
(1)
「失礼します」
執務室の扉をノックし、藤田が入ってきた。
「御堂部長、こちら先ほどの書類の資料です」
「……ああ、そこのテーブルに置いておいてくれ」
パソコンのモニターから顔を上げずに答えた。視界の端に書類の束を抱えて入ってくる藤田を捉える。
彼は執務室の応接用テーブルに書類の束を置くと、躊躇したようにこちらに向き直った。
「あの…、御堂部長」
「なんだ?」
藤田の方を見ずに聞き返す。一瞬ためらって藤田が言葉を続けた。
「最近、体調よくなさそうですが、大丈夫ですか?俺にお手伝いできることがあれば何でも言ってください」
思わず顔を上げて藤田を見据えた。
「新人の君が気にかけるようなことじゃない。君は自分の職務を全うしたまえ」
つい険しい声と表情になってしまう。言った瞬間に、他人に当たってしまう自分を恥じた。
「すみませんっ!」
藤田が身をすくめて急いで執務室を出る。
視線をモニターに戻し、ため息をついた。私の酷い状態は部下にもわかる様な有様なのだろうか。
執務室のドアが閉まり際、藤田の声が響いた。執務室を出たところで誰かと会話しているようだ。
先ほどとは打って変わって明るい。
「…あ、こんにちは!…ああ、はい。了解です!佐伯さ…」
最後の単語は閉まる扉に遮られたが、ハッと息をのみ顔を上げた。
閉まった扉に目を向ける。少ししてノックの音が聞こえ、扉が開く。
「失礼します。御堂部長」
柔らかな声色と端正な笑顔をこちらに向けてあの男が部屋に入ってきた。彼の姿を見た瞬間に、心臓が凍り付き全身が強張る。
その男、佐伯は笑顔を絶やさず、遠慮もせずに執務室に入ってくる。後ろ手で執務室の扉の鍵を閉めるのが見て取れた。
「…出ていきたまえ」
低く険しい声を佐伯に向けたが、わずかに声が震えてしまっているのに気付く。
佐伯は私を見てにっこり笑う。
「やだなあ。体調いかがかな、と心配して見に来たんですよ」
「貴様に気遣われるような筋合いはない」
佐伯は気にせず、ずかずかと執務室に入り込み、応接セットのソファに腰を掛けて足を組む。ソファの背もたれに手を回し、私の方に挑発的な目を向けた。
「御堂部長、せっかく部下の藤田があんたを気遣っているのに、あんなに邪険にしなくてもいいんじゃないですか」
唇を強く噛みしめる。元はと言えば、全てこの男が元凶だった。この男が私生活を、仕事を脅かしているのだ。
この男をこれ以上私に近付けてはいけない。ありったけの憎悪を込めて佐伯を睨み付ける。だが、佐伯は軽く笑って私の視線を平然と受け止めた。
「何をしにきた」
敵意を丸出しにした言葉を向けたその時、手元の電話がなった。内線を示すランプが点灯する。
「どうぞ。俺の用は後で結構です」
人の好い笑顔と声を向けられる。電話が鳴り続ける。佐伯を睨み付けたまま電話を取った。
『御堂君?』
「大隅専務…!」
電話口から聞こえたのは上司の大隅専務の声だった。思わず佐伯から視線を外す。
『今朝提出されたあの書類、第3四半期の出荷予定数のところだが』
「はい。今確認します」
急いで、モニターに提出した資料を表示させる。
『…工場の出荷予定計画と齟齬があるように思えるのだが』
「工場の出荷数ですか」
ちょうど工場の出荷計画表の資料は先ほど藤田に持ってきてもらったところだった。しかし、その資料は佐伯の目の前の応接セットのテーブルに置かれている。取りに行きたいが躊躇する。
私の視線に気付いたのか、佐伯が立ち上がった。反射手に身体がびくりと竦んだ。
「これですか。どうぞ」
佐伯はくすりと笑って、目の前の資料を手に取り私に差し出す。佐伯を視線で威嚇しながら、手を伸ばし佐伯の手から資料を奪い取った。
『…御堂君?』
「すみません。今、資料を確認しましたが、その部分については工場の生産計画によりますと十分に在庫で賄えます」
『在庫はどれくらいを見込んでいるんだ?』
大隅専務の質問に手元の資料を急いでめくって確認する。
「……!」
その時、私の背後から手が伸びてきた。私のネクタイの結び目に指をかけ、一瞬でほどく。
シュッという衣擦れ音と共にネクタイが引き抜かれた。
驚いて身を翻して背後を見ると、佐伯が立っていた。私のネクタイを手に持ち、にやりと笑う。
怒りで我を忘れて声を荒げようとした瞬間、佐伯は人差し指を立てて自分の唇に当てた。そして電話を指さす。大隅専務との電話はつながったままだ。
急いで受話器を握り直し、話続けながら急いでデータを確認する。
「第3四半期の工場の在庫予定数ですが…っ!」
佐伯から目を離した瞬間を見計らったかのように、佐伯の手が再び伸びてくる。私のスーツのジャケットとベスト、そしてシャツのボタンを手際よく外していく。
抵抗しようにも、受話器を持ちながら資料をめくっているため両手が使えない。身をよじって逃げようとするが、佐伯が背後から覆いかぶさるように身体を押さえつける。
「…くっ」
『御堂君?』
電話機の向こうから、訝しげな大隅専務の声が響く。佐伯と格闘している余裕はなかった。
背後でくくっと佐伯が喉をならして笑う。
怒りに顔を赤くしながら、出来るだけ平静を装って、資料のデータを読み上げる。
佐伯がはだけたシャツの隙間から両手を這わす。胸の突起を爪ではじき、つまみ上げる。思わず声が上がりそうになるが、かろうじて抑えた。
佐伯を憎悪むき出しの視線で睨むが、にこやかな笑みを返される。
『君が以前持ってきた工場の生産計画だと、その在庫数は無理がないか?』
「それはですね…」
大隅専務からの鋭い指摘に頭を巡らす。その問題は既にシミュレーション済みだった。しかし、佐伯のせいで思考が上手くまとまらない。パソコンを操作して、シミュレーションデータを引き出す。
その間も佐伯は私の上半身を弄り、熱を煽る。声が漏れそうになるのを理性で押しとどめる。前の会議室での醜態を思い出す。あの時は、ローターを後孔に咥えさせられながらプレゼンをやらされたのだ。
同じ失態は二度と犯したくない。
ありったけの理性を総動員して、シミュレーションの結果を大隅専務に伝える。そうか、と納得した風の相槌が聞こえてくる。
その時、佐伯の手が私のベルトのバックルに伸びた。さっと、ベルトを引き抜かれる。そのままスーツのズボンのチャックをおろし、下着の中に手を差し入れてきた。
「くっ!」
思わず声が漏れる。声が漏れ出る直前に受話器を手で覆った。幸い大隅専務には聞こえなかったようだ。佐伯の手が私の性器を下着から出し、ゆるく握って擦りはじめる。私のそれは、その刺激に容易く反応し質量を増していく。声が漏れないように奥歯を噛みしめた。
佐伯が受話器を当ててない方の耳に口を寄せて微かな声で囁いた。
「もうこんなに硬くして。相変わらず淫乱ですね」
屈辱に顔が紅潮する。だが、電話はつながっている。言い返すことは出来なかった。
『そのシミュレーション結果を私に送ってくれるかね?』
「…はい。メールに…添付します」
平静な声を装うのも限界だった。快楽を押さえつけようとしても、既に下肢が細かく震えている。佐伯は手を緩める様子はない。
『それじゃ、頼んだぞ』
大隅専務が電話を切る。不通音を確認し、震える手で受話器を戻した。佐伯の手と気配が去るのを感じた。
「貴様っ!」
声を荒げて立ち上がり、佐伯を振り返った。デスクについた手が怒りに震える。
佐伯は悠々と私のベルトとネクタイを持って、ソファに腰かけた。
「あまり大きい声を上げると、誰かが見に来ますよ。そんな恰好なのに」
佐伯の指摘に我に返る。酷い恰好だった。服は上も下も乱れてはだけている。
「私のネクタイとベルトを返せ」
声を抑えて低い声で佐伯に迫った。
「どうしようかな」
佐伯は私のベルトとネクタイを指に巻き付けて遊びながら、こちらを見上げた。挑発的な行為に頭がぎりぎりと締め付けられ、怒りが渦巻く。
「早く返せ」
これ以上佐伯の挑発に乗るわけにはいかない。怒りを何とか抑えつつ佐伯を睨み付ける。
「では、さっさと終わらせますか」
佐伯が立ち上がった。反射で身体が強張る。
「…何をする気だ」
声がかすれ、震えた。
「何って、分かっているでしょう。あなたもそのままだと体が疼いて困るでしょう」
佐伯の笑みから悪意がこぼれる。背筋に冷や汗が伝った。
「馬鹿なことをいうな!ここは会社だ。誰か入ってきたら貴様もただでは済まない」
「さっき、藤田に大事な話し合いがあるから、いいというまで人を入れるなって伝えておきましたよ」
そう言って冷酷な笑みを浮かべる。
「部下の親切心なんですけどね。…それなら、残念ですが代わりにベルトとネクタイを貰っていきますね」
そう言うと、私のネクタイとベルトをポケットに突っ込み、部屋を出ようと扉に手をかける。
「待てっ!」
佐伯に向かって叫んだ。その声は焦りから震えていた。私の衣服は乱れたままだ。ここでドアを開けられたらまずい。
佐伯がゆっくりと振り返る。その眼には獲物を手にした肉食獣の様な獰猛な愉悦が浮かんでいる。佐伯が執務室内に入ってきた時点で、既に勝敗は決していたのだ。
血が滲みそうなほど唇を噛みしめる。怒りと屈辱に身体が震える。
「では、始めましょうか」
佐伯は口の端を上げ、嗜虐に満ちた笑みを刻んだ。
(2)
「ジャケットとベストを脱いで下さい」
顔は笑っているが、有無を言わせぬ口調だった。佐伯に対しありったけの憎悪の視線を向けながら、言われた通りジャケットとベストを脱いで、椅子の背にかけた。上半身はボタンが外されたワイシャツのみだ。下半身のズボンもベルトが外されチャックがおろされ下着が覗いている状態だった。
「そのまま後ろを向いて。窓に手を突いて下さい」
「何言って…」
佐伯の言葉に絶句した。
「一緒に景色を眺めましょうよ。この窓から見える景色は絶景ですよね」
執務室はこのMGN社の超高層ビルの高層階にある。執務室の壁は一面のガラスに覆われている。窓の向こうには数々の高層ビル群が立ち並び東京湾まで一望できる。
佐伯が楽しそうに言うが、その眼は笑っていない。私を冷たく見据える。
「くっ……」
口惜しさに歯噛みをしながら、震える足を抑えて佐伯に背を向けた。窓まで歩み両手を突く。
佐伯が近寄ってくる気配がする。私のベルトとネクタイをソファの背にかけて私の背後に立つ。その存在に神経がざわつく。
「良い恰好ですね」
耳元に息を吹きかけられた。その刺激に身体が強張る。その瞬間、佐伯に肩を強く抑え付けられた。
「うっ!」
両腕ごと肩がガラスに押さえつけられる。佐伯に腰を突き出す無様な格好になる。足を戻して体勢を取り直そうとしたところで、下着ごとズボンをまとめて引き下ろされた。
「やめろっ」
膝の下まで引き下ろされたズボンは私の足の動きを邪魔する。
佐伯は私の性器に手を伸ばす。
「がちがちに勃っているじゃないですか。さっきから期待していたんですか?」
「ちが…うぁっ……ぁあ…」
佐伯にペニスをつかまれ悲鳴がもれるが、すぐに喘ぎ声に変わった。根元から擦りあげられ、耐えられないほどの快感が全身を巡る。慌てて声を押し殺す。電話中から煽られた私の身体はわずかな刺激で敏感に反応していた。
「そのまま動くな」
肩を抑えていた手が離れた。既に私の身体は中心を捕まれ、その快感と恐怖から動けなくなっていた。
そのまま手はかろうじて羽織ったシャツの中に入り込み、私の身体を弄り、胸の突起をつまんでこねる。
「やめっ……」
絶え間なく身体を巡る快感に、拒否しようにも声が震える。
顔が上気しているのが分かる。窓ガラスを通して、外の景色に視線を向け、今の自分の醜態から意識を逸らそうとするが、上手くいかない。その顔を見られたくなくて窓ガラスに押し付けられた腕に顔を埋める。
私のペニスは張りつめ、粘液が滴っていた。粘液が佐伯の指に絡み、淫猥な音をたてる。ペニスから手が離れる。
そのまま佐伯の指が私の後孔に伸びる。その感触に身を竦ませた。後孔の窄まりをなぞり、ゆっくりと差し入れてくる。
「あ……ふっ…」
アヌスに二本目の指が差し込まれる。中の感触を確かめるかのようにうごめく指に、下肢が震える。
「あんたのここ、物欲しそうにひくついてるぞ」
ククッと佐伯が嗤う。違う、と顔を上げて首を振ったが、弱々しい呻き声にしかならなかった。
指が引き抜かれ、手が尻の窄まりを開くように添えられた。そして、佐伯の硬い屹立がすぼまりに添えられる。
胸を弄っていた手が私の口をふさいだ。次の瞬間、熱い塊が一気に根元まで突き入れられた。
「んんぅっー!!」
耐え切れずに悲鳴を上げたが、口を塞がれているためにくぐもった声になった。
佐伯はゆっくりと大きなストロークで、中の狭い器官を無理やり押し開く。
「んっ!……ふっ!」
その苦痛を伴う違和感に身体が悶える。不本意ながらもすでに何度も佐伯に組み敷かれた私の身体は、その苦痛にさえ悦楽を感じるようになってきていた。
佐伯が口を覆っていた手を外した。
「はぁっ……あぁ……」
呼吸が楽になり、肩で息をしながら喘ぐ。
「御堂さん、そんなに喘ぎ声を上げると聞こえますよ?」
耳に息を吹きかけながら囁かれる。
「…うっ」
恥辱に歯を食いしばる。声が漏れないよう、窓ガラスに押し付けられた自分の手の甲に口を当てた。手の甲から漏れた吐息がガラスを白く曇らせる。
「それでいい」
佐伯が喉の奥で嗤う。再び私のペニスを軽く握る。腰をグラインドさせながら私のペニスを根本から軽くこすりあげる。
「んっ……うぅっ……」
粘液の絡む音、粘膜が擦れ尻がぶつかる音、淫猥な音が執務室内に響く。
全身、どこを触られても身体がビクビクと快感に打ち震えてしまう。
既に限界がきていた。私のペニスが張りつめビクビクとひくつく。
「そろそろか?」
佐伯の問いかけに抵抗できず小さく頷いた。ふん、と鼻を鳴らして佐伯が腰を強く打ち付け中を抉った。
「ふっ……んんっー!!」
必死に自分の口を押えた。全身が強張り下肢が震えた。ペニスの先から精液が迸る。その時、ペニスを何か柔らかい物で覆われ、軽く掴まれた。全身の力が抜けていく。
「まだだ」
佐伯が更に激しく腰を打ち付ける。かろうじてガラスに上半身を押し付け、身体がずり落ちないようにしがみつく。
佐伯のペニスが中で質量を増すのが分かった。佐伯ももう達する。認めたくないがその感触まで分かるようになっていた。
くっ、と佐伯が小さく声を漏らして腰を震わせた。私の中に熱くたぎったものを吐き出す。軽く数回グラインドさせて、自身を私の中から引き抜いた。
「あぁっ……」
下肢が瓦解し、崩れ落ちそうになる私の身体を佐伯が胸に腕を回して支えた。
私のペニスを覆っていた手を外す。私のペニスは佐伯のハンカチで覆われ、精液はその中に受け止められていた。
そのまま佐伯はそのハンカチを畳んで私の後孔に当てた。その柔らかい布地の感触に息をのむ。
「やめっ……何を…」
「このままじゃ服を着られないでしょう。出して」
優しく甘い声で囁かれた。かっと顔が熱くなる。そんな屈辱的な行為を佐伯の目の前で行うことは出来なかった。
佐伯の喉が震え、嗤いに似た音が漏れる。
「一人ではできませんか。しょうがないなあ。部下の気遣いですよ」
部下の気遣い、の部分を佐伯は強調して言うと、私の緩んだ後孔に長い指を差し入れた。そして中に放った自分の精液を掻き出す。淫猥な音が響いた。
「うっ……あっ」
後孔が佐伯の指に反応してひくつくのを止められなかった。
「終わりましたよ」
佐伯は丁寧に時間をかけて屈辱的な事後処理を行った。指と手が離れ、その場に崩れ落ちた。
「さあ、早く服を着て」
佐伯は自分の指をハンカチで拭きながら私を見下ろす。恥辱で顔を上げることも出来なかった。
わなわなと身を震わせる。
「手伝いましょうか?」
キッと佐伯を睨み付けた。ふっ、と笑って佐伯はそのハンカチをティッシュで包んで、デスクのごみ箱に捨てた。そして、自分の身支度をさっと終え、ソファに座った。ソファの背にかけてあった私のネクタイとベルトを私に向かって放る。
「あなたが着替え終わるまで待っていてあげますから」
これ以上、佐伯の言動に反応する気力はなかった。震える指でシャツを寄せてボタンを閉める。崩れそうになる足を抑え、のろのろと立ち上がった。佐伯に背を向けて、下着とズボンを履く。ベルトをループに通して回し、ネクタイを締める。佐伯と目を合わさぬよう、椅子にかけてあったベストとジャケット着た。
鏡がないので、ガラスに映る自分の姿を見て衣服が乱れていないか確認する。その時、背後の佐伯がソファから立ち上がった。
思わず身体がビクッと強張り、振り返る。
「ちゃんと着こなせていますよ。強いて言うなら、あなたの顔が、たった今やりました、という感じで扇情的なことくらいですかね」
そう言って、ドアに向かった。鍵を開ける。
「しばらく他人を入れないように言っておきますから。……それではまた、御堂部長」
既にその顔と声は営業用のにこやかなものに変わっていた。
佐伯が部屋を出ていく。
椅子を引き、その上に深く沈みこんだ。デスクから背を向け、窓を向いた。
身体の奥がまだ疼いている。自分の惨めさに涙が出そうになるのを堪えた。
いつまでこんな事が続くのだ。最近の佐伯は手段を選ばなくなってきている。
…嫌な予感がする。このまま私はどうなるのだろう。
まとまらない思考に苛立ちを感じながら、ただ茫然とガラスを通して外の景色を眺めていた。