌をかみ切りたいのに、他の誰とも知れない下卑た男に身体を売り渡すなんて、想像しただけで頭が焼き切れそうだ。

 それでも、これは佐伯の単なるブラフで、少し経てば佐伯が戻ってくるのではないか。そんな希望にすがりつく。

 どうにか手の拘束を外そうと身体をねじったり手を振り回したりしたが、手の拘束具はがっちりとして緩むこともなく、御堂の目隠しすら外すことができない。

 そうこうしているうちに、どれほどの時間が経ったのだろう。

 音楽が切り替わり、別の曲が流れ始める。

 ノイズキャンセリング機能がついたイヤホンは、完全に外の音を消し去っている。

 放置されたホテルの部屋で御堂は神経を張り詰めさせていた。緊張に嫌な汗をかく。この時ばかりは一刻も早く佐伯が戻ってきてくれることを心から祈った。

 そのときだった。

 かすかな異変を感じた。

 はっと首をドアの方に向ける。イヤホンは周囲の音を何一つ拾ってはくれない。だが、床から伝わるかすかな振動、そして、空気の揺れが、誰かが部屋に入ってきたことを示していた。

 御堂の傍らのマットが沈む。入ってきた誰かがベッドに腰をかけたようだ。

 それが誰なのか、どんな意図を持って入ってきたのか、視界と聴覚を閉ざされた御堂には判断する術はない。

 

「は、ん……っ!」

 

 なりふり構ってはいられない。その相手は佐伯かも知れないし、異変を感じたホテルのスタッフかも知れない。御堂は助けを求めるように声を上げた。だが、口枷は御堂の言葉を封じている。

 その人間はしばしの間動かなかった。まるで御堂を観察しているかのようだ。

 だが、その人間の指先が御堂の胸に触れたとき、御堂は大げさなほどに身体を震わせた。

 

「――ぁっ」

 

 その感触と触れ方から男の指だと思った。

 男は御堂の乳首をきつく摘まみ、次の瞬間には手を離し、御堂の脇腹を撫でる。萎えきった陰茎を握ったり、口枷で大きく開かされた唇を指先でなぞる。どこをどう触れられるのか、まったく予測がつかずに怯える御堂をからかって遊んでいる。

 明らかに、明確な意図を持った触れ方だった。

 男の腕が御堂の鼻先を掠める。男がまとう香水が御堂の鼻腔を浸した。

 

 ――佐伯のと、違う。

 

 スパイシーで華やかな香りは、先ほど御堂を犯した佐伯が身に付けていた香りとは明らかに違った。

 

 ――佐伯ではない……?

 

 まさかという衝撃と、そんなはずはないと否定したい気持ちが交錯し、心が乱れる。

 触れてくる手から、男が何かを言って笑っているのが振動として伝わってくる。それは悪意が滲み出ているかのような響きで、裸に剥かれて拘束されている御堂を、男は露骨に愉しんでいた。

 足首を掴まれた。下半身をすべて剥き出しにする形で脚が左右に広げられる。

 相手の顔は見えないのに、視線が鋭い針のように恥部に突き刺さるのを感じた。すべてを曝け出し、鑑賞される恥辱に震える。

 

 ――見るな……!

 

 首を振って拒絶したが、容赦なく脚を広げられた。

 どうにか脚を閉じて男から逃れようとしたが、膝を折る形で片脚を畳まれ、ベルトで固定されてしまう。床に落ちていた御堂のベルトが使われたのだろう。

 片脚を固定されて動きが鈍くなった御堂の腰の下に枕が押し込まれた。腰が上がり、アヌスが上を向いて晒される。

 佐伯に犯されたばかりのアヌスは腫れぼったくなっていて、そこが男の視線を感じてひくついた。

 

「ん、ん、――ふっ」

 

 いくら声を上げても、口枷に阻まれて、くぐもったうなり声にしかならない。

 内腿の筋がピクピクと痙攣する。次の瞬間、アヌスにずぶっと指がねじ込まれた。

 

「っ、――――う、んんんっ!」

 

 男の指は御堂の中を易々と出入りする。そのたびにくちゅり、と淫らに濡れた音が立った。粘膜は佐伯の精液でぐっしょりと濡らされていて、御堂の中をかき回した指が引き抜かれる。

 くぷり、と綻んだアヌスから粘液がしたたり落ちた。男は確信しただろう。御堂がすでに犯されて、挙げ句、その種を中に吐き出されていることを。

 男はもう遠慮しなかった。御堂の腰を両手で掴み、犯しやすい体勢へと持ち上げる。身体が丸まり、アヌスが男へと捧げられる。

 

 ――よせ、やめろっ!

「ん、く、ふ……っ」

 

 御堂は必死に首を振って、不自由な身体をのた打たせて抗う。力が入った腹筋が不安定に波打つ。

 だが男は御堂の抵抗をものともせずに、張り詰めた屹立を宛がうと、ぐぐっと中に押し込んできた。既に蕩けきったそこは男の硬い性器を苦もなく受け容れた。

 

「――――――っ!!!」

 

 長大なものに奥まで貫かれて、御堂の思考が真っ白に焼け爛れる。

 頭の中ではぐわんぐわんとオーケストラの勇壮な音楽が鳴り響いたままだ。

 佐伯だけでなく、他の男にも犯されてしまった。意識がひしゃげてしまいそうな衝撃に身体からくたりと力が抜ける。

 根元まで自分のものをねじ込んだ男は、御堂が慣れるのを待つこともなく抽送を始めた。

 イヤホンのノイズキャンセリング機能は外の音はことごとく遮断するが、身体の内側から響く音は防ぎようもない。突き込まれるたびに結合部で生まれる粘った音が肉体を通じて直接脳内に響く。

 御堂の耳元では重厚で美しいクラシック音楽が鳴り響くのに、下半身では卑猥な音を立ててあられもなく交わっている。

 視界は暗く閉ざされたままで、男がどんな顔をして御堂を犯しているのかも分からない。それだけに他の感覚が研ぎ澄まされて、男が少し触れただけでも神経が過剰に反応してしまう。

 男は御堂を穿ちながら、御堂の乳首をこりこりと揉みしだき、時折ぎゅうっと爪を立てて痛みを与えた。そのたびに御堂の身体はびくびくとわなないた。男に乱暴に犯されて御堂は感じていた。

 下腹の奥はじんじんと疼き、男の律動に強烈な快感を覚える。

 口枷で開かされた口の端から唾液を次々と零した。口枷を外されればあられもない嬌声をあげていただろう。

 御堂のペニスは反り返り、先端の小孔からは蜜が次々とこぼれ落ちる。

 縛られてろくに身動きもできない状態で、見知らぬ男の性欲のはけ口にされる。そんな手酷い扱いをされているのに、その事実さえ御堂を昂ぶらせている。

 

 ――違う、私は……っ。

 

 快楽を感じてしまっている自分が信じられなくて、御堂は無理やり感覚を閉ざそうとする。そんな御堂の努力をあざ笑うかのように、男は激しく突き入れてきた。深いところを抉られ、擦られるたびに、身体の真ん中を脳天まで愉悦が貫く。総毛立つような気持ちよさに、御堂は堪えきれない。

 男の手が御堂のペニスを扱き、先端の割れ目を指の腹で擦った瞬間、御堂は全身を痙攣させるようにして達していた。びゅるっと白濁が弾け、御堂の胸から腹に飛び散る。

 同時にきゅうっと下腹の奥が絞られて、男のものに絡みついた。男が満足げに喉を鳴らし、最奥を犯そうとぐっと腰を深く差し込んできた。これ以上ないくらい結合が深まったところで、身体の奥深くに火傷するほど熱い粘液を大量に注ぎ込まれる。既に佐伯に汚された粘膜がさらに汚される。

 

「――ふ、ぁ……」

 

 あまりの絶頂の深さと衝撃にしゃくり上げるようにして御堂はすすり泣いた。

 涙を吸ってアイマスクが重たくなる。

 男は最後の一滴まで絞り出すように腰を小刻みに震わせると、御堂の顔に手を伸ばした。

 口枷を外されて、御堂は喘ぐように酸素を吸い込んだ。

 大きな手が御堂の頬を撫でる。耳栓を外されて、ゆっくりと目隠しを取られる。

 視界に飛び込む一面の光に目が眩み、そして次第に輪郭を結ぶ。自分を犯している男が誰なのか。御堂は涙に濡れた双眸を向けた。

 

「ぁ……」

 

 情けない声が、空気が抜けたような吐息とともに漏れた。

 

「相手が俺で、そんなに嬉しかったか?」

 

 御堂を犯していた男、佐伯克哉が御堂に向けてにやりと笑う。悪意が滴るような笑みであっても、御堂はもう悪態を吐く気力は潰えていた。掠れた声で言う。

 

「香り……」

「香り? ああ、仕事とプライベートで分けているからな」

 

 佐伯は最初に御堂を犯したときと違ってスーツを脱いで、私服に着替えていた。そのときに香水も変えたのだろう。だから、佐伯だと分からなかったのだ。

 

「俺で良かったろう、御堂?」

「ぅ……」

 

 あろうことか、自分を犯す相手が佐伯であることに悦び、安堵している自分がいた。

 何を慣らされているのか。

 ぎり、と奥歯を噛みしめる。

 屈辱的な状況に甘んじた挙げ句、その相手が佐伯で良かったなどと思う自分に嫌悪した。こんな卑劣極まりない男にほだされるくらいなら、死んだ方がましだ。

 佐伯が愉悦に満ちた口調で言う。

 

「それにしてもすごい乱れっぷりだったな。やっぱりそういう趣味があったのか? ドMなエリート部長さん」

 

 からかう口調の佐伯にありったけの矜持をかき集めて、吐き捨てた。

 

「貴様……、決して許すものか……っ」

「許さない? こんなに感じまくっていて、全然説得力ないなあ、御堂さん。俺を他の男だと思って泣くほど善がっていたのになあ?」

「く、ぁ……っ!」

 

 佐伯が腰を揺すった。ぐりっと中を抉られて、放ったにも関わらず鎮まらないペニスの形を思い知らされる。

 

「俺を他の男と二度と間違えないよう、たっぷりと覚え込ませてやるよ、この身体に」

「佐伯……っ、よせ、く、あ……っ」

 

 無理だと言いながらも、御堂は濡れた声を上げてしまう。

 佐伯は鼻で笑って、ふたたび腰を動かし始めた。

 陵辱は一晩中続き、御堂は白む空を視界の端に収めながら闇の中に意識を滑らせた。

 

 

END

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