
インフェルノ
パラレル設定です。
CP:眼鏡克哉(弟・22歳)×御堂(兄・29歳)
の兄弟設定ですのでくれぐれもお気を付けください。設定上、年齢が本編よりも若くなっています。
-あらすじ-
MGN社の開発部に配属された御堂。社内コンペを控えた多忙な時期に、弟の克哉が家に転がり込んできた。御堂はこの弟を苦手としていて……。
第四話まで公開中
1
パソコンのディスプレイに映る時計が午後六時を指した瞬間、オフィスがざわめき始めた。
定時を迎えると、社員たちは一斉に席を立つ。外資系企業であるMGN社では総合職にフレックスタイム制が導入されているが、一般職の社員は従来どおりの9時6時勤務だ。残業は強制されず、それぞれが職務を全うしていれば、定時退社に咎める声はない。社員一人一人に割り当てられる広々としたデスクスペースと洗練されたオフィスデザインのおかげで、50名以上が在籍する部署でありながら息苦しさを感じることもない。
「御堂さん、お先に失礼します」
「ああ、お疲れさま」
背後から声をかけられて、御堂はパソコン画面に視線を据えたまま挨拶を返したが、相手はその場を動こうとしなかった。御堂はひとつ息を吐いて、キーボードを叩く手を止めると顔を向けた。そこに立っているのは企画開発部の事務の女性だ。
整った顔立ちは隙のないメイクで彩られ、ピンクのネイルに煌めくストーンが施された指先が目に入る。爪の先から髪の毛一本に至るまで、完璧に磨き上げられた姿。女性は御堂と視線を合わせると、柔らかく微笑んだ。
「御堂さん、いつも本当にお疲れさまです」
「何か?」
「いえ……、最近いつも遅くまで仕事されているようなので。これ、よろしければ差し入れです」
彼女が差し出したのは、丁寧にラッピングされた小箱。印字されたロゴを見て、御堂はそれが青山の有名なパティスリーの菓子だとすぐに気づいた。
「ありがとう」
御堂は黙っていると表情が冷たく見えることを自覚している。だから、意識して柔らかい笑みを作り、菓子を受け取った。
「次からは気を遣わなくていい。仕事は会社で終わらせたいだけだからな」
女性は微笑みを絶やさぬまま言う。
「社内コンペに参加されるのですよね。頑張ってください」
「ああ。この部署からは私以外もたくさん参加する。君からも応援してやってくれ」
相手の意図も期待も理解した上で、やんわりと、しかしきっぱりと拒絶する。女性はわずかに表情を曇らせたが、「応援しています」と言い残して去っていった。
社内コンペ——それは新製品の企画を社員から募集し、優れた案があれば実際に開発・販売される制度だ。開発部のメンバーはほぼ全員が参加し、過去にはヒット商品も数多く生まれた。このコンペで評価されることは、出世への最短距離とも言われている。
御堂は手渡された菓子箱を開けることなく鞄にしまい、再びパソコンへと向き合った。
自分の外見や経歴が周囲にどのように映るのか、御堂は理解していた。180センチを超える長身と精緻に整った顔立ち。最高学府である東慶大学の法学部を卒業し、一流外資系企業MGN社に入社。一年目から花形部署である企画開発部に配属され、着実に実績を積んできた。
中学時代から好意を寄せられることは日常茶飯事だった。性的なことに淡泊ではなかったため、言い寄ってくる相手の中から好みのタイプを選んで付き合ったが、どれも長続きしなかった。いまでは、恋愛に費やす労力のほうが煩わしいとさえ感じる。
いまや入社6年目となり、そろそろ本格的に出世コースに乗るかどうかの篩い分けが行われる時期だ。そして、今回のコンペは幹部候補生として選ばれるかどうかの試金石だと言われていた。このコンペを勝ち取れば最年少クラスでの部長昇進も夢ではない。
そんな重要な時期に、恋愛ごときに現(うつつ)を抜かしている場合ではない。仮に恋人を作るとしても、社内の狭い人間関係の中から選ぶ気はない。特に、先ほどの女性のように外見ばかり磨き上げて中身のない相手には興味すら持てなかった。
とはいえ、社内の人間に冷淡な態度を取るわけにもいかない。紳士的な振る舞いを保ちながらも、きっぱりと拒絶する——それを、御堂は繰り返していた。
夜遅く、家のドアの鍵を開けたところで、御堂は室内が明るいことに気が付いた。消し忘れ、というわけではなさそうだ。そして、玄関には自分のものではないスニーカーが揃えて置かれている。
御堂は眉間にしわを寄せたところで、奥から長身の人影が現れた。その人物の顔を見て、御堂の眉間のしわはさらに深くなった。
「克哉か? 来ていたのか」
「おかえり、兄さん。随分と遅かったじゃないか。待ちくたびれたよ」
御堂を見つめるレンズ越しの目は細められ、整った顔に笑みが浮かぶ。その表情は御堂の帰りを純粋に喜んでいるようだったが、御堂は冷たく返した。
「お前が来るなんて聞いてない。どけ」
御堂は克哉を押しのけて中へと入る。持っていたブリーフケースを置いてじろりと克哉を睨みつける。
「どうやって入った? 合鍵か?」
「ああ。父さんから借りた」
「勝手なことを……」
悪びれない口調で言う克哉に御堂は露骨な不快感を眉に伝えた。
「私の不在時に勝手に入ってくるな。鍵を出せ」
「どうして? 兄弟なんだし問題ないだろう? それとも、恋人を連れ込んだりするのか? ……いや、兄さんに限ってそれはないか」
どこまでも軽い口調で返す克哉を、御堂は視線できつく牽制した。
生成りのシャツとデニムといったラフな格好の克哉は七歳下の弟だ。身長や体格は御堂とほぼ変わらないが、顔の印象は御堂とはまるで違う。御堂が父方からの黒髪と黒い眸を受け継ぎ端正ながらも冷厳な印象を与える御堂に対して、克哉は母方の淡い色合いの髪と蒼みがかった眸を持ち、華やかで色気のある顔立ちだ。
御堂はどちらかといえば人を寄せ付けないような厳しさを相手に印象づけるが、七歳離れた弟である克哉はむしろ人を惑わすような蠱惑さがあった。御堂と七歳離れた弟は、持ち前の端正なマスクで柔らかく微笑んで、誰の心にもすっと入り込むような天賦の才がある。しかし大学に入った頃から使うようになったメタルフレームの眼鏡は表情を怜悧に引き締めていて、表情を消せば人形のようにひどく冷淡にも見えた。
克哉とは血の繋がった兄弟だが、名字は違った。四年前に両親が離婚して、成人済だった御堂は父の戸籍に残ったが、克哉は母の戸籍に入り母方の旧姓である「佐伯」に改姓した。
顔立ちも名字も異なり、年齢も七歳差とあっては付き合う友人たちも重なることはなかった。克哉と兄弟であることを知っている人間はごくわずかだ。
両親の離婚は四年前だが、父と母の結婚生活はそれ以前からとっくに破綻していた。憎み合っての結果の別離と言うよりは互いに無関心になった故の選択といえる。互いに仕事人間として成功した立場にあり、金銭的な余裕もあった。家庭内が荒れていたという記憶はなく、御堂も克哉も物質的に不自由なく育てられた。両親は夫婦としての愛情はなくしても、子どもに対する人並みの愛情はあったのだろう。
だから、克哉が高校を卒業して、子育てがひと段落するのを待っての離婚だった。MGN社ですでに働いていた御堂は、両親の事情について口出しするつもりなかった。一方、当時十八歳だった克哉は未成年だ。父と母のどちらが親権を持つかは克哉に選択が委ねられた。克哉は都内の大学進学も決まっていて、どちらについていっても経済的な心配はなかったが、克哉はあっさりと母親についていくことを選び、名前を佐伯克哉に変更したのだ。
母親っ子であるように見えなかった克哉が母親を選んだことが意外で、なにかの折に理由を聞いてみた。当の本人はあっけらかんとしたもので、「大学デビューに合わせて、名字を変えるのも悪くないだろう?」と軽く言ってのけた。実際、名字が変わったものの、克哉の両親に対する態度は変化なく、父親のところにも時折顔を出しているらしい。
突然やってきた弟に戸惑いながらも、御堂はジャケットを脱ぎ、ネクタイを緩めながら克哉に尋ねた。
「就活はどうだ? 内定はとったのか?」
「父さんみたいなことを言うんだな。本当は興味もないくせに」
そう切り返されて言葉に詰まる。克哉はそんな御堂を可笑しそうに見詰めながら続けた。
「卒業に必要な単位は取っているし、内定も問題ない。就職先に困ることはないさ」
「どこに決まった?」
「さあ、どこだったかな」
克哉は御堂の問いをはぐらかした。
克哉は幼い頃から御堂に負けず劣らず神童ぶりを発揮していた。学業もスポーツも万能で、容姿の端正さもあって幼稚園のころからバレンタインチョコを山のようにもらっていた。それが、小学校卒業を境に成績は平凡になり、活発さも影を潜めた。
とはいえ、克哉が中学に入るころには御堂は大学生になって家を出ていたものだから、その後の克哉のことは正直よく知らなかった。克哉は都内の私立大学に進学したが、御堂が入った東慶大よりも二ランクほど下の大学だ。御堂からしたら受験に失敗したようにしか思えないが、克哉は飄々としたもので落ち込む様子もない。そして、その頃から克哉はちょくちょく御堂の部屋に顔を出すようになった。一人暮らしを始めて、眼鏡をかけるようになり、雰囲気はすっかり垢抜けた。身長も伸びてそれに伴って男らしい体格になった。
御堂を慕う素振りを見せる克哉だが、いまや御堂はこの弟を苦手としていた。しかし、克哉にそうと悟られることも癪だった。だからこそ、ことさら冷たい素振りで言う。
「さっさと帰れ」
「それが、俺のアパート、取り壊しになるんだ。だから、卒業までのあいだ、兄さんのところに泊めてくれないか? もう荷物は運び込んだ」
「なんだって?」
克哉の言葉に驚いて、慌ててリビングに入ると、部屋の片隅に段ボールが数個積み上げられていた。御堂は怒りに赤くした顔を克哉に向けた。
「勝手なことをするな。マンスリーのアパートでも借りればいいだろう」
「父さんに相談したら、兄さんのところに住めば良いと合鍵を貸してくれたが」
「……なに?」
小さく舌打ちをする。たしかにすべてにおいて無頓着な父ならそう言いかねない。
「俺はこのソファで寝起きするから問題ない」
克哉はリビングのソファに腰を下ろし、当然のようにくつろいだ。
この2LDKの賃貸の部屋はMGN社に就職したときに引っ越したところだ。それまで住んでいた部屋よりグレードを上げ、一人暮らしには十分すぎる広さだった。克哉が転がり込んできたところで、物理的に困ることはない。しかし、御堂はそもそも誰かと暮らすつもりはなかったし、ましてや弟と同居するなど想定外だった。
兄弟仲は悪くなかった。七歳という年の差もあってか、喧嘩らしい喧嘩もしたことがない。ほどほどの距離感で接する御堂に対して、克哉はやたらと御堂を慕ってきた。両親の仲が悪く簡単に甘えられない雰囲気もあったかもしれない。御堂も懐かれることを煩わしく思ったことはなかった。ただ、克哉が成長し、少年のあどけなさを失った頃から、油断ならない光を目に宿すようになった。兄を慕ってくる態度は変わらないのに御堂が頑なに警戒してしまうのは、ある出来事があったからだ。
東慶大学に入学すると同時に御堂は家を出た。自宅から通える範囲の大学だったが、御堂は自ら希望して一人暮らしを始めた。金銭的な余裕もあり、両親の反対もなかった。ただひとり、克哉だけが寂しがったが御堂は大学生活に心が奪われていた。国内最高学府に集まる優秀な仲間たち、世界的に名高い教授陣による講義、そしてサークル活動。すべてが新鮮で目まぐるしく日々が過ぎていった。
実家にはたびたび顔を出していたが、それは義務的なものだった。家族との食事の場では、決まって克哉が「大学で何をしているのか」「どんな友人がいるのか」と矢継ぎ早に質問を投げかけてきた。自分の家に帰ろうとする御堂を引き留めることも度々だった。
克哉が時折、御堂の部屋を訪ねてくることもあった。しかし、多忙な御堂にとって、弟の訪問を快く迎える余裕はなかった。彼の態度は次第にぞんざいになり、克哉もそれを察してか、以前より訪ねてくる頻度を減らしていった。
四年間の大学生活を終え、御堂は優秀な成績で卒業し、第一志望であるMGN社に入社した。順調に業績を積み重ね、三年目春、ようやく希望の開発部へと配属された。慣れない開発部での業務、そして、新人研修の指導役として激務に追われていた。そんなる日、歓迎会の幹事をまかされた御堂は深酒をして泥酔した状態で帰宅した。部屋に入ると克哉がいた。その頃、克哉は高校生で、親から合鍵を借りて御堂の部屋に勝手に上がり込むことがあった。詰め襟の黒の学生服姿のまま、御堂を見て呆れたように言う。
「飲み過ぎだ」
「仕事の付き合いだ。仕方ないだろう」
ろれつが回らない口調で足取りも覚束ない。克哉はため息を吐きながらも御堂を甲斐甲斐しく介抱した。スーツのジャケットを脱がし、ネクタイを解き、水を飲ませた。
さらにはシャツを脱がそうしてくる克哉を御堂は鬱陶しそうに払うとワイシャツとスラックス姿でベッドに倒れ込む。
「兄さん、ダメだよ。ちゃんと脱がないと」
「もういい、お前は帰れ……。帰る前に電気を消しておけ……」
泥のように重い疲労とアルコールが意識を引きずり込む。眠りに落ちる寸前、カチャカチャと金具の音がした。
ベルトを外され、ズボンを脱がされる。ワイシャツのボタンも外されたところで、御堂はようやく異変に気が付いた。下半身が妙に涼しい。ハッとして目を開けると、ズボンごとアンダーまで脱がされていた。
「何をする」
「兄さん、無防備すぎるでしょう。俺の前でこんな姿を晒すなんで」
ベッドの足元に立つ男を見上げた。いつのまにこんなに身長が伸びたのだろう。
薄暗い部屋の中で、克哉のレンズが冷たく光を反射していた。
表情ははっきりと見えない。しかし、唇の端に昏い笑みを浮かべているのがわかった。
「克哉……?」
ぼんやりとした眼差しで克哉を見返した。克哉は頭を御堂の股間に埋めてくる。
「ぁ……あっ」
次の瞬間、剥き出しにしたペニスを熱い口腔でくるまれた。ぬめる舌が絡みつき、根元から先端までしゃぶられて鮮烈な快感が走った。
克哉の髪を掴んで止めさせようとした。だが泥酔した身体は力が入らずされるがままだ。それどころか男が感じるところをわかりきった的確な愛撫にあっという間に御堂のペニスはきつく張り詰めた。
「やめ……」
克哉にやめさせようと呻くが、身体はまともに動かず呂律もはっきりしない。それどころか酩酊した思考は克哉によってもたらされる快楽にぐずぐずと溶けていく。
「は……ぁ、あっ、あっ」
先端を舌でくじかれ、唇の輪で幹をしごかれる。同時に陰嚢をやわやわと揉まれ、限界はすぐにやってきた。
「――っ、ぁああっ」
白濁をだくだくと克哉の口の中に放った。克哉は御堂のペニスを深く咥えたまま粘液を呑み込んでいった。同時に御堂のペニスを根元から扱いて最後の一滴まで絞り出すとようやく口を離した。
「今夜はこれくらいにしておく。おやすみ、兄さん」
激しい絶頂に息を荒げる。朦朧とした視界の中で克哉が立ち上がった。下着を元に戻され、克哉は部屋を出て行った。
いま何が起きたのだろう。理解が追い付かないまま意識が闇に溶けていった。
翌朝、克哉の姿はなかった。
振り返ってみればすべてが夢だったように思うが、それにしては生々しさがあった。克哉に口淫を施された強烈な感覚はとても夢とは思えない。
かといって自分から克哉に連絡を取って問いただすこともできなかった。もし何もなかったのだとしたら、酔った自分が馬鹿げた妄想をしただけだと笑われるだろう。だが、もし、あれが現実だったとしたら……。
そんな葛藤を抱えたまま時間が過ぎ、次に克哉と顔を合わせたとき、克哉は何事もなかったかのように、いつもどおりの態度で接してきた。
となればやはり夢だったのかと自分をむりやり納得させたのだが、それでも克哉に対する疑念と怖れは御堂の心の奥底に居座り続けた。それは、自分を追いかける小さい弟だった克哉が、いつの間にか大人の男になっていたという脅威と、自分に向ける感情に兄弟としてのそれとは違うのではないかという疑念だ。
そのせいで克哉のことが苦手になり克哉に対してそっけない態度をとり続けてきた。
あれから四年経ち、御堂は29歳、克哉は22歳になった。克哉は無事に大学を卒業できるようだが、勝手に部屋に転がり込んでくるのは腹立たしい。克哉をリビングに残したまま御堂はキッチンに移動し、父に連絡した。夜も更けた時間だったが、父は御堂の電話に出た。どういうことなのか、と問いただすと、父親は「連絡を忘れていてすまなかったな。だがまあ、克哉をよろしく頼む」とだけ言って電話を切った。
いらだちをどうにか抑えながらリビングに戻る。リビングでは克哉がくつろぎながらテレビを見ていた。克哉に冷たく告げる。
「話は聞いた。この家に泊まっていいが、今週末までだ」
「今週末?」
「土曜になったら不動産屋に行って、ウィークリーマンションを契約する。そっちに移れ」
「ずいぶんと冷たいじゃないか、兄さん」
克哉は大げさに傷ついた口調で言うが、レンズ越しの眸は鋭く御堂を見据えてて、御堂は居心地の悪さを感じながら口を開く。
「いま仕事で大事な時期なんだ。邪魔をされたくない」
「邪魔する気はないのに」
「お前が家にいるだけで調子が狂う」
「家族なのに?」
「しつこいぞ」
無理やり話を打ち切って御堂は寝室へと引っ込んだ。念のため、鍵をかける。
普通に考えれば弟がやむを得ない事情で居候するだけのことで、警戒する必要はないのだ。それでも、嫌な予感が背筋をすうっと伝い落ちた。
翌朝、目を覚まし寝室を出ると、コーヒーの芳醇な香りが漂っていた。昨夜コーヒーメーカーをセットした記憶はない。ダイニングに顔を出すと、克哉が朝食の準備をしていた。淹れたてのコーヒーとパン、それとスクランブルエッグといった簡単なものではあったが、食欲をそそる香りと見た目だ。
朝は自炊せずに会社近くのカフェでコーヒーとサンドイッチを調達している御堂は新鮮な気持ちで食卓を眺め、そして克哉に顔を向けた。
「お前が作ったのか?」
「それ以外誰がいるんだ」
克哉は笑って、コーヒーをなみなみと注いだマグを御堂の前のテーブルに置いた。
「居候させてもらっているからな。これくらいはしないと」
「そんなことに気を遣うくらいならさっさとこの部屋を出ていけ」
「相変わらず冷たいな」
克哉は御堂の言葉をたいして気にも留めない様子で向かいの席に座った。寝起きで食欲はなかったが、せっかく用意されたものを無下にするのは気が引けて、仕方なく御堂も椅子を引いた。
ひとくち食べると、スクランブルエッグの塩気と胡椒の加減が絶妙だった。克哉は食事を食べながら口を開いた。
「そういえば、最近ワインに興味があるのか?」
克哉はリビングの隅にあるワインセラーに気づいたのだろう。それなりの存在感があるそれには、御堂が少しずつ集めた気に入ったワインや値打ち物のワインが並んでいる。
「ああ。接待などで飲む場面も多いからな。たしなみとして学ぼうと思ったら、意外と奥が深くてな。大学時代の友人とも定期的にワインバーに通うようになった」
「大学時代の友人? まだ付き合いがあるのか?」
「それくらいあるだろう。気が合う者同士だがな。同じ社に入った者もいるし」
「ふうん……」
克哉は含みのある声音で相槌を打つと、さらりと言った。
「あんまり飲みすぎて泥酔するなよ」
「っ……」
ぎくりと体がこわばった。あの夜のことを思い出す。恐る恐る克哉を見返したが、克哉は変わらぬ調子で朝食を平らげ、食器を手に立ち上がった。
「食べた後はそのままでいい。俺が片付けるから」
「ああ……」
克哉はキッチンに立つと自分が使った食器を洗っていく。一人暮らしに慣れた手際の良さだ。
そんな克哉の後姿を見つめながら訊いた。
「大学の講義はあるのか?」
「もう必要な単位は取ってるから、行かなくても大丈夫だ」
「学生は気楽でうらやましいな。そんな暇があるなら引越し先でも探してこい」
「ああ、残念ながら兄さんに歓迎されていないようだしな」
嘆くような口ぶりで克哉は言うが、心の底から嘆き悲しんでいるようなそぶりはない。本当に不動産屋に行くかどうかも怪しいところだ。自分の時間がとられるのは癪だが、土曜日になったら御堂自ら克哉の引越し先を探すべきだろう。
「ごちそうさま」
そう言って御堂は朝食を終えて、出勤の支度を始めた。
2
「御堂、おはよう。調子どう?」
MGN社のビルのエントランスをくぐると、軽快な声が響いた。
声の主は同じ開発部の同僚、本城だった。
緩やかにウェーブした髪に甘く整った顔立ち。明るい色味のイタリア製スーツとマルチカラーの派手なネクタイはホストと見まがう装いだが、本城はそれを嫌味なく着こなしてみせるセンスがある。
「いつもどおりだ」
そっけなく返すが、本城は気にした様子もなく、御堂の横に並んでエレベーターへ向かう。
エレベーターホールには出勤してきた多くの社員がエレベーターを待っていたが、顔の広い本城はあちらこちらから挨拶をされ、にこやかな顔で挨拶を返している。女性に対しても常に優しく柔らかな物腰で接する本城は社内の女性陣にも人気が高いという。ひととおり挨拶し終えて本城はふと思い出したかのように御堂に顔を向けた。
「そうだ、御堂。総務の女性陣との飲み会に誘われたけど、一緒にどう? 」
「遠慮しておこう」
「ワインバーでの会なんだけどな。お前が以前飲みたいと言っていたシャトー・ポンテ・カネ2015やドメーヌ・ルフレーヴ ピュリニー・モンラッシェ2020もリストに入っているんだけど、本当にいいのか?」
本城が挙げたワインの名前に、一瞬心が揺らいだ。どちらも優れたヴィンテージだ。ポンテ・カネ2015は力強くエレガントなボルドーであり、ピュリニー・モンラッシェ2020は繊細なミネラル感を持つ逸品だ。
しかし、それならばなおのこと、安っぽい飲み会ではなく、ワインを本当に理解し、その深みを共有できる相手とじっくり楽しみたい。
本城はともかく、ファッション感覚でワインを選び、ただの流行として消費する女性たちと飲むのは、御堂の流儀に合わない。
「やはり、遠慮する」
「相変わらずお堅いなあ」
本城は肩をすくめ、苦笑する。
「大学時代からそうだったよな。こういう飲み会には出ないくせに、しっかり美人をゲットしてるんだよな」
本城は学部こそ違うが大学時代からの友人だ。お互いの若気の至りを知っている間柄でもある。御堂は本城を睨みつけた。
「昔の話はやめろ。それにしても、お前は飲み会に現(うつつ)を抜かしても大丈夫なのか?」
「仕事も遊びも全力で、が俺のモットーだからね」
本城は軽い調子で言いながら片目をウィンクして見せる。御堂はその仕草を冷ややかに見つめた。
本城も開発部所属の若手である以上、今度のコンペへの参加は必須だし、結果次第では出世の階段から弾かれる可能性もある。こうして御堂に気さくに話しかけてきてはいるが、上級役職のポストが限られている以上、熾烈な出世争いのライバルでもあった。
本城はちらりと御堂に探る眼差しを向けた。
「で、御堂はコンペどうなの? 順調?」
「まあまあだ」
「へえ、どんなこと考えているか教えてよ」
「断る」
「ま、そりゃそうだよね。でも楽しみにしているよ」
にべもない返答だったが、本城は気にしない様子で笑った。
MGN社の花形部署と称される開発部の仕事は激務だ。膨大なタスクを捌きつつ的確な判断をくだす能力が求められる。そして、その日々の業務を遂行しながら御堂はコンペのための新商品の企画を練っていた。
御堂は飲料水部門に参加する予定で、本城も同じ部門への参加を考えていると聞いていた。完成度の高い企画は即座に商品化されることも珍しくない。それがヒット商品ともなれば、開発者にとっては出世への最短ルートとなる。当然、MGN社の業績にも直結する重要なイベントであり、他の研究部門やマーケティング部もコンペに出す企画に関しては積極的に協力してくれていた。
その日も御堂は発売間近の商品の製造工程の最終確認を終えたあと、自分のコンペの企画に本格的に取り掛かった。メールボックスを確認するとマーケティング部に頼んでいた市場調査レポートとトレンド分析が届いていた。それを精査しながら、商品のコンセプト設計を検討する。
御堂が企画しているのは濃縮タイプの飲料で、購入者が自宅で割って飲む形式のものだった。買ってそのまま飲むことはできず余分な手間はかかることは否めない。しかし、世界的な感染症の流行による巣ごもり需要を考えれば、自宅で好きに作って飲める濃縮タイプ飲料の受け入れ素地が整ったのではないかと睨んだのだ。また、MGN社の既存商品を濃縮版として展開すれば、開発の手間を削減できるうえ、ブランドのネームバリューも活かせる。
御堂は研究部門に原材料の安定性や保存期間に関するデータ提供を依頼すると同時に、新商品のプレゼン資料も作成していた。今夜も残業で遅くなりそうで、スマートフォンを確認すると克哉から夕食はどうするのかと尋ねるメールが来ていた。ため息を短く吐いて、『残業で遅くなるから不要』と返信した。
不快感が先行した同居だったが、克哉との暮らしは思っていたほどストレスがなかった。克哉は自分のことは自分でするし、部屋も散らかしたり御堂の私物を漁るような無神経さもなかった。七歳離れた社会人の兄に対する距離感というのをしっかりわきまえていた。とはいえ、克哉から「このままこの部屋にいさせてくれないか」という願いはきっぱり拒否した。
誰かと一緒に暮らすということは、それが肉親であっても相手に対する遠慮とか気配りが必要になってくる。こういうことがいまの御堂にとっては煩わしいのだ。とくに御堂は他人に対する間口が狭い。恋人さえも自分の部屋に入れたことはなかった。克哉の存在さえも鬱陶しい。それでも週末までの辛抱だ、そう自分に言い聞かせながら、御堂は手元の資料に再び視線を落とした。
金曜日の夜遅く、御堂が家に帰ると、リビングのセンターテーブルにワイングラスが二脚並べられていた。御堂の部屋の食器棚に置いてあるリーデルのワイングラスだ。
奥から風呂上りの克哉が「おかえり」とタオルで濡れた髪を拭きつつ出てくる。
「これは?」
「兄さんと飲もうかと思って」
と克哉が無造作に自分の荷物から取り出してきたのは一本の赤ワインだった。シンプルなラベルに輝く赤い菱形のマークを見て御堂は目を見張る。
「ヴェリテ・ラ・ジョワじゃないか。どうしたんだ、いったい」
「やっぱり知っているのか。さすがだな」
克哉はちらりと笑った。
「大学の知り合いの面倒ごとを解決してやったら、お礼にもらったんだ。ワインはあまり飲まないからどうしようかと思っていたが、兄さんがワイン好きだと聞いてちょうどよかった。今日が最後の晩餐になるかもだろ? 一応、今までのお礼も兼ねて」
ほう、と小さく息を漏らしながら、克哉から手渡されたワインをしげしげと眺めた。紛れもない、本物のヴェリテ・ラ・ジョワだ。
「このワインはカリフォルニア産だが、生産量が少なく希少性が高い。ワイン・アドヴォケイト誌で100点満点を何度も獲得し、世界的に評価されている一本だ」
「へえ、それなら楽しみだ」
克哉は感心したふうに相槌を打ったが、その口ぶりからして、このワインの価値をどこまで理解しているかは怪しい。自他共に認めるワイン好きの御堂でさえ実際に飲むのは初めての逸品だ。自然と気分が高揚してくる。
キッチンからソムリエナイフを持ってくると早速ワインを開栓した。それぞれのグラスにワインを注ぐと華やかな香りが広がった。グラスを掲げて克哉と乾杯する。一口含むと、深みのある果実味と、複雑なニュアンスが舌の上に広がる。
「カリフォルニアが誇る最高峰のカベルネ・ソーヴィニヨン主体のワインであり、その名のとおり「喜び(La Joie)」を体現した一本だな。力強くそれでいてエレガントだ」
「まるでソムリエみたいだな」
茶化すように言う克哉を軽くにらみつける。だが腹を立てたりはしなかった。それくらい、このワインの素晴らしさが勝っていたからだ。
克哉に飲ますにはもったいないと思いながらもグラスを傾ける。克哉はワインがあまり得意ではないのか、ほんの少し口にしただけで立ち上がった。
「なにかつまみはないかな。探してくる」
「私が用意する。チーズと生ハムがあるはずだ」
立ち上がった克哉を制して言う。とっておきのワインだ。つまみもそれに相応しいものにした。ウォッシュチーズにイベリコ豚の生ハムを出して皿に盛りつけて持っていくと、克哉は「おいしそうだ」と嬉しそうな顔をして生ハムを早速一口つまむ。
「少ししょっぱいな」
「ワインと一緒に味わうんだ。旨味と脂肪分がワインの渋みと調和し、味わいが深まる」
「へえ……本当だ。これはたしかに合うな。がらりと味が変わる」
感心した口調で言われ、悪い気はしない。気を良くしながら、ワインを飲んでいるとふいにぐらりと視界が揺れた。
「……っ」
「どうした?」
「……いや、めまいがして」
飲みすぎだろうか。いや、まだワインを一本開けるほども飲んでいない。こめかみに手を当ててめまいを耐えようとするが、指先に力が入らない。違和感が背筋を這い上がる。思うように手を動かせず、指先がかすかに震えていることに気づいた。
「なにか、変だ」
喉が渇くような感覚が広がる。頭が重い。 ソファに身を預けようとした瞬間、膝が崩れた。倒れこむように座面にしがみつくが、力が抜けていくばかりで、まともに起き上がれない。焦燥感がじわじわと胸を締めつける。
視界の端で、克哉がゆっくりと立ち上がるのが見えた。煌々と照らす照明の下、その顔に浮かぶのは冷ややかな微笑で、御堂の異変を心配するどころかまるで楽しんでいるかのようだ。
「克哉、なにをした」
焦りからか声が掠れて喉の奥で籠もった。
「兄さんなら賢いからもうわかっているんじゃないか?」
克哉はふっと息を吐くように笑う。悪意が滴るような笑みを前に、心臓がぎゅっと凍えた。
「兄さんは俺の大学を馬鹿にしているが、兄さんが言うとおり、頭の軽い連中ばかりでさ。こういうドラッグも出回っているんだ」
「ドラッグだと……?」
「安心しろ、違法じゃない。処方箋でもらえるやつだ。ただ、使い方によってはレイプドラッグにもなる。たとえば、アルコールと一緒に飲ませるとか」
克哉がゆっくりと近づいてくる。逃れられない獲物を前にした捕食者のような足取りで。
腕を持ち上げようとしても、まるで鉛のように重い。脚を動かそうとしても、もはや自分のものではないかのように言うことを聞かない。
「力が入らないだろう?」
囁かれた言葉に、背筋が冷えた。克哉の指がそっと御堂の顎を持ち上げる。顔を背けようとするが、思うように動かない身体が憎らしい。喉の奥から怒りがこみ上げてくるものの、それを声にすることすらできなかった。
「……く……」
「兄さんのこんな顔を見たかった」
抗おうとする意思とは裏腹に、指一本動かすことすらできなかった。混乱の中に、羞恥と屈辱、そして怒りが入り混じる。克哉は御堂の表情を楽しむように眺め、シャツに手を伸ばした。ボタンを一つずつ外し、シャツの前を完全にはだけると、ベルトをズボンを膝まで下ろされるとそのまま脱がされた。シャツとアンダーだけの心もとない格好にさせられる。
これからなにをされるのか、いやな予感が胸の内に暗雲のように立ち込め、心臓が早鐘を打ち出す。
「なにをする気だ……」
「本当はわかっているんだろう? ヒントだって与えたじゃないか」
その声音には愉悦が滲んでいる。腹立たしいほどに余裕のある態度だ。
レイプドラッグ。
克哉が先ほど口にした言葉を思い返した。まさか、本気なのか、と思った瞬間。 克哉の指がアンダーのふくらみをなぞった。ぞわりとした悪寒が背筋を駆け上がる。
数度布地の上から形を確かめるように撫で上げられると、克哉の指がアンダーの縁にかかった。そのままずるりと下着をずり降ろされる。まだ柔らかいペニスがひんやりとした外気に触れた。
「本当は心配で仕方なかった。兄さんはモテるからな。どうせこっちは使いまくっていたんだろ?」
克哉の手が御堂のペニスを握りこんだ。そのままリズミカルにしごかれた。途端に鮮烈な快楽がこみ上げて御堂は上擦った声を上げた。
「よせ…っ!」
「このドラッグ、動けなくなる分、感覚は研ぎ澄まされるんだ。気持ちいいだろう?」
克哉の手が根元から先端まで這いまわる。ぞっとするほどの気持ちよさに御堂のペニスはあっという間に張り詰めた。
「これを使って何人抱いたんだ?」
「離せ……、くあっ!」
克哉が爪を鈴口に立てて鋭い痛みが走った。
「ダメだ。ちゃんと聞かれたことに答えないと」
克哉は指の腹でペニスの先端の浅い切れ目を強くこすると、ねばついた先走りがにちにちと音を立てた。震える声で言った。
「……そんなこと、覚えていない」
「へえ、覚えきれないほどヤったのか。それじゃあ、ちゃんとこの節操のない棒を躾けないとな」
克哉はポケットからなにかの瓶を取り出しだ。それはどうやらローションのようでとろりとした液体を御堂のペニスに垂らし、克哉はそれを指で塗り広げていく。ローションはペニスの竿から陰嚢、そしてその奥へとぬるりと伝う。ローションをまとった克哉の指がアヌスへと触れた。その感覚のおぞましさに御堂は必死に首を振る。
「やめろっ、触るな……っ」
反射的に拒もうと力を込めれば、克哉は喉で笑いながらアヌスの周囲をぬめる指でゆっくりと撫でる。
「兄さんのここ、兄さんみたいにきれいでお堅いな」
「ぅ……」
「ここは使ったことないんだろう?」
ぬるぬると触れられる嫌悪感に思わずうなずくと、克哉は満足げに吐息を漏らした。次の瞬間、ローションの滑りを借りてぬるっと指先が潜り込んでくる。ぐっと奥歯を噛みしめ、必死に指を拒絶しようと力を入れていると、克哉が「きついな」と吐息で笑った。
「そんなに抵抗しても、つらいだけだろう。……仕方ないな」
御堂をなだめるような口調で言うと、克哉は御堂の股座に頭を伏せた。ペニスが熱い口腔に迎え入れられる。
「は……っ、ぁっ、よせ……っ」
舌を絡めて筋をたどり、頬をすぼめて粘膜で扱く。濡れた音を立てて頭を上下されるうちにあっという間に御堂のペニスは張り詰めた。その巧みさはかつての夜の克哉の口淫を思い出した。あれはやはり克哉だったのか、と思った瞬間、アヌスに埋められた指が、くいっと曲げられた。身体の深いところにある快楽の凝り、そこを指でえぐられる。
「は、ひ、……ああああっ」
男としてなじみ深いペニスへの快楽を与えられて油断していたところで、未知の快楽に貫かれる。びくんと身体が跳ねた。克哉が御堂のペニスを喉奥深くまで咥えているせいで、克哉の指から逃れることができない。克哉はためらいもなく御堂のペニスをディープスロートで愛撫した。根元から先端まで粘膜で締め付けられてしごかれる。同時にペニスの根元の場所を刺激されて、下腹の奥からうずくような快楽がこみ上げてきた。ペニスと前立腺を交互に刺激され、狂わされる。
「も……やめ、離せ……っ、ひっ、あ、あ」
いつの間にか後ろを責める指の数が増やされていた。克哉の指は性交の動きのように抜き差ししてくる。中の粘膜をこねられ、絶妙なタイミングでペニスを喉奥で強く締め上げられると腰が浮くような衝動に襲われた。あともうひと押しでイく、というタイミングで唐突に刺激が途切れた。
「そろそろ十分だろう」
ずっと指を抜かれる。絶頂が遠のく切なさとようやく異物感から解放された安堵に息を吐いたが、これで終わりになるはずがなかった。
「ああ、そうだ。兄さんの初めてをちゃんと記録に残しておかないと」
克哉はいやらしく笑って、センターテーブルの上にスマホ用の三脚を置いてスマホをセットした。スマホの位置を微調整し、無機質なカメラのレンズが御堂を捉える。それを絶望の眼差しで見た。
克哉から逃げたいが、身体に力が入らず起き上がることさえできない。それでも必死に体をのたうったところでソファからずり落ちそうになった。とっさに克哉が御堂の身体を支える。
「危ないなあ。落ちたら痛いだろう? それとも痛いほうが好きなのか?」
克哉はソファに乗りあがると自分の前をくつろげて、欲望にいきり立った自身を出した。完全に臨戦態勢の肉の凶器を前に、これから起きるすべてが現実であることを正しく把握して青ざめる。
「克哉……、私たちは兄弟なんだぞ……!」
「だから何? 血が繋がっていることが問題なのか? それとも男同士だから? ああそうか、クスリを使ったから怒っているのか。だけど、こうでもしないと兄さん俺のモノになってくれないだろう?」
「当たり前だ……っ! さっさとやめるんだ!」
実の血を分けた兄弟であるにも関わらず、やはり克哉は御堂を犯す気なのだ。
「でもまあ、男同士なのは問題ないよな? 兄さんは男にも欲情するようだしな。俺たちが兄弟なことが問題なら、むしろ男同士でよかったと思わないか? いくらヤっても孕まないんだし」
生々しい言葉にぞっと背筋が凍える。
アヌスに克哉の先端が押し当てられた。その熱さと硬さに息を呑んだ瞬間、ずずっ、と中に侵入してきた。指とは比べ物にならないほどの圧迫感に御堂は声を上げた。
「ぁ、あ、あ――っ」
「すごいな、兄さん。熱い。アルコールのせいか?」
克哉はちろりと舌で上唇を舐めると軽く腰を揺するようにして中の具合を確かめる。浅い位置に留めていたそれを少しずつ、深いところへと埋め込んでいく。
「よせ……っ、く、やめ……っ」
「兄さんは貞操を守ってくれたわけだ。これで俺は兄さんの初めての男になったというわけだ。まさしく、喜び(La Joie)だな」
克哉は愉悦の滲む声音でうっとりとした顔をした。自分を犯す男は、御堂がよく知っている弟ではなかった。もはや、得体のしれない別のなにかだ。
克哉が中の具合を確かめるように軽く腰を動かした。内臓をかき回されるようなぞっとする感覚に御堂は歯を食いしばろうとするが、それすら満足にできない。呼吸だけが浅く荒くなっていく。
「そんなに睨むなよ」
克哉は笑いながら御堂の前髪をかき上げ、その表情を覗き込む。無力感が全身を覆い、逃れられない現実が冷たくのしかかる。
克哉の顔が落ちてきた。くちびるを塞がれて舌をねじ込まれる。咄嗟にその舌先に強く噛みついた。
「痛――っ」
克哉が呻いて口を離す。だが御堂を見下ろす顔は余裕に満ちている。
「やっぱり、兄さん。あんたはいい。堕とし甲斐がある」
口元についた血を手の甲でぬぐい、 克哉はゆっくりと腰を動かし始めた。そのたびにずるずると肉の凶器が引き出され、ふたたび奥へと突き入れられる。内臓をえぐられるような圧迫感にあえぐことしかできない。
「分かるか? ここに俺が挿入っているの」
「ぁ……、ぁ、ん」
克哉の手が御堂の下腹を押した。ぐっと粘膜が締まり、克哉の形を鮮やかに知覚してしまう。
「あんたはこれから俺だけのものになる」
「なにを、言っている……」
克哉の手が御堂のペニスに伸びた。苦痛に萎え切ったそこに指が絡んだ。御堂の気を逸らすように扱かれて、強制的に快楽を与えられる。
「さわ、るな……っ」
ペニスを刺激されながら身体の奥を犯される。嫌悪でしかなかった感覚に、一筋の違和感が混ざった。
「――――ぁ」
一度それを認識してしまうともう駄目だった。ほんのわずかな疼き、それがみるみるうちに膨らんで、とろ火のように御堂の身体の芯をあぶりだす。克哉の手の中で御堂のペニスは反り返り、先端からはしとどに先走りをあふれさせる。
「あ、あ、あ……よせっ、か、つや……」
身体がおかしくなっている。克哉に突き入れられるたびに身体が跳ねた。苦痛が快楽へと崩れ落ちる。克哉はその変化を見逃さなかった。腰遣いが猛々しいものになる。粘膜を熱くこすられて、同時にペニスを根元から強くしごかれて、決壊した。
「ひっ、あっ、ああああ」
びくん、と四肢を突っ張らせて、御堂は克哉に迸らせた。激しい絶頂にぎゅうっと粘膜が絞られる。克哉が眉根を寄せて、喉で低く呻いた。身体の奥深くに埋め込まれたペニスが震えびゅくびゅくと中に粘液が注がれていく。身体の奥底を汚される感覚に震えた。
克哉は細かく腰をゆすって最後の一滴まで注ぎ込むとようやくつながりを解いた。
「やっぱり兄さんは才能があるよ。天性の淫乱だな」
克哉の手が御堂の頬を愛おしそうに撫でた。恥辱に胸の奥が焼け付く一方で、兄弟であるのに禁忌の交わりをしてしまった絶望に慄く。
「今夜は初めてだからな、これくらいにしておこうか」
克哉はにこやかに笑って。もはや声も出せず、動くこともできずにいる御堂を克哉はかいがいしく御堂の後始末をした。中に出したものを掻き出し、御堂の汚れた身体を拭いた。そして、肩を貸して寝室まで連れて行くとベッドに寝かしつけた。
「ゆっくり休んでくださいね」
「どうして、こんなことを……」
かすれた声で言い、ベッドサイドに立つ克哉を見上げた。克哉は白々しい口調で言う。
「どうしてって、兄さんが悪いんだろう? ゆっくりと距離を詰めていこうと思ったのに、俺をさっさと家から追い出そうとするから」
そう言って踵を返し寝室を出ていこうとして、足を止めた。肩越しに振り返って言った。
「おやすみなさい」
返事を返す気力などなかった。身体は動かないまま、色濃い疲労に襲われて御堂の意識はあっけなく闇に滑り落ちていった。
3
翌朝、最悪の気分で目が覚めた。昨夜の出来事は夢であってほしかったが、身体の節々が痛み、そしてまだなにかを挿れられているかのような下腹の異物感が昨夜の出来事が現実であったことを御堂に知らしめていた。
「く……」
きしむ身体をどうにか起こそうとしたところで異変に気が付いた。両手が体の前で手錠をかけられ、首には首輪が付けられている。そして首輪から伸びる鎖がベッドの足につながれていた。どういうことなのか、理解が追い付く前に、克哉がノックもなしに部屋に入ってきた。
「おはようございます、兄さん。身体はどう?」
「……どういうことだ、これは」
「こうでもしないと暴れるか逃げるかするでしょう?」
悪びれない態度で克哉は答える。御堂はこみ上げる怒りを抑えつけながらうなるように言った。
「私をどうする気だ」
「この週末で、兄さんを俺のモノにするための調教をしようと思ってね」
「お前のものにするだと? ……ふざけるな!」
「ふざけてなんかいないさ」
克哉は薄い笑みを浮かべて言った。
「自分の立場をわかってないようだが、昨夜のことはちゃんとビデオに録ってある。弟に犯されている場面なんて誰かに見られたくないだろう? たとえば、親や兄さんの知り合いには」
「貴様、まさか……」
克哉は本気で言っているのだろうか。父や母がこのことを知ったら……と想像して青ざめる。御堂はクスリで無抵抗にされたところを犯されたとはいえ、正真正銘の血がつながった弟と肉体関係を持ってしまったのだ。いくら子どもに大した関心を持たない親でも、嫌悪は途方もないはずだ。
克哉は言葉を失う御堂ににっこりと笑いかける。
「心配しなくていい。兄さんが俺から逃げたりしない限りはそんなことしないさ」
「こんな状態で逃げられるわけないだろう。外せ」
「月曜日には外すさ。だがそれまでの兄さんの時間は俺がもらう」
ぎりっと奥歯を噛みしめて克哉を睨みつけるが、克哉は御堂の怒りをそよ風ほども感じないように完璧な笑みを張り付かせている。
「どうして、私にこんなことをする……。私がなにをした? そんなに私が憎いのか」
唸るように言えば、克哉は意外そうな顔をした。
「兄さんが憎い? そんなことあるわけないだろう。俺はあんたのことが好きだ。だから抱く」
――私のことが好きだと?
返事に詰まると、克哉は笑みを深めて確固たる口調で言った。
「あなたも俺のことを愛するようになる」
こうして御堂は克哉によって自分の家に監禁される羽目になった。
トイレやシャワーのときはさすがに首輪についた鎖を外されたが、代わりに両足に足枷をつけられる。両方の足枷の間には鎖がつながれ、歩くのもままならない。
食欲はなかったが無理やり食事を取らされ、シャワーを浴びさせられたところで克哉の調教が始まった。裸にされ手枷の間の鎖を首輪のフックのところにつながれる。そうすると、両手を胸の前に掲げる状態になって手を使えない。
その状態でベッドの上で、仰向けにされた。両足のあいだには金属のバーを固定され、足を閉じられないように拘束される。
「兄さんには後ろだけでイけるようになってもらうよ」
「こんなことして、なんになる……」
「言っただろう? 兄さんには俺のオンナになってもらう」
「お前は……狂ってる」
「大丈夫。兄さんもすぐに狂うさ」
ありったけの怒りと憎悪を込めた言葉にも、克哉はこの上なく美しい微笑を浮かべた。その顔はよく知っている顔ながら、まったく知らない男の顔だった。この男は誰なのか。
身長も御堂と同じくらいに伸びて、しなやかな筋肉をまとい、声も低くなっている。他人を力ずくで征服できる男として成長していた。昨夜、御堂を徹底的に犯した男は御堂が知っている弟からかけ離れていた。
小学生くらいまでの克哉は、女の子と間違われるくらい可愛らしかった。柔らかで明るい髪色、大きくてぱっちりとした眸、細く伸びた四肢としなやかな体つき。母親も御堂のときとは違って、克哉には中性的な愛らしさを引き立てるような衣服を与えていた。当の克哉はかなりのやんちゃで親が買い与えたブランドものの服を泥だらけにしてばかりだったが、怒られることもなかった。両親にとっての子ども、とくに歳を重ねてから出来た子である克哉は、守り、育てる存在というより、愛玩すべき存在だったのかもしれない。克哉は御堂が同じ歳だったときよりもずっとわがままを許されて育っていたように思う。だが、それをうらやんだりねたんだりすることもなかった。そんな子どもじみた感傷を持つには克哉と年が離れすぎていたし、年が離れていた分、御堂にとっても克哉は可愛らしい存在だったからだ。
あれは、克哉が小学三年生くらいのときだっただろうか。御堂は高校一年生のときだった。高校で部活を終えた帰り、あたりは薄闇に覆われていた。帰路の途中、公園があった。都市部の公園で緑が多く、昼間は憩いの場になっていたが、夜はうっそうと茂る木々のおかげで人気がなく、不気味な雰囲気を漂わせていた。
公園を突っ切ったほうが自宅への近道になると、公園に足を踏み入れた時だった。ふいに公園の奥のほうから小さな足音が駆けてくるのが聞こえた。息を切らせるような荒い呼吸音も混じっている。
目を凝らすと、見覚えのある小さな影が必死に駆けてくるのが見えた。
「……克哉?」
克哉だった。小さな身体を震わせながら必死に走っている。追いかけられているのかと察した御堂が視線を向けると、その後ろには大人の男の影があった。
見知らぬ男であったし、異様だった。御堂の中で警戒心が鋭く跳ね上がる。無意識に叫んだ。
「克哉!」
克哉に向けて叫ぶと克哉がハッとこちらを向いた。同時に男も御堂の存在に気付いた。
克哉がつまずきそうになりながら御堂の方へ走ってきた。恐怖に引きつった顔はよほど怖い思いをしたのだろう。
御堂は素早く克哉の腕を掴み、自分の後ろに庇った。目の前の男と対峙し、冷たい視線を向ける。
「お前、何をしている」
低く、鋭い声だった。男は一瞬ひるんだように足を止めたが、御堂を前に舌打ちをしてすぐに身を翻して走り出した。このころ御堂の身長は180近くまで伸びていた。それに部活もしていて身体も鍛えられている。
「待てっ!」
「行かないで!」
とっさに追いかけようとしたところを克哉に制服の裾を掴まれて止められた。克哉の必死な声に冷静になる。自分があの男を追いかけたら、その間克哉は一人きりになってしまう。御堂がためらっているあいだに、男は逃げるように公園の奥へと走り去った。
御堂はしばらく男の背を睨みつけていたが、やがて息をついて後ろを振り向いた。
「克哉、大丈夫か」
震える克哉の肩にそっと手を置く。克哉はぎゅっと唇を噛み締めていたが、目には涙が滲んでいた。
「……怖かった」
小さな声で絞り出すように言い、御堂の制服の裾を強く握る。事情を聞くと、お菓子を買いにコンビニまで行ったその帰りに公園を通り抜けようとして声をかけられたらしい。猫なで声で話しかけられて、怪しさから黙って逃げだしたら追いかけられたという。
「もう大丈夫だ。帰ろう」
御堂は克哉の頭を軽く撫で、安心させるようにそっと抱き寄せた。華奢な身体は御堂の腕の中にすっぽり収まるほど小さく、頼りなかった。克哉が落ち着くのを待って、御堂は克哉と手をつないで帰宅したのだ。
家に帰ってから母にこの件を報告した。母は克哉がお菓子を買いに家から出て行ったことさえ気づいていなかったようで、御堂の話を聞いて血相を変えていた。どうやら、少し前から小さな子どもに声をかける不審者の報告があって注意喚起されていたらしい。それから少ししてその男が捕まったという話を聞いた。
幸いその事件が克哉の生活に影を落とすということもなく、快活な性格はそのままだった。ただ、そのころからことさら克哉に好かれるようになったように思う。家の中でも外でも御堂を見つけるとすぐにまとわりついてくる。両親があまり家にいなかった分、御堂に甘えようとしていたのかもしれない。
高校生と小学生で生きる世界はまったく異なっていて、ときとして克哉を鬱陶しく思うこともあった。それでも克哉を思い浮かべるときに真っ先に思い出すのは、あの暗い公園で抱きしめた頼りないほどに小さく弱い存在だった克哉だ。あのとき、御堂は克哉を守らなければならないと強く思ったのだ。
それなのに、守られるべき存在だった克哉は、いつの間にか大人の男として育ち、兄である御堂を犯した。どこで、なにを、間違ったのか。
「これを知ってるか?」
克哉が手に持って見せたのは数センチほどの細長く薄っぺらい物体で、円が連なったような不思議な形をしていた。表面はなめらかで光沢があり、片方の先端には糸が取り付けられている。
「これはプロステートチップと言って、強制的にメスイキさせる道具だ。これで兄さんにはメスイキの感覚を覚えてもらう」
「それを一体どうする気だ……」
嫌な予感がぞわりと首筋を撫でた。克哉はひんやりと笑い、御堂のペニスを掴んだ。親指と人差し指で亀頭を挟みとぐっと親指を押して尿道口を開く。赤い粘膜が覗く孔に、チップの丸みのある先端を潜り込ませた。未知の感触と異物を繊細な場所にねじ込まれる感覚に「ひっ」と息を呑む。
チップ全体が見えなくなると、克哉は竿をしごくようにしてそれを奥へ奥へと進ませていく。チップが生き物のように深いところへともぐりこんでいく感覚に怖気(おぞけ)が走った。
「いやだ……っ、よせっ」
「小さいサイズを選んだんだからそんな痛くないだろう」
克哉がなだめるように言うが、そういう問題ではない。実の弟にあられもない体勢で拘束され、嬲られているという事実が心を削っていく。
「克哉、やめろ……っ!」
「いやだね」
艶のある低い声で断言される。そしてさらにチップを進ませた。敏感な粘膜を硬いチップが通っていく感触はむき出しの神経を嬲られるようで、御堂は手のひらに爪が食い込むほど手を握りしめる。
「ぅ、ぁ……っ」
克哉は慎重に指先の感覚をたどり、チップの位置を確認する。チップはペニスの根元まで挿入っている。克哉は指を御堂の陰嚢の奥へと伸ばすと会陰を強く押すようにしてチップの位置を調整した。次の瞬間、チップがかちりとどこかにハマった感触がした。
「――――ぁ? あ…、なん、だ……、これは……っ、ひっ、はぁっ」
しびれるような異様な感覚がペニスの奥から広がっていった。それは波のように繰り返し押し寄せて甘苦しい疼きを御堂の中に宿していく。
いままで意識をしたことがない敏感な部位、前立腺の中心にチップが収まりぐりぐりと周囲を圧迫している。無意識に動く筋肉に動かされて、まるでチップが生き物のように蠢いているようで、そのおぞましい感覚に身もだえる。
「いい位置にハマったな。射精するとチップが外れるから勝手にイかないように戒めておく」
克哉は御堂のペニスの根元にリングを嵌めた。チップを無理やり呑み込まされたペニスの先端からは糸が出ている。克哉はその糸をもてあそぶようにして軽くくいっと引いた。チップが引っ張られてぐりっと前立腺をえぐった。その瞬間、下腹の奥でぶわりとなにかがはじけた。
「ひぁっ、あ、あああっ」
顎を跳ね上げ、唇をわななかせて悲鳴を上げる。言葉に形容できない異様な感覚が身体の深いところを炙る。むず痒いような苦しいような疼きが次第に快楽に転じてくる。
「な……っ、こんな……なに、ひ、ふぁ、あ、んふ」
次から次に官能の波が身体の内側から御堂を襲う。絶え間ない刺激から逃れようと我知らず腰を揺らしてしまうが、チップはがっちりと御堂の快楽の源泉に喰いついて容赦のない刺激を与え続ける。
「いいだろう、これ。兄さん、これがメスイキの感覚だ。しっかりと覚えてくれ」
克哉が優しい声音で言い含めてくるがそれどころではなかった。男の直線的に高まる鋭い快楽と比べると、チップから与えられる快楽はまったく異質のものだ。これはまさしく、昨夜、克哉に犯されているときに感じた未知の快楽だ。克哉の熱い肉塊を突き入れられた衝撃を思い出してしまい、アヌスが勝手にひくつく。そんな自分の反応に嫌悪して、御堂は首を振った。
「克哉、抜け……っ、抜いてくれっ!」
上げる声が懇願の色を帯びる。
「俺に挿れてほしい、ってせがむなら抜いてあげてもいいが」
「誰が、言うか……っ」
「兄さんは相変わらず頑固だなぁ。じゃあ、次は乳首も開発しようか」
「な……」
克哉がまた新たな道具を持ち出してきた。コードが付いた二個のクリップでコードの根元にはリモコンが付いている。克哉は片方の乳首を摘まみ、指の腹でくすぐるとあっという間に乳首が固くしこる。こうして乳首を尖らせ、クリップを持つと御堂の乳首に近づけた。
「よせ…っ、いやだっ、……ああっ」
拒絶もむなしく、片方の乳首をクリップで挟まれた。先端はシリコンで怖れたような痛みはなかったが、しっかりとした力で挟まれて、じん、としびれが走る。克哉が手を離すとクリップの重みで乳首が引っ張られる。克哉はもう片方の乳首も指で愛撫して尖らせ、クリップで挟んだ。
「ひ、ぁ……っ」
こうしているあいだもチップで絶え間なく身体を炙られている。身体が跳ねるたびにクリップが弾んで乳首が乱暴に引っ張られた。
「スイッチを入れる」
「あ、だめ、だっ、は、あああっ」
手元のリモコンを操作するとクリップが振動し始めた。挟んだ乳首を揉みこむように動き出し、むず痒いような刺激が生まれる。
「あ、あ、あ、あああ」
いままで感じたことのない乳首に妖しい疼きが宿る。チップがもたらす熱がじゅわりと身体の深いところから染みわたり、乳首の疼きと絡まりあって、まるで乳首をいじられて感じているかのように錯覚してしまう。克哉はそんな御堂の思考を見透かすかのように言った。
「そのうち乳首だけでイけるようになるさ」
「やめ、ろ……っ、く……ふぅっ、ああ」
そんなふうになりたくないのに、克哉は乳首の振動を強めながら今度は御堂のアヌスに触れてきた。ぬるりとしたローションの感触。とっさに脚を閉じようとするが、バーで固定された脚は動かせず、内腿を震わせただけだ。克哉はたっぷりとアヌスにローションを塗り込めると指を潜らせた。
チップや乳首の刺激に気を取られて、あっさりと克哉の指の侵入を許してしまった御堂は次の瞬間大きく身体を跳ねさせた。克哉の指がくいっと腹側に曲げられ、チップが食い込んでいる前立腺をタップしたのだ。
「ひっ、ぁ、ああああっ」
電撃に打たれたかのようにむき出しの鋭利な快楽に貫かれる。チップに苛まれ鋭敏になった部位を指で扱かれたのだ。あまりにも圧倒的な感覚で、それを快楽と呼んでいいかどうかさえ怪しかった。視界が明滅し、喘ぐことしかできなくなる。
「は、ぁ……っ、あ、ん」
「ずいぶん悦さそうだな」
克哉が御堂の顔を覗き込んできた。涙の滲んだ目で克哉を見上げる。眼鏡の奥にある眸は妖しい輝きを放っている。克哉は御堂の反応を愉しみながら指の数を増やし、窮屈な粘膜をかき乱し、耐えがたいほどの刺激を与えてくる。いつの間にかペニスは張り詰め、根元にはめられたリングが痛いほどに食い込んできた。
「も……やめ、ろ……」
「なに言っているんだ、これからが本番だろう?」
克哉の指が引き抜かれて、御堂は反射的に大きく息を吐いた。脚を固定していたバーを外される。急いで脚を閉じようとしたが、その前に脚の間に身体を差し込まれ、腰をがっちりと掴まれた。血のつながった弟に犯される、そう思った瞬間嫌悪がこみ上げた。拒絶の声を上げる。
「克哉っ、やめないか……っ!」
「へえ、俺に命令しているの? ここをこんなビンビンに勃てながら?」
克哉の指が御堂のペニスに触れた。ぬるぬるとした先走りを亀頭に塗り広げられただけで、「ひぁっ」と上擦った声を上げてしまい克哉に喉を鳴らして笑われる。
「本当はイきたくて仕方ないんだろ? 弟の前でこんな淫乱な姿を見せながら、なに兄さんぶっているんだ」
「――っ」
「俺だけをしっかり感じてほしいからな」
克哉は御堂の乳首を責めていたクリップを外すと自身の服を脱ぐ。
「これ以上は、やめて……くれ……」
意地を張っている場合ではなかった。屈辱に打ちひしがれながら克哉に許しを乞う。
「どうして、こんなことをするんだ…」
「言っただろう? 兄さんが欲しいからだよ。兄さんの心も体も、魂まで欲しい。これでも今の今まで我慢してきたんだ」
克哉の指が御堂のアヌスの位置を確認するように浅く挿入される。その指が抜けたかと思うと、分厚い先端が宛がわれた。
「克哉っ、よせ……っ、やめろっ」
御堂は必死に拒絶の声を上げた。だが、克哉は容赦しなかった。体重をかけるようにして、ぐうっと自信を押し込んでいく。圧倒的な質量が御堂の身体を拓いていった。
「ぁ、ああああああ」
止めどない悲鳴が上がった。太い杭を根元まで打ち込まれるとすさまじい圧迫感に呼吸が浅くなる。だが、克哉がほんの少し腰を揺らしただけで、身体の内側から鳥肌が立つような感覚が広がった。克哉が腰を揺すり始める。違和感は次第に大きくなり、苦しさは甘く色合いを変えていく。
「――――ぁ?」
気が付いた。チップがもたらす快楽が克哉に犯されることで増幅している。克哉が腰を動かすごとに前立腺が擦られチップが動き、御堂に戦慄するほどの悦楽をもたらしている。克哉はそれを狙っているのか、御堂が感じるところを重点的にぐりぐりと亀頭で抉ってくる。怖い、こんなことで、気持ちよくなってしまう自分が怖い。
「や、よせ……っ、やだ、あ、やだ……っ、ぁ、ひぁっ、は、ああああ」
いやだいやだと首を振ったが、克哉は的確に御堂を絶頂に突き落とした。ぐりっと強く抉りこまれた瞬間、つま先から頭のてっぺんまで強烈な快楽が突き抜ける。一瞬意識が白み、ふわりと身体が浮いた感覚があった。びくびくと腰が震え、それはまるで絶頂のようだったが、悦楽の波は引かずペニスも戒められたまま放っていなかった。四肢を突っ張らせて、声も出せないまま口を大きく開いて喘いだ。
「ちゃんとドライでイけたじゃないか」
克哉が幼子を褒めるかのような口調で言う。
「兄さん、二回目なのにこんなに感じ切って。才能あるよ」
誰が御堂を征服しているのか知らしめるように、克哉がゆっくりと大きく腰を動かしだした。えらの張った亀頭が大きく粘膜を抉る。そのたびに全身がしびれるほどの悦楽が駆け巡る。
弟に犯されて感じたくないのに、身体が暴走している。克哉に穿たれて、ペニスからはしとどに蜜があふれて茎を伝って落ちていた。
「ッ、あ、あ、あ……抜け…っ」
御堂の言葉に反応したのか、克哉が腰を引いた。圧倒的な質量がずるずると粘膜をめくりあげながら抜かれていく。おぞましいほどの体感に身震いした。
「やっ、は……っ、よせ、動くな……っ」
「抜けとか、動くなとか、わがままだなあ。挿れたり抜いたりしてやればいいのか?」
「違……っ、は、ぁ、ああああ」
克哉が猛然と腰を打ち付け始めた。身体がバラバラになりそうな衝撃と圧迫感。苦しくて苦しくて仕方ないのに、身体がどんどん熱くなっていく。ぐちゅぐちゅと卑猥な音がリズミカルに響き、それに嬌声が重なる。
昂ぶる身体に理性がぐずぐずに溶けていく。こんなことを許してしまったら、もう元の日常には戻れない。
「か、つや…っ、克哉……っ」
「俺の名前をもっと呼んで……孝典」
「克哉っ、克哉……っ」
克哉が熱っぽく耳元でささやき、求められるがままに克哉の名を呼んだ。もう自分が何を口にしているのかわからない。苦痛だけなら耐えられるのに、こんな想像を超えた快楽を与えられて堪えられるわけがない。
「は、ぁあ、あ、おかしく、なるっ」
克哉の手が頭上に伸びて手の拘束を解いた。その手で克哉を拒絶することもできたのに、しびれる手で克哉の首に手をまわして、克哉を引き寄せた。克哉の体温が重なってくる。やけどしそうなほど熱い身体だが、自分の中の熱も沸騰しそうなほどこもっている。なにかにしがみついていないとどこか遠くまで流されてしまいそうで、一向に止むことのない悦楽の切ないほどのじれったさに御堂はすすり泣くようにして声を上げた。
「ん、あ、あ、…イきたい……っ」
「とっくにイきっぱなしなのにな。……ああ、出したいんだな」
克哉の手が器用に動いてペニスリングを外した。とたんに血流が流れ込みペニスが熱くなる感覚がある。克哉の手が御堂のペニスを包みこみ、根元から先端まで余すところなく愛撫される。射精への欲求がみるみるうちに高まり、克哉にしがみつきながら手の動きに合わせて腰がみだらに揺らめく。早く放ちたくて克哉の手に自らペニスをこすりつける。こんなみっともない姿、自制心を取り戻せば激しい自己嫌悪に陥ることが分かっていても達したくて仕方ない。
「まだこっちの快楽が忘れられないんだろう?」
「は、ぁ……っ、あ、あ、あ――っ」
身体を貫く克哉の熱を意識しながら激しく達した。たっぷりした精液がびゅるっと迸ると同時にチップも押し出される。克哉の手と腹をどろどろに汚しながら、大きな極みに呑み込まれていった。前後して克哉の種をたっぷりと腹に注がれて、その熱に身を震わせていた。
4
ふたたび目を覚ましたときにはもう午後の遅い時間になっていた。身体がぐったりと重いが試しに四肢を動かすと、なんの拘束もされていなかった。おそるおそるベッドから這い出た。裸のままだったが身体は乾いている。克哉が後始末をしたのだろう。
足を一歩踏み出したところで下腹や腰のあたりがずきりと重苦しく痛んだ。克哉にさんざん犯されたダメージがまだ回復しきれてないのだ。
こめかみに手を当てて深く息を吐いた。こうして冷静さを取り戻してしまえば、自分が犯した過ちの大きさを思い知らされる。いくら力尽くで犯されたとはいえ、弟に貫かれながら果ててしまい、克哉の身体を自分の精液で汚してしまった。しかも、二回も、だ。
七歳年上の兄としてのプライドも尊厳も、家族としての愛情までもすべてを克哉に踏みにじられて壊された。いつかこの傷が癒えても、傷を付けられたという事実は一生消えない。
このままここでうなだれていても仕方がないと、御堂は意識を切り替えた。なにか羽織るものを探し、ベッド脇に置いてあったバスローブを羽織った。部屋を出て耳を澄ますとリビングのほうから物音が響いている。克哉がいるのだろう。先ほどの仕打ちを考えると足が怯むが、かといって、家を出るにもシャワーを浴びるにもリビングを通らざるを得ない。
御堂は意を決してリビングへと向かった。ドアを開けると、ソファに腰掛けた克哉の後ろ姿が見える。その視線の先、大型画面のテレビには、信じがたい映像が映し出されていた。
「起きてきたのか」
克哉が肩越しに振り向いて言った。
御堂は答えられなかった。見開かれた目はテレビ画面に釘付けになり、息が止まった。画面に映るのは紛れもなく自分だった。画面に何が映し出されているのか理解するのと同時に、血の気が引いていくのを感じながら、震える声で呟いた。
「なんだ、これは……」
克哉はふたたび画面に視線を向けつつ、リモコンを弄びながら呑気に応じる。
「見ての通り、さっきのあなただよ。よく撮れているだろ?」
克哉は音量を上げたらしい。画面の中の自分がみだらに喘ぎなが克哉に犯されている。
いつの間に録ったのか。いや、当然撮られていると念頭におくべきだっただろう。
「兄さんとの最初のやつもあるが見たいか?」
軽薄な口調に怒りが沸騰する。握りしめた拳に力がこもり、御堂は厳しい口調で怒鳴った。
「今すぐ止めろ!」
「そんなに怒るなよ、俺たちの。ほら、ここの表情なんて最高に味がある」
克哉がリモコンを操作し、スロー再生を始める。映像の中の自分が恥辱的な姿で克哉に貫かれながら激しく達していた。克哉が深く差し込んだ腰を震わせる。いままさに自分の身体の深いところに注がれているのだ。それを恍惚とした顔で御堂は受け止めていた。紅潮した頬、潤んだ眸、発情しきった自分がそこにいた。鼻にかかったような甘い声を漏らしながら、びくびくと御堂が身体を震わせる。ややあって克哉がようやくつながりを解いた。
ベッドから降りた克哉がカメラに向かってくる。部屋の隅に隠していたカメラを手に取り、忘我に意識をさまよわせている御堂がズームアップされる。しどけなく開かれた脚の間には濡れた赤い粘膜が覗き、そこからどろりと白濁が零れ落ちる。身体の内外を体液でどろどろに汚されて絶頂の余韻に放心している自分の姿はあまりにもいやらしかった。カッと頬が熱くなる。
「やめないか……ッ!!」
駆け寄ってリモコンを奪おうとしたところで、克哉がようやくビデオ再生を止めた。
「ただちにデータを削除しろ」
怒りと屈辱に震えながら克哉を睨みつけたが、克哉は面白いものでも見るかのように御堂を見返した。
「あんたの怒り顔いいな、そそる」
「ふざけているのか!」
「ふざけてなんかないさ。いままで兄さんは俺に怒ったことなんてなかっただろう? 俺は怒るに値する存在さえなかったってことだ。だが、いまは違う」
克哉のレンズ越しの相貌に炯炯とした光が宿り、御堂は鳥肌が立つような空恐ろしさを感じた。それでも、御堂は抵抗をあきらめなかった。
「克哉、私とお前は血のつながった兄弟だ。兄弟でこんな関係を持つのは間違っている」
「どうして?」
「どうして、って……当然だろう」
即座に切り替えされて言葉に詰まる。克哉はまっすぐに御堂を見詰め返して言った。
「当然? あんたらしくないな。そういうものだと思って思考停止してるんじゃないか。なぜ、兄を好きになってはいけないんだ」
克哉のためらいのない言葉が刃のような鋭さで御堂に刺さる。
「いま、俺はどこまで来ている? あんたにどこまで見てもらえている? あんたの中にどこまで入れている?」
「なにを言っているんだ、お前は……」
克哉は御堂を「兄さん」とは呼ばなかった。克哉にとって自分はもう兄ではないのか。そうだ、とっくに克哉は御堂と兄弟であることを放棄している。そうでなければあんなふうに御堂を犯すはずがない。
目の前の男は御堂が知っている弟の克哉ではなかった。鍛えられ成熟した大人の身体、低く艶めいた声を持つ、一人の男だ。
いまさらながらに、克哉が得体の知れない存在に思えて、御堂は恐れを抱いた。こんな気が狂った男相手にすべきではない。一刻も早く逃げ出すべきだ。そう思うのに血のつながりが御堂を縛り付ける。
克哉は御堂が知っている弟の顔に戻り、明るい口調で言った。
「ビデオも別に俺が持っている分にはいいだろ? べつにほかの誰かに見せるわけじゃないし。こんなの親が見たら卒倒するだろうしな」
邪気のない顔でにっこりと笑う克哉を前に、ぞっと血の気が引いた。克哉は暗に御堂を脅しているのだ。こうして拘束を解いたのも御堂が克哉の言いなりになるしかないとわかっているからだ。
この土日は御堂の人生で最悪の週末だった。家から出ることもかなわず、食事は克哉が頼んだピザや寿司といったデリバリーで済ませ、残りの時間はひたすら克哉に組み敷かれた。「兄さんには俺の形をちゃんと覚えてもらって、後ろだけでイけるようにならないと」の言葉どおり、執拗に克哉を受け入れさせられた。繰り返される責め苦と快楽に下半身がぐにゃりと蕩けて自分自身のものではないようだ。失神がそのまま眠りになり、昼夜の区別も定かではなかった。どこで何をするにも克哉がついてきた。汚れた身体を洗い清めるためのシャワーでさえ例外ではなかった。
「俺もいっぱい出したな。掻き出しても掻き出してもまだ溢れてくる」
「ぅ……」
バスルームの鏡に向き合うように両手を突かされ、御堂は克哉に身体を洗われていた。自分でやると言っても足元もおぼつかない状態で克哉が無理やりついてきたのだ。背後に立った克哉が御堂の中から精液を掻き出していく。綻んだアヌスを克哉の長い指が出入りするたびに、欲望の残滓とローションがグチュグチュと卑猥な音を立てながらかきだされていった。弟に抱かれて、その後始末まで弟の手にゆだねている。
恥辱のあまり舌を噛み切りたくなるが、頭の片隅では克哉が満足すれば自分に対してあっけなく興味を失うのではないかと希望を持っている。御堂も男だからわかる。抵抗されるほど屈服させようと燃えるのだ。自分自身にそう言い聞かせて無理な抵抗はせずにいるが、克哉が御堂に飽きる前に自分を根本的なところから造り替えられてしまうのではないかという恐ろしさは常にあった。
「っ、……くぁっ」
克哉の指がぐりっと中で動き、御堂は声という声も出せないまま喉を仰け反らせた。先ほどまで玩具でいたぶられ、さんざん抱かれ御堂のアヌスは柔らかくぬかるんだままだ。ぐっと二本の指で開かれた場所からぽたぽたと粘液がしたたり落ちた。身体の奥の奥まで克哉にたっぷり濡らされたことを自覚させられる。
「きりがないな」
克哉はふ、と笑うと御堂の腰を両手で抱えた。克哉の体温が迫り、御堂は嫌な予感に身を強張らせた。
「何を……」
「俺ので俺のを掻き出してあげるよ、兄さん」
「っ、よせ……っ」
「いやなのか? ここをこんなに期待させているのに」
形を変えた性器を握りこまれてびくびくと腰が弾んだ。執拗にアヌスをいじられて、御堂の身体は本来性器でないところに性的な興奮を感じるようになってしまった。
「違う……っ」
首を振るが説得力は皆無だ。ずっと発情させられっぱなしの御堂の身体は絶望するほどに感じやすく淫らだ。
克哉は両手で御堂の腰を掴み、後ろに突き出させると、猛りきった自身を容赦なく突き入れてきた。固い肉塊をたいした抵抗もなく御堂の身体は受け入れていく。抱かれるたびに克哉の形になじんでいるのを感じる。
「ぁ、……あ、あ、あ」
身体を貫かれ、自分のとは違う熱を奥深くに埋め込まれていく。その熱に焦がされるように御堂は喉を反った。克哉の草むらが触れるくらいまで腰を密着させると克哉はおもむろに動き出した。引き抜かれ突き入れられるたびに、ぐちゅぐちゅと淫猥な音が立ち粘液とローションが混ざったものが掻き出されていった。
克哉が思うがままに腰を遣いながらうっとりとため息を吐く。
「やっぱり俺とあなたは身体の相性が最高だと思わないか」
「そんな、わけ……ある、か……っ」
「意地を張るなよ。兄さんだってこうやって俺に犯されて気持ちいいんだろう?」
「やっ、違……っ、あ、あ……っ」
「じゃあ見てみろよ」
克哉の大きな手が御堂の頭を掴んだ。顔を上げさせられ、目の前の鏡を見せられる。
向かい合わせの鏡が御堂の姿を余すところなく映し出していた。感じきって蕩ける表情も、克哉を深く咥えこんであさましく反応している部分もすべて。
自分の姿をこれ以上見ていられなくて、額を鏡に摺り寄せた。ひんやりとした感触が御堂の理性をほんの少しだけより戻してくれる。そのせいで余計にいたたまれない。
無防備なうなじに噛みつくように歯を立てられた。獣同士のまぐわいのように自分のものだと所有を主張されているかのようだ。
「あんたは俺に抱かれるのが好きなんだ。本当は俺にぐちゃぐちゃにされたくてたまらないんだろう?」
「違う……っ、やめろ……っ!」
「ほんと、強情だな」
克哉は吐息で笑うと腰を打ちつける動きを速くした。ぐっと最奥に叩きつけられ膝がガクガクと笑う。衝撃を耐えきれなくて状態を屈みに突っ伏した。浅く速い呼吸が鏡を白く染める。手が縋るもの探して鏡の上を滑ると、克哉の手が手の甲に覆い被さった。そのまま浴室の壁に縫い付けられる。
これ以上なく深く穿たれると同時に他方の手でペニスを強くしごかれて、快楽が弾けた。吹き出た白濁が鏡をべったりと汚す。ほとんど同時に下腹の奥に克哉の粘液を叩きつけられた。言葉にならないほどの悦楽に喉をヒクりと鳴らす。
克哉からつながりを解かれると膝が立たずにその場にへたり込んだ。バスルームの冷たい床に尻が触れ、その体の奥からあふれてくる生暖かい粘膜がどろりと中から伝い落ちてくる。その感触が気持ち悪いが、重たく弛緩した身体は立つことさえかなわない。
克哉がシャワーヘッドを手に取り、ざあっとお湯を出しだ。手でお湯の温度をたしかめると、御堂の身体にシャワーを向ける。頭からお湯をかぶりながら朦朧とした眼差しを克哉に向けた。弟の顔を取り戻したのか、克哉はひどく優しげな表情を御堂に向けて言う。
「明日からはまた会社だろう? 今日はこれくらいにしようか」
そうか、そうだった。今日は日曜日で明日は会社がある。MGN社で勤務していた自分がひどく遠い昔の出来事のように思えた。
バスルームで犯されたあとはなにもされなかった。食欲ないのに無理やり食事を取らされて、ベッドに寝かしつけられる。まるで御堂のほうが世話を焼かれる子どものようだ。だが、金曜の夜から始まった凌辱のせいで、もうなにも考えることもできず、泥のような眠りに攫われていった。
翌朝、瞼を透かす陽の光で目が覚めた。関節は軋むし身体のあちこちは痛むが、たっぷりと睡眠を取ったおかげでかなり体力は回復していた。思考を霞ませていた靄も取れて、すっきりとしている。キッチンのほうからコーヒーとパンが焼けた香ばしい匂いが漂ってきていた。ベッドから抜け出してキッチンに向かうと克哉が朝食の用意をしていた。
ぎくりと足を止めるが、克哉は御堂のほうを向いてにっこりと微笑んだ。
「おはよう、兄さん。そろそろ起こそうかと思っていたところだ。朝食の用意はできているが、先にシャワーを浴びるか?」
「克哉……」
克哉は昨夜までのことなどなかったかのように、にこやかな笑みを向けてくる。
警戒しながらも御堂は食卓についた。克哉は手際よく御堂の前に熱いコーヒーとパン、ハムエッグを用意する。
コーヒーを飲もうとして、克哉に飲まされたクスリ入りのワインを思い出して躊躇していると克哉が笑いながら言う。
「心配しないでいい。もうクスリは使わないよ」
考えを見透かされたことにぎくりと身体が強張り、克哉に抱いている怖れを吹っ切るようにコーヒーを口にした。口の中を苦みのある液体が満たし、強いカフェインが御堂を完全に覚醒させた。
コーヒーを半分ほど飲んで御堂は食卓から立った。克哉はまったく手を付けていない皿を見て言う。
「朝食は? 食べないのか?」
「食欲がない」
「食べないと健康に良くないだろう。そんなんで仕事できるのか?」
どの口が言う、と苦々しく思ったが、御堂は無視してバスルームに向かった。脱衣所の鍵を閉めて羽織っていたバスローブを脱いだ。鍵は簡易のもので外から開けようと思えば簡単に開けられるタイプだったが、克哉は追ってこなかった。その事実に安堵を覚えながら、頭から熱いシャワーを浴びた。ようやく一人きりになれた気がする。
胸の中を一掃するほどの深い息を吐き、意を決して自分の身体に視線を落とした。あちらこちらに残るキスマークや噛み跡、赤くなって腫れぼったくなった乳首。情交の痕が色濃く残った身体がそこにあった。鏡で背中まで確認するが、どうやらスーツで隠せそうだ。
克哉は会社のことを口にしていたし、そこまで考えて克哉は痕をつけたのかもしれない。
克哉は一体、なにを目的にこんなことをしでかしたのか。
御堂を自分のモノにするというたわ言は本気なのか。御堂はこれからどうすべきなのか。
考えなくてはいけないことはたくさんあったし、体調はとても万全ではなかった。それでも会社を休むという選択肢はなかった。コンペの締め切りが迫っているからだ。
御堂は思考を切り替えて、仕事のことだけを考えるとバスルームを出た。髪を乾かし身支度を調え、出社の準備をする。克哉は御堂の邪魔をする素振りはなかった。どうやら監禁するつもりはないらしい。
鞄を持って靴を履いたところで克哉が見送りに来た。
「いってらっしゃい。今日は何時に帰ってくるんだ? 夕食は俺が用意するよ」
肉親への愛情が込められた口調だったが、もう言葉どおりに受け止めることはできなかった。心を奮い立たせて御堂は克哉に向き直る。
「克哉、この部屋から出て行け」
きっぱりと言い放つが克哉は目を丸くして、傷ついたような表情を見せる。
「酷いことを言うじゃないか。俺と兄さんの仲なのに」
「あんなことをしておいて、どの口が言う……ッ!」
「あんなことって? ……ああ、セックスか。だが、俺とのセックスは気持ちよかっただろう? いままで兄さんがどれだけ経験を積んだか知らないが、負けていない自信があるが」
クツクツと喉を鳴らして笑いながら露骨なことを口にする克哉にカッと顔が熱くなる。羞恥と怒りを押し殺しながら低い声で言った。
「お前が出ていかないのなら、私が出ていく」
「駄目だよ、兄さん」
克哉の顔が弟から冷酷な脅迫者の顔へと変わった。唇が酷薄な笑みを浮かべる。
「忘れたのか? 俺はいつだって、あんたと俺の関係をばらすことができる」
言葉を失い押し黙る。きつく克哉を睨み付けると克哉から背を向けて家を出たが、胸の中では恥辱と敗北感が満ち満ちていた。
出勤したMGN社は普段どおりの活気が満ちていて、誰も御堂の身になにが起きたのか気付くこともなかった。御堂もいつも以上に気を張って仕事に取りかかった。ふと気を抜くと克哉とのことが思い返されてしまう。仕事に打ち込むことで克哉とのことを頭から払拭しようと努力した。幸い、こなさなければならない仕事は山ほどあったし、コンペの企画もヤマ場を迎えている。
どの飲料を濃縮飲料として開発するか、その選定に御堂は取りかかっていた。MGN社の飲料で知名度の高い定番品はいくつもある。コーヒー飲料や果実飲料、炭酸飲料など多種多様なドリンクの中でどれが濃縮飲料として一番消費者に受け容れられるのか。
資料を読み込んでいるうちに、オフィスからすっかり人がいなくなっていた。そろそろ帰ろうかと思い、椅子から立ち上がりかけた瞬間、ふと克哉のことが頭をよぎった。
――帰れば、克哉がいる。
その事実を思い出した途端、指先がひやりと冷たくなり、背筋が寒くなるような嫌な感覚が全身を駆け巡った。喉の奥がじわりと渇き、呼吸の仕方さえ忘れてしまったようだった。視界の隅がかすかに滲む。疲労がどっと襲ってきたかのように思考が停止し、ただ机の上の資料を見つめるばかりだった。やがて重くなった身体を無理やり動かし、御堂はため息とともに椅子へ沈み込んだ。
自宅に帰るのをやめて、職場近くのホテルに泊まることも考えた。克哉と顔を合わせたくない。克哉は自分との関係をばらすと脅してきたが、仕事を言い訳にすればごまかせるのではないか。距離を取ることで頭を冷やし、これからの対策を考えたい。
そう思いながら、鞄にしまいっぱなしだったスマートフォンを手に取った。メッセージの着信を告げる赤いランプが、静かに点滅している。御堂は嫌な予感を覚えながら、ゆっくりとロックを解除した。途端に、克哉が送ってきた写真が画面いっぱいに映し出されて御堂は克哉は自分の顔がみるみる青褪めていくのを自覚した。克哉は、こともあろうか犯されている御堂の写真を送りつけてきた。
写真にはあまりにも淫らな姿の自分が写っていた。克哉に貫かれながら迎えた絶頂に恍惚とした顔、しどけなく開いた口の端から唾液が伝い、頬は発情に上気している。臍に付くほど反り返ったペニスからは蜜が滴り、自分の腹を濡らしていた。克哉に凌辱されていたにもかかわらず、この写真だけを見れば御堂は明らかに感じきっていた。
写真の中の自分を正視できず、御堂は即座に写真を消した。もう二度と送ってこないように、震える指で『いまから帰る』と返信をして画面を消した。早く帰らなければならないのに、身体が凍り付いたかのように動かない。それでもどうに自分を奮い立たせようとしたそのときだった。
「どうしたの御堂? そんなに携帯を眺めて。彼女からの連絡?」
突然背後から声をかけられて息が止まった。恐る恐る振り返れば本城が立っていて、御堂のうろたえぶりに目を丸くした。
「なんだよ、そんなに驚いて。冷静沈着なお前が珍しいな、そんなに慌てて。ねえ、誰から?」
本城はクスクスと笑い、御堂の手元のスマートフォンを覗き込んでくる。幸い画面は消してあったが、それでも御堂の心臓は不穏に打ち鳴らされている。
「大したことではない」
ことさら冷たく返して、さっとスマートフォンを鞄の中に滑らせるとパソコンをシャットダウンして、無理やり話題を切り替えた。
「お前はまだ帰っていなかったのか?」
「ちょっと研究部門に顔を出しててね。実験データを回収してきたのさ」
本城はにこやかな笑みを保ったまま言った。その実験データとは、コンペ用の新商品に関するものだろう。自分の進退がかかった重要なコンペだ。常に余裕を見せている本城も、当然ながら本気で取り組んでいるはずだ。
御堂が帰り支度を始めるのを見て、本城が続けた。
「今から帰るなら、一緒に帰らないか? 準備するから少し待っててくれ」
「悪いが、先に帰らせてもらう」
とても、本城と帰路を共にできるような精神状態ではなかった。気を遣う余裕もない。御堂はさっと鞄を掴み、躊躇なく立ち上がると、そのまま踵を返した。だが、足を踏み出した瞬間、背後から軽やかな声が飛んできた。
「家で恋人が待ってるの?」
冗談めかした笑い混じりの問いかけに、全身がぎくりと強張る。無意識のうちに呼吸さえ止まっていた。だが、表情を変えず、そのまま何も言わずにオフィスを後にした。