top of page
(1)
(1)

「返事をしろよ」
「ぐ……っ」
 丸めた裸体を強張らせていると、克哉に足で小突かれた。
 その足先は、先ほど御堂を打ち据えた鞭の痕を正確に狙っていて、抑え込もうとした痛みが再び惹起されて、爆ぜるような激痛をもたらした。
「俺から逃げられると思うなよ」
 克哉は鞭の先端を手で軽く握り、自分の手の平を鞭先で音を立てて叩いた。その音に反射的に身体を竦ませる御堂の反応を見て、唇の端を吊り上げた。
「朝は忙しいんだ。手間をかけさせるな」
 克哉の手が肩にかかり、御堂の身体を起こそうとする。その手を拒絶しようと、身体を捩った。とはいえ、手は後ろ手に拘束されていて、大した抵抗にはならず、克哉に鼻で嗤われる。
 朝、克哉の隙をついて逃げだそうとし、敢え無く押さえ込まれた。
 監禁されてからは、些細なことで克哉からお仕置きと言う名の暴力を与えられていたが、殊に、逃げだそうとしたときの克哉の怒りは大きかった。
 力任せに鞭で打ちすえられるのを、身体を固くして急所を守るように蹲り、ただ耐え続ける。あられもなく悲鳴を上げて克哉に許しを乞えば克哉の嗜虐心を満足させて、自分に対する仕打ちが和らぐのかもしれなかったが、それは自分の矜持が許さない。
 克哉に無理やり身体を起こされて壁際まで引き摺られ、その痛みに顔を歪めた。
「それとも、俺に罰して欲しくて、わざとこんなことをしているのか? 御堂部長は痛いのがお好きだからな。この我慢がきかない淫乱な身体を満足させてあげられるのは、俺だけですよ」
 克哉の手が放された。少しでも距離を取ろうと這いずって壁際に身体を寄せた。身体を動かすたびに、新鮮な鞭の傷が引き攣れて鮮やかな痛みを生じたが、その痛みを意思の力で押さえつける。
「ふざけるなっ! 誰がお前なんかに。反吐が出る。お前の顔など見たくもない」 眉尻を上げ、克哉を睨み付けて吐き捨てれば、克哉は酷薄な笑みを浮かべた。
「へえ、それじゃあ、ゲームをしましょうか」
「……ゲーム?」
 嫌な予感に胸が騒ぐ。
「御堂さんの自制心を見せてくださいよ」
「触るな…っ!」
 克哉の大きな手が腰にかかった。抵抗むなしく引き寄せられて、伏せて腰を突き出す格好になった。尻の窄まりに、ひんやりとしたとろみのある液体が垂らされる。その冷たさに身を震わせたが、その震えが収まる前に、硬い玩具の先端を押し当てられた。
「くあ……っ!」
 それは男性器を模したバイブで、普段使われるものよりも一回り大きい。無理やり捻じ込まれる恐怖に戦慄いて、腰を引いて逃げようとした。だが、腰を掴んだ克哉の大きな手が許さない。
 きつく閉じようとする窄まりに玩具の先端が突き入れられようとした。
「ふ……はっ、無理…、だ」
「あんたの意見なんか聞いていないんだ。壊されたくなければ力を抜け」
「……っ、ぐ」
 克哉は斟酌なく、ぐいぐいと押し込んでくる。力を抜こうにも、身体が裂けそうなほどの痛みに筋肉は強張るばかりだ。
 チッと、克哉の舌打ちが聞こえた。一度、バイブを引き抜かれて、代わりに指が潜り込む。
 三本の指を体内で蠢かして、ぎちぎちと狭い内腔をこじ開いていく。
 指が抜かれて、代わりに先ほどのバイブが押し当てられた。
「う……っ、く、…ふ、ああっ」
 先ほどよりも少ない抵抗で隘路を突き進んでいくが、それでも硬い亀頭の張り出しの部分を呑み込まされたときは、苦しさに悲鳴を上げた。
 バイブの一番太いところを受け入れさせられた後は、その圧迫感に喘いでいる間に、根元までみっちりと中に捻じ込まれた。
 掴んでいた克哉の手が離れて、がくりと腰が落ちた。うつ伏せになりながら、その太さと大きさ、人の器官ではない硬い玩具がもたらす苦痛に、肩で息をしながら、脂汗を次から次へと額に浮かせた。
 いつもなら、ここから壁を背に座らされて、両手を高く掲げて、両足をバーで拡げさせられる。そして、ペニスをきつくベルトで絞められるはずだ。
 しかし、今に限っては、鞭打たれた皮膚が引き攣れて、強引に穿たれたバイブで骨盤の骨が軋むほどの重苦感がある。今から取らされる体勢がどれほどきついものになるか、それを想像して身体が小刻みに震えた。
 だが、克哉は御堂の両手を背後で拘束している手錠に鎖をかけて出窓の壁につなぐだけで手を止めた。ハンカチを手に持ち、身体を横向きにして苦しむ御堂の額に浮き出た汗をぬぐうと、立ち上がって御堂を見下ろし薄い笑みを浮かべた。
「じゃあ、ゲームを始めましょうか」
「…ゲーム、……だと?」
「なに、御堂さんなら簡単なゲームです。手を使わずにこのバイブを出してくださいよ。ただし、出すまでにイったらあなたの負け。制限時間は俺が帰ってくるまで」
「く……、私が、勝ったら報酬はあるのか」
 怒りに任せて怒鳴りつけたいのを抑えて、また、圧倒的に不利な立場に置かれている怯えを隠して、極力感情を排して返した。
 あくまでも歯向かおうとしてくる御堂の態度が気に食わないのだろう、克哉が眉根を一瞬寄せたが、すぐにいつものポーカーフェイスに戻った。
「いいですよ。あなたの勝ちならご褒美にあなたの希望を叶えましょう。逆に、ゲームに負けたらお仕置きですからね」
「その言葉、忘れるなよ……」
 克哉がわざと御堂を怒らせようと、ご褒美やお仕置きと言ったペットや子供に対して用いる言葉を使ってくる。その挑発を無視して、克哉のレンズの向こうの眸を睨み付けた。
 ふん、と克哉が鼻を鳴らして、御堂の傍に屈みこんだ。その手がバイブに伸びる。あ、と警戒した次の瞬間、バイブのスイッチが入れられた。太いバイブに身体の中を掻き回されて、その刺激に身体が跳ねた。
「ぐ……、うあっ、佐伯…っ、卑怯……だぞ!」
「それでは、いい子でお留守番してくださいね」
 身体の内側で暴れるバイブに悶えうつ御堂を放ったまま、ガチャリ、と玄関扉が開閉する音がして、克哉の気配が消えた。


「く……うっ」
 腹部を庇うように身体を丸めて、バイブの責め苦から自分の身を守るも、内側からの刺激を避ける術はない。
 全身のあちこちに刻まれた鞭の傷の痛みに縋って意識を逸らそうとするが、このままでは精神も体力も消耗するばかりだ。克哉から昼夜関係なく日々責められて余力なんてものはない。ただ、克哉に屈したくない一心で踏み止まっているだけだ。
 それでも、克哉は、初めて御堂の願いをきくといった。御堂の願いはただ一つだ。克哉もそれは分かっているだろう。
 問題は、克哉が御堂が勝った時に本当に御堂を解放する気があるかどうかだが、それを疑い出したら始まらない。克哉が自らの言葉を守ってくれることを祈るしかない。
 しかし……。
「……ッ」
 バイブが御堂の身体を容赦なく抉り続ける。
 しばらく身体を動かさずにじっと耐えていたが、そろりと不自由な身体を捩じって、両膝を曲げてうつ伏せになった。腹に押し付けた太ももにバイブの振動が直に伝わる。
 鎖は長く、普段よりも自由な姿勢が取れたが、このままではとても立ち上がることは出来ない。下肢に力を込めることは到底不可能だ。
 バイブは数時間で電池切れになって動かなくなるはずだ。それまで待ってから、バイブを取り出すことを考えたが、このままではとても動きを止めるまで耐え続けることは出来ない。
 下腹部に力を入れて、バイブを排出しようと試みる。
 その姿がどれほど浅ましいか自覚できたが、克哉の目の前でそれをやらされない分マシだと自分に言い聞かせた。
「……くっ」
 なんとかバイブを押し出そうと、呼吸を堪えて折り曲げた膝で自分の腹を圧迫した。監禁されてからは、まともな食事も摂っていない。薄くなった腹壁を通して、バイブのいびつな形がわかるようだ。
 苦しさを堪えて腹圧をかける。腹の中を隙間なく埋めていたバイブが小刻みに震えながら体の中を降りていく。その度に粘膜がめくれて絡みつくよう蠢く。その異様な感覚を耐えながら苦悶に歯を食いしばりつつ、力を込めた。
「ぅっ、ふ……」
 半分くらいは出せたであろうか。詰めていた息を吐いて、呼吸を整えようとした時だった。
「はっ、や、あ――っ!」
 バイブの先端がちょうど、快楽の凝りを抉った。目の眩むような愉悦が身体を貫く。背を仰け反って叫んだ。
 動き続けるバイブが次から次にイイところを抉り続ける。身体をしならせながら、あられもない声を上げた。前が硬く張り詰めて、勃ちあがる。このままでは達してしまう。
 膝が崩れて這いつくばる姿勢になった。快楽をやり過ごそうと、身体を波打たせて悶えていると、身体の内部が収斂(しゅうれん)した。バイブに絡みつく粘膜が引き絞られ、バイブを奥に引き込んだ。その先端が当たる位置がずれて、耐え難い快楽がわずかに遠のいた。
「く、ふ、……は」
 短く息を継いで、体内に渦巻く淫らな熱を逃す。今まではペニスベルトに戒められて、解放できない欲情に悶えていたが、今度は射精しないように堪えなくてはならない。
 バイブは身体の中をひっきりなしに掻き回し続けているが、込み上げた射精感をどうにか抑えきって、ぐったりと身体を横たえた。早くバイブを何とかしなくてはならない。身体の奥から焦らされる熱はとどまるところを知らない。
 その時だった。電話のベルが鳴りだした。コールが数回鳴って、留守番電話に切り替わる。
 聞こえてきた声に、ドキリと心臓が跳ねた。
『御堂部長、佐伯です』
 ハッと弾かれたように電話を見る。そこに克哉がいるわけではないのに、克哉の姿が脳裏に浮かび、冷や汗が背中を伝いだす。
『このメッセージを聞いていただけるのか分かりませんが、プロトファイバーの進捗状況をお伝えします』
 克哉は落ち着いた声で、プロトファイバーのプロジェクトの進捗をしゃべりだした。その声音はあくまでも消息不明の上司を気にかける風だ。
『御堂部長は今、何をなさっているんでしょうか? 皆、御堂部長のことを気にかけておりますよ。プロトファイバーの方は心配無用です。俺が御堂部長の代わりに上手くこなしていますから』
「貴様…っ」
 込み上がる怒りにわなわなと身体を震わせた。
『俺は御堂部長が仕事の失敗なんかで逃げ出すような人ではないことを知っていますから。……それでは、また』
 最後の一言がまとわりつくような粘つきを帯びた。電話の留守録を聞く分には、上司を気に掛ける良い部下を完全に演じ切っている。
 克哉の嘲笑を浮かべた顔が目に浮かんで、ギリギリと奥歯を噛みしめた。
「くそっ!!」
 誰もいない部屋で悪態をつく。両手を拘束されていなかったら、渾身の力で壁や床を殴りつけていただろう。
 あの男は、御堂から全てを奪っただけでなく、それを見せつけて、どこまでも御堂を貶めようとしている。
「許されると思うなよ……佐伯っ!!」
 後庭でうねるバイブのことも意識から消え去る。滾る怒りの衝動に任せて、鎖をかき鳴らしながら、猛然と怒鳴りつつ暴れた。
 ひとしきり暴れて、ハア、ハアと荒い息をついた。
 怒りが山を越えると、疲労と憔悴に身体の力が抜けていく。鎖を振りほどこうと暴れたせいで、手錠が食い込んだ手首が酷く痛んだ。
「……ふっ、ん」
 意識が緩んで、弛緩した身体に、埋め込まれたバイブの振動が響きだした。怒りで忘れかけていた熱が強い波となって戻ってくる。
「あ、……あっ」
 快楽の苦悶に襲われる。先ほど暴れたせいで、身体に力が入らない。蠢くバイブをどうにもできずに、背を丸めて膝をすり合わせるように身悶えた。下腹部につくほど反り返ったペニスの先端から蜜が滲みだしてくる。
 体内から湧き上がる愉悦に追い立てられる。
 一度途切れてしまった緊張をつなぎ直すことは不可能だ。
 全て、克哉の策略だったことを思い知る。
 電話の挑発に容易く乗ってしまった自分自身に歯噛みした。
 噴き出すように快楽が全身を侵食して渦巻きだす。
 耐え入るように身体を強張らせていたが、このままでは埒が明かない。
 最後の力を振り絞って、バイブを出そうと蹲った。圧迫感と苦しさに内太腿が細かく震える。息を深く吐いて、心を奮い立たせると、下腹部に力を込めた。ぐっとバイブが押し下がっていく。
 そして再び、バイブの先端が、快楽の凝りを深く抉った。
「くあっ!!!」
 堪えきれず、上体を大きく仰け反らせて、崩れた。
「や、やめっ、…抜いてくれっ」
 ここにはいない誰かに懇願した。
 こんなに苦しくて辛いのに、この部屋には独りきりだ。繋がれて拘束されて、誰に助けを求めることも出来ない。
 憎い克哉を待つことしか出来ない、その孤独さに涙が溢れた。
 バイブが次から次へと抉り続ける。
 全てを凌駕した快楽に襲われて、自分自身に理性の手綱をかけることが出来ない。
 腰を震わせれば、床に押し付けられたペニスが床板に擦られる。その戦慄するほどの気持ち良さに、艶めいた喘ぎをあげた。
「あ、あぁ……ッ!」
 ぎこちないながらも、腰を揺さぶって床板にペニスをこすりつける。次第にコツを覚えて、淫らな腰使いになっていく。
――もう、だめだ。
 諦めと絶望に混濁した意識から目を逸らし、その先にある快楽の迸りを一直線に求めて、律動を速めた。
「ふ、あ、あああっ!!!」
 バイブに後ろを犯されながら、絶頂の臨界点に達する。身体の中で閃光が弾けて、悲鳴を上げながら激しく達した。
 濡れた感触が床を広がって、腹部に伝わる。意識が溶けて、沈んだ。

(2)

 カチリ、とカードキーで扉の鍵を解除する。
 逸る胸を抑えながら、克哉はドアノブに手をかけた。この瞬間、いつも胸が昏く高揚する。
 監禁している御堂がどんな惨めな姿を晒しているのか。克哉を憎悪の目で睨み付けながらも、自らの肉体に翻弄されて克哉を待ち焦がれる姿を目にするのは心が躍る。
 ドアを開けた瞬間から、御堂の抵抗を挫きつつ、克哉を強引に受け入れさせる躾の時間が待っているのだ。
 特に、今日は御堂に希望をちらつかせた。そこから突き落とされる御堂の絶望はさぞかし美味だろう。
「ただいま、戻りました。御堂さん。遅くなって申し訳ありません」
 克哉は、ドアに鍵を閉めながら、御堂のいる部屋に向かって声をかけた。
 部屋の気配を伺うが、静かだ。普段ならば罵声と鎖をかき鳴らす音が響いてくるはずだ。気を失っているのだろうか。
 今日は、身体への枷を強めた分、いつもよりも拘束を緩めていた。もしや、逃げ出したのだろうか。
 克哉は急いで靴を脱ぐと、御堂を拘束していた部屋に向かった。
 部屋の入口から御堂の姿を確認し、安堵したのも束の間、伏せた状態の御堂は色を失って蒼白で、克哉の気配に気づくことなく、身体をピクリとも動かさない。
「御堂?」
 弾かれたように駆け寄って、御堂の傍に屈んだ。
 下腹部は自ら放った精液でぐっしょりと濡れている。そして、足の間には電池切れで動きを止めたバイブが咥えこまれたままだ。
 この勝負、克哉が勝ったことは一目で分かった。負けるはずもない。克哉は勝てる勝負しかしない。今回は念入りに部屋に電話まで入れたのだ。受話器の向こうの部屋の様子を伺うことは出来なかったが、気の短い御堂がそれで怒り狂うことは簡単に予想できた。案の定、御堂は激しく暴れたようで、手錠をかけた手首には金属が食い込んだ生々しい傷痕がいくつも残されている。
 流石に身体に負担をかけすぎたのだろうか。力を失い、ひんやりとした身体を抱き起す。筋肉は緊張を失い、四肢はだらりと伸びたままだ。不安が頭をもたげる。
「御堂!」
 余裕を失った低い声で呼びかけると、アヌスの壁をぎちぎちに広げて苛んでいるバイブに手をかけた。それをゆっくりと引き抜く。抵抗はなく、粘膜をめくりあげながらグロテスクな形が引き出された。
 腕の中の身体がびくり、と小さく引き攣れた。重ねられた長い睫毛が震えて、うっすらと瞼が開く。その眸は瞬きをしつつ、周囲の世界を探り出し、現実世界に意識が降り立ったことを知る。今度こそ、詰めていた息を吐いた。
 御堂の瞳孔が自らを抱えている克哉を視界に収め、ハッと見開かれた。
「放せっ!!」
 拒絶に身体が強張り、克哉の腕から逃げようと身体を激しく捩じる。
 頑な拒絶をぶつけられて、克哉は自身の心が一瞬で冴え冴えと凍えていくのを感じた。御堂を抱き上げていた手を突き放す。御堂の身体が床に転がった。
「ぐあっ」
 背後に拘束された手で受け身を取ることもできず、硬く冷たい床に打ち付けられて、御堂は呻いた。それでも尚、顔を克哉に向けて、憎しみの眼差しで射抜いてくる。克哉は唇をゆがめて薄く嗤った。
「それ、気を失うほど良かったんですか?」
 床に転がっているバイブを顎でしゃくって指した。御堂がそれを視界に収め、憤りと羞恥に顔を紅潮させる。肩をすくめて、落胆の表情をしてみせた。
「御堂さんが勝つと信じていたのですが、残念です」
「佐伯……っ! 決して許すものか!!」
 体勢を立て直した御堂が、鎖を鳴らしながら、噛みつかんばかりに克哉の方に食って掛かる。一日中身体を苛まされていただろうに、どこにそんな気力があるのだろう。そうまでしても克哉が憎いのだろうか。御堂のなけなしの抵抗を鼻で嗤いながら、克哉は自分の鞄の横の紙袋に手を伸ばした。御堂の視線が警戒しつつその手の動きを追う。
 その紙袋は、細長く中に何が入っているのかすぐわかるだろう。もったいぶって中身を取り出した。赤ワインのボトルだ。
「お祝いにワインを用意したんですが」
「お祝いだと?」
「御堂さんの勝利を記念して」
 克哉の白々しい言葉に、歯ぎしりが聞こえるかのようだ。克哉はにこやかな笑みを浮かべた。
「ですが、せっかくですので飲んでくださいよ。最近、お酒は控えていたでしょう? たまに飲むのも悪くない」
 本人が控えていたというより、克哉が与えなかっただけだ。
 怒りに言葉と失う御堂をよそに、克哉はキッチンからソムリエナイフとワイングラスを一脚用意して、御堂の前の床に直接置いた。
「抜栓するの、あまり得意じゃないんですが、御堂さん、手が使えませんものね」
 気遣う風を見せながら、御堂の目の前でワインのコルクにスクリューを突き刺して抜栓した。こぽこぽとワイングラスに深い赤色の液体を注ぐ。御堂の喉がこくり、と小さく上下するのを視界の端で見て取った。朝から何も飲まず食わずだ。酷い渇きに襲われているだろう。
 ワイングラスを御堂の目の前に掲げた。
「乾杯したいところですが、俺は床で飲む趣味はないので。御堂さんだけどうぞ」
「貴様っ!!」
 ワイングラスを御堂の口元に近づけようとすると、御堂はキッと顔を背けた。どこまでも抵抗する腹積もりらしい。
「ほら、御堂さん、飲ませてあげますから」
 その顎を指でとらえて正面を向けさせる。眦を朱に染めて毅然とした眼差しで睨み付けられるが、薄く嗤いながら顎を掴む手に力を込めた。指がぎりぎりと頬の薄い肉に食い込む。
「く、う」
 その痛みに呻いて、御堂が口を開いた。そこにワインを流し込む。噎せながらも、乾いた口を潤す液体に抗うことは難しい。喉を鳴らしながら飲み下していく。
「まだまだありますよ。好きなだけ、飲んでください」
 適当に選んだワインで、味の良し悪しなど知る由もなかったが、渇きはワインをさぞかし美味しくするだろう。グラスが空になると、二杯目を注いで御堂の口に当てた。御堂は、克哉を睨み付けながらもワインを吐き出したりせずに喉を鳴らしながら胃に流していく。
 だが、流石にワインのボトルの半分を過ぎたあたりで、御堂は唇を固く結んだ。空きっ腹にワインはきつかったのだろう。体はアルコールで紅潮して、じわりと薄く汗を刷いている。
「まだ余ってますよ。あなたのために買ってきたんですから最後まで飲んでください」
「……要らない」
「仕方ありません。下から飲ませますか? あなたは瓶を突っ込まれるのは好きでしたしね」
「……っ!」
 ワインの瓶を手に取って見せたら、御堂は鋭く息を吸い込んで目を瞠った。その顔が恐怖に染まる。それはそうだろう。残っているワインを直腸に注ぎ込まれたら、何が起こるか想像に難くない。重症のアルコール中毒になるだろう。
「冗談ですよ。だが、少しなら下から味わうのもいい」
 克哉は笑いながら、スクリューに突き刺さったままのコルクを取り外した。それをワイングラスの上に持ち、上からワインを注いでたっぷりと浸す。コルクの亀裂にワインが染み込み赤く染まった。
「放せっ」
 後退ろうとする御堂の足を掴み、身体を押さえつけて双丘を開く。そこの窄まりにコルクを当てて、中に押し込んだ。
「く、あ、あ」
「簡単に入るな。これだけじゃ足りなさそうだ」
「や、めろ……!」
「やめてほしいなら、残さず飲んでください」
 再び顎を捉えて、無理やり口の中にワインを含ませた。唇の端から溢れたワインが伝って、首筋を辿りつつ鎖骨のくぼみに小さく溜まる。それを指ですくってぺろりと舐め上げた。その姿を御堂が怯えを潜ませながら見詰め続ける。その眼差しが心地よい。
 残ったワインを全て飲ませたころには、御堂はすっかり酔ったようで、その眸の焦点が惑い、揺れている。
「随分と酔いが回ったようですね」
「さ、えき……」
 その口も呂律が回らず、不明瞭になっている。吐く息もアルコール混じりで、全身の白い肌が赤く染まっていた。御堂は落ち着かずに、もぞもぞと両膝をすり合わせるようにして克哉に背を向けようとする。その仕草に気が付いて、克哉は御堂の身体を掴んで克哉の方に向けさせると、膝頭に両手をかけて大きく広げた。
「どうしたんですか」
「あ、や……」
「ああ、これを見られたくなかったんですね」
「う、く」
 御堂が悔しそうに唇を噛みしめて顔を背けた。足の間には頭をもたげたペニスがある。下腹部を濡らすほど放っておきながら、まだ足りないらしい。克哉は両膝の間に入って、足を閉じられないようにすると、そこに不躾な視線を落とした。
「へえ、コルクに感じたんですか。恥ずかしがらなくていい。あんたは淫乱なんだから」
「触る、な……ひ、あっ」
 御堂はいやいやするように首を振った。それを無視して、ペニスに指を絡めた。瓶の底にわずかに残っていたワインをペニスの先端に振りかけて、ぐちゅぐちゅと濡れ音を立てながら扱く。すると、みるみるうちにペニスは硬く張り詰めてきた。体温に温まったワインの深い香りが立ち上る。赤い液体が、茂みを濡らしながら、奥へと伝っていった。
 片手を差し込んで窄まりへと指を伸ばした。周囲に滴るワインを中に塗り込めるようにアヌスに指を抜き差しする。
「あ、ああっ!」
 アルコールによるものか中は熱く粘膜が克哉の指にまとわりついてくる。奥まで指を入れると、コルクの端が触れた。指をもう一本差し込んで、コルクの端を引っ掛ける。
「コルクを出しますね」
「ふ……あ、あ、ああっ!」
 コルクを引きずりつつ、中をコルクで抉り、擦る。浅いところまで来たところで、再び指で奥深くに押し込む。その動きに合わせながら、ペニスを擦りあげれば、その度に面白いように、御堂が身体を引きつらせて喘いだ。我を失うような切羽詰まった声が響く。御堂がここまであられもなく声を上げるのは珍しい。アルコールで自制心が溶けたのだろう。
 克哉の手の中で漲ったペニスが震えた。御堂が眉根を寄せて苦しそうな表情を浮かべる。
「イきたいのか?」
「……ぅ」
 克哉が問えば、小さく頷く。今までにない素直な態度にほくそ笑んだ。
「イっていいですよ」
 耳元で囁きつつ、力強く扱き上げた。同時に、身体の中のコルクを摘まんで引きずり出した。
「は、あ、んん…あああっ!!」
「……っ」
 ひと際大きな声で叫んで、御堂は絶頂を迎えた。勢いよく噴き出た迸りが、克哉の顎に飛び散る。そして、ペニスを握っていた手にも体温の熱く重たい液体が流れてきて克哉の指をねっとりと濡らした。
「ベタベタだ」
 肩で息をしながら荒い呼吸をする御堂の前に、ペニスを握っていた手をかざした。ワインの赤と白濁した液体がまだらにその手指を染めている。
 克哉の手を御堂が力なく眺めた。その眸は快楽で濁って淀み、強い意志の光は消え失せている。酔いと快楽で自失しているようだ。
「ちゃんと責任を取ってきれいにしてくださいよ」
「ん……」
 御堂の口元に濡れた指を突き付けた。御堂は反射的に眉を潜めたが、どうしていいか分からないようで、克哉に困惑した視線を向けた。
「舌を出して」
 促せば、おずおずと舌を出す。その舌にワイン混じりの精液を擦りつけた。噛みつかれるかと思いきや、克哉に言われるがままに大人しく舌を出している。
「御堂さん、ちゃんと舐めとってください」
「ふ……ぁ」
 すると御堂は、ぴちゃぴちゃと音を立てながら、命令通りに克哉の指を舐め上げた。試しに口に含ませても、歯を立てることなく指を吸いつつ舌を絡めた。
 人差し指をきれいに舐めとると次は中指を口に含む。
 指先をぬめる舌が包み込む。
 恍惚とした淫らな表情で、克哉の指を一心不乱に舐める御堂を目にして、克哉は目を眇めた。
 克哉は指を口から引き抜いた。その口元に顔を寄せる。御堂はわずかな間、戸惑ったような顔を見せたが、ドロドロに溶けた思考の中で克哉の意図を汲み取ったようで、ぼうっとした眼差しを克哉に向けつつ舌を出して、克哉の顎に舌を這わせた。
 自らの精液の飛沫を熱い舌が丹念に舐めとっていく。克哉の口元を御堂の舌が掠めた。
 ぞくり、と背筋に震えのようなものが走る。
 それはぞくぞくとした痺れになって、胸の内を言いようのない感情でざわめかした。そして、痛いほどの疼きが下腹部を埋める。
「……御堂」
 自分の声音に今までになく熱っぽい息が混じった。御堂の顔を覗き込めば、光を失った眸はどこまでも昏く克哉から顔を逸らすこともしない。
「立て」
 後ろ手に戒めた手錠につないでいた鎖を外して、御堂を立たせた。よろめきながらも立ち上がる御堂を支えながら、ベッドルームへと向かった。そのままベッドに御堂を押し倒す。御堂はうつ伏せに倒れこんだ。
「あ……」
 御堂は反射的に声を上げたものの、ベッドのマットに身体を預けたまま動こうとしない。
 その身体を仰向けに返そうとして、背中に回した手の手錠が目に入った。
 一瞬迷って、手錠を外し、その身体を仰向けにした。
 御堂は暴れようともせずに、浮かされたような焦点の合わない眸を天井に彷徨わせている。
 もどかしい所作で自分の前をくつろげた。そのまま、御堂の上に覆いかぶさり、片足を肩にかけて身体を二つ折りにすると、いきり立った自分のもので一息に押し入った。
「ひ、あ、あああっ!」

 圧迫感と苦痛に御堂が目を剥いて身体を引きつらせた。自由になっていた両手で克哉の胸を押し返そうとするが、その力は弱々しい。
 その抵抗を無視して、強く律動を始めれば、壊れたように声を上げ続ける。腰を突き入れながら御堂を見下ろした。御堂の眸は涙に濡れて光り、表面に自分の顔が映り込んだ。その顔は鬱屈した苛立ちが募っている。
「御堂、早く、堕ちろ! 俺のところに!」
 その声に、御堂の眸の中の自分とレンズ越しに目が合った。もう一人の自分が唇を歪めて克哉を嗤った。
「い、やだ」
 御堂の唇が薄く開いてうわ言のように拒絶を紡いだ。
 どこまでも熱い身体の中とは対照的に、自身の背中に冷たい汗が流れ落ちていく。
 この身体は抵抗を忘れて克哉を受け入れているのに、何故それでも克哉を拒絶しようとするのか。
 御堂の虚ろな眸が揺れて克哉から離れていく。
「俺を見ろ! 御堂!!」
「ひ、あ、あ……」
 力ない身体をがくがくと揺さぶる。御堂が身体を大きく波打たせて、ペニスから白濁を飛ばした。両手が力なく落ちる。光を失った眸が、瞼に覆い隠された。固く閉じた瞼の間から溢れた涙がこめかみを伝って濡らした。
「く……っ」
 絶頂に中がきつく引き絞られて、克哉も喉の奥で声を殺し、御堂の中に欲情を注ぎ込んだ。そのまま、御堂の身体の上に身体を重ねた。意識を失った御堂の頭を両腕で掻き抱き、肩口に顔を埋め、乱れた呼吸を整えつつ耳元に口を寄せた。
「あんたに逃げる場所なんてないんだ…。俺に縋れっ」
 返答はなく、腕の中から、規則正しい静かな呼吸が響く。
 自分一人が暗い部屋の中に取り残された。
 腹立ち紛れに御堂をもう一度犯そうかとも考えたが、それで自分の気が晴れるとも思えなかった。
 意識を深く沈めた御堂の頬に手を添えた。御堂はその手を払ったりはしない。こみ上げた名も知らぬ感情に突き動かされて、御堂の頬を一撫でして零れた涙を拭ったところで、我に返った。
 克哉は、くそっ、と舌打ちし、きつく目を閉じた。

(2)
bottom of page