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AA列車に乗って

 ちょうど帰宅ラッシュと重なってしまった地下鉄のホームは、人がごった返して、ちょっとでも気を抜けば、人の波に呑まれて意図しない方向に行ってしまいそうだ。

 クライアントの社からAA社に戻る途中、タクシーを使おうとしたら事故渋滞で道が動かないという。克哉が地下鉄の方が早いというものだから、地下鉄にしたのだが狭い空間に無数の人間がすし詰めになっているのを見ると、渋滞でもタクシーに乗っておけば良かったか、と後悔が心をよぎる。

 

「御堂さん、こっちですよ」

「分かっている。……手を離せ」

 

 御堂の逡巡を見抜いているのだろう。克哉は軽く笑いながら御堂の腕を掴んで、到着した電車に乗り込んだ。もちろん車内はぎゅうぎゅう詰めで御堂は不快感に顔を顰めたが、そんなことはお構いなしに無理やり乗り込んできた客たちに奥へと詰め込まれた。すし詰めの車内だと克哉とぴったりと身体が密着してしまう。男同士が身を寄せ合う恥ずかしさに、小声で「佐伯、もう少し離れろ」と言ったのだが「無茶言わないでください」とあっさりと返された。それどころか、更に身体を密着させてくる。

 人目を引かないよう軽く咳ばらいをして克哉に抗議をしたが、克哉は口元に薄い笑みを浮かべたまま応えない。

 

「御堂さんは、ラッシュの電車に慣れてなさそうですね」

「君は慣れているのか?」

「通勤でも営業でも使いましたからね。御堂さんも、一般人の生活を少しは体感した方が良いんじゃないですか」

「……っ」

 

 電車が走りだした途端、ぐらりと揺れた御堂の身体を支える自然さで、克哉が御堂の腰に手を回した。そのままぐっと身体を引き寄せられ、克哉の腕の中に抱き込まれる形になる。羞恥に顔を赤らめた。

 

「馬鹿……っ、やめろ」

「あまり大きな声を出すと目立ちますよ」

 

 耳元に口を寄せた克哉に囁かれて、慌てて続く言葉を呑み込んだ。ドア横にいる御堂は、人の目につきにくいところにいるとはいえ、声を出せば当然注目を浴びてしまうだろう。

 混雑した車内、戸惑う御堂を面白がるように、克哉が御堂のスラックスの前に手を伸ばした。指先がファスナーの金具を摘まみ、それを押し下げていく。これは流石に看過できない。

 

「よせっ、佐伯」

「静かに」

「ん……っ!」

 

 克哉が御堂の耳朶をぺろりと舐め上げた。そうして、耳に息を吹き込みながら囁く。

 

「御堂さんが黙ったまま、じっとしていれば見つかりませんよ。いったでしょう? 一般人が乗る電車を実感させてあげますよ」

「馬鹿、言うな……っ」

 

 こんなことは断じて一般社会とは違う、そう反駁しようにも、周りの目が気になって大っぴらに抵抗することが出来ない。そんな御堂をあざ笑うかのように、克哉は大胆に御堂の前を寛げて性器を下着からはみ出させた。そうして、根元から先端まで大きく扱いてくる。

 

「ぅ……っ、ん……」

 

 あたりを気にしすぎるせいで、過敏になった神経が克哉の刺激を増幅させる。擦りあげられる度に息が跳ねあがる。

 克哉は指で作った輪で御堂の亀頭のエラを弾き、裏筋を爪の先でつうとなぞる。御堂の真後ろで克哉が喉で低く笑った。

 

「御堂さん、公衆の面前でいやらしすぎやしませんか? ここをこんなにガチガチにして。見られるかもしれないと興奮しているんですか?」

「っ……!」

 

 あまりの恥ずかしさに顔を伏せた。視線の先にははち切れんばかりに育った自身のペニスが天井を向いている。先端の切れ目からは、粘ついた雫が盛り上がり、今にも零れそうだ。克哉が指先で御堂の先端の孔を押し広げると、くぷりと雫が零れ落ちた。克哉はその雫を掬い、ぬちゃぬちゃと御堂にしか聞こえない淫猥な音を立てながら、竿へと塗り広げていく。

 その時、電車が速度を緩めだした。次の駅が近づいたのだ。急いで克哉から逃れようと身を捩ったが、逆に強くドアに押し付けられた。ざっと血の気が引く。

 

「さえ……きっ、駅がっ」

「御堂さん、こちら側のドアはしばらくは開きませんから安心していい」

 

 そう言って、克哉はもっと大胆な行為に及んだ。御堂のスラックスをぐっとずり下げて、尻の間に指を忍ばせてくる。

 

「くぅっ、や…め……んんっ!」

 

 御堂の抵抗を抑えつけるかのごとく、指をアヌスに捻じ込まれた。それだけで身動きが取れなくなり、ドアのガラスに縋りつくように爪を立てた。

 

「御堂さんの中、ヒクついていますよ」

「ん……ぁっ」

 

 淫猥な声が耳の中に注がれる。鼓膜を嬲られるような感覚にゾクゾクと身体が震える。克哉は指を二本三本と窮屈な内腔を掻きまわしだした。

 電車が駅に到着し、克哉の言った通り反対側の扉が開いて、人がどっと降りて、どっと乗り込んでくる。誰一人として克哉たちに気を留める者はいない。

 だが、御堂の視線の先、ドアのガラスの向こうには反対側のホームで大勢の客が御堂の方を向いて電車を待っている。携帯に視線を留めていたり、ぼんやりと視線を彷徨わしている大勢の人間、こちら側に少しでも視線を向ければ、劣情を燃え上がらせて快楽に頬を火照らせた御堂の尋常でない様子に気付いてしまうかもしれない。

 そんな切羽詰まった状況が快楽を余計に研ぎ澄ましていく。前と後ろを同時に甚振られる体感に、頭が沸騰してしまいそうだ。

 

「そんなにいいですか?」

 

 克哉がくくっと笑って、ほんの少し身体を退いた。同時に、身体の中を弄っていた指も引き抜かれる。やっと解放されるのか、と思ったのも束の間、背後でファスナーを下ろす音が響き、御堂の綻んだアヌスに熱く硬いものが押し付けられた。何をされるのか、それを悟って、冷や汗が背中を伝い落ちた。

 

「よせっ、佐伯……っ!」

「声を出すなよ」

 

 大きな手が口を塞ぐ。電車が出発してぐらりと揺れた瞬間に、腰をぐっと押し付けられて、滾ったそれがずくりとめり込んできた。

 

「ん……っ!」

 

 克哉の手が御堂の漏れた声を阻む。流石に克哉も大きな動作が出来ないのだろう。細かく腰を震わせてつながりを少しずつ深めていく。

 せめてもの反撃にガラス越しに克哉を睨み付けようとしたが、ガラスに映っている自分の顔に目が釘付けになった。目許に朱が差しこみ、潤んだ眸で悩ましげに眉を寄せる御堂は、露骨な快楽を滲ませてひどく煽情的だ。そして、そんな御堂の顔をガラス越しに克哉が、鋭い眼差しで射抜いてくる。ぞくぞくとした震えが止まらない。

 

「そんなエロい顔をしていると、バレますよ?」

 

 御堂の羞恥を克哉が煽る。その言葉に反応してきゅうきゅうと中が締まるのが自分でも分かる。克哉が、ふう、と息を漏らした。

 

「そんなに締め付けないでくださいよ。電車の中では最後までしませんよ。捕まるのは嫌ですからね」

「ぁ、ん……っ」

 

 ここまでしておきながら、何を言っているのか、抗議をしようにも、喘ぎが漏れないように声を押し殺すのが精いっぱいだ。

 克哉は言葉通り、御堂が達さないように前への刺激を抑えて、アヌスを犯す腰の動きも緩慢だ。亀頭の張り出しを浅いところの粘膜にぐりぐりと押し付けられる。克哉の先走りが御堂の粘膜を熱く潤して、じりじりと炙られているようなもどかしい疼きが下腹部から広がっていった。

 緩く浅く犯されて、焦らされた身体はどんどん昂っていく。もっと奥まで深く犯して欲しい、そうして絶頂を迎えたい。高みを渇望する身体は自然と克哉に押し付けるように腰を突き出してしまう。

 ふたたび次の駅に電車が停車した。車内の客も、向こう側のホームにいる客も、誰一人克哉と御堂に注意を向けることもない。

 唇はだらしなく開いて、完全に蕩けた表情をしている。火照った顔と相まって、御堂がどうなっているのか一目瞭然だろう。それでも、溶けかけた理性では今の状態を誰かに見られるかもしれない危機感よりも、達したいという淫らな欲求に脳内が支配されてしまう。あともうちょっとの刺激が欲しくて、無意識に腰を揺らしてしまう。

 克哉が呆れたように息を吐いた。

 

「もう、次の駅ですよ」

「……ぁっ」

 

 そう告げた克哉が未練も何もなく、ずるっと腰を引いた。唐突に身体を埋めていた熱が遠のいて、その切なさに声を上げてしまう。克哉を欲しがるアヌスが大きくヒクついて、いかにも物欲しげだ。穿たれて支えられていた身体が崩れそうになるのを、克哉が腕で抱えると、手早く御堂の下半身の乱れを整えていく。

 息が上がってしまって、ガクガクする身体をどうすることも出来ない。克哉にされるがままに身を任せ、目的の駅につくと肩を支えられて電車から降ろされた。

 火が点いた身体は中途半端な快楽を内に抱えたままくすぶっている。

 改札を出て克哉が白々しく呟いた。

 

「このまま、まっすぐ社に戻りますか?」

「馬鹿言うな。こんな状態で戻れるか」

 

 克哉をありったけのきつい視線で睨み付けた。克哉のネクタイを掴み、力任せに引き寄せる。

 

「私をこうした責任を取れ」

「……そうこなくっちゃな」

 

 克哉はタクシーに御堂を押し込むと、御堂に「俺の部屋に行きましょう」と耳打ちした。

 ぞくりと背筋が痺れる。一度スイッチが入ったこの身体は徹底的に快楽を極めないと治まりがつかないことを克哉も御堂も知っている。今日中にAA社に戻ることが出来るだろうか、そんな心配が頭を掠めたが、疼く熱に意識が支配されていく。

 それでも、克哉に念を押すことを忘れなかった。

 

「もう、電車には乗らないからな」

「はいはい」

 

 軽くいなされながら、二人を乗せたタクシーは暮れた東京の街を駆け抜けていった。

END

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