
真夜中の獣 (前編→ハロウィンの夜)
「――ッ、う……、――ぁっ」
異様な感覚を堪えようと噛みしめた唇から声が漏れた。
身体を捩ろうにも伸びきった四肢はまったく動かせなかった。ヴァンパイアの御堂の魔力は克哉をベッドに拘束していた。そして、法衣の下の克哉の身体には無数の蛇が這っている。単なる蛇ではない。御堂が呼び出した闇の眷属だ。それが克哉の四肢に巻き付き、法衣の中へと潜り込んできたのだ。
「名高いエクソシストも蛇は苦手か?」
ベッドサイドに立った御堂が、嫌悪に顔をゆがめる克哉を見て嗤う。
「俺が……エクソシストだと知っていたのか」
返事代わりに御堂は冷たい笑みを深めた。
「こうして私の気を引いている間にも、どうやって私を祓うか考えを巡らせているのだろう?」
「ぐ……」
余裕の表情は、克哉程度のエクソシストでは到底自分に太刀打ちできないと分かっているからだろう。御堂の手が切り裂いた克哉の法衣にかかり、それをあっさりと取り払った。克哉の首にかけていたロザリオが露になる。吸血鬼が苦手とされる十字架、それも、神聖魔法が込められたものだったが、御堂はそれを目にしても微かに眉をひそめただけだった。
克哉はエクソシストとしては駆け出しだったが、すでに界隈で名を馳せていた。今まで祓えなかった魔物はいない。だが、それは単に強い魔物と出会わなかっただけだと思い知る。御堂は、他の魔物とはまったく格が違う。
「エクソシストの悲鳴はさぞかし甘美な響きなのだろうな」
御堂が目を眇めた。それが合図となったのか、蛇が活発に動き始める。克哉の肌に不気味な感触をなすりつけながら這い回る。
蛇を排除しようと聖なる文句を口にした途端、克哉の首に巻き付いた蛇がギリギリと締め上げた。
「ぐ……ぁっ、あっ」
苦しさに呪文が途切れる。御堂が唇の片端を吊り上げた。
「無駄だ。貴様の命は私の手の内にあることを忘れるな」
「う……」
蛇の締め付けが緩む。克哉は胸を荒げて空気を肺に取り込んだ。ありとあらゆる抵抗を封じられ、蛇のされるがままになってしまう。
勢いを増した蛇がちろちろと赤い舌を出しながら克哉の耳や胸の尖りを舐め回す。そして、克哉の足の付け根にも蛇がにじり寄ってくる。
「よせ……っ」
たまらずに声をあげた。一匹の蛇は萎えた陰茎に巻き付き、そしてまた、別の蛇が陰嚢を絞り上げながら、会陰をさらに奥へと這っていく。
蛇の赤い舌が克哉のアヌスを舐めまわす。巧みに尖った頭を窄まりにぐりぐりと押し付けてくる。背徳的な場所を蛇に弄ばれるおぞましさに下肢に力を込めて耐えるが、蛇の責めは容赦がなかった。少しでも気を許してしまえば、蛇の侵入を許してしまう。
「随分と粘るな。ここを使うのは初めてか?」
「……あいにくと蛇と戯れる趣味はないのでね」
強がりを言ったところで事態を打開できるわけではないのだが、御堂は肩を震わせて笑った。
「そんなことを言うな。蛇も良いものだぞ」
御堂の言葉と同時に克哉の陰茎に絡みついていた蛇が動きを変化させた。絶妙な力加減で締め付け、そして擦り上げるように動き出す。それは明らかに性感を煽り立てる動きだった。根元からエラ、そして亀頭まで愛撫され絶え間なく刺激されて、克哉のペニスはあっという間に張り詰めた。
「ぁ、……あっ」
狂おしい刺激から逃れようと腰を卑猥に突き上げる。射精感が一気に高まるが、蛇に根元を締め上げられて達することが出来ない。そのもどかしさに気を取られた瞬間、アヌスにずぶりと蛇の頭が入り込んだ。
「く、あああ!」
尻に力を入れて固く閉ざそうとするも、蛇はぐいぐいと奥へと侵入を果たしていく。蛇の身体はどんどん太くなり、まるで杭を穿たれていくかのようだ。あまりの圧迫感と苦痛に、克哉は目を剥き、四肢を突っ張らせた。
「蛇に犯されているところを見せてみろ」
御堂の命に従う蛇が蠢き、拘束具のように克哉の脚を折りたたむ。大きくM字開脚させられて、秘所をあらわにする体勢にされる。蛇が巻き付く勃ちきったペニス、そして、二メートルを超える長い蛇に犯されるアヌスが晒される。その恥辱に頭の芯が焼き切れそうだ。
「いい眺めだな。まるで、お前が悪魔のようだぞ。こんな尻尾を生やして」
御堂が克哉の足元のベッドに腰を掛けた。克哉のアヌスから生える蛇の尻尾に指を絡めて引っ張るとずるずると蛇が引きずり出されていく。
「んあ、ああ……っ、やめ…ろっ」
「そうか、やめてほしいか」
「くあっ、違……っ、あああっ!」
御堂が手を離した途端に、蛇がまた前進を始め、克哉の体内へと潜り込んでいく。御堂は、蛇を引きずり出しては手を離すを繰り返し、克哉のアヌスを弄ぶ。
闇の眷属である蛇にアヌスを犯される屈辱、そして、それを鑑賞される羞恥。心身ともに蹂躙される汚辱に打ち震える。これが、ヴァンパイアの御堂を煽った報いだとしたら、さっさと殺されていた方がよほど楽だっただろう。それでも、そう簡単に命を諦めるほど克哉は潔くはなかった。精神力を振り絞って蛇の責めに耐えるうちに、今までとは違う異質の感覚が腰の奥から生まれてきた。
「……ぁ、うあっ!?」
蛇の硬い頭が粘膜を抉る。それが鋭い快感となって、克哉の背筋を駆け上った。
「ほう、蛇に犯されて感じるのか?」
「やめっ、ぁ、ああっ、嫌だっ」
初めて感じる性感を否定するかのように克哉は身を捩って首を振った。だが蛇は狙いすましたように、克哉の感じるところを抉り続けた。
腹に反りかえるほど勃起したペニスの先端から次から次へと蜜が溢れる。その蜜をペニスに巻き付く蛇が舌を這わせて舐めとっていく。その嫌悪感に身を震わせた。
「蛇が嫌なら代わりにこれを使おうか」
御堂は克哉の首にかかったロザリオを手に取った。弱い魔物なら触れることさえできない代物だ。だが、御堂はものともせずにその鎖を引きちぎった。御堂はそれを蛇の代わりに克哉のペニスに巻き付けた。
「――ッ」
その様を見て、克哉は息を呑んだ。銀色のロザリオ、十字架が克哉のペニスにしっかりと絡みつく。このまま射精をしてしまえば、聖なるロザリオを自ら汚してしまう。
御堂は冷たい微笑を浮かべながら克哉のアヌスを犯す蛇に触れた。途端に、蛇は塵となって消えうせる。蛇にみっちりと埋められていた内腔は開ききり、ひんやりとした外気が奥深い粘膜に触れた。
蛇から解放されたと安堵したのも束の間、蛇とはまったく別の昂りがアヌスに押し当てられた。そのまま、ひと息に克哉を貫く。
「ぅ……あ、あああっ!!」
御堂が克哉に覆い被さるようにして腰を進ませる。蛇によって慣らされた克哉のアヌスは御堂のペニスを抗うことなく深く咥えこんでいった。
蛇とは違う圧倒的な質量と硬さ。喉を反らして声を上げた。そんな克哉の悲鳴を愉むように、御堂は腰を強く打ちつけ始める。
「よせ……っ、ぅあっ、ひぐ……」
「どうした、お前が望んだことだろう?」
「違う……、俺は……っ」
「何が違うというのだ? 今更後悔しているのか、自分の身体を差し出して命乞いをしたことを」
低く喉を震わせて、御堂は克哉の最奥を抉る。突き入れられるたびに声が漏れた。
苦痛に歪む克哉の顔を見つめる御堂の双眸には冷たい炎が揺らめいている。許しを乞えばひと息に殺してもらえるのかもしれない。決意が揺らいだときだった。苦痛だけではない、疼くような感覚が結合部から生まれてきた。蛇に犯されたときにも感じた、奥深いところで生まれる快感。未知の快楽がこみ上げていく。
「んっ、……く、ぁああ、はぅっ、……ああっ」
「色っぽい声を出すではないか」
溢れる声に艶めいた吐息が混ざった。魔物に犯されて感じる背徳的な悦び。その身体の変化を感じ取った御堂が克哉のペニスに手を伸ばした。ロザリオの鎖ごと握りこまれて扱かれる。
「やめ……っ、触るなっ……ぁ、ぐ……ぁああああ」
ペニスを刺激されながら中からも擦り上げられる。淫らな疼きが官能の波となって克哉を攫った。これ以上なく射精感が高まる。どうにか堪えようとするも御堂に強く抉り込まれて、電撃のような快楽が背筋を駆け上がった。思考が灼き爛れる。
克哉は四肢を突っ張らせて背中をしならせると、低く呻いた。迸る精液が自分の胸から腹に飛び散り、そして、ペニスに巻き付いたロザリオを御堂の手ごとしとどに濡らした。直後、御堂がこれ以上なく深く腰を差し込んだ。最奥に白濁を注ぎ込まれる。
「ぅう……」
あまりにも苛烈な絶頂に、意識がもうろうとした。御堂は腰を震わせて克哉の中に最後の一滴まで注ぎ込むと、つながりを解いた。闇を湛える眸が克哉に向けられる。冷ややかな声が響いた。
「汚れたぞ、舐めろ」
「ん……むぐっ」
半開きになった口に、克哉の精液に塗れた指を突っ込まれた。えずきながらも、命じられるままに御堂の指に舌を這わせた。ひんやりとした体温を感じさせない指。精液の青臭さが口いっぱいに広がる。舌で指をくるむようにして御堂の指を清めると、御堂は満足げに目を細めた。
「ふふ……、思いのほか、愉しかったぞ」
笑い含みに言って、御堂は濡れた指先を克哉の下腹に触れさせた。そこに何かを描くように指を滑らせる。鋭い痛みが肌の表面に走り、そして内臓に沁みこむような深く鈍い痛みが続いた。何らかの呪縛が自分に刻まれたことを知る。
「く……っ、何を…した?」
「お前を生かしてやろう。……一日だけな」
「一日……?」
苦悶に呻く克哉に対して、御堂は澄ました顔で言った。
「お前に呪いをかけた。一日後にお前を殺す呪いだ」
「何だと?」
「ただし、その間に私の体液をお前の体内に取り込めば、また一日寿命が延びる。せいぜい私を愉しませろ」
御堂の言葉を理解して、克哉は青ざめた。つまり、この行為を毎夜繰り返さねば死ぬと宣告されているのだ。
御堂が冷たく笑う。
「まるでシェヘラザードみたいだろう?」
「……千日後には解放してくれるということか」
「さあ、どうかな。明日にはお前は死んでいるかもしれない」
シェヘラザード、『千夜一夜物語』に出てくる賢く美しい女だ。王に処女を捧げ、翌朝殺される運命であったが、毎夜、命がけで王に物語を語り続け処刑を免れた。
「また、明日の夜に」
そう一言告げて、御堂は掻き消えた。窓の外の闇から何かが羽ばたく音が聞こえた。
御堂が消えると同時に克哉を拘束していた蛇も消えた。ようやく自由になれたというのに、指一本動かす気力さえ残っていなかった。
「くそ……っ」
悪態を吐こうにも、声は枯れている。
かろうじて命はつないだ。だが、それもたった一日だ。
もう何も考えたくはない。
疲弊しきった克哉の意識は、どぷりと闇に呑み込まれていった。
END