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(1)
アンカー 1

 都心の一等地にそびえたつ高層オフィスビル。
 MGN社の自社ビルであるその高層階のフロアに克哉の現在の職場がある。かつて勤務していた子会社のキクチとは市場に占める規模も影響力も比較にならない。
 最年少で企画開発部の部長に抜擢された克哉は、その立場に相応しい待遇を得ていた。1フロアを占める部署に多くの部下、自身の一存で左右できる多くの権限、そして個人用の執務室。
 その執務室に入る度に、この部屋のかつての主の姿を思い浮かべる。克哉の前任者で、克哉が今の立場を得るまでは、この社で最年少の部長だった人物。
 その人物は数か月前に突然無断欠勤が続き、そのまま解雇された。しばらくは社内でも大きな話題になっていたが、今では移り変わりの速い虚々実々の噂話に紛れて話題にのぼることもない。
 部内のミーティングを終え、克哉が、その前任者が数えきれないほど触れたであろう、執務室のドアノブに手をかけた時だった。
「おいっ!克哉!元気か?」
 威勢の良い声が克哉にかかった。振り返ると、大げさな動作で手を振って、本多が克哉の方へフロアを一直線に向かってくる。
「本多さん!こんにちは!」
 克哉の部下の藤田が本多の姿を認めて、嬉しそうに挨拶をして寄ってくる。若い藤田は、子会社の社員でありながらも面倒見のよい本多を気に入って慕っていた。
 克哉は執務室の扉にかけた手を降ろした。今日は、キクチとの定期ミーティングがあったのを思い出す。その事前打ち合わせに本多が来たのだ。
 大柄の体の割にはデスクの隙間を器用に縫って本多が克哉の前までやってくる。そして、執務室と克哉を交互に見て、肩を竦めて笑って見せた。
「それにしても、克哉が部長だなんて偉くなったもんだな」
「早く要件を済ませろ」
 茶化す本多を相手にしている程暇ではない。
「ツレないやつだな。そう言えば、お前、痩せたんじゃないか。ちゃんと飯食べているか?今日でも一緒に焼肉に行かないか?」
「悪いが忙しいんだ」
「ちぇっ、最近、付き合い悪いなあ。この前の飲み会も来なかったし」
 本多は近頃の克哉の付き合いの悪さについて不満を漏らし始める。その口調になじる様な響きはない。快活と言えば聞こえがいいが、辺りに遠慮しない大声で無駄話をし、一向に本題に入らない本多に克哉は軽い苛立ちを感じた。
…いい加減に、と喉元から言葉が出かかったところで、藤田が口を挟んできた。
「本多さん。佐伯部長は最近ペットを飼い出して、世話に忙しいんですよ」
「え?ペット?お前が?」
 本多が目を丸くする。
 藤田め、余計なことを、と克哉は小さく舌打ちした。とはいえ、先日、その理由で部内の打ち上げの二次会の参加を断ったばかりだった。諦めて話を合わせる。
「ああ。ペットの世話で忙しいんだ」
「ペットって猫かなんかか?」
「犬だな。大型犬」
「犬!?お前、いつの間に」
 本多が素っ頓狂な声を上げる。横で藤田が興味津々で聞いてくる。
「大型犬て、バーニーズとかですか?佐伯部長が飼うなんて、きっと血統書付きの品種なんでしょうね」
「ああ、血統書付きだ」
 にやりと笑う。
 そう、かつて部長と呼ばれていた気高く希少な品種だ。
「でも、大型犬だなんて、散歩とか大変じゃないか?そもそも、お前の部屋で大型犬なんか飼えるのか?」
 以前の克哉のワンルームの部屋を思い出したのだろう。本多は半信半疑といった表情だ。
「引越したんだ。それに室内から出してない」
「完全室内飼いですか。まだ子犬ですか?だとすると、鳴き声とか騒がしくないですか」
 藤田は犬好きなのだろう。熱心に克哉の話に食いついてくる。
「…成犬で飼いだしたんだが、前は放し飼い状態だったからな。飼い始めた当初は暴れたり吠えたりでうるさかったが、しっかり躾けた。今は大人しいもんだ」
「克哉が犬をねえ…」
「今度見せてやろうか。…ああ、でも、他人に慣れてないから噛みつかれるかもな」
「げっ、まじか」
 勘弁してくれ、と大仰にしかめっ面をしてみせた本多に藤田が吹き出す。克哉はそんな二人に薄い笑みを返した。
 今頃、鎖で繋がれて、自身の部屋に閉じ込められている御堂の姿を思い浮かべた。
 自然と口元が綻び、尽きることのない可笑しさがこみ上げる。抑えていないと声を立てて笑いだしてしまいそうだ。
 今となっては、克哉の部屋で克哉の御堂なのだから。


――――――
 都心の高級マンション。その高層階の部屋で、御堂孝典は一人の男に飼われている。
 アメリカの精神科医、キュブラー・ロスは、死を宣告された患者がその死を受容するまで5つの段階を経過すると言った。それは、『否認』、『怒り』、『取引』、『諦め』、そして『受容』であるらしい。
 御堂が宣告されたのは『死』ではなかったが、自分の現状を受け入れるまで、御堂もその段階を順に踏んでいった。
 当初は、あの男に監禁・拘束されて、社会的地位を奪われたという事実は認めることさえ難しかった。その後、その怒りを罵声や行動に表してあの男にぶつけたが、全く意に介されることはなかった。むしろ、彼は御堂の怒りや悔しがる姿を見て悦んでいる風でもあった。
 膠着した状態のまま、一カ月が過ぎ、二カ月が過ぎたときに、気が付いた。あの男、佐伯克哉の目的は、御堂を単に貶め嬲ることではなく、飼い馴らして支配し、ずっと自分の手元に置こうと本気で考えていたのだ。
「あなたの長い首には首輪が良く似合う」
 御堂を監禁したとき、彼は愉悦に満ちた眼差しでうっとりと御堂を見つめながら、その首筋を指で、つう、となぞった。そして、革と金属の輪で出来た首輪をはめ、外せないように鍵をかけて、鎖をつないだ。
 彼にとって首輪は単に御堂を貶めるための拘束具だというだけでなく、それ以上の意味を有していたのだ。
 その真の意図に気付いたときの戦慄は、後頭部を思い切り殴られたような衝撃だった。気付かぬうちに蜘蛛の巣に絡めとられた自分にはっと気付いた。もがけばもがくほど粘っこい蜘蛛の糸が全身に絡みつき、動きを制限する。蜘蛛が自分を捕食しようと一歩一歩近づいてきているのが分かるのに、一歩も動けないような恐怖だった。
 克哉は御堂の目の前で、御堂の大切なものを一つ一つ取り上げ、そして全てを奪った。御堂の家に我が物顔で暮らし、あまつさえその一室に御堂を監禁していた。
 克哉はその目的を達成するために常に冷静沈着で、その判断と手段は的確だった。御堂がいくら怒っても、暴れても、泣いて懇願しても、決して迷うことも焦ることなく、飴と鞭を上手く使い分けていた。
 御堂の食事も排泄も全て克哉に管理されていたし、快楽も苦痛も克哉から与えられたものを全て甘受せざるを得ない状況であった。
 抵抗するたびに、自分の立場をしっかりと身体に教え込まれ、躾けられた。逆に、大人しく従えば甘やかされ、克哉の管理する範囲内での自由を与えられた。暴力で他人を従わせるようなことはしなかったが、屈辱と快楽と、目の前にちらつかせた仮初の自由で、御堂を支配しようとした。
 身体的な苦痛だけだった耐えることが出来たと思う。だが、精神的な苦痛である孤独と快楽を耐えぬくことは難しい。
 そして、克哉はその状況をよく把握し、故意にそういう状況を作り出しているようだった。御堂を狭い部屋に隔離し、周りとの接触を一切遮断し孤立させた。だが逆に、克哉がいるときは、その不安を拭い去るように、求めれば求めるだけ快楽を与えられた。それは、つらい現状から目を逸らしてくれる麻薬の様に御堂の心身を蝕んでいく。
 克哉はその御堂の精神状態を上手く利用した。極限まで追い込み渇望させた御堂に、自分自身を餌として、御堂を堕としたのだ。
 抵抗も取引も諦め、克哉に服従した御堂に対して、克哉はご褒美と言わんばかりに安寧と悦楽を与え、拘束を緩めた。
 日中閉じ込められる場所は、時計さえなかった狭い部屋から、リビングに移された。さらに大人しく従っていたら手の拘束が解かれ、両手が自由に使えるようになった。
 相変わらず首輪が付けられていたが、そこから伸びる鎖は長くなり、かろうじてトイレまで自由に行けるようになった。
身に着ける衣服はワイシャツ一枚なのは変わらなかったが、両手が自由になったので、開きっぱなしだったワイシャツのボタンを閉めることが出来るようになった。
 初めて両手が自由になった時、御堂がワイシャツのボタンを上から下まで、首輪が邪魔で閉められなかった襟元のボタンを除いて、カフスボタンまできっちり閉めるのを、彼は愉しげにその様子を観察していた。その後、ベッドの上で命令されてそのボタンを自分で全部外させられる羽目になったものの、ボタンを閉めることは御堂に与えられた数少ない自由だった。
 克哉が支配者として君臨する狭い箱庭の中が、現在の御堂の生きる世界の全てだった。

 ソファで横になり微睡んでいると、玄関の鍵が開けられる音がして、御堂は目を覚ました。克哉が帰ってきたのだ。克哉は不在時に御堂が逃げ出さないように、通常の鍵以外に、外からしか開閉できない鍵を扉につけている。
 御堂は小さく息を吐いた。この部屋に何カ月も閉じ込められた自分自身にとって、克哉のみが唯一の外との接点だった。
 日中、何もすることがなく、何の刺激もない部屋で、ひたすら克哉を待ち続けていた。リビングに移され、テレビや新聞を与えられるようになって、孤独から多少気を逸らすことが出来るようになったが、それでも深い孤独と喪失が常に自分を包み込んでいる。今はそれも諦観とともに受容している。
「いい子にしてたか?御堂さん」
 玄関から彼の声がかかった。返事はしない。リビングのソファの上で音を立てずにじっとしていた。
 真っ直ぐリビングに向かう足音が聞こえ、リビングの扉が開けられた。ソファの上の御堂の姿を視認し、近寄ってくる。背けていた顔の顎を掴まれ、顔を上げさせられた。下半身にかけていたブランケットを剥ぎ取られる。
 御堂の顔から全身に克哉の視線が滑り、絡みつく。留守中に異変がなかったか観察しているのだ。用意していた食事と水を一瞥し、手が付けられていることを確認する。その一連の仕草はまるで、飼っているペットの体調をしっかり把握しようとしているようだった。
「元気そうですね。食事にしますか」
 克哉はそう一言つぶやいて、顎を掴んでいる手を離した。
 御堂は緩慢な動作でのろのろとソファから立ち上がる。促されるまま、ダイニングの椅子に座った。二人分の食事の用意をしながら、克哉はご機嫌よろしく話しかけてくる。
 一分の乱れもないスーツ姿の克哉に対して、御堂はシャツと首輪を付けただけの半裸の状態だ。しかも首輪からは銀色の長い鎖が伸びる。同じテーブルに着席し向かい合う二人の姿はさぞかし滑稽に映るだろう。
「遅くなってすみません。あの無駄な会議、どうにかなりませんかね。会議が多い割に何も決まらない」
 目の前に座り、視線で御堂に食事をとるように指示する。御堂は箸を手に取った。
「しかも、偉くなればなるほど、会議の数が増えてくる。御堂さん、あなたは良くあんなくだらない会議、我慢して出席していたな」
 そこまで言って、克哉は黙った。御堂の反応を待っているのだろう。仕方なく、顔を伏せたまま答えた。
「…君がそのくだらない会議をなくせばいい」
――今更、私に何の関係があるのだろう。
 全てを失った御堂には、露程も興味のない話だった。
 克哉の手が止まり、じっとこちらを伺う気配がする。不興を買ったのだろうか。
「そうするさ」
 そのまま克哉は押し黙り、二人の間を沈黙が支配する。
 御堂は食事を機械的に口に押し込み、半分食べたところで箸をおいた。
「口に合いませんでしたか?」
「腹は減ってない」
 一日中狭い空間に閉じ込められていて、ほとんど動かないのだ。食欲が出るはずもなかった。それでも克哉の機嫌を損ねないように許容されるぎりぎりの量を胃に押し込む。
 一方で、その元凶となっている張本人は、その事実を棚に上げて、御堂の食事量や食事内容に気を配ってくる。
 食卓で食事をとれるようになったのは、監禁後、割と早いうちから与えられた自由だった。
 監禁された当初は手を拘束され、犬の様に這いつくばったまま手を使わずに食事をとれ、と命令された。一切、手を付けずにいたら、克哉の方が先に音を上げて、食卓で人間らしく食事をとらされるようになったのだ。それは、御堂自身に対する気遣いではなく、御堂の健康管理のための気遣いだったことは程なく気が付いた。
 食後、首輪を外されてシャワーを浴びさせられた。この後の行動は決まっている。
 与えられたバスタオルで身体を拭いた。克哉の手が御堂の髪に伸びた。その長い指先で御堂の濡れた髪を梳く。
「髪が伸びたな」
 克哉は少し思案しているようだった。伸びた前髪はこの前、克哉に切られたが、後ろはそのままになっていた。髪を切るのも、爪を切るのも、自身の日々の整容でさえ彼の一存にかかっている。
 そのまま頭を動かさずじっとしていると、指が離れた。新しいタオルをもう一枚渡される。それで自身の髪の水滴をぬぐった。
 再び首輪を付けられる。首輪をはめやすい様に顎を軽く上げると、克哉の喉から小さく嗤う音が響いた。

(2)

 克哉は御堂をベッドの上に座らせ、手を後ろ手に拘束した。足を開かせ、後孔に潤滑剤を塗り込める。御堂は一切抵抗せずに、言われた通りに脚を開いて、克哉に秘部を晒した。
 御堂の視界の端に、寝室の隅にセットされた三脚と赤く点灯したビデオカメラが映る。そのレンズは御堂の全身を余すところなく映しているのだろう。
 いつものことだ。御堂は俯き加減に目を伏せた。
 克哉が潤滑剤を絡めた指で、御堂の後孔に指を差し込み、周囲の感触を確かめる。第二関節まで差し入れられ、腹側に曲げ、ある膨らみを探り当て、故意的に強くなぞった。
「ああっ!」
 抑えきれず御堂の声が上がる。克哉は喉を鳴らして笑った。
 その敏感な凝りの場所を確かめ、一回指を引き抜いた。御堂が息を吐いたのも束の間、すぐにローターが後孔に押し当てられ、呑みこまされた。その感触に身悶える。ちょうど、その膨らみにローターが当たるように位置を調整される。
「見せてください。あなたの乱れる姿を」
 克哉は手元のスイッチを入れた。途端に、御堂の身体に電撃の様な甘美で微細な刺激が身を貫く。その小さな器具は的確に、快楽の源を刺激してきた。
「ひっ……あっ、…はぁっ」
 抑えようにもひっきりなしに喘ぎ声が漏れ、その刺激から逃れようと自然と御堂の腰が揺れる。開いた脚を閉じることは許されない。腰を揺する姿がねだっているようで、淫らな所作に見えた。
 既に勃ち上がったペニスは固く張りつめ、先端から尽きることなく次から次へと雫をこぼす。ローターの刺激を調整しているので、ローターだけでは達することは叶わないだろう。
 隠し切れない欲望と、もの欲しそうにひくつく後孔が、克哉の目の前に晒されていた。
 克哉のズボンの前が張りつめるのが分かった。
 御堂は克哉を潤んだ目で見つめ、懇願した。
「佐、伯っ!玩具は嫌だ…佐伯のが…欲し…い…あっ」
 淫らに腰を振り、身体を捩らせ、喘ぎながら克哉を求めた。克哉の目が欲望で昏く濁る。
「御堂さんに、そこまでせがまれたら、答えないわけにはいきませんね」
 ネクタイを解き、シャツを脱ぎ捨て、ベルトを外し前を少し寛げたスラックスだけの姿になりゆっくりとベッドの上の御堂の元に歩み寄る。
「ああっ…」
 御堂の上半身を抱き寄せた。既に紅潮し汗ばんだ肌が触れる。反射的に御堂から淫靡な熱を含んだ吐息が漏れた。口と手で、首筋から胸の赤く色付いて尖った突起、そして臍から脇腹を愛撫する。
 指が触れるたびに、舌先でなぞるたびに、御堂の身体が小さく跳ね、息が乱れる。
 克哉に抱かれることに慣れきった御堂の身体は、ほんの少し触れられるだけで敏感に反応する。
 日中、全く刺激のない空間に閉じ込められているのもあるだろう。乾いたスポンジが水を貪欲に吸収するように、御堂の身体は克哉を求めていた。
 頃合いだろうと、克哉は御堂の前に膝立ちになった。
 濡れて淫蕩さを湛えた眼差しが克哉に向けられる。御堂の頭に手を置いて軽く引き寄せた。御堂が身体をずらし、後ろ手に拘束された不自由な上体を屈めて頭を克哉のスラックスの前に下げる。克哉のファスナーに歯を立てて引き下ろす。
 後ろからの刺激に耐えながら、悩ましげに眉根を寄せて、口だけで脱がせようとする姿はそれだけで克哉をそそらせる。
時間があればベルトを外すところからやらせるが、それ程の余裕は克哉になかった。もどかしさを感じながらも、ファスナーを下げ、更に下着の縁に唇を寄せて引き下ろそうとする御堂の頭を髪を梳きつつ愛おしげに撫でた。
 既に克哉自身は固く張りつめていた。下着から簡単に弾んで抜け出したそれを、御堂は更に上体を深く曲げて、口に含む。
口いっぱいに頬張り、その先端から括れ、竿にたっぷりと唾液を絡め舌で舐めあげる。
――流石に物覚えはいい。
 自分の調教の成果を体感し、克哉は満足気な笑みを浮かべた。
 最初に抱いたときからたっぷりと時間をかけて仕込んだ淫らな感度を持つ身体。そして、日々教え込んでいる淫猥な奉仕。
 御堂はローターに煽られているのか、その仕草に余裕がなくなってきた。克哉の先走りを吸い上げ、自分の唾液ごと飲み込む。喉がせわしなく動く。
「んっ……」
 御堂の頭に置いていた手でそのまま前髪を掴み、その頭を固定した。克哉は自ら腰を動かして、御堂の口の奥深く、喉まで自身を突き入れてその口腔内を蹂躙した。
「…んぐっ」
 苦しいのだろう、くぐもった呻き声がもれ、御堂の眦から涙が伝う。口の端からは溢れた唾液が滴る。だが、歯を立てることも顔を背けることもせずに、克哉のものを受け入れていた。御堂のペニスはきつく張りつめたまま、先端から欲望の蜜が零れ落ちている。今にも弾けそうだ。
 克哉はたっぷりと御堂の舌と柔らかい粘膜を堪能し、その口からペニスを抜いた。先端から唾液が糸を引く。
「あっ…はっ…」
 荒い息を吐いている御堂の後ろ手の拘束を外した。
 御堂は自分自身を慰めようと、ペニスに手を伸ばしたところで、克哉に手を掴まれた。
「触るな」
 そう克哉に短く命令されて、御堂は震える両手をシーツに下ろす。刺激を耐えるように、きつくシーツを掴んだ。
 克哉はそのまま御堂を後ろに押し倒した。二人の全身が密着し、お互いのペニスが触れる。
「ああ…んっ」
 それだけで歓喜を孕んだ喘ぎ声が御堂の喉から漏れた。渇望しているものを与えられる期待に身体が熱くなっている。
 首から鎖骨、乳首へと手と口を使って丁寧な愛撫を再開する。その度に身体が跳ねて、喘ぎ声がもれる。ローターは変わらず体内で振動し、内側からも愛撫をするように御堂に快楽を伝えてくる。
「佐、伯…、もうっ…我慢、できな…いっ」
「我慢がきかない人ですね」
 しょうがない、と克哉が怜悧な笑みを浮かべながら、身体を起こした。
「膝抱えて」
 その言葉に御堂は諾々と従い、自分の手で膝を抱え、克哉の前に秘部を大きく広げて晒す。
「恥ずかしい恰好だな」
「うぁ……」
 自分で命令しておきながら、冷たく詰る様な低い声も、御堂の羞恥を通して快楽を煽った。
 ゆっくりとローターが引き出される。後孔の狭いところを抜け出る時に、思わず下肢が痙攣し、声が漏れた。
 既に緩んでひくついている後孔に克哉の熱い屹立があてがわれる。同時に御堂のペニスの根本を強く掴まれた。
「いっ!」
 その痛みと疼きに声が上がる。
「挿れた瞬間にイったりしないで下さいよ」
 その言葉と同時に、ペニスを穿った。ローターとは違う熱さと質量に、御堂は息を飲む。
 ねじ込まれるように進んできたそれは、半ばまで来たところで一旦止まった。
 克哉は上半身を覆いかぶせ、身体を密着させる。
「手を回して」
 御堂はそろそろと両手を克哉の背中に手を回す。既に克哉の身体は熱くうっすらと汗を刷いている。その熱さを手の内に納めようとぎゅっと爪を立てる。
 御堂は息を整え、身体の力を抜き、さらに奥まで受け入れる体勢を整えた。克哉の腰に脚を絡める。自ら腰を浮かせ、より奥へと彼を促す。
 それに合わせるように、克哉が浅く腰を動かし、深く埋めていく。御堂はその圧迫感に眩暈を起こしそうになりながら、自分に覆いかぶさる身体にしがみつく。
 深くまで呑み込ませたところで、克哉は上半身を起こし、御堂の身体を引き起こした。そのまま克哉の下腹部の上に座らせ、自身はベッドに身体を寝かせ身体の位置を入れ替えた。騎乗位の体勢にさせられる。御堂自身の体重で腰が沈み、更に奥深くまで貫かれた。
「うぅ…」
 御堂の喉から呻き声が漏れる。克哉は御堂の腰を掴んで支えた。
 以前と比べ御堂の腰回りの肉が落ちたことに克哉は気付いた。体重も軽くなっている。皮膚を通して骨ばった腰骨と薄い尻肉が触れた。
「自分で動かせ」
「ん…」
 その克哉の言葉に、御堂が片膝を立てて、ぎこちなく腰を動かそうとする。とはいえ、内股に力が入ると自然と内腔がぎゅうと締め付けてしまい、否が応にも身体の中の克哉の存在を強く感じ身体を動かせなくなってしまう。それでも、足に力を込めて徐々に克哉の肉茎を引き抜く。粘膜が引き摺られ、めくられ、擦られる。
「う、あっ……あああっ!」
 そのじれったい動きに、業を煮やしたのか、突如、克哉が下から突き上げ揺さぶった。途端に御堂の力が抜けて再び腰が落ちて克哉の屹立を一気に呑み込んでしまう。同時に熱く溶けるような快楽が身体の奥底から突き上げる。その瞬間に逐情していた。爆ぜた精液が自らの下腹部から克哉の腹に滴る。
「もうイったのか」
 呆れたような克哉の言葉に返す言葉はなかった。克哉に腰を突き上げられ、穿たれた身体の奥は、吐精した快楽の余韻に浸りながらも、身体の芯を熱く焦がすような疼きを伝えてくる。
 自然と御堂の身体の力が抜け背中がしなる。御堂も克哉の動きに重ねて自ら腰を上下させた。克哉のペニスに粘膜を擦られ、自らの快楽の凝りを抉られる。より強い刺激と悦楽を求めて、御堂自ら角度と位置を調整して積極的に腰を動かし始めた。
 克哉もまた、その結合から生み出される刺激に息を詰めた。上半身を起こして、淫蕩に身を任せて淫らに腰を振り立てる御堂を見上げた。
「なあ、あんた、恥ずかしくないのか。全てを奪われて、挙句、その張本人に抱かれて、淫らに腰を振って」
「…君が、私を、…こんな身体にっ、した、んだろう」
 途切れ途切れに言葉を紡ぎながらも、御堂はその動きを止めようとしない。再び御堂のペニスが質量を取り戻し、露骨な欲望を見せ始める。
 克哉はいつもベッドの上で、御堂を言葉で嬲った。その度に、御堂は自分の浅ましさを思い知らされ、涙を流した。しかし、もうすでに涙も枯れた。浅ましく快楽を貪る自分を一度認めてしまえば、克哉の挑発は気にならない。
 克哉に命令されれば、淫らな言葉も淫らな行為も御堂自らしてみせた。抵抗することは克哉の嗜虐心を余計に刺激するだけだ。
「呆れたな…あんたともあろう人が。誇りを失って」
 克哉の言葉には隠し切れない苛立ちが込められていた。
 御堂が克哉に屈してから、至って従順になったが、それに比例して感情の起伏が乏しくなった。怒りを見せることも、悔しさに涙を流すこともない。御堂に対する克哉の言動に対して抗うことはないが、素っ気ない返事と態度が返ってくるだけだ。唯一感情の片鱗を見せ、甘えてねだってくるのは克哉に抱かれているときだけだった。
 初めて会った時に御堂がみせた、媚びることのない真っ直ぐな眼差し、自身に満ち溢れた態度は今や跡形もない。美しく高慢で気丈な姿だった。あの御堂はどこに行ったのだろう。克哉に抱かれる御堂は当時の面影はない。克哉がここまで貶めたのだ。
 御堂の尊い輝きは失われた。だが、だからこそ御堂は今克哉の手中にある。大空を舞う鷹を檻の中で飼うためには、その翼の中で一番美しく大きい風切り羽を切り落とす必要があるように、何かを得るためには代償が必要だ。それを承知で克哉は手を下したのだ。それなのに、御堂を見ていると時折やるせない鬱屈と苦さがこみ上げてくる。
 その苛立ちを御堂にぶつけるかのように、克哉は激しく腰を突き上げ揺さぶった。御堂の身体がバランスを失い、起き上がった克哉の肩にしがみついた。
「あっ…嫌なら……私をっ、捨てればいい…っ」
「俺はあんたを捨てたりしない。一生傍にいてやる。あんたの運命は俺が握っているんだ。…あんたは俺なしには生きていけない」
 狂気にも似た獰猛な光を湛えた眼で御堂は睨まれ、そのまま深く抉られた。御堂は全ての思考を振り払い、この凶暴な快楽に身も心も溺れる。
「うあっ…!」
 克哉は御堂のペニスを掴んだ。亀頭まで擦りあげて、先端の小孔を指の腹で強くなぞり、爪を食い込ませる。
 鋭い痛みと刺激に御堂の肢体が強張り、震える。
「あんたは誰のものだ?言ってみろ」
 克哉の乱れた髪の下から、青く透ける双眸が獰猛な欲望に濡れて御堂を見上げる。その突き刺すような眼差しを遮るように、御堂はそっと瞼を閉じた。長い睫毛が微かに震える。
「んっ、私の…全ては、佐伯っ、君の…ものだ。君の、望むように、…私を、好きにしてほしい」
 喘ぎつつも、教えたとおりの言葉を躊躇いなく紡ぐ。
――そうだ、あんたの全ては俺のものだ。
 克哉の口角が歪んでいびつな笑みを形作る。澱んだ充足感が心の奥底に充たされる。
 褒美を与えるように、甘やかすように、御堂のペニスを精液と先走りの蜜を絡めて、煽るように擦りあげる。御堂の喉から甘ったるい喘ぎが漏れた。その悦楽が震えとなり、克哉の肩を掴んだ指を通して、伝わってくる。
 御堂は形のよい眉根を寄せて目をきつく閉じたまま、身体の内と外から生み出される痺れのような疼きに煽られているようだった。克哉が御堂のペニスを擦りあげる動作に重ねて、御堂は再びゆっくりと腰を使い出す。
「なあ、あんた、俺が憎くないのか?俺を殺したくないのか?」
 思い出したように克哉からかけられた言葉に、御堂は薄く目を開けて克哉を見た。
 克哉ははっと息を飲んだ。それはほんのわずかな間だったが、その御堂の顔には凄艶な笑みが浮かんでいた。御堂の紫黒の瞳に射竦められ、背筋に総毛立つような冷たい痺れが伝わる。
 妖艶で魅惑的なその表情に目を奪われた。自嘲の笑みにも見えるが、克哉を睥睨するかのように浮かんたその笑みは、克哉の驕慢さを笑い飛ばしているかのようだ。
「…あんたはきれいだな」
 聞こえないほどの微かな声で克哉は呟いた。いくら貶められても、この人の美しさは損なわれることはない。眩い輝きは失われても、人を魅了してやまない深い闇の妖しいまでの美しさを身にまとっている。
 再び目を閉じた御堂は腰を自ら強くせり上げて、より強い刺激を求める。
「はあっっ、いいっ……佐伯。っ……もうっ」
 克哉も応じて、深く激しく腰を突き上げる。壮絶な色香に全身を包まれた御堂に取り込まれそうになるのを、克哉は必死に堪えた。
――あんたは犬なんかじゃない。狼だ。いや、化け物だったのかもしれない。
 御堂の身体の中で、克哉自身が更に質量を増して、ひくつく。克哉もまた達するときが近付いているのだ。自分の身体の上で震える御堂の肉茎を強く擦りあげる。
「いいですよ。イって」
「……うぁっ、あああっっ!」
 御堂の全身が強く痙攣し、身体が強張った。同時にペニスから精液がしぶく。
 その瞬間に強く内腔が締め付けられ、克哉も歯を食いしばり、声を押し殺して達した。
 御堂は身体の中に熱い迸りを感じながら、絶頂がもたらす小さな死に呑みこまれていく。克哉の上に倒れ込む御堂の身体をその腕に抱き留めた。

 ぐったりと身体の力を失って、意識を飛ばした御堂を横たえ克哉はベッドを出た。御堂の顔と身体を拭い、毛布をかけようとして御堂の身体を改めて見下ろした。
 以前より痩せた身体。首から肩の筋肉も落ち、胸板も薄くなりあばらが目立つ。日の光を浴びず病的なほど白い肌とは対照的に、濡れたように赤い唇、そして腫れぼったく色付いた乳首が目立つ。
 痩せたのは食事量や運動量が減っているせいだけではない。克哉との日々の荒淫が原因だろう。
 そして、それは克哉自身もそうだった。御堂と違い日中仕事をしている克哉は、自身の体調を人一倍気遣っているつもりだが、それでも自分自身が痩せてきていることに気付いていた。
 御堂との荒淫を控えれば済む話だが、既に抜けられないほど深く御堂の身体に捉われていた。どれだけ貪っても満たされることはない。
 克哉は御堂の首輪に鎖を繋げようとして、ふと手を止めた。以前と違って御堂は逃げ出そうとしないし、それを匂わせる素振りもない。
 多少拘束は緩めたものの、相変わらず窮屈な環境に繋いでおいても文句の一つも言わないし、克哉に対して何かを要求することもない。そして、克哉に命令されれば、以前の御堂ならプライドが決して許さないような屈辱的な行為もしてみせる。名実ともに御堂は克哉のものになったのだ。
 それでも、克哉が御堂を拘束し閉じ込めているのは、克哉自身が御堂を失うことを何よりも恐れているからに他ならない。
 御堂につけた鎖は、克哉自身の首に繋がれている。そんな画が頭に浮かび、必死にその思考を頭から振り払った。
「くそっ…!」
 克哉は持っていた鎖をその場に投げ捨てた。なぜこんなにも苛つくのだろう。全てが思い通りになっているというのに。
 理解のつかないこの感情をさっさと洗い流してしまおうと、克哉はシャワールームに向かった。


 バスルームから響くシャワーの音に御堂は目を覚ました。意識を失っているわずかな間に、克哉は御堂の事後処理をし毛布をかけて、シャワーを浴びに行ったようだ。
 身体の内外を汚した体液はきれいに拭われ、毛布は首までしっかりとかけられている。行為の後は毎度のことだ。
――まめなことだな。
 意識をかろうじて繋いでいる時も、克哉は無遠慮に御堂の身体を開き、中の残滓を掻き出し、顔と身体を拭う。当初は物として扱われているようで、その屈辱に震え涙が零れたが、その涙でさえきれいに拭われた。
 しかし、この行為に御堂を貶める意図はないようで、その手つきは慣れて無駄がなく、そして優しかった。
 これも、御堂の体調管理のための単なるルーチンワークなのだろうか。
 ベッドの上で手足を伸ばして寝返りをうち、楽な体勢を取る。
 汗で湿った肌に、首輪の皮の不快な感触が伝うが、鎖の音がしないことに気が付いた。
 手を伸ばして確認すると、首輪から鎖が外れたままだった。
 いつも事が終わると、ベッドから抜け出せないように鎖で繋がれているのに、克哉は失念したのだろうか。
 今なら逃げ出せるだろう。毛布をまとって部屋を出て、誰かに助けを求めればいい。
 逃走経路をシミュレーションしたものの、空しい笑いを浮かべた。
――そして、どうなる?
 克哉が御堂を自ら解放しない限り、御堂は追われ続けるだろう。そして、御堂は逃げ続けなくてはいけない。
 御堂は部屋の隅に置かれているビデオカメラをちらりと一瞥した。既に電源が切られている。
 克哉がその気になれば、御堂の浅ましい姿が記録されている映像をネットに公開するだけで、どれだけ遠くにいようとも御堂を社会的に抹殺できる。
 首輪や鎖がなくとも、見えない鎖で拘束されているのだ。
 もう一つ、今の状況から解放される方法はある。かつては何度もその手段に縋るしかないのではないかと追いつめられた。しかし、今では不思議なことにその手段を選択する気は起らない。
 追い詰められるのは希望に縋る者だけだ。御堂は希望を手放した。だからこそ、現状を受け容れている。
 だが、果たしてそれだけだろうか。
 克哉に対して抱いていた激しい怨嗟。今はそれだけではない、何か複雑な別種の感情が不純物のように混じりこんできていた。その自身の感情を紐解き、分析することは何故か躊躇われた。身体は完全に克哉の下に堕ちていた。そして、心も引き摺られる。
『あんたは俺なしでは生きていけない』
 克哉の言葉が蘇る。
「馬鹿だな、君は」
 小さくつぶやいた。その言葉はある意味正しい。だが、必要十分では、ない。
「君こそ、私なしでは生きていけないだろう」
 哲学者ヘーゲルが唱えた“主人と奴隷の弁証法”を彼は知っているだろうか。奴隷の主人であろうとするばかりに、主人は奴隷の奴隷に成り下がり、奴隷は主人の主人となる。奴隷なしでは主人足り得ないからだ。
 克哉は御堂を支配した。それは同時に御堂に支配されるという矛盾を孕んでいる。
 克哉が御堂に執着すればするほど、彼もまた、御堂という存在に絡め取られて拘束されているのだ。
 最近の彼が時折見せる苛立ちは、徐々にこの歪んだ関係の真の姿に気付き始めているからだろう。
 御堂は微かに笑みを浮かべた。
――私を好きにすればいい。それだけお前は私のところに堕ちてくる。
 キュッとシャワーのコックを閉める音が聞こえた。
 克哉が出てくるのを待たず、毛布の心地よい感触に身を任せ、御堂はそのまま深い眠りに落ちた。


――怪物と闘う者は、その過程で自らが怪物と化さぬよう心せよ。おまえが長く深淵を覗くならば、深淵もまた等しくおまえを見返すのだ。――
ニーチェ『善悪の彼岸』

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