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White Labyrinth

 痺れるような酩酊感とともに、鼓動が速くなる。身体の表面を炎が走り、じわっと汗が滲みだしてくる。頭がすっきりと冴えわたり、薄暗いバーの裏の部屋にも関わらず、視界の隅々まで輝いて見えた。

 今なら何でもできそうだ。そうだ、やりかけの仕事を進めなければ。

 思わぬところで入院させられて中断していた仕事があった。

 それを思いだして、ふらりと立ち上がり、出口に向かう。

 

「ほんじょーさん、どこ行くの?」

 

 同じ部屋にいた男から呂律の回らない声がかかる。さっきまで一緒に“炙り”をしていた仲間だ。

 いや、仲間でもなんでもない。たまたま居合わせただけの奴だ。こんなうらぶれた輩と一緒にされては困る。

 本城は、男の方を振り向き、鼻で嗤うと、無言のままで扉を開けた。

 目の前には繁華街のネオンが煌く。その輝かしさは自分を歓迎してくれているようだ。

 いや、実際、この世界は本城を歓迎してくれている。耳を澄ませば、ざわめきが歓喜の声となり聞こえてくる。

 それもそうだ。数か月にわたって、本城は入院を余儀なくされていたのだ。

 薬物依存症の治療、と言われて入院させられていたが、そのために貴重な時間を無為に費やしてしまった。

 早く取り戻さなくてはいけない。

 ひとまず、自由になったことを、御堂に伝えなくては。

 携帯を探そうとして、思い出す。そうだ、携帯は四柳が預かったままだ。

 四柳の困ったような顔を思い出す。あの男はいつも、穏やかで優しい表情を本城に向けていた。本城が苛立ちをぶつけると、困ったようで少し悲しそうな目元になる。

 自分の感情をストレートに表に出す本城と違って、職業柄なのかどうかは分からないが、四柳の感情の変化に乏しい顔は、ずっと見続けていると癇に障るのか苛々してくる。

 変化に乏しいと言えば、御堂の顔もそうだが、御堂の方がずっといい。情の冷たさが滲むような冷徹な視線、自分に対する揺らぎない自信と他人に対する侮蔑を刷いた笑み。ぞくぞくするような色気が滲む。

 そんな御堂に自分を認めさせたいと思っていた。

 だが、今、御堂が見ている男は……。

 ぎり、と奥歯を噛みしめた。

 確か、佐伯克哉と言った。あんな男のどこがいいのだろう。何を比べても自分の方が優れている。負けるところと言ったら若さ位だろうか。

 今や、御堂は本城を一顧だにしようとしない。そんな仕打ちは許しがたい。

 そもそも、御堂達のせいで、本城は強制入院させられる羽目になったのだ。

 ネオン街をあてどなく歩きながら、御堂のマンションはどちらの方面だっただろうかと記憶をたどる。

 その時だった。

 

「本城」

 

 呼びかけられる言葉と共に手首を掴まれる。振り返ると、途方に暮れた顔をした四柳が立っていた。

 

「探したよ。お前は一体ここで何をしていたんだ。今は、一時退院中だろう。僕が後見人なんだ。無言でいなくなったから心配したよ」

「四柳か。俺はもう大丈夫だよ。退院手続きをしておいてくれるかい。今まで世話になったな」

 

 よりによって面倒な男に捕まってしまった。

 四柳を安心させるようににっこりと微笑む。だが、本城の思いとは裏腹に四柳の表情は厳しくなっていく。

 

「本城…っ! まさか、お前」

 

 両肩をがっちりと掴まれる。

 

「またやったのか! 薬を使ったんだな」

「まさか」

 

 軽い笑みを浮かべて、四柳の追及をかわそうと試みるが、四柳の真剣な眼差しは、ぶれずに本城を突きさしてくる。

 うんざりとした表情を浮かべた。

 

「四柳、お前はしつこいんだよ。俺は今から御堂のところに行かなくちゃいけないんだ。じゃあな」

 

 四柳の腕を振り払うと、身を返した。

 

「本城っ!!」

「うあっ」

 

 打って変わって低く力のこもった声と共に、右肩に鋭い痛みが走った。何か薬液が注入されたような、痺れが広がる。

 

「なんだ…?」

 

 ゆっくりと四柳の方に向いた。四柳の右手に視線を落とせば、そこに小さな注射器が握られている。

 じわり、と痛む肩から暖かな痺れが広がる。この感覚は覚えがあった。入院当初、暴れるたびに注射された鎮静剤だ。

 

「お前、俺に何をした」

 

 四柳の襟首をつかみ、その顔を力任せに引き寄せた。

 だが、覗き込んだその顔に、今まで見たことのないような底冷えした光を湛える眸を見つけて、腹の底が凍えついた。

 

「本城」

 

 どこまでも静かて凍てつく声音。

 

「お前は、どうやっても薬と御堂から離れられないのか」

 

 ぞくりと背筋に氷が差し込まれるような恐怖がせり上がる。

 

「僕がお前を矯正してあげるよ。徹底的に」

 

 本能が警鐘を打ち鳴らす。

 逃げなくては、と後退りをしようとした瞬間、ぐらり、と身体の力が抜ける。視界が暗転した。

 

 

 

 

 うっすらと目を開ければ眩い白い天井が視界に飛び込んできた。

 首を動かして周囲を把握すれば、家具の少ない部屋のベッドに寝かされていた。

 ゲストルームだろうか。ベッドは病院のベッドにそっくりだ。両サイドに転落防止の柵がついている。

 頭がぐらぐらして痛む。身体も気怠く重い。久しぶりに強めの薬を使ったからだろうか。

 腕を動かそうとして気がついた。身体が重いのは、薬のせいだけではない。サイドのベッド枠に両腕とも固定されていた。

 いつの間にか、パジャマのようなゆったりとした上下に着せ替えられている。

 腕を確認すると点滴がつながれていた。

 となると、こんなことを本城にする人物は一人しかいない。

 周囲を把握しようと視線を動かしていると、扉ががちゃりと音を立てて開いた。

 

「おはよう」

 

 四柳がいつもの優しい口調で部屋に入ってくる。

 

「四柳! どうなっているんだ。ここはどこだ?」

 

 辛うじて自由になる範囲で首を上げて、四柳を見遣る。目が合った四柳はにっこりと笑う。

 その邪気のない優しい笑みには、昨夜見た四柳のどこまでも冷ややかな表情の欠片もない。

 

「僕の家だよ。ゲストルーム。君用にベッドとか入れておいてよかった」

 

 四柳は本城の元まで歩みを寄せると、屈み込んだ。

 てっきり拘束を外すのかと思いきや、手に持っていた血圧計で、本城の血圧や脈を手際よく計測していく。

 

「大丈夫そうだね。この点滴も外そうか」

「その前に外すものがあるだろう」

 

 両手の拘束を引っ張ると、ベッドサイドの柵がガタガタ鳴った。

 

「心配しなくていい。病院で使っているものだから、手を傷つけたりしない」

「そういう問題じゃなくて」

 

 言い募ろうとする本城に、四柳は笑みを保った顔を向けた。

 

「それより、本城。お前、昨夜、薬をやっただろう」

 

 どきり、と心臓が跳ねる。冷静になって顧みれば、薬を使ったことがバレれば再び厳重な監視下に置かれるだろう。それどころか、警察に通報されれば行先は病院どころか留置場ということさえあり得る。

 慌ててぶんぶんと首を振った。

 

「やってない! 酒を飲んだだけだ」

「本当に?」

「四柳、本当だって。俺を信じてくれ」

「それなら、尿検査をさせてくれ」

「えっ?」

 

 その言葉に息を呑んだ。四柳がベッドサイドから、ガラス製の何かを取り出す。それを認識して目を丸くした。尿瓶ではないか。

 

「点滴もしていたし、そろそろ溜まっているだろう。手伝うから」

 

 必死の形相で首を振る。

 

「待て、待て! 俺はちゃんと動けるんだ。そんなもの使わなくてもトイレで自分で採れるから。これを外してくれ」

 

 と言いつつ、内心では、拘束を外された隙にこの部屋から脱走を図る算段をしていた。尿検査をされたら、ごまかしがきかない。絶対避けなければいけない。

 

「そんなことを言って逃げる気だろう」

「逃げないって」

 

 しっかりと考えを読まれている。四柳に信用させるように、まっすぐとその顔を見返した。

 

「尿瓶だと出るものも出ないんだ。俺を信用してくれ、四柳」

「ふうん。それなら仕方ないか」

 

 しめた! と思ったのも束の間、ベッドの足元に腰を掛けた四柳は拘束を外すどころか、本城のズボンの前を寛げ始めた。慌てて、足をばたつかせた。

 

「何をするんだ」

「尿瓶だと出ないんだろう。それなら直接採尿するしかない」

「やめろっ」

 

 ズボンを下着ごとずるりと脱がされる。それでも、足を蹴り上げたりして暴れていると、足を折った状態で片足ずつ拘束された。

 

「本城、大人しくしていないと、傷つくよ」

 

 暴れる本城をよそに、四柳はにこやかな笑みを湛えたまま、淡々と器具を準備していく。

 カテーテルとピンセット、そして、薄手のグローブを手に付けて、本城の性器を握った。起用に指を絡ませて、先端を上向かせて、鈴口を押し潰すように開かせる。

 

「うあっ! 触るなっ」

「暴れるなって」

「ひっ!」

 

 敏感な器官の中心にひんやりとした冷たいものが触れた。四柳がチューブから透明なゼリー状の軟膏を鈴口に垂らしていた。

 

「やだっ、やめろ、四柳」

 

 精神的な嫌悪とは裏腹に、握られてゼリーを塗りたくられて、今までにない感触を味合わされた性器は次第に熱を帯びて芯を持つ。

 その時、不意に鋭い痛みが走った。

 

「うああっ!」

 

 見れば、透明なカテーテルが狭い孔の中に侵入しようとしていた。異物が尿道を蹂躙していく。

 

「痛いっ、痛いっ!! 四柳! やめてくれ!」

 

 腰をずり上げて逃げようにも、身体の中心をしっかりと掴まれ固定されている。今までにない痛みに目と口を大きく開きながら叫んだ。

 

「本城、大丈夫だ。医療用のカテーテルだから。お前が暴れなければ傷ついたりしない」

 

 ゆっくりと、じっくりと、中の感触を味わうようにそれは進んでいく。背を仰け反らせながら、そのおぞましい感覚に耐えていると、突然、下腹部に電流が走った。身体が跳ねる。

 

「あああっ!!」

「ああ、前立腺にあたったか」

 

 どこまでも四柳は冷静だ。そんな四柳の顔を涙が滲んだ目で恨めし気に見上げる。

 

「お願いだ。抜いてくれ、四柳」

「そんなこと言って、お前のここは悦んでいるようだけど」

 

 四柳に言われて自分の性器に目を落とせば、脈動が分かるほど勃ちあがっていた。その先端は、深く貫かれたカテーテルの脇から透明な滴が溢れようとしている。含羞に顔が赤くなる。

 

「やめろ、見るな…」

「恥ずかしがらなくていいよ。入院生活が長かったからね」

 

 性器に絡められた指が淫らに動く。垂れたゼリーを広げて擦り付けるような動きに、ぐちゅぐちゅと卑猥な濡れ音が立った。同時にカテーテルを抉るように動かしだす。

 

「ここを刺激されると堪らないだろう? 男性の弱点だ」

「うああ、あああっ!!」

 

 カテーテルを前後に動かされて、前立腺と突かれる。気がついたときは、四肢を引き攣らせて射精していた。透明なカテーテルの中を白濁した粘液がゆっくりと進んでいく。

 

「欲しいのは尿だったんだけどな」

「くっ……ぅ、あ」

 

 くすりと四柳が笑って、更にカテーテルを進ませた。強制的に絶頂を迎えさせられた身体も精神も、ぐったりと脱力して、抵抗する気力を削がれる。

 目の前の男は自分の知っている四柳なのだろうか。

 絶頂の余韻の残るぼんやりとした眼差しで穏やかな笑みを浮かべる四柳を眺めた。

 四柳とは大学時代からの友人だった。彼は医学部で自分は薬学部。共に近い位置にいたせいか、講義も共通しているものが多く、よく共に過ごしていた。

 四柳の穏やかな性格とその立ち振る舞いは誰からも好かれるものであったが、四柳は誰に対しても表面上の付き合いだけで距離を置いていた。

 そんな四柳に興味を持って、話しかけたのは本城が先だった。やんわりとかわそうとする四柳を強引に誘って色々連れまわした。御堂や内河、田之倉といった他の学部の仲間に引き合わせたのも本城だ。

 社交的で派手好きな自分の性格と、四柳の一歩引いたところから俯瞰するような淡白な性格はウマが合っていたのだと思う。卒業後も、他のメンバーと一緒にワインを嗜んだりと、交流を続けていた。仲は良かった。

 MGNを本城が辞めたときに、アメリカに渡る本城を空港まで見送りに来てくれたのは四柳だったし、今回の御堂と衝突した一連の騒動でも、本城を色々とかばって気に掛けてくれたのは四柳だ。

 それなのに、どうして、今、こんな目に遭っているのだろう。

 

「うあっ」

 

 ぐっと内臓の奥深くに異物が押し込まれる感触があり、悲鳴を上げた。

 

「膀胱に入ったよ」

 

 その声と共に、カテーテル内を薄い黄色の液体が通過し、カテーテルの先につながる採尿バッグにぽたぽたと流れ込んでいく。

 

「ぅ……っ」

 

 自分ではどうにもその排尿を抑えることが出来ずに、悔しさと羞恥に歯を食いしばった。

 四柳が採尿バッグから、シリンジで数ml、尿を採取する。

 

「薬物中毒の判定キットがあるんだ。数分で判明する。救急医療の現場で使うものだよ」

 

 本城に言い聞かせるように見せながら、そのキットに尿を垂らした。

 

「大分溜まってたんだな」

 

 結果出るのを待つ間、四柳は尿の流出が止まり膨らんだ採尿バッグを、ぱんぱんと叩いて見せた。

 

「もう、いいだろう。抜いてくれないか」

 

 諦め交じりで、力なく呟く。

 

「そうだね」

 

 一言そういって、四柳はするりとカテーテルを引き抜いた。その刺激にさえ感じてしまい、軽く達してしまう。

 

「ああ、結果が出たようだ。本城?」

 

 観念して軽く目をつむる。

 

「アンフェタミン陽性……覚せい剤を使ったな?」

 

 返事代わりに軽く頷いた。

 

「本城、どうして再び手を出したんだ。『もう決して手を出したりしない、俺を信用してくれ』、そう君が僕に言ったから、一時退院の手配をしたんだろう?」

 

 その声が悲しみに沈む。

 

「それなのに、すぐに逃げ出して。必死に探し出してみれば、また、覚せい剤に手を出して。覚せい剤の使用は犯罪だということは分かっているんだろう? 僕を心配させないでくれ」

「放っておいてくれないか!」

 

 四柳の欝々とした声を聞いてられずに、声を荒げた。

 どうして、どいつもこいつも俺の邪魔をするのだろう。

 御堂にしても、四柳にしても。俺の行く手を阻もうとするのはなぜだ?

 四柳の善人ぶって説教を垂れる姿に嫌気がさす。

 

「お前もどうせ、俺を軽蔑しているんだろう? 他の友達面した奴らと一緒だ。薬に手を出すような、心の弱い人間だと同情して蔑んでいるんだろう」

「本城……」

 

 突然浴びせられた言葉に、四柳が虚を突かれた表情をして言葉を失う。

 

「お前の言うことはいつも正しいよ。思いやりもあって、医者の鑑だよ。だが、俺はお前とは違う。お前を見ると虫唾が走るんだ。もっと本性を曝け出して見せてみろよ。その仮面に隠された、醜い本性を」

 

 勢いに任せて怒鳴るように言い放つ。口にした瞬間、深く後悔をした。

 四柳は何も悪くない。自分に対する深い気遣いは自分自身が一番よく分かっている。それなのに、何故、こんな八つ当たりをしてしまったのだろう。

 

「四柳……」

「本城、分かっている」

 

 謝ろうとした言葉を遮られる。

 

「薬物依存症は病気だ。君はそうしたくてそうしているわけでないことは分かっている。薬に執着するのも、御堂や佐伯君に執着するのも、病気がそうさせているんだ」

 

 腹腔に響くような低く静かで気迫のこもった声。昨夜の気配を変えた四柳の姿を思い出す。

 四柳の顔は薄い笑みを保ったまま崩れない。心臓を冷たい手で掴まれるような衝撃が背筋を走る。

 

「病気は治さなくてはいけないだろう?僕が治してあげるよ」

 

 形の良い唇が嗜虐を乗せた弧を描く。

 

「お前を矯正してあげるよ。徹底的に」

「四柳……?」

 

 その声は自分の声と思えないほど、掠れていた。

 

「汗をかいている」

 

 四柳がグローブを外した素手で、本城の額を撫でた。その指の冷たさに目を開く。

 薬に手を出してから、急に寒気を感じたり、逆に、突然汗をかくほど熱くなったりすることは良くあった。薬のせいで自律神経のコントロールが乱れているんだ、と四柳に言われたことを思い出す。

 

「熱があるのかな?」

 

 額を撫でていた手が下半身におろされて双丘の狭間に伸びた。きつい窄まりに、濡れたものが触れる。

 

「ひっ、あっ」

「さっきのゼリーだよ。内診にも使うものだから心配しないでいい」

 

 内診、という言葉を理解し、これから四柳が何をしようとしているのかを悟って、身体が慄く。

 

「嫌だっ、やめろっ」

「力を抜いて、息を吐いて」

 

 患者に言い聞かせるような優しい口調と共に、指が一本、ずっと中に沈んだ。その衝撃に息を詰める。

 ぬらつくゼリーの滑りを使い、四柳の長い指が中をまさぐっていく。

 

「中はそれほど熱くないな。薬の影響かな?」

「くぅ……ふっ……ぅ、あ…抜いて、くれ」

 

 懇願する言葉とは逆に、指をもう一本増やされる。

 

「う、ああっ!」

「思っていたよりも、きついな。本城、後ろを使ったことはなかったのか?」

「やめっ…くぅあっ」

「本城、アナルセックスの経験は?」

 

 答えずに喘いでいると、二本の指で中を突き上げられた。堪らず声を上げる。

 

「ないっ、……一回も、な……い」

「そうなのか。意外だな。お前は男も女も見境なく手を出すから、てっきりアナルセックスをしていたものだと思っていたよ。ずっと抱く側だったんだな」

 

 その満足げな声音と共に中を捏ねられて、拡げられていく。

 

「ぅ、あ、ああ」

「となると、僕が、お前の初めての男になるわけだね」

「え……?」

 

 驚きに見上げれば、四柳の熱っぽい眼差しが自分を見据えていた。その視線に自分に向けられた欲情を感じ取る。

 

「くぅ……四柳、お前は、ゲイだったのか? それともバイ……?」

 

 よく考えてみれば、四柳の浮いた噂はほとんど耳にしたことはない。

 

「どうだろうね。女は抱いたことはあっても、男はお前が初めてだ。ああ、でも心配しなくていい。解剖学は熟知している。無理なことはしない」

 

 はっきりと言い切ったその言葉に迷いはない。四柳は本気で本城を抱く気なのだ。恐れが喉元までせり上がる。

 指をもう一本増やされた。三本の指が中を抉り、解していく。その指は感じるところを的確に触り、捏ねて、内側から官能を煽っていく。

 

「ふ、……うぅっ」

 

 四肢を拘束されて逃げられない状況に、ガクガクと腰が震える。

 どうしたらいい?

 この状況をいかに切り抜けるか、必死に思考を巡らせる。

 四柳は、昔から優しい男だ。その優しさに今まで通り、付け込めばいい。

 人の心の隙間に入り込んで、人を操ることは得意中の得意だったではないか。

 急かされるように、精一杯の声を上げる。

 

「四柳、実はお前のことが好きなんだ」

「えっ?」

 

 四柳が動きを止めて、本城に顔を向けた。その反応に一筋の希望を見つけ、それを必死に手繰り寄せる。

 

「俺は、お前のことが好きだ」

「本城?」

「だから、こんな強引なことはやめてくれ。お願いだから」

 

 嘘ではない、と四柳の眸をまっすぐと見返す。

 

「お前が望むなら、……抱いてやってもいいから」

 

 これは本心だ。四柳に悪い印象はない。抱かれたいというなら、抱いてもいい。ただし、抱かれるのは御免だ。男の沽券にかかわる。

 四柳が少し考え込む表情を見せた。そこに畳みかける。

 

「お願いだ……っ!」

「お願い、ね」

 

 四柳は笑った。本城が我が儘を言った時にみせる、いつもの困ったような表情だ。

 

「本城、お前は、今まで僕のお願いを聞いてくれたことはあるかい? 薬をやめろ、御堂達につきまとうのはやめろ。僕は、お願いだから、と何度も頼んだよね」

 

 四柳の纏う気配が次第に凍えたものに変化していく。

 

「でも、いいんだ。僕は分かっているから。お前は病気だ。僕はそれを治してあげる」

「四柳っ!」

 

 四柳がベッドの上に乗り上がってくる、前を寛げて本城の脚を左右に押し広げた。

 そのまま身体を深く折られて、腰が上がった。

 アヌスに、熱い屹立が押し当てられる。

 

「よつや……あっ! あああっ!!!」

 指とは比較にならないほどの凶暴な質量に突き破られる。その苦しさに大きな悲鳴を上げた。背中を大きく仰け反り、自由にならない四肢を突っ張る。

 

「痛いっ! うあっ、…やめろっ!」

「十分に解したつもりだったけど…きついね。本城、力を抜いて」

「む、りだ……。抜けっ!」

「本城、力を抜かないと、ここが切れるよ」

 

 四柳の指が結合部の丸く広がりきったアヌスの縁をつうとなぞる。その感触でさえ、身体の芯を慄かせるような痺れが走る。

 

「切れたら縫ってあげるけど、それで辛い思いをするのはお前だよ?」

「いや、だ……」

 

 優しくいたぶるように言われて、弱々しい言葉を返す。

 大人しくなった本城を押さえつけて、四柳は腰を進めていく。根元まで押し込まれ、ぴたりと腰の素肌が触れる。

 その圧迫感と苦しさに、涙があふれた。

 

「苦しい……」

「お前は、快楽に弱い男だ。すぐに善がるようになる」

「あ、ああっ」

 

 ゆっくりと引き抜かれ、大きく突き入れられる。その感触に必死に耐えているうちに、次第に身体の奥から別の感覚が生まれてきた。肌が上気し、熱くなる。

 

「く、ふっ…」

「どうした、本城? そんなに気持ちいいか?」

「気持ち、よくないっ」

「あいかわらず本城は嘘つきだな。これはなんだ?」

 

 低い声で煽られて、ペニスに指が絡まる。目を向ければ、自分のペニスが、反り返るほど張り詰めて漲っている。先端から、白濁混じりの蜜が、四柳の律動に合わせてぽたぽたと下腹部を汚していた。

 いつの間にか、苦痛を凌駕した快楽が全身を支配しつつあった。四柳が腰を使うたびに身体が跳ね悶える。

 

「違う…これはっ」

「薬よりも何よりも、もっと気持ちよくしてあげるよ」

 

 深みのある声で囁かれる。

 ペニスの先端の小孔を爪で抉るようにくじかれた。

 

「くっ、ふっ、あああっっ!!」

 

 鮮烈な痛みと快楽。同時に身体の最奥を深く抉られる。

 苛烈な刺激に、身体を震わせながら本城は白濁を放った。同時に、中が痙攣して、四柳の性器に強く絡みつく。

 四柳が喉を低く鳴らすと、身体の奥深くに熱い粘液を注ぎ込んだ。その感触を受け止めながら、意識が沈み込んでいった。

 

 

 

 

「本城」

 

 どこか遠いところで声が聞こえたような気がした。

 頬を掌が撫でていく。その手つきと感じる体温が妙に優しくて、心臓がトクンと揺れた。

 

「僕はいつでもお前のことを見ていたよ」

 

 囁かれる声はどこか切実な響きを持っていた。

 

「お前が僕を見ていないことも分かっていた。それでも、お前の幸せを願っていた」

 

 体温と気配がわずかに離れた。ベッドサイドでかちゃかちゃと何かを準備するような音が響く。

 

「でも、今のお前はとても見ていられない。世界がお前の味方でないなら、僕がお前を幸せにしてあげる」

 

 腕の点滴ラインをいじられる感触。次の瞬間、冷たい液体が血管の中に流れ込み、身体の中心に向かっていった。

 

「しばらくゆっくり眠るといい」

 

 唇に柔らかい感触が押し当てられる。繊細に、労わるように押し当てられたそれが、四柳の唇だとややあって気がついた。

 

――四柳?

 

 その唇を受け入れようとした矢先に、深い眠りに意識が攫われていく。

 

「これからはずっと一緒だよ」

 

 唇が触れる距離で告げられた言葉が、意識と共に闇の中に引きずり込まれていった。

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